国内起債市場を斬る 起債評価:6/18~6/22

社債等の募集はほとんど見られない。基本的には株主総会シーズンである。公的セクターは、民間企業の株主総会という影響はないが、市場全般の動きに乗った形と考えるべきである。もっとも財投機関債等の多くは四半期の頭に募集されることが多く、四半期末の6月には公的セクターも動きが鈍りがちである。この週に募集された起債で目立ったのは、グリーンボンド、ソーシャルボンドである。

まず、グリーンボンドを募集したのが、三菱地所である。5年債200億円が募集された。当初は100億円程度という募集観測であったが、最終的に200億円の募集となっている。常盤橋プロジェクトの資金として募集されたとのことである。株式におけるESG投資と同様に、債券における類似の投資としてグリーンボンド等の購入が注目を集めている。投資家のファッションという雰囲気もあるが、利回りが通常の社債と同水準であるのなら、グリーンボンドへの投資を喧伝(けんでん)する価値はあるかもしれない。しかも、すべての発行体が募集可能なものではなく、業種や事業内容によって制限されることになる。今回の募集も投資家からの強い人気が見られている。

ソーシャルボンドを募集したのは、国際協力機構である。過去にも起債経験があり、今回は10年債150億円と20年債100億円を募集している。10年債は100億円程度の募集とされていたが、150億円に増額されている。国債対比のスプレッドは、10年債が+17bpsで、20年債が+5.5bpsである。2週間前に募集された同じR&IのAA+格とS&PのA+格を取得している地方公共団体金融機構は、10年債+17bps、20年債+4.5bpsの国債対比スプレッドであった。クーポンも大きく異ならず、ほぼ同水準である。ソーシャルボンドだからと言って、タイトなスプレッドになる必要はないのである。国際協力機構のミッションは、ソーシャルボンドの認定を得るに適したものである。

中央の機関投資家の一部は、グリーンボンドやソーシャルボンドの購入を積極的に開示しているが、果たしてそれは収益獲得を目指す投資家としては必ずしも重要なことではないのかもしれない。実際には、すべての投資家が購入をメディアに対して表明しているものではない。グリーンボンドやソーシャルボンドがそれなりの頻度で募集されている中では、当然に、購入対象にするかどうかの判断が必要となる。需要超過で購入できないものもあるだろうが、投資対象から外すという判断を行っている場合もある。市場に投資判断の内容を知られないためには、安易に購入銘柄を公表すべきではないし、求められても拒否し答えないことも必要なのではないか。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/11~6/15

株主総会シーズンが近付き、自然と起債の波は沈静化する。前週は起債金額が大きくなったが、打って変わって静かな市場である。決して日本銀行の金融政策決定会合を注視したというような展開ではない。民間の起債ではメーカーによるものが目立った。公的セクターでは、東日本高速道路が1年債をはじめて募集している。社債の歴史を振り返っても、珍しい年限選択である。償還年限に明確な理由のある際にしか募集されない。クーポンが0.001%で発行単価が100円00.1銭というオーバーパー発行であり、応募者利回りは0%となる。既に公的セクターの2年債ではこうした条件設定は珍しくないが、マイナス金利環境でしかお目にかかれない代物である。

メーカーの起債は、まず、三井化学が7年債100億円・10年債150億円・20年債100億円の計350億円を募集している。格付けはR&IのA-格とJCRのA格であり、あまり高過ぎないことが、人気を集める要素となっている。10年債と20年債は、当初の予定より増額されている。確かに、20年債のクーポンは0.9%であり、月初に募集された東北電力の20年債よりも高水準となっている。都市再生機構の30年債を越えるクーポン水準というのも、面白い条件設定である。

残りの2銘柄はいずれも5年債が募集されている。格付けは、花王がR&IのAA格と高水準で、YKKも同じくAA-格とほとんど負けていない水準である。前者は250億円で、後者は100億円を募集している。どちらも起債頻度は多くなく、前者が第5回債で後者が第12回債。YKKは非上場会社であるが、有価証券報告書を提出し、発行登録を利用して公募社債による資金調達を行っている。かつてはレアな存在であったが、近年は上場持株会社の傘下にある銀行等が公募社債を募集することも珍しくなく、非上場会社の社債も普通になった感がある。なお、YKKについては、株式非上場が方針であり、同社のサイトには” 現在、当社は、当社株式を証券取引所に上場する予定はありません。“と明記されている。

両社の5年債は、いずれも0.08%クーポンとされている。翌日に募集されたR&IのAA+格である東日本高速道路の5年債はクーポンが0.07%であり、あまり変わらない水準である。メーカー2社の社債は、同日に募集されたが、いずれも順調に投資家の需要を集め、問題なく消化されたようである。希少性のある銘柄が、タイミング良く募集された結果であろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/4~6/8

起債ラッシュというムードは出てこない。条件決定された本数を見ても決して多くはない。しかし、条件決定された金額を単純に合計すると、1兆円を越えてしまう。週単位の条件決定額が1兆円を超えるのは、それだけで大型起債があったと連想する。この週に関しても大型の条件決定があった。しかし、1兆円を越える金額のうち、個人向け社債が約5千億円と半分近くを占めているのが特徴である。もっとも、機関投資家向けの募集は財投機関債などを含めて、6千億円以上あるのだから、起債ラッシュを感じるべきなのかもしれない。特に、8日金曜日の案件集中度合いは強い。

個人投資家向け社債の条件決定の中で、金額の小さいものから挙げると、四国電力の3年債125億円と九州電力の3年債150億円がある。いずれも0.14%クーポンであり、銀行預金が年限を問わず、ほとんど利息が付かない中では、個人投資家にとって投資妙味のある条件であろう。しかも、電力の小売自由化が実施されたとは言え、依然として、発電の大手は地域電力である。新規参入した発電業者も、小売に参入した売電業者も、決して大きなシェアとはなっていない(それでも、ガスの小売自由化に比べると、電力の小売は自由化が進んでいるのだが)。しかも、他の多くの個人投資家向け社債と異なって、10万円から投資できる。

700億円を条件決定したのが、みずほフィナンシャルグループである。劣後債の形態であり、シニア債より回収順位が劣るのであるが、個人はその差をほとんど意識していないだろう(言い換えると、目論見書を渡されるだけで、営業から回収順位の説明を口頭で受けるケースは稀なケースと想像する)。公的資金が投入された場合には、元本が削減されることも、あまり意識されない可能性が高い。5年後の期限前償還条項が付されており、それを前提に5年物で0.4%クーポンもあれば、かなり高い利回りに見える。みずほ銀行やみずほ証券等の持株会社であるが、その構造的劣後性を意識する投資家も少ないだろう。”Too big to fail”であると誰もが想像する発行体なのである。しかも時間軸は5年であると考えられている。もし金融庁が期限前償還の不実行を容認するような状況になったら、日本の金融秩序のみならず、資本市場全体が大いに混乱しているのだろう。まさに想定外の事態でしかない。なお、社債の販売単位金額は、100万円である。

最大の4,100億円を条件決定したのは、ソフトバンクグループである。機関投資家向けの400億円と同時に、個人投資家向けの6年債を条件決定している。機関投資家向けのクーポンは1.569%と刻んでいるが、個人投資家向けの社債は1.57%クーポンである。最低投資額は100万円である。格付けはJCRのA-格であり、機関投資家向けは国債対比+164bpsと格付け対比明らかに分厚いスプレッドが付されている。同社の事業内容やM&A等の経営活動、創業者リスク等を考慮したものであり、機関投資家は相変わらず慎重な姿勢を崩していないが、個人投資家は馴染んだ携帯電話キャリアということで、問題なく消化されることだろう。特に、個人投資家は保有社債の時価変動を考慮しなくて済むのが強い。

国内起債市場を斬る 総会シーズン特別号:「悪名は無名に勝る」

「悪名は無名に勝る」というのは、政治の世界で良く言われる言葉である。古くは、渡辺美智雄元副総理(故人)や竹中平蔵氏がよく引用したいた名言である。清廉潔白で公明正大な政治家でも、そのことが十分に知られていなければ、有権者からの支持は得られない。もちろん犯罪行為に手を染めたり、倫理的に許されない行為が報道されたりでは、師事を失う可能性が高いものの、軽微な致命傷にならないような問題であれば、そのことが報道されることから、得票に繋がるという現象を指す。実は、日本の起債市場においても、同様の現象が確認されることもある。

社債投資に際して発行体の信用力評価は必須である。ただし、内部に十分なクレジットアナリシスの能力がない場合には、外部機関による格付けでそれを代替することが経済合理的である。ただし、信用評価のスプレシャリストである格付会社も、その評価材料は発行体から公表されているものに加えて、インタビュー等の内部資料、更には業界分析といったものに限られる。しかも、近年は、対外公表しない内部情報を格付会社のアナリストにだけ提供することには、抵抗感が強い。その結果、格付けの有効なタイムホライズンは発行体の中期経営計画対象年限を業界見通しによって数年伸ばす程度に限られる。

結局のところ、格付けを援用することとしても信用力評価に限界がある以上、投資判断において重要な要素となるのが発行体の知名度である。合議制の投資家であれば、聞いたことのない発行体に対する投資を稟議書で上に上げたり、投資判断を行う会議に付議することは相対的に容易でない。知名度があり一般的なイメージを共有できている発行体の方が、投資の社内承認を得ることが容易である。時として、それが“悪名は無名に勝る”という結果に繋がることがある。

B to Bの企業よりも、B to Cの展開を行っている企業の方が、身近であり投資対象になり易い。この週における最大額の社債募集を行ったファーストリテイリングは、まさに、そのような評価に則っているかもしれない。ファーストリテイリングという社名を知らなくても、ユニクロやGUの親会社であると聞けば、知らない人はいない。今回は、10年債1,000億円を含む、5年債・7年債・20年債で計2,500億円を募集している。格付けこそJCRのAA格ではあるが、格付会社にファーストリテイリングの20年後がイメージできるはずもなく、創業者の現代表取締役会長も89歳におなりになっている(スズキの3代目代表取締役会長は現在88歳だから、非現実的とは言えない・・・)。そもそも、近年の展開を見ても、青果や靴など失敗して撤退した事業があり、海外展開も成功と失敗を繰返している。一方でこの会社の強みは、失敗した際の撤退の判断が早い点、とも言われており評価も高い。しかし、10年、20年といった長期の与信を軽々に行ってよい投資先ではないと考えるのは普通であろう。日本における過去の社債デフォルト例で目立っているのは、建設と小売である。そのことを投資家は、忘れてはならない。