国内起債市場を斬る 総会シーズン特別号:「悪名は無名に勝る」

「悪名は無名に勝る」というのは、政治の世界で良く言われる言葉である。古くは、渡辺美智雄元副総理(故人)や竹中平蔵氏がよく引用したいた名言である。清廉潔白で公明正大な政治家でも、そのことが十分に知られていなければ、有権者からの支持は得られない。もちろん犯罪行為に手を染めたり、倫理的に許されない行為が報道されたりでは、師事を失う可能性が高いものの、軽微な致命傷にならないような問題であれば、そのことが報道されることから、得票に繋がるという現象を指す。実は、日本の起債市場においても、同様の現象が確認されることもある。

社債投資に際して発行体の信用力評価は必須である。ただし、内部に十分なクレジットアナリシスの能力がない場合には、外部機関による格付けでそれを代替することが経済合理的である。ただし、信用評価のスプレシャリストである格付会社も、その評価材料は発行体から公表されているものに加えて、インタビュー等の内部資料、更には業界分析といったものに限られる。しかも、近年は、対外公表しない内部情報を格付会社のアナリストにだけ提供することには、抵抗感が強い。その結果、格付けの有効なタイムホライズンは発行体の中期経営計画対象年限を業界見通しによって数年伸ばす程度に限られる。

結局のところ、格付けを援用することとしても信用力評価に限界がある以上、投資判断において重要な要素となるのが発行体の知名度である。合議制の投資家であれば、聞いたことのない発行体に対する投資を稟議書で上に上げたり、投資判断を行う会議に付議することは相対的に容易でない。知名度があり一般的なイメージを共有できている発行体の方が、投資の社内承認を得ることが容易である。時として、それが“悪名は無名に勝る”という結果に繋がることがある。

B to Bの企業よりも、B to Cの展開を行っている企業の方が、身近であり投資対象になり易い。この週における最大額の社債募集を行ったファーストリテイリングは、まさに、そのような評価に則っているかもしれない。ファーストリテイリングという社名を知らなくても、ユニクロやGUの親会社であると聞けば、知らない人はいない。今回は、10年債1,000億円を含む、5年債・7年債・20年債で計2,500億円を募集している。格付けこそJCRのAA格ではあるが、格付会社にファーストリテイリングの20年後がイメージできるはずもなく、創業者の現代表取締役会長も89歳におなりになっている(スズキの3代目代表取締役会長は現在88歳だから、非現実的とは言えない・・・)。そもそも、近年の展開を見ても、青果や靴など失敗して撤退した事業があり、海外展開も成功と失敗を繰返している。一方でこの会社の強みは、失敗した際の撤退の判断が早い点、とも言われており評価も高い。しかし、10年、20年といった長期の与信を軽々に行ってよい投資先ではないと考えるのは普通であろう。日本における過去の社債デフォルト例で目立っているのは、建設と小売である。そのことを投資家は、忘れてはならない。