国内起債市場を斬る 起債評価:6/17~6/21

3月期決算企業の株主総会シーズンがこの週後半からピークを向かえることもあって、社債の起債市場の動きは鈍い。株主総会のもっとも集中する日は実際には翌週だが、社債の募集と払込のタイミングを考えると、やはり3月期決算企業は動き難い。結果として、民間企業による社債募集は、ヒューリックと楽天のみである。両社とも12月期決算を採用しているのが、このタイミングでの社債募集を可能にしていると言って良いだろう。しかも、他の企業の社債募集が途絶えているタイミングであるから、起債も好き勝手が出来ると言うことなのである。

両社の起債の特徴は、複数年限にわたることである。まず、ヒューリックは、5年債200億円と7年債200億円、10年債150億円の計550億円を募集している。JCRからA+格を取得している不動産会社であり、業種の特性を考えると、10年債はやや年限が長いと感じざるを得ない。国債利回りの低下していることもあって、投資家の購入目線はやや下がっており、5年債が0.2%、7年債が0.3%、10年債が0.4%と区切りの良いクーポン設定になっている。対象年限の国債利回りがマイナスに沈んでいることもあって、スプレッドプライシングは機能していない。それでも、国債に対する上乗せとしては、+40~50bps強の範囲であり、投資家からの強いニーズが集まったようである。

楽天は、もっと年限の細分化だけでなく、合計の発行額は800億円に上っている。募集したのは、3年債100億円、5年債100億円、7年債200億円、10年債200億円、15年債200億円で、長めの年限の方が募集金額は大きくなっている。同社の取得した格付けは、JCRのA格で、ヒューリックより1ノッチ低い。業種としては、ネット小売プラットフォームの提供者であり、傘下には、銀行・保険・証券・カードといった金融コングロマリットを抱え、サッカーや野球のプロチームをも保有する。ネットサービスでは、その他にも多くを提供しており、単純な業種で語ることは不適切かもしれない。有為転変の多い企業体であることを考えると、10年や15年といった長い与信に懸念は少なくないが、一方で15年債の0.9%クーポンという利回りは、他にあまりない高水準に見える。

楽天とヒューリックが同じ年限で社債を募集したのは、5年債・7年債・10年債であるが、格付けの1ノッチ差を反映したために、いずれも5bpsクーポンを上乗せした水準となっている。15年債の0.9%クーポンは前述の通りであるが、もう一つの重なっていない3年債は0.08%クーポンであった。ヒューリック債と同様に、他に募集される社債のないタイミングということもあって、投資家からは強い需要が集まったようである。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/10~6/14

週後半の木曜日と金曜日に債券の募集がほとんど集中している。しかも、今月に入ってから、金利の低下が顕著であり、社債等の一般債でも、10年債でクーポンが0.1%を下回る物があり、更には、0.333%クーポンで20年債か!といった水準の募集も見られている。

今月の10年債を見ると、福祉医療機構の0.075%クーポンが0.1%を下回った最初だろうか。なお、地方債では、4月から10年債の0.1%割れが散見されている。5月は、地方公共団体金融機構や住宅金融支援機構の10年債が、まだ、0.115%とか0.125%とかのクーポンで募集されていたのである。ところが、6月に入って、続く沖縄振興開発金融公庫は0.064%クーポン、地方公共団体金融機構は0.049%クーポン、住宅金融支援機構と国際協力機構は0.059%クーポンで募集されている。国債対比スプレッドは+17bpsとか+18bpsと説明されているのであるが、10年国債のマイナス利回りの定着が確認されるのである。

10年国債のマイナス利回りが定着したこともあって、10年物の債券募集で国債対比のプライシングではなく、絶対値ベースのプライシングの行われる例が見られる。日本特殊陶業はR&IのA+格及びJCRのAA-格を有するメーカーであるが、この週に募集した5年債200億円と10年債100億円は、揃って絶対値ベースでのプライシングとなっている。10年国債の利回りがマイナス水準を継続するならば、7月に起債市場が盛り上がった際に、10年債以上の年限で利回りの絶対水準に基づくプライシングが増えるのかもしれない。

もう一つの現象として、超長期の端数年限での募集が増加している。これは国債対比プライシングが行われなくなって絶対利回りでプライシングされるならば、国債の募集年限と、債券の募集年限を合わせなくても良いという発想からである。もっとも、超長期年限で時々見られる15年債では、対応する年限の新発国債がないために、既発の20年国債の残存15年ものの流通利回りを基にプライシングされている。実際に、この週に募集された相鉄ホールディングスの15年債は、国債対比+51bpsのスプレッドプライシングによって0.619%クーポンでの募集となっている。この週では、北陸電力が17年債100億円を募集している。前週には九州電力が18年債150億円を募集、前月も東北電力の16年債200億円が募集されている。地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債では、定例募集年限と重ならないようにするため、端数年限での募集が一般的である。国債利回りの水準次第では、こうした端数年限での募集に対する市場の見方に変化が出て来るかもしれない。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/3~6/7

6月第1週の起債は、予想以上に本数・金額ともに発行ラッシュとなった。5月最終週は、武田薬品の劣後債5,000億円が募集されたために金額は大きくなっていたが、本数と言う意味では、6月に入っても、ペースは大きくは落ちていない。社債を発行した企業の業種も、銀行、メーカー、ノンバンク、運輸、電力と幅広くなっている。金額という意味では、みずほフィナンシャルグループの永久劣後債が2本計900億円、日本製鉄の社名変更後初の公募社債3本計800億円といったところが大きい。財投機関債でも、住宅金融支援機構が3本立てで計750億円を募集している。

5月下旬からの起債市場で顕著なのが、野村證券の主幹事外しである。野村證券の不祥事と5月28日に持株会社及び同社に出された業務改善命令について、ここでの詳しい解説は避けることにする。東京証券取引所の区分見直しに関する未公開の検討内容を、営業に用いたことに起因する。そもそも東証が安易な第一部への区分変更を認めたために、東証一部の銘柄数は2千を越え、かつてのようなステイタス感を喪失している。区分の見直しは必須であり、放置することは逆に東証一部の意義を損なう結果になりかねない。ところが、企業は東証一部の看板にしがみ付こうと、検討内容に注目している。その検討内容は企業側には重要な情報であり、野村證券の営業部門が情報に重要な価値を見出すのは当然だろう。多くの投資家は、金融庁より業務改善命令を受けた証券会社との取引を期間限定で停止する。特に、公的機関や金融庁監督下にある銀行、保険、運用会社等は、取引を継続した場合の説明責任を負う可能性が高い。投資家が手を引くのが明らかになっている以上、その反対にある債券の発行側も、主幹事としての地位を野村證券から剥奪するのは已むを得まい。

5月中旬以降の起債市場において、事前の報道から野村證券が主幹事から外された事例を見ると、少なくとも、大阪ガス、小松製作所、ホンダファイナンス、東京地下鉄等がある。主幹事指名の前や報道以前に外された例も他にあろう。過去の事例を見ても、野村證券が業務改善計画を提出し金融庁が受取るまでの暫時、起債市場のメインストリームから、同社は姿を消すことになるだろう。もっとも、法的なサンクションではないために、発行体と投資家の双方が問題視しなければ、野村證券が主幹事の一角を務めることもあり得るし、予定されていた単独主幹事案件では、そのまま主幹事を務めることもあるだろう。

結局のところ、リーグテーブルに若干の影響があり、同社の引受収益が低下する結果となる。過去の同種の事例から見ても、今回は他社で同様の不祥事が生じるとは思えないために、単独での影響となるだろう。市場環境に配慮した条件決定を可能な主幹事証券としての評価が高い野村證券が、起債市場での位置付けが小さくなるために、案件によっては、投資家の目線から外れた発行条件で決定される可能性も考えられる。結果として、長く国内キャピタルマーケッツに君臨していた野村證券の市場ハンドリング力が、再び評価されることになるのかもしれない。他の証券会社は、特に大和証券は野村證券がいないからと言って、市場環境の把握を怠ってはならないだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/27~5/31

起債が本格化したと宣言したが、幻となってしまった。結局のところ、この週も31日金曜日のみ社債等が募集されるという歪んだ構成である。条件決定された金額だけを見ると、巨額であるが、それが、起債市場の活性化とモーストライクリーと言えるものではない。

募集金額が大きくなったのは、武田薬品のハイブリッド債が5,000億円と巨額の条件決定及び募集を行ったためである。ハイウリッド債と言えば個人投資家にも聞こえは良いが、正しくは劣後債である。債券の特質と株式の特質とを併せ持つことから、ハイブリッド証券と言われるが、それはリスクの所在を誤魔化そうとしている可能性が高い。通常の社債に対して劣後し、普通株より優先されるという位置付けを誤ってはならない。

そもそも今回の劣後債は、負債としての側面と資本としての側面を有する観点から、60年債と超長期の償還年限が設定されており、一方で、5年4ヶ月が経過した時点以降、発行体による期限前償還が可能である。劣後債もしくはコーラブル債の特性を正確に理解していない投資家は、期限前償還を所与として5年4ヶ月債と理解するかもしれないが、あくまでも期限前償還は発行体のオプションである。それが、JCRのA-格を付された5年4ヶ月の社債にしては高水準となる当初クーポン1.72%の理由付けである。

かつてのように財務内容の良い武田薬品であれば、5年4ヶ月の与信は何ら問題なかったかもしれない。しかし、巨額のM&Aによって財務構成が悪化し、長期発行体格付けはJCRのA+格でしかない。しかも、劣後債が期限前償還されなければ、最悪60年債となる。薬品メーカーの業種特性を考えると、長期の与信については慎重にならざるを得ない。繰り返しになるが、中期債か超長期債かは投資家が決めるのでなく、発行体が決めるのである。確かに、期限前償還可能期を越えると、円ライボー+175~275bpsとステップアップする変動利付きにクーポンは変更されるが、発行体がその時点で同残存の調達コストより安ければ、期限前償還しないことも考えられるのである。

武田薬品が今後もM&Aを継続するならば、財務構成は悪化し、負債の調達コストが将来的に悪化する可能性は更に高まる。果たして今回の劣後債が期限前償還されるのか。ハイブリッドローンの借換えによる資本性維持を公言した多くの企業が、年数が経過したら前言を翻して、コストの高いハイブリッドローンを償還させた事例は多く確認されている。即ち、期限前償還を前提にして投資することは危険であり、当座の利回りの高さに惑わされず、十分な発行体及び業界の分析を行って投資しなければ、数年後に「こんな筈では・・・」となるかもしれない。