国内起債市場を斬る 起債評価:8/19~8/23

旧盆の休みも終え、起債市場が再開した。条件決定前の打診・勧誘行為は既にはじまっていたが、正式なプライシングを経ての債券募集は、実質的にこの週後半からとなった。発行体も、投資家も、ようやく市場に戻って来たというところだろうか。

財投機関債の一つである日本学生支援機構の2年債がマイナス利回り(0.001%クーポンで100.003円のオーバーパー発行)で募集されたのは、一つの大きな衝撃であった。既に、単価100.002円での0%利回り発行は経験していたのであるが、新規発行の一般債でのマイナス利回りは初めてである。既に、ドイツ国債が30年までもマイナス利回りとなり、米国国債を見ても10年債利回りが2%水準を割ってしまっている。他の先進国が金融緩和に逆戻りする中で、金融引き締めや金利上昇のパスにまで至らなかった日本銀行には、もはや打つ手がない。彼我(ひが)の関係で決まる為替レートを考えると、円高抑制のためには、欧米の金利水準を見据えて、残された金融緩和のカードを少しずつ小出しにするしかない。要するに、かつての白川執行部が実践していた金融政策のファインチューニングであり、黒田総裁は2013年の就任時にそれを“戦力の逐次投入である”と批難したものが、結局のところ、同じ轍を踏まざるを得なくなっているのである。先人に対する安直な批難は身を滅ぼす。

上期末を控え、社債等の条件決定に適した期間は短い。今年度のカレンダーだと、概ね9月9日の週までは募集に適しているが、その後、月曜日が2週続けて休日となっているため、9月16日の週に入るとやや募集スケジュールは厳しくなる。これまでに起債観測の上がっている銘柄を見ると、順不同で電力・ガス、銀行、鉄道、食品、放送、機械、建設、証券、化学、鉄鋼・金属、自動車、ノンバンク、保険、不動産、物流・倉庫、住宅、通信など上期中の起債予定は、多業種にわたって膨大にある。しかも、劣後債の募集を予定している発行体が複数あって、これから市場関係者は忙しくなりそうだ。

この週に募集された中で、JR西日本の30年債だけでなく、鉄道建設・運輸施設整備支援機構の10年債及び20年債も国債対比のスプレッド形式ではプライシングされていない。10年国債利回りが深くマイナスとなっていることに加え、20年国債や30年国債の利回りも随分と水準が低下してしまっている。2016年にマイナス金利政策が導入され、英国でブレグジット(Brexit)の国民投票結果が判明した後に付けた低金利水準に、再び舞い戻っているのである。あの時の金利低下は、日銀がマイナス金利という前代未聞の政策を導入したための市場による過剰反応と解する余地もあったが、今回は、日銀が政策目標とする10年国債利回りの水準について乖離幅を含めて提示する中での、乖離幅を上回る大きなマイナス容認と、超長期ゾーンの金利低下である。日銀が金利を上昇させる方向には動けない以上、現行の枠組みでは、超長期を含む金利低下を容認せざるを得ない状況になっている。

多くの発行体にとっては、極めて低利での資金調達が可能となり、また、金額面での市場の吸収余力も大きい。こんな絶好の債券募集チャンスは珍しいのかもしれない。米中の貿易摩擦激化に端を発し、中国経済の成長鈍化によって大きくグローバル経済全体の伸びが圧迫される環境にある。景気後退は、特に低格付けゾーンの信用悪化を招く可能性が高い。そう考えると、下期の起債環境が果たして現状のような恵まれたものであるかどうかは、見通せない。予想される上期末の起債ラッシュは、今年度最後の調達好機になると言っても、過言ではないのかも知れない。

国内起債市場を斬る 2019年夏季特別号:国債投資の代替手段【後編】

「暗黙の政府保証」とも認識されてれる債券に、地方債というカテゴリーがある。とは言え、財投機関債と同程度の信用力とは、必ずとも言い難い。地方債発行計画も財政投融資計画と同様に、一般会計予算と併せて国会に提出されていることに加えて、2006年の夕張市の財政悪化等を受けて早期警戒処置に基づく対応が定められており、元利金に対する政府保証はないものの、制度的な保障があると考えられている。地方債と財投機関債で異なるもう一つの点が、財投機関債は基本的にすべて格付けを取得して発行されているのに対し、地方債に関しては、格付けを取得せずに発行される銘柄が少なくないことである。夕張市の財税問題は、会計上の不適切な処理による個別事象であったが、そのために向けられた早期是正措置では、財政状態の悪化傾向となった地方公共団体に対しては、都道府県及び総務省が早期に介入することで、信用不安に陥るようなことを起こさせなくしている。つまり、社債で言えば、破綻する手前の信用悪化時点で、強制的に是正を図る措置なのである。結果として、地方債のデフォルトは考え難い。よほど都道府県や日本国政府そのものの財政が悪化しない限り、市町村等の財政破綻を容認することはないのである。

結局のところ、地方債に関しては、格付け取得の有無が大きな差とはなり難いし、むしろ経常収支比率や実質公債費比率等の財政指標をチェックするとともに、当該地域の長期的な経済状況を考慮するしかない。急速に人口が減少し財政の悪化する可能性が高い地方公共団体と、企業本社が多く所在し法人事業税収入等が潤沢な地方公共団体とでは、自ら将来性の差が存在する。中期債ならともかく、超長期債に投資する際には、デフォルトの可能性は極めて低いものの、慎重な分析が必要である。

金融商品取引法上の位置付けでは、国債、地方債は独立したカテゴリーであり、財投機関債の多くは、特別の法律により法人の発行する債券(第2条第1項第3号)に該当する。一部の財投機関債は、株式会社の発行する債券という意味で、同第5号の社債券に該当する可能性もある。社債から投資対象を拡大するというアプローチとは逆に、国債の利回り低下を受けて、国債から徐々に信用リスクを取るという投資家も少なくない。そうした時に、どこまでのリスクを取れるのか、取ることに違和感がないかを考えることは重要であり、ソブリン債だからと言って、闇雲に海外の政府関係機関の発行する債券に飛びつくのはナンセンスであり、更に、それが単純な債券でなく、指数リンク等の複雑な仕組み債であっては、目も当てられない。投資対象が何であるか、それを理解しているかは、投資家にとって常に不可欠な視点であり、それを疎かにするならば、景気低迷等の局面や政府財政の悪化等によって、思わぬ損失を被る可能性もある。投資は自己の判断に基づくべきものであるが、十分な理解がその前提にあることを忘れてはならないだろう。 (完)

国内起債市場を斬る 2019年夏季特別号:国債投資の代替手段【前編】

先進国の国債利回り低下の再来である。国債で十分な利回りを得られない場合には、デュレーションリスクをとって債券の年限を伸ばすか、信用力等のリスクをとるかといった選択肢が考えられる。しかし、欧州のように年限の長期化でも国債利回りがマイナスに留まるようであれば、信用リスク等で国債+αの利回りを狙う必要性が出て来る。

国債に対して上乗せ利回りのある債券商品としては、社債をイメージするのが一般的である。社債の上乗せ利回りは、国債に対する信用力の差に起因するとされるが、それは単なるデフォルトの可能性のみではなく、信用力の安定性や流動性の差といった要素も影響を及ぼす。また、劣後債のように、回収可能性が劣位にある債券の場合には、その分の上乗せが要求される。ところが、社債に関しては、発行量が多くないために、十分な必要量を確保できない可能性も高い。また、国債からいきなり社債投資へと進むことに躊躇する投資家も珍しくない。そのため、国債投資の代替手段としては、社債の前に他の一般債の購入を検討する投資家も多い。

もっとも国債に近い位置付けの債券として、政府保証債を考えることができる。政府保証債は、法律の規定によって、政府関係機関等の発行する債券の元利払いについて政府が保証するものである。通常に見られる発行体は政府関係機関であるが、過去には、地方公共団体や企業の発行する債券に政府保証が付された例がある。当然に、法定されたものであり、その趣旨は政府による無制限の債務保証提供を抑制することにある。政府保証債は、厳密な信用力という観点では、日本国債と同等と言うことができよう。しかし、発行体による元利金の支払が遅延した場合に政府が代わって支払うと言う観点からは、支払の遅延する可能性を含んでいる。また、日本国債とは必ずしも同等に取引されるものではないために、流動性リスクが日本国債より大きいことも否定できない。結果として、政府保証債は日本国債に次ぐ信用力の高さとなるが、完全に日本国債の代替とすることはできない。

次のグループとしては、財投機関債がある。財政投融資計画に基づいて政府関係機関等の発行する債券であるが、法律に基づく元利金の保証はない。しかし、財政投融資計画は毎年度の一般会計予算と併せて国会に提出されているものであり、財投機関の位置付けを考えると、万一の場合に、政府による支援が行われる可能性は高いと考えられる。そのため、「暗黙の政府保証」が付されていると考えられることが多い。しかし、留意しなければならないのは、その財投機関の担う機能が政府にとって不可欠なものであるかどうかであり、特に民間で代替できる機能であれば、政府による発行体への支援可能性は相対的に低いと考える余地もある。つまり、財投機関債の信用力は政府との位置関係によって変わると考えるべきであり、実際に、格付会社の付与している格付けを見ても、日本国債よりも低い評価となっている財投機関もある。注意しなければならないのは、民営化や民間への事業移転を検討されたとしても、状況が変化することがある。つまり、「暗黙の政府保証」の強さは、決して一定でないということだ。例として挙げるなら、東日本大震災やバブル経済崩壊等の経験から危機対応業務を担うことになって、政府との距離が縮まったとされる日本政策投資銀行や、民間への事業移転が見送られた都市再生機構などがある。

なお、政府保証が付されておらず、財投投融資計画にも基づかない政府関係機関の発行する債券が、数例存在している。金融機関等に向けて縁故募集される債券であるが、発行量が多くなく、市場で話題に上ることは多くない。 (つづく)

国内起債市場を斬る 起債評価:7/29~8/2

かつて「梅雨明け十日」即ち「夏本番」とよく言われてきたが、日本の夏の暑さは、いまや猛暑、酷暑を超えている。3月期決算企業の第1四半期末の速報発表がある中で、起債市場の動きは、案件が融けるように少なくなっている。昨今は、まとまった日数の休暇を取得させることが企業の義務とされており、発行体である事業会社でも、引受証券会社でも、更には、債券の購入者である投資家も例外ではない。結果として、7月の終わりから8月前半にかけては、全般的に低調な市場動向となってしまう。

この中で、二つの複数年限の起債が確認された。最初の案件は、三菱地所による7年債100億円・10年債300億円・20年債100億円の計500億円の募集である。丸の内の大家と呼ばれるオフィスビルだけでなく、旧藤和不動産を統合したレジデンスによる個人向け住宅事業、更には、ショッピングセンターやホテル等を営む総合不動産企業である。人口減少の影響も、都心のオフィス事業が好調であれば、大きなものとならないことが期待される。とは、言っても、20年債についてどう考えるべきだろうか。これまでの20年間においては、バブル経済の崩壊によるプレッシャーは強く受けたものの、相対的に三菱地所は安定した状況であった。次の20年も、継続して安定した状況が期待できると考えられるなら、投資対象になり得るだろう。しかし、クーポンは0.59%に過ぎない。国債よりましな利回りであるが、5年や10年経った時に、15年債や10年債を購入するのと、どちらが有利だろうか。

もう一つの複数年限での起債が、光通信の5年債50億円・7年債50億円・15年債400億円の計500億円の募集である。15年債の募集金額は300億円程度と見られていた時期もあったが、増額されて400億円となり、総募集額は500億円で三菱地所と並んでしまっている。15年債のクーポンは1.38%と他ではなかなか得られないような高水準であった。同社の格付けはR&I及びJCRのA-格であり、15年という調達年限を不適切に思わない投資家も少なくないだろう。しかし、過去に財務状況の悪化に伴い、既発債を割安に買い叩いて買入償却した同社について、果たして投資家は過去のことと割り切ることは出来るだろうか。結局のところ、資本市場において発行体と投資家、証券会社の間の信頼関係は長期にわたって築き上げるものであり、それを損なった場合には、容易に回復することは出来ない。果たして光通信の今後の15年間は、どういったことになるのだろうか。