国内起債市場を斬る 起債評価:9/16~9/20

本年度上半期の社債等の募集の最後は、劣後債とFLLIP債に野村グループの社債と、ほぼ想定された通りの展開となった。一般の起債案件は、ほとんどが前週までに募集を終了しており、まさに上半期の最終局面といった感じである。

地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券は、引受証券が購入者を見つけて来てから嵌め込む形であるから、販売が難航することは考え難い。最低ロットは30億円とされており、一般的な公募社債の金額より小さい。もっとも、この週に募集された第487回債は70億円で、第488回債は200億円と通常の公募社債の募集でも見られるような金額であった。引受証券は、前者がSMBC日興証券で後者が野村證券であり、大手証券の意地のようなものをやや感じる。

劣後債を募集したのは大和ハウス工業で、期限前償還が可能になるタイミングで5年・7年・10年と3回号に分けられたが、その後は30年間の変動利付債となるプログラムである。事業会社のいわゆるハイブリッド債募集においては、最大償還予定を揃えて期限前償還のタイミングを変えたものを見ることが多い。例えば、9月6日に募集された日本製鉄の劣後債はいずれも60年債と設定されていたが、最初の期限前償還タイミングは、大和ハウス工業債と同じく、5年・7年・10年で設定されていた。最初のタイミングでの償還を所与のものと考えれば、その後の最終償還までの年数には意味がなく、単に置かれた数字でしかない。しかし、期限前償還されなかった場合には、最大で残存年数にまで及ぶ与信が継続する。それが発行体の信用力等の観点から適切かどうかの判断が必要である。あくまでも償還するかしないかは発行体側のオプションである。そのプレミアム価値を十分に検討する必要がある。果たして、発行体の企業は、また、その属する業種は、30年とか60年といった年限において安定的な事業が展開可能だろうか。

野村総合研究所は、IT・コンサルを中心にした企業であり、東証一部に上場しているものの、野村ホールディングスが約3割の株式を依然として保有している。最大の証券会社グループに属する企業が未だに親子上場の形になっているのであるから、日本の資本市場の特殊性が改まっていないことは明らかである。筆頭株主以外にも、グループ企業や社員持株会の保有分を加えると、ほぼ半数がグループの保有である。到底、他の企業の保有・上場構造に文句を言える筋合いではない。3年債と10年債の計400億円の募集であり、グループの野村證券が主幹事として仕切るのであるから、ギリギリの募集タイミングでも販売に支障ないだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/9~9/13

上半期の起債もそろそろ終了となる。敬老の日(16日)による三連休明けの週もギリギリ募集できないわけではなく、実際の起債観測も上がっているが、多くの案件は9日の週までに終わる。特に、三連休明けだと17日(火)が営業日でないために、翌週も18日が募集可能な営業日であるため、20日(金)が迫るタイミングになっており、多くの起債募集が動ける状況ではない。

9日の週は多くの案件が動いた。その前の週がソフトバンクグループの計5,000億円や日本製鉄の計3,300億円、三菱UFJフィナンシャルグループの計2,000億円といった大型起債が目立ったために、比べると金額では小ぶりに見えるが、本数は2日の週の計34本に対して、9日の週も計31本と遜色はない。もっとも、大型起債は、コカコーラボトラーズジャパンホールディングスの三本立て計1,500億円くらいなものである。

引き続き、超長期債の募集は、地方公共団体金融機構の20年債、住宅金融支援機構の15年債、東急の20年債及び30年債、中国電力の30年債と行われているが、国債対比でプライシングされたのは中国電力の30年債くらいなもので、絶対値ベースでのプライシングが続いている。特に、発行体の属性からも国債対比でのプライシングが最適と考えられる公共機関による起債が、国債対比で行われなくなっていることには留意しておきたい。マイナス金利となっている年限ならともかく、それ以外の年限での安易な絶対値プライシングは、発行体のためにも、投資家のためにもならないだろう。

投資家が低金利環境下で利回りを稼ぐには、年限を伸ばすか、信用力の劣る銘柄に手を出すかという判断になる。この両方を選択することも可能であるが、低格付け銘柄に対する超長期の与信は敬遠されるだろう。そこで、比較的に低格付けの社債も複数みられる。年限としては、一般的に3年債や5年債といったあたりが、適切だろうか。もちろん個別の発行体、業種によって適切な年限は異なる。A格ゾーンの下やBBB格ゾーンの起債としては、横浜冷凍の7年債100億円、イオンフィナンシャルサービスの3.5年債・5年債・7年債計700億円、DMG森精機の3年債100億円、西松建設の5年債200億円、大建工業の3年債及び5年債計100億円といったところが見られる。なお、近鉄エクスプレスはBBB+(R&I)格でありながら、10年債を募集している。それでも、クーポンは0.45%と低いのだから、投資家の食指は限定的である。

このような起債環境下で、グリーンボンドやソーシャルボンドを標榜する起債も、住友倉庫の5年債や大建工業の3年債等が見られる。その前の週も、カネカの5年債や三井不動産の5年債といったところが、グリーンボンド等となっている。投資家に買ってもらうための工夫とアイデアのようだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/2~9/6

起債環境に大きな変化はない。基本的に、欧米も含めて先進国の金利は低下傾向にある。当然に9月の各中央銀行の政策決定イベントには、注目が集まっている。もし、米国が7月につづいて利下げを敢行した場合、為替は円高水準に振れるのか、それとも、大きな変化はないのか。もし円高になるようなら、日本銀行も再び金融緩和を強める可能性が高いと想定される。既に日本銀行の黒田総裁は、マイナス金利の深掘りの可能性すら示している。しかも、起債市場は上期末が近づく中で、募集に適した営業日が徐々になくなりつつある。さらなる金利低下を見据えた投資家は、社債を積極的に買い向かう可能性が高い。この週の起債は、募集総額が巨額になった。

募集金額を大きくした一つのグループが、劣後債である。銀行・保険の劣後債としては、あいおいニッセイ同和損害保険が計500億円、第一生命ホールディングスが650億円、三菱UFJフィナンシャルグループが計2,000億円と計3,000億円を越えて募集したのに加え、日本製鉄の劣後債(世の中ではハイブリッド債などと称すこともあるが、実際には、単なる劣後債と考えるべき)が計3,300億円募集されており、劣後債の募集総合計は6,400億円を上回る金額であった。

もう一つ募集金額を増やしたのが、ソフトバンクグループである。もっとも、個人投資家向けの4,000億円は6日に条件決定されただけで、実際の募集は9日からとなっている。同社が個人投資家向けに4,000億円といった大規模な起債を行うのは決して珍しくないが、今回は同時に条件決定・募集された機関投資家向けの募集額が目を引く。個人投資家向けと同じ7年債で、同一クーポンとされたのであるが、単体で1,000億円を募集している。従来から、同社に対する与信について慎重なスタンスの機関投資家は少なくない。機関投資家向けの社債の発行額より個人投資家向け社債の方が募集金額は大きいのは、別に普通であった。しかし、機関投資家向けで1,000億円と大台に乗った募集が実現したのは、投資家の利回り志向が、「たとえソフトバンクでも背に腹は代えられない」と、気持ちが緩んだと考えられる。

ソフトバンクグループが募集したのは、JCRでA-格の評価の7年債で、クーポンが1.38%と高水準である。一方、日本製鉄の60年物劣後債で当初7年間償還されないタイプのものは、7年間のクーポンが0.93%である。日本製鉄の劣後債格付けは、劣後性による引き下げを考慮しても、JCRのA格とソフトバンクグループより高い。しかし、差は、わずかに1ノッチである。劣後プレミアムが乗っているとはいえ、日本製鉄の0.93%が色褪せてしまうような利回り水準であったと言える。もっとも、それを利回りが高いとポジティブ方向のみに評価すべきではなく、1ノッチ上の劣後債よりも、大幅に利回りが上回ることとなった背景として、発行体にどういったリスクが存在するかをよくかを、真摯に考えるべきではないか。

国内起債市場を斬る 2019年夏季特別号:マイナス金利起債時代をどう見る【追記編】

10年国債利回りのマイナス幅が大きくなっている。その影響が、社債等一般債にも及びつつある。理屈の上では、国債利回り対比のスプレッドを、マイナスの国債利回りから計測することは可能である。しかし、実質的な意味合いは従来と異なる可能性が高い。そもそも利回りがマイナスになること自体が、以前では考え難い例外事象なのであるが、需要と供給の価格決定メカニズムで決まる利回りは、マイナス利回りで債券を購入する市場参加者がいれば、マイナスにもなってしまう。近年は、日本銀行が宣言して取組み、市場に存在している利付国債の約4割を買い上げた結果、マイナス利回りが実現されてしまっている。確かに国債は、日本銀行という最後の買い手がいるために、マイナス利回りになるだろう。しかし、日本銀行が買入対象としないほとんどの一般債については、状況が異なる。持ち切り前提で購入する投資家が多いなら、一般債がマイナス利回りになることは考え難い。前週に日本学生支援機構の2年物財投機関債で、マイナス利回りに突入する事態が発生したのは、国債対比の相対感で購入する投資家がいるからである。

短い年限の社債等で利回りがマイナスを伺う局面にある一方、10年やそれ以上の年限においては、プライシングの基準としての国債利回りが低下し、基軸としての存在意義を疑われる事態となっている。その結果、長い年限の社債等のプライシングが国債対比のスプレッドプライシングから絶対水準の利回りによるプライシングへシフトしつつある。以前であれば、参照される国債利回りがマイナスの中期年限は、絶対値ベースのプライシングにシフトしていたのであるが、この週のプライシング状況を見ると、もはやスプレッドプライシング自体が機能停止しているように見える。もちろん、最終的に決定されたクーポンと単価から求められる投資利回りと、対応する国債の利回りからスプレッドを計算することは可能である。しかし、それは算出された結果としてのスプレッドであって、発行体や投資家によって意図されたスプレッド水準ではない。

既に15年を超える年限の国債利回りまでもがマイナスになっており、10年超の超長期債のプライシングがほとんど国債対比のスプレッドでは行われなくなっている。唯一、国債対比のスプレッドで行われたことが確認できたのは、九州電力の第483回20年債のみであって、それ以外の超長期社債は、日本ハムの第13回債、電源開発の第68回債、キリンホールディングスの第14回債、名古屋鉄道の第59回債といった20年債だけでなく、大阪ガスの募集した第38回30年債、第39回39年債、第40回50年債のすべてが、国債対比でない形でプライシングされたのである。

国債対比のスプレッドプライシングは、必ずしも古くから続く市場慣行ではない。それでも、基準となる国債利回りの変動がクーポンに与える影響を排除することで、透明性や比較可能性を確保する手段として定着して来たものであった。ところが、日銀によるマイナス金利政策の副作用として、スプレッドプライシング方式が捨て去られようとしている。果たして、この傾向が今後も続くのだろうか。かつてのように国債利回りが大きく変動しない市場なら、絶対値のプライシングでも悪影響は見られなかった。幸い現状も日銀による買い占めで国債利回りの変動が小さくなっており、足元の絶対値プライシングは適切なのかもしれない。しかし、将来はどうなるのだろうか。債券市場の参加者は、利回りの低下などから徐々に減少しつつある。市場機能を維持することも中央銀行や市場監督者の負う一つの義務だと思うのだが。