国内起債市場を斬る 2019年夏季特別号:マイナス金利起債時代をどう見る【追記編】

10年国債利回りのマイナス幅が大きくなっている。その影響が、社債等一般債にも及びつつある。理屈の上では、国債利回り対比のスプレッドを、マイナスの国債利回りから計測することは可能である。しかし、実質的な意味合いは従来と異なる可能性が高い。そもそも利回りがマイナスになること自体が、以前では考え難い例外事象なのであるが、需要と供給の価格決定メカニズムで決まる利回りは、マイナス利回りで債券を購入する市場参加者がいれば、マイナスにもなってしまう。近年は、日本銀行が宣言して取組み、市場に存在している利付国債の約4割を買い上げた結果、マイナス利回りが実現されてしまっている。確かに国債は、日本銀行という最後の買い手がいるために、マイナス利回りになるだろう。しかし、日本銀行が買入対象としないほとんどの一般債については、状況が異なる。持ち切り前提で購入する投資家が多いなら、一般債がマイナス利回りになることは考え難い。前週に日本学生支援機構の2年物財投機関債で、マイナス利回りに突入する事態が発生したのは、国債対比の相対感で購入する投資家がいるからである。

短い年限の社債等で利回りがマイナスを伺う局面にある一方、10年やそれ以上の年限においては、プライシングの基準としての国債利回りが低下し、基軸としての存在意義を疑われる事態となっている。その結果、長い年限の社債等のプライシングが国債対比のスプレッドプライシングから絶対水準の利回りによるプライシングへシフトしつつある。以前であれば、参照される国債利回りがマイナスの中期年限は、絶対値ベースのプライシングにシフトしていたのであるが、この週のプライシング状況を見ると、もはやスプレッドプライシング自体が機能停止しているように見える。もちろん、最終的に決定されたクーポンと単価から求められる投資利回りと、対応する国債の利回りからスプレッドを計算することは可能である。しかし、それは算出された結果としてのスプレッドであって、発行体や投資家によって意図されたスプレッド水準ではない。

既に15年を超える年限の国債利回りまでもがマイナスになっており、10年超の超長期債のプライシングがほとんど国債対比のスプレッドでは行われなくなっている。唯一、国債対比のスプレッドで行われたことが確認できたのは、九州電力の第483回20年債のみであって、それ以外の超長期社債は、日本ハムの第13回債、電源開発の第68回債、キリンホールディングスの第14回債、名古屋鉄道の第59回債といった20年債だけでなく、大阪ガスの募集した第38回30年債、第39回39年債、第40回50年債のすべてが、国債対比でない形でプライシングされたのである。

国債対比のスプレッドプライシングは、必ずしも古くから続く市場慣行ではない。それでも、基準となる国債利回りの変動がクーポンに与える影響を排除することで、透明性や比較可能性を確保する手段として定着して来たものであった。ところが、日銀によるマイナス金利政策の副作用として、スプレッドプライシング方式が捨て去られようとしている。果たして、この傾向が今後も続くのだろうか。かつてのように国債利回りが大きく変動しない市場なら、絶対値のプライシングでも悪影響は見られなかった。幸い現状も日銀による買い占めで国債利回りの変動が小さくなっており、足元の絶対値プライシングは適切なのかもしれない。しかし、将来はどうなるのだろうか。債券市場の参加者は、利回りの低下などから徐々に減少しつつある。市場機能を維持することも中央銀行や市場監督者の負う一つの義務だと思うのだが。