国内起債市場を斬る 起債評価:11/18~11/22

週央に古巣の証券会社のDCM担当と話していると、22日(金)は条件決定が大量に集中するとのことであった。実際に、社債と財投機関債とを合わせて10以上の発行体が債券の発行条件を決定する展開となった。前日である21日の木曜日は、電力2社と双日、日本高速道路保有・債務返済機構だけが条件決定しており、22日の集中度が極めて大きかったのである。これからの起債観測を見ると、12月中旬の年内最終募集期限に向けて、年内最後の繁忙期となりそうだ。

22日に登場した発行体の顔触れを見ると、メーカー、商社、電力、通信、運輸、ノンバンク、財投機関と幅広い。今回は、運輸に着目すると、まず、南海電気鉄道および京浜急行電鉄が各々20年債を募集している。格付けでは、前者がA-(R&I)格で、後者がA+(JCR)格と2ノッチ差がある。しかし、決定されたクーポンを見ると、前者の0.69%に対し後者は0.576%と必ずしも大きな差にはなっていない。前者が絶対水準でプライシングされたのに対し、後者は国債対比+32bpsでスプレッドプライシングされたためもあるが、日本銀行によって利回りもスプレッドも潰されている現状では、投資家の目線はどちらに寄ったのだろうか。

運輸の中でも、空運のANAホールディングスは、格付けがR&IのA-格及びJCRのA格である。鉄道と航空という業種の差を無視すれば、南海電気鉄道と同等、京浜急行電鉄より1ノッチ下の格付けである。条件決定したのは、6年の個人向け社債の他、10年債及び20年債各100億円であった。20年債のクーポンは0.69%と、南海電気鉄道と同水準で決定されている。格付水準のみを見れば、同格であることから同じ利回りを適正と考えることもできるが、果たして鉄道と空運を同列に論じて良いだろうか。欧州を中心に燃え盛っているESG(Environment, Social & Governance)やTCFD(The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosures)といった運動の中では、空運に対する風当たりは極めて強い。ジェット燃料を大量に消費して二酸化炭素を巻き散らす業種として、活動家は移動に際して飛行機の使用を忌避するほどである。一方、鉄道に関しては、使用する電力に関してそのエネルギー源を問われないため、クリーンであるとする評価が根強い。実態は、化石燃料による火力発電と、廃棄物処理に問題のある原子力発電とに多くを依存しているのだから、決して電車はクリーンな輸送手段と思えないのであるが、目に見えるものしか相手にしない活動家という連中は、そんな浅薄な理解で満足するものである。いずれにせよサステナビリティ(sustainability)を重視する観点からは、鉄道と空運には将来的に大きな差が存するために、格付水準のみから同じ利回りというのは、機関投資家からは受け入れがたいであろう。

環境という意味では、日本電産が3年債500億円・5年債300億円・7年債200億円と計1,000億円のグリーンボンドを募集している。創業者がブラック企業体質であることを是とする方針を長期に強調し続け、足元では米中貿易摩擦から業績の下方修正が確実視される中で、グリーンボンドを募集するというのは実に皮肉である。株式と異なって、社債の元利弁済に業績の下方修正は大きく影響しない可能性はあるが、信用力の低下等で時価の下落を気にする投資家にとっては、長めの与信を警戒することになろう。年限ごとの発行金額の差が、投資家の警戒感を端的に表している。

国内起債市場を斬る 起債評価:11/11~11/15

未だ、国内起債市場は本格稼働とはなっていない。前週に続いて、まだ、公共債が主体となっている。地方公共団体金融機構が毎月募集する10年債350億円の他、半期に1回ペースの珍しい5年債を100億円募集している。5年債の利回りを前週の住宅金融支援機構と比較すると投資妙味は格段に落ちるが、市場実勢という観点からはおかしくない水準である。やはり国債がマイナス金利となっている年限では、一般債の目線は難しい。なお、10年債の利回りは、国債対比+16bpsのスプレッドと発表されている。

同じく公共債セクターでは、東日本高速道路と日本高速道路保有・債務返済機構が債券を募集している。前者は、5年債300億円・7年債200億円・10年債400億円と計900億円の募集である。前述の地方公共団体金融機関の10年債と同様に、東日本高速道路の10年債も国債対比+23bpsのスプレッドとされている。10年国債利回りが大きく動く中でのプライシングとなったこともあって、絶対水準オンリーでは投資家のニーズが確保できなかった可能性もあろう。本来のあるべき姿に戻りつつあるのか、それとも暫時の姿なのか、今後の動向を見極めたい。日本高速道路保有・債務返済機構の財投機関債は40年である。国債対比+41bpsのスプレッドとされるが、クーポンは0.882%と1%に満たない。40年という途方もなく長い年限を考えると、例え発行体のデフォルト・リスクがほとんどないにしても、満期持ち切り目的ではない投資家としては、此のクーポンでの資金固定のリスクは、十分に考えるべきであろう。

民間で唯一の起債が、阪急阪神ホールディングスによる10年債及び20年債100億円ずつの募集である。両年限とも国債対比のプライシングが行われ、10年債は+31bps、20年債は+45bpsとされる。この週の10年債のスプレッドを並べると、準地方債とも言える地方公共団体金融機構債が+16bps、準財投機関債と言えるが形式的には社債である東日本高速道路債が+23bps、阪急阪神ホールディングスの社債が+31bpsとなる。格付けは、前2者がAA+(R&I)格であり、阪急阪神ホールディングスがA+(R&I)格であるから、発行体の規模的な格差は整合的であると言えよう。しかし、AA+格とA+格の差は3ノッチと大きく、それでありながらスプレッドの差が10bpsにも満たないというのは、金利水準の低さそのものに影響されたと見るべきであり、投資家は割高感と流動性リスク格差を認識すべきであろう。

これから12月中旬に向けた約1か月間が年内の新発債に関する最終募集期間であり、起債観測はメーカー、鉄道、通信、建設、商社、小売り、ノンバンク等様々なのものが見られている。年内の各週の金曜日は、慌ただしい展開になりそうだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:11/4~11/8

9月末決算の発表が引きつづき継続しており、民間企業の社債募集は動きが鈍い。1週間を見渡すと、国債や地方債を除いて条件決定から募集に至ったのは、日本高速道路保有・債務返済機構と住宅金融支援機構の財投機関債を除くと、森ビルの社債のみとなった。

森ビルは3月期決算を採用しているが非上場であり、必ずしも上場企業と同様のスケジュールには馴染まない。今回募集したのは、10年のグリーンボンドである。不動産業は、比較的にグリーンボンドには馴染みやすい業種であろう。今回の起債に関しては、虎ノ門・麻布台プロジェクトの保留床取得資金を使途とすることが発表されている。「アークヒルズ」に隣接し、「文化都心・六本木ヒルズ」と「グローバルビジネスセンター・虎ノ門ヒルズ」の中間点に位置し、ロシア大使館の斜め向かい、旧麻布郵便局のあった日本郵政グループ飯倉ビル及びその背後にあった古い住宅地等を再開発するプロジェクトである。やや地下鉄の駅からアクセスは良くないが、港区内の一等地である。『緑につつまれ、人と人がつながる『広場』のような街』というコンセプトが提示されており、超高層ビルと緑化地域を両立させる狙いで、グリーンボンドには相応しいプロジェクトであろう。なお、グリーンボンドとしての適格性に関する第三者オピニオンは、サステイナリティクスより取得している。

ここで近年の社債発行市場における変化の可能性について、コメントしておこう。従来、投資家は自らがどの債券を幾ら購入したかが公になるのを望んで来なかった。また、どの証券会社から購入したかも、他の証券会社との取引関係に影響する可能性があることから、明らかになるのを忌避して来た。こうした状況に変化が訪れる可能性が、二つの方向から見られている。一つは、グリーンボンドやソーシャルボンド等に対する取得意向の表明である。投資家が新規に発行される債券に対して事前に購入意欲を示すということは、価格決定に影響を与える可能性もあり、避けられてきたのである。ところが、購入意欲の表明は、実際には、購入しない可能性もあるし、金額が明示されないことで、必ずしも忌避されないようになっている。グリーンボンド等に投資する異様の表明は、結果として、投資家と発行体双方のメリットがあるように思える。

もう一つの方向がPOT方式の採用である。主幹事証券等が顧客からのオーダーをすり合わせ、適正価格と玉(ぎょく)の配分をコントロールするものである。一部の投資家には根強い抵抗感があり、必ずしも全面的な採用には至っていない。そして、投資家の抵抗の背景にあるのが、購入申し込み玉の数量や完売に関する引受証券から流される情報が必ずしも真実でない可能性があると疑われていることにある。歴史的には、ある程度の疑いが古くから根強く囁かれてきたものの、近年では、「条件決定の金曜日集中化」と極端な偏りもあって、情報ベンダー経由で公表される完売宣言や応募倍率等の一方的な情報に対して内容の正確性が疑われている。一部の情報ベンダーからは、「実は完売していなかった」といった類の報道すら見られる。このように起債運営に対する投資家の不信感が高まっていることを前提とすると、POT方式が必ずしも容易には前に進まないものと考える。引受証券は改めて市場から疑念を呈されないように襟を正す必要があるのではないだろうか。

国内起債市場を斬る 起債評価:10/28~11/1

10月最終週に債券の募集は、まず行われない。しかし、かなり以前から、11月1日に光通信によって社債が募集されるという観測は上がっていた。前週の時点では、募集年限が10年・20年・30年の3本とされ、10年債及び20年債は100億円程度の募集が見込まれており、30年債については、投資家のニーズ次第とされていたようである。実際に11月1日に募集されたのは、10年債が90億円、20年債が100億円で、30年債が75億円となった。

同社債の格付けは、R&I及びJCRのA-格である。格付けの面では10年債を募集することに必ずしも違和感はないが、同社の事業内容を考えると、20年債及び30年債に投資するのは躊躇される。鉄道や電力・ガスのような安定的な事業基盤はなく、また、基礎財のメーカーでもない。非製造業に関しては、超長期の起債は慎重に考えざるを得ないというのが大原則である。そもそも、格付けの有効年限は、会社の中期計画や業種特性を考慮しても、3年ないし5年といった水準でしかない。それを大きく上回る年限に関しては、投資家が自己責任で投資判断を行うしかないのである。同社の場合、人によっては10年債ですら積極的な投資対象にはし難いのに、20年債や30年債となると、もはや投資を越えて投機の領域に近い。同社の創立は1988年、東証一部上場は1999年である。辛うじて20年前がイメージできるところだ。投資家は、同社の20年前、30年前がどうであったかを思い出して、逆にこれからの20年後、30年後を考える作業が必要であろう。

日本銀行による低金利政策の影響下であっても、光通信の社債は20年債で1.7%クーポン、30年債で2.5%クーポンと、極めて高水準の利回りとなっている。最近の社債市場は消化不良ではないかという観測(10月25日日経朝刊)が発せられており、極めて高い水準のクーポンが付されていても、同社の社債が3年限合わせても265億円しか募集成立しなかったことは注目してよいだろう。投資家が闇雲に利回りだけを求めているわけではなく、リスクに見合った年限や利回りといった発行条件を吟味しているものと考えられる。また、金融資本市場がグローバル化している中で、日本国内の社債市場のみに拘るというスタンスが薄れているのではなかろうか。こんなに潰れたスプレッドであれば、国債で十分といった考えもできるし、マイナス利回りの国債が嫌なら普通預金のままで良いと公言する投資家も少なくない。

株式はグローバル市場化しており、それは、日本企業の海外収益依存度の上昇とともに、国内株と外国株の相関の高まりとして観測されている。また、国内の低金利を敬遠する投資家は、外債や海外のオルタナティブ資産への投資に注力しはじめている。振り返って、日本の社債市場を見ると、現在もR&IとJCRという国内系の2社による格付けが実質的な寡占状況にある。この現状は、海外系格付会社が収益性の低さから退出して行った結果であるが、このままガラパゴス状態がいつまでも継続するだろうか。日本の金融資本市場の在り方について、改めて検討すべき時期に来ているものと思われる。株式や他の資産がどんどんグローバル化して行く中で、債券市場のみがドメスティックな状態のままで良いはずがない。