国内起債市場を斬る 起債評価:2/17~2/21

ようやく起債市場での募集の動きが本格化している。しかも、金曜日に向けての盛り上がりが顕著であった。民間の社債だけでカウントしてみると、19日の水曜日が2社3本で、20日の木曜日が2社2本、そして21日の金曜日が7社計16本である。毎度のことだが、もう少し分散した方が、引受証券も投資家も楽ではないかと思うのだが、基本的に「出せば売れる」市場であるため、あまり問題視はされていないようだ。ただし、今月に入って日本証券業協会は、「社債等の発行手続きに関するワーキング・グループ」を組成して、発行市場に関する課題について議論を開始している。会員である証券会社のメンバーからなる議論で、どこまで突っ込んだ話ができるかは懸念されるが、何らかの進展が見られることを期待したい。必ずしもPOT方式の採用だけが、万能の改善策ではないはずだ。

この週の起債の特徴としては。大型起債を指摘して良いだろう。まずは、三菱ケミカルホールディングスの7年債200億円・10年債200億円・20年債300億円の計700億円である。同社の格付けはA(R&I)格及びA+(JCR)格であり、高いと言えば高い水準ではあるのだが、必ずしもBtoCが主体の企業ではなく、知名度も高くない。多くが基礎化学や素材の領域に属する製品のメーカーであり、20年債を募集するにはやや危惧が残る。元々の三菱化成等はBtoCに縁は薄いように見えるが、クリンスイは旧三菱レイヨン系の浄水器メーカーであり、三菱ケミカルメディアは光学メディアのメーカーとしてユーザーからは高い評価を得て来た。更には、旧田辺製薬から引き継いだ医薬品事業には、市販医薬品などが残っている。それでも、700億円の起債を成功させるには、知名度は高くないと言うべきだろう。

もう一つの大型起債は、アイシン精機による劣後債の募集である。同社の劣後債は3本立てで、いずれも最終償還は60年後とされているが、最初の償還可能時点が5年のもの、7年のもの、10年のものと区別されている。発行額で見ると、ノンコール5年債が1,300億円、同7年債が190億円、同10年債が510億円と計2,000億円の超大型起債となった。当初の固定利率期間のクーポンは、0.4%、0.41%、0.47%と年限ごとの差は大きくなく、スプレッドで見ると+47bpsで横並びに設定されている。アインシン精機の劣後債は、劣後性のためにA(R&I)格と評価されているが、トヨタグループの重要な部品メーカーであり、現在でも筆頭株主はトヨタ自動車である。万一の場合に期待できるサポートを考えると、投資妙味を高いと見た投資家も少なくなかっただろう。それが超大型起債につながったものと見られる。

引続き、メーカーによる大型起債の動きが観測されている一方、金融系の劣後債も大型募集が予定されている。年度末に向けて、まだまだ起債市場の熱い動きは続きそうだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/10~2/14

相変わらず社債等の募集は少ない。決算発表に絡む時期であるという季節的な要因に加えて、火曜日が建国記念の祝日であったため、募集に動ける営業日が多くない。週末の金曜日に多数の条件決定と募集に動くのは、次の週以降になりそうだ。この週に募集された民間企業の社債は、日本土地建物の5年債と10年債計150億円のみであった。

今年度中に社債等を募集できる期間は、後1か月ばかりである。そのため、条件決定に向けた動きは多数確認されている。募集の直前に動き出す銘柄も少なからずあると考えられるが、既に起債観測の上がっている銘柄は少なくない。大まかに見ると、幾つかの傾向があるようだ。一つには、グリーンボンドやソーシャルボンド、サステナビリティボンド等のいわゆるSDGs債である。東北電力、三井倉庫ホールディングス、学研ホールディングス、鹿島、国際協力機構などの募集に向けた動きが観測される。SDGs債の多くが5年債で募集される傾向にあるが、決して5年債でなくてはならないというものでもない。発行体の業種特性に応じて、長めの年限ということも考えられるだろう。本来的に、SDGsのサステイナビリティ要素を考慮すれば、長期債の方が望ましく、中短期債は必ずしも趣旨にそぐわない可能性が高い。

もう一つの動きが、劣後債である。ハイブリッド債と馴染みやすい命名で呼んでいるものの、基本的には、通常の社債券に回収等の局面で劣位する債券である。期限前償還がほぼ確実視される金融機関の発行するものと、純粋に経済的な観点から期限前償還が行われるかどうかが決められる一般事業会社の発行する劣後債とでは、償還に対する発行体の考え方が大きく異なる可能性が高い。加えて、会計上は負債に分類されるものが格付会社によって部分的に資本性を認定されるという証券の位置づけは、格付会社による評価基準が変更された場合、一瞬で状況が変わってしまいかねない。ハイブリッド債といった美名で、制度変更リスクを糊塗(こと)するのはやめておいた方が良い。

最後の動きとして挙げておきたいのが、大型起債である。歴史的にも、ソフトバンクのような例外はあるものの、年度末近くのタイミングで、まとまった金額の社債募集が散見されている。今回もアイシン精機とオリックスの劣後債の他に、パナソニックや三菱ケミカルホールディングス、富士フィルムホールディングス、日立製作所、ホンダといった企業の大型起債に向けた動きが見られる。500億円を上回る金額が想定されており、これら大型起債のほとんどがメーカーによるものであることに留意しておきたい。他にも、銀行や証券による大型起債の可能性もあり、年度末に向けてこれから約1か月の動きが注目されるところである。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/3~2/7

この週は、純粋な民間企業による公募普通社債の募集は見られなかった。市場に登場したのは、財投機関を中心とした公共セクターばかりである。地方債と地方道路公社債を除くと、中部国際空港、阪神及び西日本の高速道路、都市再生機構、住宅金融支援機構、大学改革・学位授与機構といった発行体である。年限は3年から40年と幅広い。クーポンで見ると、0.005%から0.677%という分布幅である。基本的には準ソブリンという位置づけの発行体ばかりであり、必ずしも日本国債と同じ格付けという評価ではないが、十分に高水準の評価を得ており、万一の場合にも、政府による財政支援の可能性は高いことが期待される。特に、最長の40年債を募集した都市再生機構は、前月末にR&Iの格付けがAA格からAA+格と引き上げられて日本国債と同じ符号になったため、投資家の購入意欲が高くなったのではなかろうか。事業内容が民間企業と近しいものであっても、災害時の支援等公的セクターが担うべき使命がある以上、安易な民営化が強行できないことは、特に東日本大震災以降の政権が強く認識していることだろう。

その他に、純粋な起債にかかる動きではないが、社債に関して興味深い発表が見られた。NTT都市開発が会社分割によって、社債の債務をNTTファイナンスへ承継するというものである。両社いずれもNTTの関係会社である。前者は、NTTの100%子会社であるNAT-SH社の100%子会社である不動産会社である。かつては東証一部に上場していたが、2019年初までに公開買付けによって上場廃止となっている。後者は、NTT及びグループ会社が全株式を保有しているNTTグループのファイナンス会社である。今回の社債の承継は、NTT都市開発の非上場化に続く、同社のグループ内での位置づけの再設定と考えて良いだろう。歴史的に、NTT都市開発はNTTグループの所有して来た電話局等の不動産物件の管理と周辺を含めた開発を担って来た不動産会社であり、バブル経済崩壊後には傷みを抱えていたものが、その後の立て直しが功を奏し、総合不動産会社としての地位を確定している。ビルのブランドとしては、アーバンネットが代表的である。

今回の社債承継の対象となるのは、NTT都市開発の第10回債から第18回債(償還済の第16回債を除く)というすべての既発債である。いずれもNTTファイナンスによる承継後は、名称がNTTファイナンス第6回債から第13回債へと変更される予定である。NTT都市開発の格付けはR&IのAA格で、NTTファイナンスの格付けはJCRのAAA格及びS&PのAA-格である。ニュースリリースでは、債務の承継により同等以上の信用力を有する債務の承継となるために社債権者への不利益変更ではないとしている。債務の承継に際して、当該社債の時価に相当する金銭その他の資産も承継するとしていることが理由とされる。

今回の一連の経緯を見ると、NTTグループ全体の中での企業の役割を整理するものに伴うものであると解されるし、債務と資産の承継であるから、社債権者が今回の会社分割によって不利益を被ることはないと考えられる。日本の社債市場においては、M&A等による社債権者への不利益変更を強行した例が少なからず見られて来たが、今回は十分に適切な対応であろう。

懸念されるのは、投資家によっては、NTT都市開発債がNTTファイナンス債へと変更されることで、同一発行体に対する社債投資の規制に抵触する可能性があることだろうか。継続保有が困難になる投資家については、ニュースリリース記載の問合せ先まで照会してほしいと明記されており、限定的なケースではあるが、こういった事態の発生も念頭に置いているようである。

国内起債市場を斬る 新春特別号Ⅱ:新型コロナウイルスとクレジット

中国武漢市を淵源と想定されている新型コロナウイルスは、中国国内での高速鉄道や航空機網の発達で、中国本土の各地に蔓延するだけでなく、日本を含む世界各国に感染者が出ている。既に死者は中国外でも生じており。かつてのSARS禍の時代とは異なり、既に中東や欧州等短期間で世界全体に広がっていると言って良いだろう。当初の湖北省地方政府による情報隠蔽等の責任は否定できないが、交通網の発達によって現代社会におけるパンデミックとして懸念されていた通りの状況になりつつある。既に小松左京が「復活の日」で予想していた惨状であるが、現状まででは、新型コロナウイルスによる肺炎の致死率が必ずしも高くないことが唯一の救いのようにも思える。もっとも、今後より悪性に変異する可能性はあり、警戒を怠るべきではない。

既に数十の国が中国全土もしくは湖北省等特定地域に滞在していた非自国民の入国を拒絶するようになっている。WHOは往来を制限しないように勧告していたが、各国の世論を考えると、個別政府による入国拒否の判断はやむを得ないだろう。そのため、観光客の減少によるインバウンド消費の減少などだけでなく、インバウンドとは比べ物にならないくらいの大きな影響が世界経済全体に及びつつある。中国が担ってきた世界の工場としての機能は、最低でも数か月の停滞は必至である。工業生産の停滞は、脆弱さが徐々に明らかになりつつあった世界経済の足腰を更に弱らせることになろう。

新型コロナウイルスは経済全般に大きな悪影響があることから、株価全般に悪い影響が出続けるだろう。日によって株価の上下は繰り返されるものの、当面、下降トレンドとなることは必至であろう。同時に、金利の上昇を抑止する傾向は継続する。幸いなことに、金利水準が既にマイナスに突っ込んでいることから、更なる金利の低下は回避できるかもしれない。しかし、全般的な金利の低下もしくは横這いと、クレジット市場の先行きは別物である。新型コロナウイルスの感染拡大は、薬品やマスク等医療関連の企業にのみプラス効果となる可能性があるものの、物流・観光の量的減退に加えて、消費の全般的な停滞と世界経済そのものの悪化から、幅広い悪影響が出かねない。もしウイルス感染の影響が長期間に及ぶようであれば、特に、信用力の低い企業に関しては、業種にかかわらずデフォルト懸念が拡大するだろう。

業種によっては、特に大きな影響を受けるものもあるために、業種毎の脆弱性をよく吟味しておくべきである。新型コロナウイルスの感染拡大による影響を特に強く受ける可能性のある業種として考えておくべきなのは、東証33業種の区分でいえば、電気機器、サービス業、海運業、空運業、卸売業、小売業が、まず浮かぶ。しかし、中国マネーが多く入って来ていた不動産業にも懸念は残るし、経済の停滞が長期間に及ぶようであれば、製造業全般にも影響が及ぶだろう。これらの業種に属する企業の発行する社債が影響を受ける可能性はあるし、逆に、スプレッドが乗るのであれば、絶好の投資チャンスとなるかもしれない。金利低下の趨勢に大きな変化のない中で、こうした市場の状況変化を着実に掴んでおきたい。