国内起債市場を斬る 起債評価:5/18~5/22

この前の週で取り上げた起債の一つが、JR西日本の7本立て計1,900億円の募集であった。募集された年限が3年債から50年債まで幅広く、実質的に社債のもっとも短い年限から長い年限まで網羅したものであった。ここまで年限を分散させ、発行金額を積み上げた起債は珍しい。絞った年限で起債金額を稼いだ例は過去にも様々あったが、この起債は当面一つのベンチマーク的な存在となるだろう。

この週に早速、追随したかのように見える起債が、東京ガスによって募集された。追随したと言われるのは、東京ガスとしては不本意だろう。50年債の起債を早くにはじめた発行体は東京ガスであるし、超長期債を主体に複数年限にわたる起債を行うのは、同社のお得意芸だからである。JR西日本を意識して起債したものかもしれない。なお、東京ガスによる起債は、4本立て各100億円の計400億円であり、一つの年限でも募集できるような規模に留まっている。そもそも社債による資金調達は、利子の支払い等コストを要するものであり、負債によるレバレッジ効果はあるものの、不必要に負債比率を上げる必要はないだろう。しかも、R&Iの格付けを見ると、JR西日本のAA格に対し、東京ガスはAA+格と2ノッチ上で日本国債と同符号である。両社が競合を意識するまでもない。

東京ガスが今回起債したのは、10年債・30年債・40年債・50年債という組み合わせであり、なぜか20年債が年限から外れている。JR西日本と重なる年限の国債対比スプレッドを比較すると、10年債は+25.5bps対+24.5bps及び30年債とは+25bps対+24bpsと各々わずかの1bpタイトさに留まる。さらに、40年債は国債対比のスプレッドは+36bpsで同じであり、50年債は+50bps対+49bpsと同じく1ノッチのタイトである。決して格付けだけで信用力を評価すべきでなく、業種や企業の抱えるリスクを考慮して信用判断を行うべきであるが、ここまで前週に巨額の募集を行われたJR西日本債をタイトに買う必要があっただろうか。東京ガスの方が、発行金額が小さく入手は容易でななかったと思われるが、営業基盤とする地域の経済力を考えると、社債としての投資妙味があったのではなかろうか。

その他には、電力やガス、公共セクター以外で、ようやく事業債の募集が見られたことは心強い。募集されたのは、化学メーカーであるJSR(97年に日本合成ゴムから社名変更)の5年債130億円・7年債100億円・10年債120億円というオーソドックスな3本立ての起債である。募集金額も中央の年限を少なめにするという、一般的な金額配分であり、計350億円と過大な募集金額でもない。消費財メーカーではないために決して知名度は高くないが、合成ゴムや様々な樹脂、半導体関連の素材等の優良メーカーであって、格付けはAA-(R&I)格とJR西日本よりも高い。その一方で、10年債のクーポンが0.37%と同日募集された東京ガス債より13bps近く厚い。つまり実質的に、国債対比+37bps程度のスプレッドはあり、JR西日本の10年債よりも遥かに高いクーポンが付されたのである。起債そのものが20年ぶりということもあって、購入したかった投資家が多かったのではないか。

国内起債市場を斬る ステイホーム特別号②:ソフトバンクGの1-3月期1.4兆円赤字に思う

ようやく決算発表シーズンの峠を越え、起債市場は公的・電力・鉄道といった特定セクターのみから盛り上がりはじめている。中でも、まず、日本銀行の社債買入れオペの対象拡大を意識して、九州電力の3年債やJR西日本の3年債及び5年債といった起債が見られる。資本市場の活性化を意識し企業の資金繰りを支援するというのが日銀オペの拡充の趣旨だったはずだが、こういった公的に近い企業の社債買入れは政策意図と乖離した効果しかないだろう。何しろJR西日本の起債は、3年債から50年債まで計7年限で、総計1,900億円もの巨額の募集であった。こういった巨額の資金調達が可能な企業の社債に対して、資金繰り支援という主旨の日銀による買入れオペは馴染まなない。結局のところ、金融緩和の拡大は、コロナショックに対する支援になり難いという限界を露呈しているだけである。

相対的に公的関与の強い業態ばかりであるために、発行年限の超長期化は必然であろう。超長期年限の起債は、住宅金融支援機構の15年債150億円及び30年債500億円、中国電力の25年債100億円、四国電力の20年債100億円、JR西日本の20年債150億円・30年債150億円・40年債100億円・50年債200億円の計600億円とすべてを足し上げると、1,450億円にも上る。JR西日本の50年債だとクーポンは1.031%と高水準になるが、住宅金融支援機構の15年債だと0.342%と低い。どうせ売却する必要をあまり考えなくて良い銘柄群なのだから、バイアンドホールド前提で少しでも高いクーポンをと考える投資家もいるだろう。しかし、現在の金利水準で50年もの資金固定が、後世にどう評価されるだろうか。いずれにせよ、現在の投資担当者が50年債の償還時点まで在任していることはあり得ない。

こうした公的及び周辺セクターの起債によって、ゴールデンウィーク明けの起債市場は動きはじめている。しかし、18日の月曜日に発表されたソフトバンクグループの決算が、1兆4,381億円もの純損失となったことには必ず着目しておくべきだろう。誤解してはならないのが、携帯電話等通信事業を営むソフトバンク(今年の3月に社債発行)は同社の子会社であり、ソフトバンクグループは持株会社である。通信事業は総務省の認可事業であって、仮に経営状況が悪化しても、利用者のユーザビリティを考慮すると、サービス提供会社の破綻処理は考え難い。

一方で、投資会社である親会社に関しては、破綻処理が可能であるし、そもそも実質的に投資ファンドと化した持ち株会社に対する適切な信用力判断は容易でない。単純に現時点でのLTV(Life Time Value:注1)等指標を見るだけでは不十分であり、投資先のファンド等が順調に稼いでいるのか、新型コロナウイルス等経済変動の影響を受けていないか等素人投資家が外から投資判断のできるような先ではない。歴史的に見ても、買収や傘下企業の切出し等で財務構造の変化が著しく、普通社債の投資対象としては格付けのみで評価するべきではないし、適切な事業評価も容易でない企業体である。筆者は繰り返し述べているが、証券会社の営業に勧められて、同社の劣後債を購入するのは、崖から海に飛び込むような丁半博打と同様の投資であり、丁と出れば高利回りを得られるかもしれないが、半と出れば身の破滅となるようなものである。限りなく投機に近い投資対象と考えるべきである。

企業としてのソフトバンクグループは、創業者からの事業承継リスクも強く懸念されており、新型コロナウイルスの影響がどれくらい、いつまであるのかわからない中では、ますます警戒する必要のある発行体の一つである。自己資金で投資判断を行う個人投資家ならともかく、機関投資家が安易に手を出せるような銘柄ではない。
注1:LTVとは、ある特定の顧客が企業に対して、最初の接触時点から、関係性が継続する限りの期間に、企業が得られる収益の総額を算出する指標です。日本語では「顧客生涯価値」とも言うことがある。

国内起債市場を斬る ステイホーム特別号①:日本経済はコロナ危機から脱したのか

4月7日に発表された緊急事態宣言は、同月16日に対象を全都道府県へ拡大した上で、期限を5月31日まで延長している。可能であれば早期に解除される可能性が示唆されているものの、特定地域に指定されている大都市圏では、まだ解除が可能と思えるような状況にはない。その一方、新規感染者がしばらく発見されていない県が多く存在することも事実であり、今後、自粛や制限を緩和する方向へと徐々に動き始めているように見える。

一方、金融市場の動きはどうか。株価は1月下旬に高値を付けた後、新型コロナウイルスの世界的な蔓延と経済的なインパクトを受けて3月中旬に底値を付けている。その後の株価回復局面では、中国等での感染抑圧の成功というよりも、米欧日の中央銀行による金融緩和、特に、企業金融支援の動きが効果を持ったものと考えられる。しかし、このような金融政策による株価の下支えは、日本銀行によるETFの買増しといった極端な政策でなくとも、市場操作の一種であり決して経済のファンダメンタルズに立脚したものではない。つまり、株価が底打ちしたかのように見えるものの、ファンダメンタルズの悪化は、先週公表された米国の雇用統計に見られるように、これから明らかになってくるものが本番なのである。

コロナショックによる企業倒産の発生も、国内では旅館や小規模小売等で多少発生が見られる一方、海外では既に空運や百貨店等の大規模な企業の破綻が生じている。日本においてはロックダウンといった強権的な対策を講じることが出来なかったために、緊急事態宣言が予定通りに解除されても、すぐには以前のように経済活動を回復することは期待できない。当面は、様子を見ながら慎重に経済活動の再開を図る展開になるだろう。つまり、企業収益の回復にはまだ長期間が必要であり、金融相場を実現することで市場価格を押し上げている現状は、サステイナブルでない可能性が高いということなのである。クレジット市場と株式市場は爆弾を抱えているようなものである。こういう状態にある時には、慎重な企業及び環境分析に基づいた投資判断が必要であり、不必要に長期間の与信は避ける必要があるし、信用力に多少でも懸念のある企業への与信は極力避けるべきだということである。98~99当時のクレジット市場が崩壊した際、国内でも残存2‐3年の丸紅、伊藤忠、日商岩井の社債が、LIBOR+2000bp以上で取引されたことを、昨日のことの様に思い出す。年腐りかけた果物が一番甘いと言われるように、信用懸念の高まりはじめた企業に対する与信からは高利回りの獲得が期待できるものの、知名度の高さや過去の名声などだけに頼った与信行為は、すぐに大きなしっぺ返しを受けることになるだろう。

現在のようなもの環境が当面続くとみられる中では、ひたすらに慎重な投資判断が求められるし、「人の行く裏に道あり花の山」と見られるような好機はほとんどないと考えるべきである。今のこの瞬間は、ユニークな投資判断は足元を掬われる可能性が高い。海外企業が日本国内でサムライ債を募集するような状況も、自国内でのファイナンスが容易でないために、情報の非対称性を利用して、日本市場で資金調達を目指している可能性が高いのである。

コロナショックが実体経済に与える影響が顕在化するのは、これからが本番であり、少なくとも国会で家賃支援や大学生に対する給付等の追加経済対策が議論されている限り、まだ底を打った状況にはない。表面的な株価や金利、為替の水準に惑わされることなく、今こそ地に足の着いた投資判断が求められているのである。

(先週の配信は、GW中のため休刊いたしました。)