国内起債市場を斬る 起債評価:8/17~8/21

起債市場は旧盆の休みを越えたものの、まだ募集される債券は公的セクターが主体である。しかし、上期末に向けた民間企業の起債準備も徐々に進んでいるようだ。特に、劣後債やグリーンボンド等SDGs債の募集を準備しているという話は少なからず伝わって来ている。通常の一般的な優先債と異なる特性を持つために、ニュースのネタになり易いために報道されることは多くなるのであるが、発行体の裾野拡大と同時に投資対象の多様化という意味では評価して良いだろう。

しかし、いずれにせよ通常の一般優先債と異なる証券特性を有していることに十分留意した上で評価を行い、投資判断を行うことが必要である。特に、劣後債で期限前償還可能タイミングに償還されず変動利付債となった場合、ユーロ円ライボー連動となるようなスキームの場合には、ライボーの後継指標金利の行く末を意識する必要がある。それでなくとも優先債の証券情報・発行要項よりも複雑な債券の内容を確認するのには、骨が折れる。それでも、十分な吟味が必要であることを忘れてはならない。

民間企業の社債としては、西日本旅客鉄道が5本立て計1,100億円という大型の募集を行っている。最近の同社及びJR東日本等で見られる年限選定の形であるが、今回は10年刻みの複数年限のみを募集するという形式である。今回選択されたのは、10年債・20年債・30年債・40年債に50年債という組み合わせで、40年債のみ300億円であるが、他は200億円ずつの募集とされた。JRの安定した経営基盤に対する評価はあるものの、近年の地震や豪雨災害等による被害もあって、必ずしも順風満帆な経営状態ではない。一方で、JR東海のようにリニア新幹線の建設負担といった重荷もないことから、R&IによるAA格という評価は妥当であろう。10年刻みの年限設定は、50年債こそ同年限の参照国債が存在しないものの、それ以外は国債発行年限と一致させており、国債対比の評価は難しくない。

難しいのは、数十年に渡る同社の経営環境に対する見通しか。鉄道事業そのものが陳腐化してしまう可能性や、人口の減少による運営コストの高止まり等懸念材料は少なからず存在する。一方で、同社が破綻するような運賃設定は国土交通省の認可を得られるはずもなく、地域住民の利便性確保とのバランスが要求されることになる。収益性が後回しになり経営状況の悪化した国鉄と同じ道を歩まないための民営化であり、上場企業に対してどこまで公益性を意識させるかという問題が常に付きまとう。果たして地方の赤字路線を何処まで切り捨てられるのか。株式未上場のJR北海道やJR四国の方が先行して収支の悪化が必至であるものの、それらをJR東日本やJR西日本に単純に統合して救済するようであれば、旧国鉄への先祖返りでしかなく、問題の先送りでしかない。日本の人口減少は、一部を除く地方から深刻になり、大都市圏にまで及ぶことは間違いなく、クレジット投資に当たっては償還までの十分に長い目線が求められるのである。

国内起債市場を斬る 夏季特別号:投資対象としての国立大学債

国債以外のいわゆる一般債を投資対象として考える際に、民間企業の発行する社債とそれ以外の公共セクターの債券に分けて考えることが一般的である。公共債と呼んでしまうと国債も含むため、公共セクターの債券と称してみたが、近いうちに新しい公共セクターの債券募集が行われる可能性がある。

公共セクターの債券が社債と大きく区別される点としては、まず、発行体が営利目的の法人であるかどうかであり、もう一つが倒産処理や政府等によるサポートの程度であろう。純粋な民間企業が発行体である社債であれば、企業は営利目的の法人であり、社債の募集は設備等の投資や債務の借り換え等が調達目的であり、相対的に機動性の低い社債で資金繰りを図ることは考え難い。社債の発行企業が破綻した場合には、多くは民事再生や会社更生等の手続きを経ることになるが、金融機関や一部の運送会社、電力会社等に対しては破綻前から後に公的サポートの行われる可能性が高い。破綻処理が行われた場合に国民生活に及ぼす影響の大きさや、料金や事業に対しての認可等公的関与の大きさによって、公的サポートの要否が判断されるのが過去の事例である。単純な破綻処理が行われない企業の社債には、少なからず公共性があると考えることが出来る。

一方、営利を目的としない公共セクターの発行する債券は、社債ですらない可能性が高いし、事業の継続が困難となったとしても単純な破綻処理となる可能性は高くない。むしろ公的サポートが行われ、法人に対する支援や統合によって債務を守る可能性が高い。そもそもが営利を目的としない発行体が債券を募集するということは、損益に基づく事業判断には関係ないし、資金繰りで返済が困難に陥ることは想定されないのである。

今年度中にも債券の募集が予定される国立大学法人債の位置づけを考えると、発行体は非営利法人であり、教職員が準公務員的存在とされるなど、公的性格が強い。収益性の追求は求められないために、むしろ公的サポートの程度を予想することが債券の償還可能性を左右するものと考えられる。国立大学法人の場合には、文部科学省の管轄下にあって営利を追求せず、官僚になるかどうかを問わない学生の教育、必ずしも営利を目的としない研究、様々な政策検討場面への支援を行っている。十分に公共性が高い。財投機関債を募集する独立行政法人の一部には、営利性を伴う事業を営む法人もあるが、公共的役割や公的サポートから市場で違和感もなく受け入れられており、国立大学法人債も同様に受け入れられるだろう。

国立大学法人債の信用力としては、既に格付けの取得が発表されている東京大学の場合には、R&IのAA+格及びJCRのAAA格と日本国債と同じ符号が付されている。近年は大学法人や学校法人の合併、買収も見られていることから、債券の破綻処理が行われる可能性は低いと考えて良いだろう。他の国立大学法人についても、債券の募集を追随するかもしれない。更なる将来を考えると、民間の学校法人が債券を募集することはあるだろうか。在校生の保護者等に対する「学債」の募集は既に見られているが、関係者以外の一般投資家への募集はどうだろう。これまでの私立学校法人による格付けの取得は、資金調達目的というよりも、学校法人のステータス、財務的な安定性を示す指標として使われて来た。少子高齢化が進み学生数の減少が懸念される中で、学校法人による格付けの取得や債券の募集による資金調達が拡大するかもしれない。今後の市場拡大に注目してみたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/3~8/7

8月に入ると、起債市場はますます夏休みモードが濃くなる。今年度は新型コロナウイルス感染症を回避する観点から遠出はできないものの、テレワーク等勤務形態が従来と異なる企業が多い。社債の引受けを行う証券会社においても、直接の接客を行わない間接部門ではテレワークが多くなっており、投資家や発行体と接する営業部門も、対する相手がテレワークだと接触手段はTEAMS(ZOOM)や電話がメインになる。どんなにIT技術が進歩しても、重要な状況での対面が重要であると考える相手は少なくない。よほどのIT企業でない限り、完全にリモートでの社債募集はできないのではないか。古い意識だと思われるかもしれないが、市場参加者のほとんどが変わらなければ、ネットで社債発行のすべてが完結することは望み難いだろう。とは言うものの、小職の長野の田舎の隣は長い間、駐車場付きの飲食店だったのが、いつの間にか賃貸型テレワーク・オフィスに変わっていた。某企業が、居抜きで契約した様で得ある。社員も、全員東京から転居したのであろうか。対面ビジネスの変化は、身近でも起こっている。

この週に募集されたのは、民間企業の社債も公的セクターも少しずつといったところであった。民間企業では、三井住友ファイナンス&リースが3年債及び10年債計250億円を募集し、日鉄興和不動産が5年債及び10年債を計100億円募集している。JCRの格付けで見ると、前者がAA格で後者がA-格と大きな差がある。その結果、10年債のクーポンを比較してみると、三井住友ファイナンス&リースの0.39%に対し、日鉄興和不動産は0.74%と35bpsの差になっている。三井住友ファイナンス&リースが三井住友フィナンシャルグループの中核ノンバンクであるのに対し、日鉄興和不動産は日本製鉄系の不動産会社である。グループの中核企業が有する事業の安定感に加えて、ノンバンクよりも不動産に対する懸念が強いこともあろう。新型コロナウイルス感染症の影響によってテレワーク等働き方の変化が進み、今後のオフィス需要がどうなるか注目を集めている。住宅需要に関しても、遠距離通勤に対する考え方の変化が生じつつあり、先行きの方向性が不透明である。新型コロナウイルスが信用力に与える影響は長期間に及ぶ可能性が高く、慎重に評価する必要がありそうだ。

一方、公共セクターでは、地方公共団体金融機構が30年債100億円を募集し、住宅金融支援機構が5年債500億円・10年債200億円・40年債100億円の計800億円を募集している。新型コロナウイルス感染症の影響が沈静化しない中では、民間企業だと業種によって信用懸念が残るもの、公共セクターに対する信頼感は逆に強いと考えられる。例えば、民間不動産会社の信用懸念を意識するものの、逆に、住宅金融支援機構に期待される役割は大きい。地方公共団体金融機構についても、政府の財政状況が厳しい中で、地方公共団体が独自の感染症対策を打ち出すためには、重要なファイナンス主体となっている。公共セクターの信用力が高まっているというよりも、民間企業の信用力が相対的に下がっていると考えるべきだろうか。海外の状況を見ても、日本の企業が新型コロナウイルス感染症の影響から脱したと見ることはできないのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/27~7/31

この週は、ついに民間企業による公募普通社債の募集を見ることができなかった。公共機関の中では、埼玉県が25年債(0.522%クーポン150億円)を条件決定し、その他に西日本高速道路による5年債(0.07%クーポン800億円)、日本政策金融公庫による2年債(0.001%クーポン1,100億円)及び4年債(0.01%クーポン800億円)の募集が見られた。

埼玉県債の25年というのは、地方債としては募集されることが決して多くない年限である。国債も地方債も募集される年限の基本が10年債というのは同様なのであるが、マイナス金利環境下では、10年債より短い年限であると国債の利回りがマイナスになっているため、国債対比スプレッドが大きくなってしまう。その結果、中期債の募集は地方公共団体には、あまり好まれない。一方で、投資家も利回りを求めるニーズを有しており、年限の長期化で需給が合致する。地方債の場合には、国債のような発行年限の制約は厳しくないため、15年債や25年債、更には定時償還債といった各種の債券募集が見られる。定時償還は歴史的には古い地方債に多く見られ、一時期は満期一括償還ばかりとなっていたが、投資家が適切にキャッシュフローを評価できるようになって、再び脚光を浴びるようになったものである。

西日本高速道路の発行する債券は、前年度までは厳密な意味での財投機関債ではなかった。財政投融資計画に付属する財投機関債の発行計画に記載されていなかったのである。ところが、令和2年度の財投機関債の発行予定には、当初の段階から西日本高速道路の4,200億円が明記されている(中日本の他に東日本及び西日本高速道路の計3社の発行する債券が財投機関債の予定に含まれている)。元来、日本高速道路保有・債務返済機構による重畳的引受条項や併存的債務引受条項の存在によって、実質的に財投機関債発行体である同機構の債務と同様のものとみなされており、債券の区分が変化しても必ずしも信用力に影響はないと考えられる。それでも、財政投融資計画に明記されたことで、より安全性が高まったと考えて良いのかもしれない。

日本政策金融公庫は、政府系金融機関の特性からも、経済的な困難時には民間からの依存度が高まるため、国民一般向けの融資事業用に募集された2年債は1,100億円と巨額であり、中小企業向け融資証券化の支援保証用の4年債も800億円の募集となった。新型コロナウイルス感染症によって中小企業等が資金繰りに苦しむ中では、政策金融機関が機能を発揮する機会もあると考えられ、合計1,900億円の起債も必要なものと見ることが出来よう。

昨年度の起債市場の実績を見ると、8月前半は公的セクターによる起債のみしか見られない。当面、同様の展開が続くものと考えておくしかない。