国内起債市場を斬る 起債評価:1/18~1/22

起債市場の動きを見ていると、金曜日の債券募集件数が急に少なくなったことで、恒例の決算発表シーズンに入ったことを感じさせられる。前週までは金曜日に債券募集が集中し、引受証券会社や情報ベンダーは「きっと忙しい」と覚悟していたのだが、この週は金曜日に募集されたのが、かんぽ生命の劣後債だけであり、状況の変化は速い。昨年の同時期の状況を見ると、この後は公共セクターに偏り財投機関債の募集が主になり、2月中旬頃から年度末に向けては、大規模な債券募集シーズンとなるのである。

この週の起債も、相変わらずノンバンクや銀行といった金融セクターが中心になっているが、特に気になったのは、前述のかんぽ生命が募集した機関投資家向けの劣後債2,000億円である。最終償還が30年の期限付き劣後債であって、当初クーポンは1.05%とされ、10年後に最初の期限前償還タイミングが到来する。その後は、5年物国債利回り連動の変動利付債になる仕組みであるが、基本的には期限前償還を前提として10年債と考えて購入する投資家が多いだろう。投資家は、発行体に期限前償還を実施するコールオプションを売却した形であり、オプションプレミアム相当分がクーポンに上乗せされていると考えるべきスキームである。金融機関等の劣後債の場合には、金融庁の監督の下でほぼ確実に期限償還されると推定するのが一般的である。

10年債で1.05%クーポンという利回りは、同じ年限の地方債や国債と比べると、格段に高い水準である。しかし、それは間違いなくリスクの裏返しである。JCRがこの劣後債に付与した格付けは、A+格に過ぎない。かつては政府と一体的な存在であり財政投融資の一部となっていた発行体であるが、現在は、民営化によって日本郵政と親子上場されている営利法人である。ゆうちょ銀行とともに、日本郵政の傘下で利益を稼ぐ柱と期待される構造にある。しかし、ベースとなる顧客の高齢化に加え、営業に関する不祥事から新規営業が一年にわたって停止され、大きく経営基盤が傷付いている。生命保険会社の場合、新規募集時点のコストが相対的に大きく、保険の募集を停止したり削減したりすると、費用の低下から、当初は目に見えて利益が拡大する。しかし、その後、保有契約高が減少することから、中期的な収益は必然的に減少することとなる。言い換えると、短期的な業績に惑わされず、中期的に考えねばならない事業構造であることを理解する必要がある。

大正期に創設された郵便局による小口保険販売は、戦前の民間生命保険会社が大口富裕層を対象としていた時には、有意義な存在であった。しかし、第二次世界大戦後に民間生保が小口大衆販売にシフトした中では、存在価値は低下してしまった。さらには、民業圧迫を回避する観点から、加入保険金額に上限が設定され、養老保険や個人年金保険といった貯蓄性商品に軸足を置かざるをえなかったのである。バブル経済崩壊後の低金利環境下でリスクを取らずに、十分な利回りを得ることは難しく、ゆうちょ銀行と同様に外部人材を採用した運用への努力も行われたが、そもそも国債の定期的な購入くらいしか運用経験がなく、極力リスクを忌避する企業文化が根強く残り、利回りの確保に苦戦し続けている。そこへ違法な保険営業による営業停止処分が加わったのである。その上に、新型コロナ禍で対面営業に制約がある中で、かんぽ生命に未来はあるのかは、揶揄されている。純粋な民間企業と考えるならば、決して明るい絵は描けない。個人を中心とした保険加入者に損失を被らせることができない以上、株主や劣後債を検討する機関投資家は、公的サポートへの期待を前提にして投資するしかないのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/12~1/15

内起債市場を斬る 起債評価:1/12~1/15

成人の日(1月11日)を含む三連休が明けて、起債市場がようやく本格的に動き出した。しかし、水曜日から木曜日になっても、条件決定にまで至る案件はわずかであった。結局のところ、金曜日に案件が集中するという展開は変わらない。年度内最後の四半期初めというタイミングもあって、早速に債券を条件決定する業態は、ノンバンク・電力・公共セクターが主になるという、ほぼ予想された展開となっている。

ノンバンクで社債を条件決定したのは、みずほリースが4年債及び7年債、オリエントコーポレーションが5年債と10年債、三菱UFJリースが6年債と個人向け7年債、クレディセゾンが5年債と20年債といった顔触れである。BBB+(R&I)格という格付けの低さから、オリエントコーポーレーションの10年債は、0.76%クーポンという高い水準が付されている。同日に募集された東日本高速道路の10年債は、0.185%クーポンと約4分の1である。一方、同日の平和不動産の10年債は、BBB(R&I)格と1ノッチほどオリエントコーポレーションより低く、クーポンは0.78%とさらに高水準になっている。東京証券取引所の家主として知られ、兜町から茅場町界隈の再開発を進める同社は、証券各社との繋がりが強く、70億円の起債を大手5証券の共同主幹事という形をとっている。クーポンの高さを取るなら、ノンバンクの中ではクレディセゾンの20年債が、0.97%クーポンと1%近い水準である。ただし、みずほフィナンシャルグループとの関係の先行きを考えると、クレディセゾンの20年後というのは、ややイメージすることが難しい。

単純にクーポンの高さだけを見ると、公共セクターの中でも、東京地下鉄の50年債が1.13%の高水準である。信用リスクを取るか、デュレーションリスクを取るか、どちらで利回りを稼ぐのかという試金石になる。それでも、50年後に東京の地下鉄網がどうなっているのか。ロンドンの地下鉄状況を見ると十分に路線は維持されているだろうが、直下型か南海トラフに起因するものかはわからないが、地震の影響が生じないとは考えられない。それでなくても補修等メンテナンスに膨大なコストを要すことは必定であり、累積欠損を解消しきれていない都営地下鉄との統合問題をいつまでも回避することは難しいだろう。東京地下鉄は、その他に20年債と30年債とを募集しており、他に、財投機関債では日本学生支援機構の2年債と、日本高速道路保有・債務返済機構が利子一括払いの24年債と34年債を募集している。準財投機関債とも言えるものでは、地方公共団体金融機構の10年債及び20年債、中日本高速道路の5年債、東日本高速道路の7年債及び10年債といった債券が募集されている。

例年であると、特定の電力会社が年初早々に起債していた記憶があるものの、今年は電源開発10年債と東京電力パワーグリッドの20年債がこの週に募集されており、いずれも必ずしも伝統的な電力債ではない。東京電力パワーグリッドは、R&Iの格付けがBBB+格とオリエントコーポレーションと同符号であり、20年債と年限を長くしたために、1.42%クーポンと東京地下鉄の50年債を上回る水準になっている。どちらが、投資対象としてより妙味あると見えるだろうか。東京電力パワーグリッドの信用力評価は、公的サポートの想定次第で大きく異なるものとなるだろう。

なお、降雪と気温低下、更には、原子力発電所の多くが稼働停止(運転中のものは調整運転を含めてわずか4基に留まる)となっているため、地域によっては電力需給が逼迫している。需要の高まりから卸電力の価格が急騰した影響が、一部の新電力会社の収支を圧迫し、さらに、一部の契約内容では個人宅にも転嫁される状況となっている。ブラックアウトの懸念もあり、必ずしも電力債を発行しているような大手発電送電会社の収支は影響されないと思われるが、電力需給に大きな異常が生じた場合には、電力関係の債券に対するヘッドラインリスクの顕在化する可能性が高い。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/4~1/8

年末年始休みの明けとなっても、すぐには債券の募集がされることにはならない。主要な海外市場と異なって、正月三が日は休んでしまうのが日本市場である。もっとも、2021年は1月2日が土曜、3日が日曜というカレンダーであったため、例年のやたら長い東京市場の休場はさほど目立たなかったようだ。クリスマスから数日間の市場変化を織り込んだ上で、起債準備は週初から動き出しているが、実際の募集は週後半からとなる。今年は株高を背景にし、日本証券業協会の提示した新しい債券募集ルールが適用される中で、金曜日の8日に日本政策投資銀行と住宅金融支援機構の財投機関債が募集されている。

日本政策投資銀行は3年債・5年債・10年債を各200億円募集している。3年債は0.001%クーポンのオーバーパーであり、5年債は0.03%クーポン、10年債は0.145%クーポンとなった。R&Iが昨年5月に日本政策投資銀行の格付けをAA格からAA+格に引き上げており、住宅金融支援機構と格付符号が同一になっている。R&Iは日本政策投資銀行の役割が民間に移行される可能性や預金受け入れが許されていない銀行の特殊性等を考慮して格付けを下げていたと考えられるが、東日本大震災等危急時の政策金融支援に日本政策投資銀行の役割が不可欠とされていることや政府による株式保有義務期間が延長されたことが再評価され、日本国債と同一水準としたものである。現時点では、S&Pが依然として日本国債より1ノッチ下となるA格と評価しているが、少なくとも日本国内の投資家でS&Pの格付けを根拠にして国内の債券発行体の信用力評価を行うものはないと考えられることから、実務上の支障はないだろう。

住宅金融支援機構の財投機関債は日本政策投資銀行と同じく3本立てであるが、5年債200億円の他に、10年債及び20年債を各100億円募集している。5年債と10年債は、R&Iの格付けが同一である日本政策投資銀行の財投機関債の同年限と同じクーポンである。日本政策投資銀行債は株式会社形態を採用しており、自己資本比率規制におけるリスクウェイトでは劣位となる場合があるものの、基本的に日本国債と同水準の格付けであり、信用力に対する大きな懸念はない。とは言っても、日本国債と同程度の信用力という評価は揺るがないものの、新型コロナ感染症の拡大継続によって住宅ローンの延滞やデフォルトが増加する可能性を考えると、一般担保債より貸付債権担保債のローンプールに対する懸念が高まるだろう。もっとも、貸付債券担保債も暗黙の政府保証は一般担保債と同様にあるものと考えられており、決してデフォルトするとは考えられないと云うのがコンセンサスではあるが、償還タイミングが後倒しとなる可能性や風評リスクを念頭に入れておく必要があるかもしれない。

これから2021年の起債市場に民間企業の社債が登場して来る。例年なら、ノンバンクや電力債といったところがトップバッターになるのであるが、今年はどうだろうか。確かに、複数のノンバンクによる起債観測が確認されている。

国内起債市場を斬る 新春特別号:「ハイブリット」債。規制に依拠した投資リスク

近年の起債市場で注目を集めた一つの種別に、事業会社の発行する劣後債がある。通常の債券に対して、資本性があると格付会社等が認めるために、ハイブリッド債などと美化して呼ばれているが、本質はあくまでも期限前償還条項の付された劣後債でしかない。しかも、金融機関等の規制業種でない事業会社の発行するものについては、監督官庁による指導がなく期限前償還をスキップされる懸念が大いに存在する他に、格付会社等による資本性認定基準が変更されることによって、容易に依拠する枠組みが破壊されてしまうリスクを指摘して来た。その後者のリスクが、どうやら顕在化して来そうだ。

具体的には、国内基準の自己資本比率規制が適用される銀行等の保有する劣後債等に対するリスクウェイトが、従来の格付水準に応じた掛け目(20%~150%)から、一律150%へと変更される予定が公表されたのである。これはバーゼルⅢの国際基準で設定されたものと同じ掛け目であり、決して新奇なものではない。従来格付けの高いものに対して適用されていた低めのリスクウェイトが、一気に優先債権ではBB-未満に適用される水準となる方向である。劣後性に対する評価を国際基準に合わせるものであって、決して違和感はない。

事業会社の劣後債に対する金融機関からの需要は、今回の変更によって基本的に消失すると考えるべきだろう。一般的にリスクウェイトが大幅に上昇したならば、その金融商品の保有を継続したり、新規に投資するインセンティブは無くなってしまうだろう。事業会社の劣後債に対して、期限前償還を前提とした当該保有期間対比での利回りの高さが、これまで投資家のニーズを喚起して来たのであるが、リスクウェイトが跳ね上がってしまうと、投資妙味は投資家側の変化によってなくなってしまうのである。極論すれば、国内基準行による事業会社の劣後債購入は、一切期待できなくなってしまう可能性が高い。

今回のような規制・制度の変更は、劣後債の商品特性によるものではなく、それに対する評価や分類が異なってくることによるものであるから、発行体の責任ではなく、引受証券による「投資家に対するセールストーク」が問題となる可能性はあるが、基本的に、規制や監督のルールに基づくものであって、誰の責任とも言い難い。むしろ事前にこういった事態の発生懸念を考慮に入れていなかった投資家の怠慢、手落ちと言われても仕方ない。そもそも、規制や監督等に依拠した投資は、その前提が覆ってしまうと、一気に評価が変わってしまうのである。

もっとも、国内基準を適用される金融機関等以外の機関投資家には、今回の変更は影響しない。財団等の諸法人や年金といった投資対象に対する規制の存在しない投資家は、引続き、事業会社の劣後債に対する強いニーズを示す可能性はある。しかし、期限前償還されないリスクや格付会社による評価方針変更といったリスクを、決して忘れてはならないのである。