国内起債市場を斬る 夏季特別号:東京オリンピックが終わって

東京オリンピックは、概ね大過なく終了したと言って良いだろう。あれだけ開催の延期や反対を訴えていた世論も、選手に対する誹謗中傷を浴びせたー方々も、結局熱戦やメダル獲得に一喜一憂し、開閉会式や決勝種目等の視聴率は良好であった。逆に、オリンピック終了後の反動として新型コロナウイルス感染症の蔓延が懸念される状況にあるし、政権への批判も再度盛り上がる可能性が高い。また、当初計画のコンパクトなオリンピック開催とはならず、国立競技場の建て直しをはじめ、少なからずの新規施設の建設が行われてしまっている。オリンピックの終了が債券市場に与える影響を考えてみたい。

おそらく民間企業のクレジットという意味においては、好悪双方の材料は少ないと思われる。海外からの選手団にコンビニやアイスクリーム等の食料品が高い評価を得たと報道されているが、国内では日常のことである。金メダルに噛みつくという愚行を謝罪に来た名古屋市長を毅然と門前払いしたトヨタ自動車も、地域経済の中心を担うトップ企業だからのことであって、信用力に対する大きな懸念とはならない。なお、今回のオリンピック期間中にスポンサーでありながら、オリンピック関連のCMを展開しなかった同社は、準備していたはずのCMの製作費という意味ではロスが生じているものの、経営に影響が及ぶような金額ではないだろう。結果的には、CMを活用しても企業イメージの低下するようなことはなかっただろうが、それは結果論である。
そんな中で、SNSでも話題になっていたのが、東京2020のワールドワイドパートナーである同社の電気自動車「TOYOTA Concept-愛i」であった。同車は、2017年モーターショーで既に一般公開されていたが、女子マラソン、男子マラソンの先導車両を務めたことは、イメージ向上効果は絶大だったようだ。

一方、オリンピック(および月内に開会するパラリンピック)によって長期間に悪影響が生じると思われるのが、公的セクターの財政状況である。施設建設の費用のみならず、運営費用に関して、結局、ほとんどの競技が無観客となったため、900億円程度と言われる入場料収入が見込めない(正確に言えば、これから払戻しでキャッシュアウトが生じる)。当初想定より費用は大きく増加しており、東京都及び関連地方公共団体と日本政府の負担規模は、1兆円程度になるという報道も見られる。平時であれば、時間を要するものの、吸収できる負担であるはずだが、新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けている現状では、様相が異なる。潤沢と言われた東京都の財政状況も、新型コロナ対策で大きく財政調整基金等を取り崩している。川崎市が2021年度から地方交付税の交付団体になったことが報道されているように、コロナの影響は徐々に地方公共団体の財政状況を蝕んでおり、特に東京都は、オリンピックの負担次第では、財政状況が大きく悪化する可能性がある。

結局のところ、日本の地方公共団体の財政は政府の保障する制度下にあり、東京都の財政状況が大きく悪化した場合、東京都債のスプレッドが多少拡大することになっても、デフォルトする懸念はない。財政破綻したと言われる北海道夕張市でも、過去に同様の財政再建団体の指定を受けた多くの地方公共団体においても、公募や私募の証券形態の地方債が償還されなかったことはない(公募地方債の発行団体が財政再建団体に指定された例はない)。利払負担を軽減するために早期償還させたくらいである。東京都の財政への影響がいかほどの物かは、パラリンピックの終了後に明らかになると思われるが、新型コロナの影響は、まだまだ継続しそうな状態である。既に京都市等財政状態を懸念される地方公共団体が見られはじめており、オリンピック等が財政に与える影響は軽微なものに過ぎない可能性がある。しかし、結局のところ、最後に地方公共団体の財政について面倒を見るのは、日本政府である。オリンピックとコロナの影響で、どれだけ日本の財政が悪化するのか、注目すべきは地方債より日本国債のスプレッドなのである。