国内起債市場を斬る 上期末特別号:中国恒大集団の経営危機を考える―その1

上期末を挟むこの時期は、起債市場で新規に社債等を募集する動きが見られなくなることもあり、少し巷を騒がせている問題を考えてみたい。いわゆる中国恒大集団の経営危機問題である。今回は主にクレジット市場や債券市場の観点から、次回は金融機関や経済への影響という観点から、と分けてみよう。

中国の不動産企業に明らかな構造的問題があることを意識されるようになったのは、何もこの数カ月といった時間軸の話ではない。新たな物件を建設し、売却資金で再び新規物件の建設に向かうといったビジネスモデルは、日本のかつてのバブル期にも似たものがあり、更には、不動産に対する所有権を認めない中国政府の方針から、より顕著な動きとなったのが痕跡に入った頃だったろうか。人口の大きな大都市はともかく、地方都市等に建設された高層マンション等が建設途上で打ち捨てられたり、竣工していても人の済まないゴーストマンション(現地では”鬼城”と呼ばれる)化していたといった報道は散見されていた。いつかは破裂する中国の不動産バブルと意識されてから、随分と長い年月が経過しており、中国政府は上手に対応しているという認識すらあったのではないか。しかし、それにも当然限界は存在する。

結局のところ、中国の不動産バブルは必ずいつか崩壊するものと思われており、特に当事者がそれに気付かないか、気付かないふりをしていたのも、典型的なバブル現象だったのである。リーマンショックの前段にあったモーゲージやCLOのバブルも、そろそろ破裂するのではと思われはじめてから、数年ほども長く継続した。バブルは外から気付くことが出来ても、外から破裂するタイミングを予想するのは難しい。そもそも、世界で最も最初の”
「バブル」であったとされるチューリップ(チューリップ・バブルのピークは1637年と一般的に言われている)にしても、本源的な価値は花を愛でるだけであったのが、ブームが過熱して建物等と同等にまで球根の価格が跳ね上がり、それが突然、急速に醒めてバブルが崩壊したのである。バブルの直中にいたら、それこそ醒めるまで気付かない、というのが、日本のバブルでの私たちの経験でもあろう。

既に恒大集団の発行した一部の債券で、利払いを停止されたことが報道されている。利払いに猶予期間の設定がない人民元建て債券の利払いを優先し、猶予期間が設定されているドル建て債券の利払いを延ばしたのは当然であり、現時点ではデフォルトの認定はされない。しかし、デフォルトが時間の問題であることは自明であろう。利払いに窮している発行体が、元本の償還による巨額のキャッシュアウトフローに対応できるとは思えない。しかし、借換債の発行や金融機関からの借入れが可能なら、資金繰りに窮しても延命できる可能性はある。中国の経済システムにおいては、鍵を握るのが政府の姿勢であることは明白であろう。日本においても、日本航空に公的資金を注入する際にデフォルト処理を行い、株式や社債の保有者には実損が生じた。一方、金融機関への公的資金の注入に際しては、特にメガバンクの場合、破綻処理は実施されていない。国民からの反発や経済への影響など様々な要素を考慮する必要はあるが、近年の中国政府は、特に大企業への締め付けを強化しているように見えることから、恒大集団に対して特別な支援を行わないのではないかという観測が強い。となれば、早晩、恒大集団は破綻することになるのではないか。

企業が倒産した場合に、日本の場合は株式が無価値になり、社債の弁済率は10%程度になるのが一般的である。デフォルトした社債の弁済率は、欧米の事例よりも一般的にかなり低い。その背景には、ギリギリまで破綻を回避することに加え、取引銀行が貸付の回収を優先するため、社債権者への弁済にあまり回らないという構造がある。いわゆる社債間限定同順位特約による社債の劣後性であるが、果たして中国の社債がデフォルトした場合に、どの程度の債権回収が可能になるだろうか。2010年代後半から中国で社債のデフォルトは多く見られており、弁済率は日本のそれとあまり変わらない水準である。どうやら恒大集団の社債がデフォルトした場合も、建設途上の物件の価値や手広く展開した多角化した事業内容等を考えると、高い弁済率は望めない可能性が高いと覚悟しておいた方が良さそうだ。(次号に続く)

国内起債市場を斬る 起債評価:9/13~9/17

おそらく上期末の起債は、この前の週がピークだったのだろう。カレンダーを見ても、翌週は敬老の日と春分の日によるシルバーウィークとなっており、募集から払込までの期間を考えると、9月中の募集はほとんど残っていないと考えられる。

こういった状況では、フリークエントイシュアーよりも、レア物の起債が目立って来る。日本発条(ニッパツ)の第9回5年債100億円、中央日本土地建物グループの第3回5年債50億円、KYBの第1回5年債70億円、DOWAホールディングスの第6回5年債100億円といったところが、シニア債として募集されている。また、劣後債を見ると、ツバキ・ナカシマが100億円、三菱HCキャピタルが1,000億円、横浜冷凍が100億円とそれぞれ第1回の劣後債を募集している。注意したいのは格付水準であり、幾ら劣後債がシニア債と比べて1ノッチ程度下回った符号になるものではあるが、ツバキ・ナカシマの劣後債はR&IのBBB-格であり、横浜冷凍の劣後債はJCRのBBB格である。予定通り期限前償還されるとすれば、両者とも7年債であるが、期限前償還されなかった場合、最大で前者は30年債となり、後者は37年債である。この水準の格付けの銘柄に、そこまで長期の与信を行う投資家は、正気と思えない。劣後債によるプレミアムの上乗せによる利回りの高さと、期限前償還への期待だけに捕らわれているのではないか。

翻って日本国内の円債市場以外に目を向けると、9月に入ってドル建てやユーロ建てなど、海外での調達を行う国内企業が増えている。募集される市場もユーロ市場あり、米国SEC登録のRule144A債ありと様々であるが、主な銘柄を挙げても、メーカーではデンソーが5年債5億ドル、商社では丸紅が5年債5億ドル、鉄道ではJR東日本が7年債3億ポンド・13年債5億ユーロ・18年債7億ユーロとある。更に、もっとも目立ったのが金融セクターである。千葉銀行の5年債3億ドル、みずほFGは8年NC7年債10億ユーロに加えて、10年劣後債を10億ドル、三井住友信託銀行は3年債7.5億ドル・3年変動利付債7.5億ドル・5年債7.5億ドルと、様々な年限・通貨での募集が見られる。また、農林中央金庫が今世紀に入って初めて5年債と10年債を各5億ドル募集している。

外貨建ての起債に関しては、メーカー等では買収などに伴う実需があり、金融機関等では外貨ニーズへの対応という側面もあり、また、グローバルな幅広く多様な投資家に対してニーズに即した社債を訴求するという面もあるが、為替レートの変動や見通しによって機動的に募集していることも考えられる。中でも、デンソーがサステナビリティボンド、農林中金がグリーンボンドとしての認証を取得しており、世界的な投資家のSDGs債に対するニーズに対応しているように見える。決してSDGs債に対する国内機関投資家のニーズが小さいとは思えないが、国内では金融債があるため社債を発行しない農林中金が、久しぶりにドル債の起債へと動いたことには注目しておきたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/6~9/10

上期末の「起債ラッシュ」の様相を呈して来た。金額・本数とも顕著に大きくなっている。ただし、本数は例年よりも抑制気味か。金利先高観は少なくとも日本国内には見られない。また、発行体も、メーカー、電力、商社、公的機関、ノンバンク、通信、小売と様々である。年限という意味では、成田国際空港の1年債というレアな年限が募集されている。その一方では、地方公共団体金融機構が20年債を募集したものの、それ以外に超長期債の募集が見られないというのは珍しいかもしれない。

こういった起債が多く見られる局面では、初物ではないがレアなイシュアーが債券を募集することがある。回号の若い募集例を見ると、イチネンホールディングスの第6回3年債及び第7回5年債や、センコーグループホールディングスの第10回10年債、青山商事の第2回3年債及び第3回5年債といったものが見られる。これらの銘柄は格付けを見ると、イチネンホールディングスがJCRのBBB+格、センコーグループホールディングスがJCRのA-格、青山商事がR&IのA-格と決して高水準ではない。珍しい発行体のやや格付けの低い社債が、起債ラッシュの中で出て来たというところだろう。

この週でもっとも金額を稼いだのは、ソフトバンクグループの劣後債である。いずれも7年債で、個人投資家向けが4,500億円で機関投資家向けが500億円の計5,000億円という大型案件であった。劣後債ということもあって、格付けはJCRのBBB+格である。そのため、クーポンは2.4%と普通の社債では全く見ることの出来ないような高水準になっている。発行体の信用力の安定性に疑念を持つ機関投資家よりも、「ソフトバンク」という馴染みの社名に期待する個人投資家向けに巨額の社債を発行するというのは、同社の過去からの戦略のように思われる。しかし、実態としては、ソフトバンクグープは持株会社であって、事業の本質は投資会社である。CM等で馴染みのある通信事業は子会社が営んでおり、別途、社債の発行も行っている。国民生活のインフラとなっている通信事業は、認可事業でもあり、万一の場合でも単純な破綻処理となることはないと予想されるが、投資会社については、また、異なる観点からの評価が絶対に必要である。

投資会社の発行した劣後債の信用力に信頼を置けるかどうかについては、過去の実績も当てにならないし、政府等による支援の有無も予測しづらい。まさに投資よりもギャンブルに近い。海外展開も含め、M&Aの成否や投資先の状況等をすべて予測することは、不可能に近い。また、ソフトバンクグループがメインバンクにとって、「Too Big To Fail」になっていると評価する意見もあるが、メインバンクのみずほ銀行は度重なるシステムトラブルによって監督当局からの信頼を失墜しており、週刊誌等では分割して他行と統合すべきといった極論も見られている。メインバンクの支えが期待し難い状況で、巨額の有利子負債を抱え、投資先の含み益に依存した財務構造を有する投資会社の信用力は、はたして7年間安定を維持することが可能だろうか。7年は短いようで、十分に長い年限である。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/30~9/3

起債市場の動きは活発である。中でも、募集金額で目をひいたのは、野村ホールディングスのTLAC対応債1,200億円と、三菱商事の劣後債1,300億円である。前者は劣後債ではないが、総損失吸収力規制に対応したものであり、国際的な金融システムに影響を及ぼすような規模の金融機関持株会社が危機に瀕した際に、納税者に負担させることなく、つまり、公的資金の注入を抑制して処理するために募集する債券である。つまり、危機時には、社債の保有者が損失を負担することになるものである。結果として、社債権者からすれば、劣後債と類似した損失負担を強いられる可能性のある債券である。このような損失負担リスクを負うため、プレミアムが乗った利回りを得ることができる。

今回火曜日に募集された野村ホールディンスのTLAC対応5年債は、0.28%クーポンである。格付けは、R&IのA格及びJCRのAA-格であった。一方、翌日に募集されたR&IでA+格及びJCRでAA格と格付会社によって水準は異なるものの1ノッチ上の評価を得る中部電力の10年債が、同じ0.28%クーポンになっている。電力会社の募集する債券にも、原発事故等の共同負担を強いられる可能性という業界独自のリスクが存在し、一方で、一般担保付と他の多くの債権に回収を優先できる特性がある中で、中部電力の10年債と同じクーポンとなった5年債に投資妙味を感じる投資家は少なくないだろう。しかし、損失負担を求められる可能性を無視するのは適切ではない。

この週は、複数の劣後債の募集が見られる。前述の三菱商事の劣後債は、5年経過時点に期限前償還が可能な仕組みで、当初クーポンは0.51%である。格付けはR&IのA格であり、野村ホールディングスのTLAC5年債と同じ符号であるのが面白い。一方で、問題視されるべきなのが、イオンの劣後債だろう。劣後債の格付けは、R&IのBBB格を取得している。今回の募集は既発劣後債の期限前償還対応と短期借入金の返済目的とのことであり、第8回債400億円は30年債で期限前償還は10年経過以降、第9回債300億円は35年債で期限前償還は15年経過以降である。つまり、期限前償還が必ず行われると考えても、10年債と15年債なのである。イオンの長期債務に付されている格付けは、R&IのA格とS&PのBBB格である。

果たして、A格の小売業に10年や15年といった与信を積極的に行えるだろうか。小売業は不動産業と並んで、過去に公募社債がデフォルトした代表的な業種であり、それは事業特性から見ても、決して違和感がない。一般的なメーカーに比べると、小売業の収益安定性は高くないように思えるし、積極的な投資による出店や買収等の失敗によって債務超過に陥ったり、過大な有利子負債の負担に苦しんだり、といった構造が目につき易い。かつて小売流通大手だったとされる企業がどれだけ現在のイオングループに統合されているかを考えても、果たしてイオンの優位性が10年、15年といった長い期間保てるだろうか。そこまでのリスクを考え、状況によっては期限前償還が実施されないリスクを考えると、決して投資妙味の高い債券には見えないだろう。