国内起債市場を斬る 起債評価:10/18~10/22

この週も引続き、起債市場の中心は、グリーンボンド等のSDGs債である。普段取上げていないJ-REITの投資法人債や地方債等でもグリーンボンドの募集が活発に見られている。結局のところ、利回りが低水準にある中で、投資家も社債等の債券を購入する説明(言い訳とも言えるかもしれない)が必要なのである。そういう意味では、以前から主張しているように、SDGs債は投資家に購入するインセンティブを与えるだけでなく、発行体に資金調達を行う名分を与え、引受証券にも手数料を与える三方一両得のツールなのである。だからこそ、曖昧な基準でのSDGs債の認定は市場規律を大きく損なってしまうだけでなく、旗を振っている官公庁等からの信頼を損なってしまいかねない。くれぐれも慎重な取り組みを徹底すべきである。

社債や財投機関債で募集されたSDGs債は、日立造船の5年グリーンボンド100億円、群馬銀行の10年サステナビリティボンド劣後債100億円、日本学生支援機構の2年ソーシャルボンド300億円の他に、NTTファイナンスの3本立てグリーンボンド計3,000億円であった。金額面で見ると、NTTファイナンスの3,000億円は、過去の他の案件と比べても極めて大きい規模である。3年債・5年債・10年債が各1,000億円と各々がグリーンボンドとしても大きく、3年債は0.001%クーポンのオーバーパー発行で実質利回りは0%で募集された。具体的な資金使途は、”新規または既存のNTTグループによる5G関連投資、FTTH(光ファイバー網)関連投資、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想の実現に向けた研究開発投資及び再生可能エネルギープロジェクト(風力・太陽光)への投資に充当する予定”とされている。こうした銀行やノンバンクの発行するグリーンボンドの資金使途は、いわゆる広義のグリーンファイナンスであり、金に色がない以上該当するプロジェクトに直接利用されたかどうかが不透明になりかねない。厳格に区分した資金管理と情報開示が求められることになる。

今後も、様々な種類のSDGs債が起債市場を賑わせるようであるが、単純に発行時に宣言された資金使途のみでなく、その後の、モニタリングが必要であり、投資家は債券を購入することによって、その責任を自らが率先して分担していることを自覚するべきである。外聞が良くなるからとか、ESG投資に取組んでいる姿勢を示すからとかの安易な理由で、SDGs債投資に取組むのではなく、株式におけるESG投資と同様にエンゲージメントまでも行う覚悟で取り組むべきだろう。また、SDGs債を認証した認証機関も、枠組みに対して同様の責任を負っている。特に年限の長い債券については、当該債券が残存している限り、関係者は責任を軽減されることがないことを強く認識すべきである。

国内起債市場を斬る 起債評価:10/11~10/15

例年よりも起債市場の動き出しが速いかもしれないと見たのは、誤りだった。前の週は電力債だけでなく、劣後債や大型起債が相次ぎ募集金額は大きく膨らんだが、この週は劣後債の募集がなく、大型案件も乏しい。総額で500億円を越えたディールは、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの3本立て計800億円(5年債400億円・7年債100億円・10年債300億円)くらいのもので、他は小粒が多くローンチされ、しかも本数も多くなかった。

はっきりした起債の特徴を挙げるとすれば、グリーンボンド等SDGs債の募集が相次いだことだろう。初物である栄研化学の第1回債30億円はサステナビリティボンドの認証を得ており、三井住友トラストパナソニックファイナンスの2本立て起債のうち、5年債100億円のみはグリーンボンドとなっている。更に、味の素の7年債100億円はサステナビリティボンドであった。地方債でも、北九州市は初めてサステナビリティボンド100億円を募集しており、東京都の今回のグリーンボンドは5年債と30年債の各150億円であった。

こうしたSDGs債の募集が目立つのは、投資家の購入意欲を刺激する意味もあり、好ましいものではあるが、果たしてSDGs債としての認証に正当性や確実性があるのか理解し難い起債が頻発すると市場参加者からの信認を失いかねないことを肝に銘じるべきである。具体的に見ると、栄研化学の5年債サステナビリティボンドは、野木事業所(栃木県)における新研究棟建設資金に充当するとしている。資金充当に関するレポーティングを行うことを明示しているが、格付けを付与した日本格付研究所の別部門によるセカンドオピニオンに正当な適格性があるのだろうか。極論すると、社債そのものに社債管理者を設置してモニタリングさせるべきなのではなかろうか。

三井住友トラストパナソニックファイナンスの5年債グリーンボンドについては、「全額を当社が策定したグリーンファイナンス・フレームワークに定める、①エネルギー効率、②再生可能エネルギー、③汚染の防止及び管理並びに④クリーン輸送における適格クライテリアを満たす融資・出資等に係るリファイナンスに充当する」としている。資金の充当状況については、外部監査法人の監査対象にするとしているが、何処まで分別管理が徹底できるだろうか、また、果たして監査法人が十分に把握しきれるものだろうか。

味の素の7年債サステナビリティボンドの場合は、差引手取額9,953百万円のうち、4,314百万円をソーシャルプロジェクトであるニュアルトラ社の株式取得目的で発行した短期社債の償還資金の一部に充当する予定とし、また、715百万円をグリーンプロジェクトである、つばめBHB株式会社への出資により減少した手元資金に充当する予定とし、残額を2023年3月末までに、同様にグリーンプロジェクトであるタイ味の素社への投融資資金として充当する予定としている。しかし、715百万円はグリーン支出によって減少した手元資金への充当であって、必ずしも直接的なグリーンプロジェクトへの支出ではない。また、最終的な残額のタイ味の素社への投融資も、2023年3月末までと最大で1年半の猶予期間があり、その間の運転資金に利用される可能性すら考えられる。「調達資金は概ね2年程度を目途に充当する予定であり、調達資金が充当されるまでの間は、現金又は現金同等物にて管理する」としているが、充当までの現金同等物が分別管理されていることを外部から確認することは必ずしも容易ではないのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:10/4~10/8

下期の起債市場は、例年よりも動きが速いようだ。背景にあるのは、そこはかとなく感じられるようになった日米の金利先高感だろう。米国の場合には、連邦政府債務の上限問題をクリアしたものの、新型コロナ感染症による経済への影響から徐々に脱却しつつあり、11月にもテーパリングが開始されるという観測が高まっている。日本についても、必ずしも米国金利の動向に連動しないものではあるが、自民党総裁選で各候補が打ち上げたバラマキやプライマリーバランス公約の一時凍結などの発言から金利上昇懸念が生じている。財務事務次官が月刊誌で財政悪化に向かう傾向に対して反論するといった前代未聞の状況であり、金利押下げによってメリットを得ている日本政府のスタンスが顕著である。家計も企業も資金余剰にあり、最大の資金不足セクターは政府なのであって、当然、低金利によって最大の恩恵を得ている主体は政府なのである。

10月に入って早速動き出した起債市場ではあるが、すぐに債券等を募集した案件の特徴を、幾つかの単語で表現すると、高速道路、大型起債、電力債、SDGs債、劣後債といったことになるだろう。既に10月1日から首都高速と阪神高速が社債募集を開始しており、8日には西日本高速道路も追随している。3社合計では1,400億円を募集しているが、この額が小さく見えるほどの大型起債が相次いでいる。ソフトバンクの3本立て起債計800億円ですら大型起債には感じなくなってしまう。日本航空の劣後債は1回号で1,500億円を募集し、武田薬品工業は10年債2,500億円を同じく1回号で募集している。また、パナソニックの劣後債は、3本立てで計4,000億円という大規模の募集であった。

電力債では、東北14年債100億円、四国20年債100億円、九州10年債200億円及び27年債150億円、中部10年債141億円及び20年債90億円、関西3年債500億円・5年債300億円・10年債100億円と様々な年限と金額とで募集されている。半端な年限が複数見られているとともに、関西電力の3年債はオーバーパー発行によって0%の利回りを実現している。なお、中部電力の発行金額が141億と奇妙な数値となったのは、公正取引委員会による立ち入り検査を受けて投資家の購入ニーズが減退したことへの対応と考えられる。

SDGs債の募集も多く、東急不動産ホールディングスの10年債はサステナビリティリンク債であり、SPT未達の場合は、環境団体等への寄付を公約している。INPEXの10年債はグリーンボンドであり、東京地下鉄は10年債・30年債・40年債・50年債の各100億円を募集したうち、10年債のみサステナビリティボンドの認証を得ている。なお、前週の阪神高速道路債がソーシャルボンドの認定を得ていたのに続き、西日本高速道路債もソーシャルボンドとしての認定を得ている。SDGs債も引続き、投資家に対するアピール材料となっているようだ。

国内起債市場を斬る 下期初特別号:中国恒大集団の経営危機を考える―その2

今回は、前回より少し広い観点から、中国の恒大集団の経営危機問題についてシンプルに考えてみたい。前回も触れたように、この不動産市場最大のプレイヤーの明暗は、中国政府の政策如何に委ねられているのである。特に足元の中国政府は、極端な富裕層を抑制し、国民全体(と言っても、新疆ウィグル地域の住民が念頭に入っているとは思えないし、此処では沿岸主要大都市に居住する漢民族を想定しよう)が共に豊かになる道を目指そうとしている。その中で、巨大企業に対する規制が強化されており、過去に認められていた特権的な立場を富裕層から剥奪される方向にある。従って恒大集団に対し公的資金の注入で経営支援することは考え難く、既に報道が見られているように、同様に不動産バブルに踊った複数の不動産会社が破綻へと連鎖する可能性は高い。

日本での不動産バブルの破裂にも見られたように、巨大不動産会社は金融機関からの借入れを利用して自転車操業的に新規物件を建設し、即売却するサイクルを継続しており、金融機関への影響が生じる場合には、経済全体への影響が生じる可能性は否定できない。そのため、日本では法律を整備し監督を強化する中で、金融機関への公的資金を注入することで、金融システム不安から経済の機能不全へと陥ることを回避したのである。それでも、「失われた三十年」と呼ばれるように、経済の長い停滞は続いた。そもそも中国の経済統計に対する信頼性は必ずしも高くないが、ますます経済の停滞感は強まることだろう。そうは言っても、日本のGDP成長率よりは高い数値を発表することは、既定路線なのかも知れない。

恒大集団の破綻が生じた際に懸念されるのは、仮に金融機関への影響を抑制できたとしても、個人投資家への多大な影響である。この数十年間、中国の経済を回してきたのは、経済の高成長から得られる利益を享受できる個人投資家向けの金融商品であった。お金儲けの大好きな漢民族にとって、共産主義による抑圧からの解放は、その反動も含めて投資から投機による蓄財へと移行するものとなった。株式投資による果実は当然の利益であり、更に、理財商品と呼ばれる様々な投資商品が個人の投資対象となっている。理財商品には様々な形態を取るものがあり一概には定義しづらいが、SPCのようなプラットフォームを活用した資金集めと成功報酬的なリターンの還元等が特徴であり、こうしたシャドーバンキングによる資金調達が中国経済の成長を支えてきたのである。

筆者も二十年程前に中国本土での資産運用を検討したことがあるが、理財商品は高利の魅力的なものであるものの、スキームに登場する関係者が破綻した際の投資家保護とディスクロージャーが十分でなく、安定的な運用対象になり得ないと判断した。恒大集団の経営危機で既に理財商品の損失が発生しているようであり、国民経済への影響は少なからず生じることになろう。既に報道されているように、損失の発生から自殺をほのめかすような投資家も見られており、そもそも、そのような全財産を投機に賭けるような投資姿勢は、国内バブルを見てきた我々サラリーマン投資家には極めて不適切と決めつけてしまう。
お金儲けに血道をあげる中国の民族性は、その歴史的背景と中央政策に帰結するのであろう。歴史的背景とは、投資分散といったリスク管理の原点からとかく逸脱し、また、政府による投資家の保護は、預金保護と異なって、到底期待し難い、という点である。共産主義的なみんなで豊かさを目指す環境の中では、過度な投資で自分だけが豊かさを目指す行為は不適切と評価され、市場の反転局面では、当然の報いを受けることになる。その結果、中国経済は、高い成長率を維持することが難しくなるのであろう。

結局のところ、中国政府がどのような支援策・収拾策を投入するかで、今後の市場や経済全体への影響が大きく異なって来るだろう。過度な公的資金の投入は中国国債の信用力を低下させることになるし、世界国債インデックスへの算入がはじまる中での信用力低下は避けたいはずである。まずは、中国政府の動向を注視しつつ、債券市場は淡々とデフォルトを迎えるしかないのではないか。影響が大きくなって来た場合に世界経済への影響を考慮する必要も考えられるが、それは中国国内での影響や対応が判明した後であり、まだ暫く先のことになるだろう。(本稿終わり)