国内起債市場を斬る 起債評価:6/20~6/24

会社法の規定に基づくと、3月期決算企業の株主総会が6月後半に集中するのは必然である。その余波を受けて、起債市場の動きは引続き鈍くなる。先日はヘッドラインリスクの発生懸念を理由の一つとして上げたが、実際に、マレリホールディングスが民事再生手続きに移行したのを見ると、この時期には何があってもおかしくない。アンテナを尖らせておく必要性を痛感する。幸いにして株価や為替も一頃より落ち着きを見せているが、金融政策の動きだけでなく、参議院議員選挙の結果を踏まえた政策の変更などにも注意しておくべきであろう。

この週に社債等の募集は見られなかったが、東京都が5年のソーシャルボンドを募集しているので、紹介しておきたい。東京都によるソーシャルボンドの募集は3回目となる。今回の発行条件は、5年債300億円に対して、0.11%クーポンが付されている。国債対比のスプレッドは+5bps程度であった。取得した格付けは、S&PのA+格である。調達した資金の充当先としては、無電柱化の推進、特別養護老人ホームの整備費補助、特別支援学校の整備等を予定として挙げている。

資金充当事業で見てもわかるように、これらの取り組みは、いわば地方公共団体の本来業務である。東京都のような不交付団体を除くと、地方債で資金調達すれば、基本的に地方交付税の措置対象であり、起債についてはお金を集めて来る大義名分に過ぎない。充当する事業が地方公共団体の本来的な業務であるなら、結局のところ、ソーシャルボンドであることも、認定機関に手数料を払ってラベルを付けてもらったのに過ぎない、それで、当該地方債の売れ行きにプラスとなれば意味もあろうが、もともと購入を希望する投資家が多い中では、単にソーシャルボンドとしての認定手続きに余分な手間をかけ、認定機関に余計な手数料を払っただけに過ぎないのではないか。

実際、地方公共団体で同様のソーシャルボンドを発行した例は見られない。結局、現在の都知事がお得意なフリップ芸(2020年「3密」では、同年流行語年間大賞受賞)ならぬ、パフォーマンス志向の政策に他ならないのではないか。新型コロナ対策をはじめとして、実態や中身のない取り組みに、カタカナや漢字語での耳障りの斬新な言葉を散りばめ、仕事をやっている風に取り繕って見せるものの、実際には、ほぼ何も出来ていないのが現在の都政である。通勤時の満員電車をなくすといった都知事選での公約はどうなったのか。新型コロナ対策で少し実現に近づいたが、それは感染懸念による自粛のお陰であり、能動的な政策は見られない。今回のソーシャルボンドによる調達資金の使途として、辛うじて”無電柱化の推進”が明記されているから、公約を忘れていることはないようである。
とは言え、先日は「都民ファーストの会」の代表で、参院選に出馬する荒木千陽氏の街頭応援で、『大阪よりも500人死亡者が少ない』と、大阪府と東京都と比較する発言で“自画自賛”の応援には、早速批判が飛び交っていた。
今回のソーシャルボンドに対して、購入意欲を表明したと東京都のHPに明記されているのは、銀行関連で静岡銀行・第四北越銀行・東京きらぼしフィナンシャルグループ・みずほ銀行(メインバンク)・三菱UFJ銀行・武蔵野銀行・信金中央金庫・農林中央金庫で、公的団体では江戸川区・文京区・新エネルギー産業技術総合開発機構・造幣局があり、他に公益財団法人や日本コープ共済生活協同組合連合会・日本労働組合総連合会などが名を連ねている。都に付き合わされる銀行はご苦労だと思うが、本業に邁進するだけの実態を伴わない「ソーシャルボンド」購入者として名前をさらすことには、投資家にとってもデメリットの方が大きいかもしれない。グリーンウォッシュならぬソーシャルウォッシュとでも表現すべきか。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/13~6/17

3月期決算企業の株主総会が近づくと、例年起債市場の動きは鈍くなる。ヘッドラインリスクの発生を怖れるのが一つの要因であろうが、今年は金融政策の変更懸念や、円安に加えて株価が上下動を繰り返していることもあって、起債環境としてはやや不安定さが感じられる。そのためもあって、無理に資金調達を急がないという発行体側の事情も十分にあるだろう。

何しろこの週は、従前の10年国債に対する指値オペに加えて、国債先物が大きく売り込まれたため、残存7年国債に対しても日銀が指値オペを初めて実行したほどの状況であった。先物が売り込まれた結果、7年と10年の国債利回りが逆転するなど、通常の自然なイールドカーブが崩れてしまったのである。イールドカーブコントロールという金融政策そのものが、市場を統制し管理下に置くというものであるから、既に自然なイールドカーブでなくなっていた可能性は高いが、通常の右肩上がりの姿を失ってしまった状態に人為的な弥縫(びほう)策(さく)を講じても、必ずしも容易に目的が達せられるとは限らない。日銀の歪んだ政策に一部のヘッジファンド等が真っ向から挑んだ形である。もっとも、国債先物取引には限月が設定されており、ローリング決済が可能とは言うものの、期近でなければ取引量に限界があり、圧倒的に日銀及び財務省側が有利である。流動性供給入札と買入オペによって、国債の個別銘柄についても需要と供給の両方をコントロールできる当局と戦って、売り方に勝ち目はないだろう。

7年から超長期年限の金利上昇を受けて、長めの年限での調達がほとんど行われなくなっている。社債等の募集を見ても、北陸電力の8年債くらいなもので、地方公共団体金融機構がFLIPに基づいて14年債と15年債を募集しているが、これは公募と言っても、特定の購入者が具体的に見えている起債であって、一般的に広く市場で購入者を募るものではない。もっとも、金融商品取引法が想定していたような一般公募は、現実の有価証券募集の局面では、なかなかお目にかかれなくなっているようであるが。プレマーケティング等の事前ヒアリングによって、社債等の販売は募集金額が変更されることも少なくなく、また、取引の透明性を確保する募集方式が一般化したこともあって、募残が発生するようなことも珍しくなっている。

結局のところ、みずほリースの4年債100億円、JERAの3年債121億円、GMOインターネットの5年債60億円、加賀電子の3年債及び5年債各50億円と、イールドカーブコントロールが有効と見られる中期年限までの小額起債が、起債銘柄のほとんどとなってしまっている。社債等のSDGs債募集が見られなかったのは、珍しく感じる。なお、月内一杯は株主総会シーズンとなるため、カレンダーが7月に変わり、市場が落ち着きを見せるまでは、社債等の募集は全般的に大人し気味になりそうだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/6~6/10

この週の社債等の募集は、6月9日、木曜日にピークが来るという珍しい展開となった。それでも週の後半に募集が多く行われていることには変わりがない。まず、個別に目を引いた起債を幾つか挙げてみたい。中国電力の30年債120億円は野村證券による単独引受案件であり、クーポンは1.25%と高水準になった。円安が進み超長期金利が相対的には高い水準となっているが、決して歴史的に高い水準とまでは言えない。あくまでも、異次元の金融緩和以降の人為的低金利政策下において抑制された水準から、少し上がったという程度である。それでも1.25%が高いクーポンに見えてしまうのは、目線の慣れでしかないのだろう。

次に、アイフルが2年債300億円を募集している。クーポンは0.97%とわずかに1%を割れる水準である。中国電力30年債のクーポンにまでは届かないが、2年債としては明らかに高いクーポンである。かつてアイフルはR&I格付けがBBB-格に満たず、いわゆるハイイールド債の発行体として知られていたが、格上げ後の今回の債券発行に際して取得した格付けはJCRのBBB格である。決して安定性の高い業態とは言い難いが、2年債なら取得可能と考える投資家も少なくないだろう。

アイフルとほぼ似たような年限で起債したのが沖縄電力である。募集したのは3年債200億円で、クーポンは0.18%とアイフルの1/5以下になっている。格付けがR&IのAA格・S&PのA+格・ムーディーズのA1格と高いことに加えて、原子力発電所を有していないアドバンテージも有していることから、電力会社の中では相対的な勝ち組と見られている。もっとも同社の発電所は、水力発電が可能な大規模河川が県内に存在しないため、ほとんどが重油やLNG、石炭の燃焼による火力発電である。風力発電は離島にのみ設置されており、認可最大出力の0.1%のみしか占めない。

この週の起債は、相変わらずSDGs債が中心になっている。グリーンボンドの一つは、相鉄ホールディングスの5年債150億円であるが、資金使途を見ると、新型車両の購入はグリーンであるが、ホームドアの設置はソーシャルとされており、サステナビリティボンドの認定を得ても良かったのではなかろうか。もう一つのグリーンボンドは、サンケン電気の5年債50億円で、資金使途はEV投資とのことである。ソーシャルボンドは、日本高速道路保有・債務返済機構の4年債300億円・15年債100億円・20年債150億円の計550億円と福祉医療機構の10年債100億円といった公的セクターの財投機関債が占めている。

サステナビリティボンドの認定を得たのは、ゼンショーホールディングスの5年債100億円、三井住友建設の5年債50億円の二つで、サステナビリティリンクボンドは、オカムラの5年債50億円がSPT(サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット)未達成の場合に寄付する形式であった。なお、ENEOSホールディングスの10年債850億円と20年債150億円の計1,000億円はトランジションリンクボンドという目新しいラベルを付されているが、実態はサステナビリティリンクボンドであって、SPTs未達成の場合は、寄付し排出権を購入する仕組みである。引続き、様々なラベルを有した社債等によって、SDGs債発行市場の賑わいが続きそうである。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/30~6/3

漸く、起債市場はエンジン全開に入った。目立つキーワードは、相変わらず、超長期、SDGs債という二つであるが、それらに含まれるものがあるものの、メーカーの起債が相次いだというのは、一つのピークであり、市場の盛り上がりを端的に示す兆候でもある。メーカーが発行条件を決定した社債は、横浜ゴムの7年債及び10年債計300億円、IHIの5年債及び10年債計200億円、キリンホールディングスの5年債200億円、サントリーホールディングスの3年債・5年債・10年債の計850億円、三菱ケミカルホールディングスの10年債170億円、エア・ウォーターの5年債100億円、JFEホールディングスの5年債及び10年債計300億円と、総計で2,120億円にも上っている。業種もゴム、食品、機械、化学、鉄鋼と幅が広い。

超長期債は、利回りが金利上昇の影響を強く受けており、民間企業による当該年限の社債発行は減っているように見えるが、公益企業や公共セクターといった安定基盤を有する発行体にとっては、まだまだ魅力的な水準なのかもしれない。低金利に慣れた投資家から見ても、現在の金利水準は、金利が上昇傾向を継続すると考えなければ、一頃よりも改善された利回りを享受することが可能である。全力で買い進むのでなければ、購入チャンスが継続していると考えていることだろう。中国電力16年債の0.85%クーポンは微妙な年限と利回り水準だったかもしれないが、四国電力の20年債に付された1%クーポンは数字が象徴する意味も大きい。一方で、都市再生機構のように、40年債が1.269%クーポンで50年債が1.435%クーポンと言われてしまうと、やや利回り水準の評価が難しく見えるかもしれない。果たして、それだけ先の将来の金利水準がどうなっているか、少なくとも現在の投資担当者は、債券の償還時にその部署どころか、その機関投資家で定年を迎えているだろう。何れにせよ、5年債以上では国債対比のスプレッドプライシングが復活している例も多くなっており、新たな目線の構築が必要になっている。

SDGs債の中では、ややトランジションボンドの募集が目立つようになっている。必ずしも環境に優しいとは思えない業態の企業が、環境改善に取り組む方向へ努力するプロジェクトに向けたファイナンス目的である。趣旨としては、ノンバンクが再生エネルギー関連融資に当てるといったグリーンボンドより、余程、筋は良さそうに思える。IHIは5年債と10年債の両方がトランジションボンドで、JFEホールディングスも5年債と10年債の両方がトランジションボンドとされた。トランジションボンド以外には、日本取引所グループの1年債はセキュリティトークンを活用したグリーンデジタルトラックボンド、長瀬産業の10年債はサステナビリティリンクボンド、エア・ウォーターの5年債はサステナビリティボンドと多様な募集があり、ソーシャルボンドもなかなかの流行のようで、キリンホールディングスの5年債、クレディセゾンの機関投資家向け5年債、都市再生機構の超長期債両方と目立っている。こうしたラベルを有した社債等は、投資家にとっても実利に限られない投資メリットがあり、ますますSDGs債市場の賑わいは続きそうである。