国内起債市場を斬る 「AT1債」特別号:普通社債でないということ

年度末も押し迫る24日になって住友不動産がグリーンボンド300億円を募集しているが、不動産会社の発行するグリーンボンドは金融関連の企業によるものとは異なって物件が紐付けされており、内容はわかり易いものとなる。また、同社は昨年末にもグリーンボンドの募集を見送っていたことから、押し迫った時期が好きな発行体という評価も可能だろう。

先週の起債評価でも少し触れたが、クレディスイスがUBSに救済合併されることが決まり、歴史ある金融機関の消滅に際して感慨深いものがあるとともに、債務処理に関して留意すべき論点が明らかになったことも確認しておきたい。まず感慨という意味では、かつてスイスに本店を置く大規模な金融機関が複数あったものの、スイス・ユニオン銀行にせよ、スイス銀行にせよ、UBSに統合されており、更に、投資銀行に関しても、SGウォーバーグやディロンリード、更には、ペインウェバーなどといったネームが統合されている。今回の合併に際しては、クレディスイスだけでなく、かつてのファーストボストンをも統合することになる。これまで様々な金融機関や投資銀行の有為転変を見て来たが、複雑な思い出を持つ関係者も多いだろう。クレディスイスも、日本においては最終的に富裕層向けのビジネスに重点を置くようになったが、かつては国債取引を含め大手の外資系証券の一角を占めていたのである。

一方、債務処理に際して市場で注目を集めたのは、UBSの買収に際して、クレディスイスの株式価値をある程度維持したまま、同社の発行していたAT1債などの価値を毀損させる判断が行われたことである。典型的な株式と債券との関係は、教科書的には、弁済に際して債権者が優先され株主は残余財産の請求権を有するに過ぎないとする。それが、今回の処理においては順位が逆転したように見えることが注目された。ここで重要なのは、「AT1」債はAdditional Tier1 という意味であり、金融機関の中核的な自己資本を追加して補完するものであって、決して普通社債でないことにある。そもそも「AT1債」や「CoCo債」については、金融機関の経営悪化時に公的資金を投入して国民負担で処理するのみではなく、別途、実質的に債権者が一部を負担する枠組みとして導入された債券である。こういった劣後性を有する債券を「ハイブリッド債」と称して誤魔化すべきではなく、きちんと商品性を説明し、投資家は認識すべきだったのである。

確かに関係者の説明が途中で変更されたという経緯はあるようだが、元々損失の一部を「AT1債」の保有者が負担させられる可能性はあり、特に、規制当局の判断によっては、株主価値を残したまま、債権者が負担させられる可能性は考え得るものだったのである。幸いに日本の金融機関や持株会社に関しては、クレディスイスのような処理を行うことが出来ないと見られる。しかし、劣後性を有する債券の投資に際して、劣後事由が発生しないとか、期限前償還がスキップされないとか、安易な希望的観測のみを前提に投資判断を行うことの危険性を示す事例となっている。特に、海外の法制や規制当局の行動を熟知することは容易でないし、金融機関の破綻に関しては国民経済や金融システムへの影響を考慮して、非常措置が採られる可能性も十分に考えておかなければならないのではなかろうか。

日本の起債市場において「AT1債」の起債観測は少なからず見られていたが、投資家の不安感が払拭できるまでは、募集の時期を先送りする可能性が考えられる。そもそも、クレディスイスやシリコンバレー銀行等米国の地銀が破綻した背景にあるのは、ALMの失敗や暗号資産関連の不良貸付、取り付け騒ぎ等様々な要因である。クレディスイスの場合には、規制当局との歴史的な軋轢があり、アルケゴスの巨額損失(2021年3月、野村HDの米国子会社の取引に伴って20億ドル程度、三菱UFJ証券HDが約3億ドル、みずほフィナンシャルグループが1億ドル規模の損失の可能性を公表)が負担となったこともあるが、欧米の金融機関全体に対して信用懸念が高まっていると見た方が良いだろう。現時点では、リーマンショックのような大事にはならないものと想定されるが、金利が上昇した中で複数の企業による巨額の資金引き出し等によって小規模な金融機関の経営が圧迫されることも十分に考えられる。

国内起債市場を斬る 起債評価:3/13~3/17

例年のカレンダーなら2022年度の社債等の募集は最後となる週である。前週に日銀の金融政策決定会合があり、金融政策が見直されないという12月とは逆な意味でのサプライズとなり、金利水準の変動を予想して社債等の条件決定を見送った発行体にとっては、今、「翠富士ブーム」ではやりの「肩透かし」となった。しかし、払込等を考慮すると、この週はギリギリのタイミングであって、大規模な金額の募集は困難である。そのため、社債等で募集されたのは、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券が4本の他、中日本高速道路の財投機関債300億円に加えて、ニューカマーである稲畑産業の5年物社債75億円が募集されたのみであった。

地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債は、基本的には、定例で募集している10年などの年限とは重複しないとされているが、既に年度の定例起債を終了したこともあって、この週のFLIPに基づく起債は5年債1本の他、20年債が3本と、年度途中では考えられない定例募集と重なる設定であった。

中日本高速道路の財投機関債は、他の高速道路会社による起債の多くがソーシャルボンドとされているのと異なり、グリーンボンドの認定を取得している。資金使途としては、橋梁やのり面の補強等グリーンプロジェクトに向けた資金とされていて、ソーシャルボンドを選択することも可能であったろうし、両方を兼ねるサステナビリティボンドという枠組みを選択しても良かったのではないかと思われる。もっとも、主としてガソリンを燃焼し温室効果ガスをバラ撒きながら自動車の走る高速道路の運営会社がグリーンボンドを発行するというのも、ある意味でシュールな取り組みとも言えよう。トランジションボンドの発行を選択することも可能ではなかろうか。

稲畑産業は住友化学が筆頭株主である化学関連商社である。スタートは染料で、その後、合成樹脂や化繊の取り扱いを開始しており、機械や医薬品など様々な製品を取り扱うようになり、食品を取り扱ったこともある。近年ではしばしば事業再編を行っており、現在では2019年の再編によって情報電子・化学品・生活産業・合成樹脂の4分野となっている。格付けはR&IのA-格を取得しており、初回債の希少性は評価できるが、発行体の知名度の低さは投資の障害になりかねない。

日本の起債市場が年度末に入ろうとする時期に、米国のシリコンバレー銀行(SVB)の破綻に端を発した欧米の金融不安が、かねてよりきな臭い噂の聞かれたクレディスイスの経営危機からUBSによる買収へと急速に進展した。その際に、株主に損失を負担させない一方で、AT1債(ブルームバーグのデータによれば、クレディ・スイスにはスイス・フランや米ドル、シンガポール・ドル建てで13本のCoCo債があり、発行残高は計173億ドルで、同行の負債総額の2割強に相当する規模)の毀損で保有者に損失を負担させる判断となった。その結果、主として海外のAT1債保有者の損失拡大や、今後のAT1債発行にブレーキの係る可能性が懸念される。AT1債の仕組みについては熟知されていたはずであるが、株主よりも劣位して損失負担させるという政治的決定を予想していなかった投資家も少なからず存在したようである。日本のメガバンクの持株会社によるAT1債の起債観測も上がっていたのだが、新年度早々の募集が可能になるか注目してみたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:3/6~3/10

おおかたの予想通り、国会では日銀新執行部の人事が承認され、黒田現執行部の下で行われた最後の金融政策決定会合は現状の金融緩和政策を維持するという、サプライズ抜きの結果となった。もちろん理論的には予定されている決定会合以外にも状況の急変した場合には、臨時の決定会合を開催して金融政策などを修正することは可能であるが、米国の地方銀行が破綻(ファースト・リパブリック・バンクなど米中堅銀の株価は急落;3月10日、仮想通貨企業への多額融資のシグネチャー・バンク経営破綻;3月12日、シリコンバレーバンク(SVB)は増資発表2日後3月10日に経営破綻)したくらいでは、そういった事態になるとは思えない。そもそも二人の日銀副総裁の任期はあと1週間ほどであり、人事の端境期には動けないというのが、この国の典型的なパターンである。社債市場についても、間もなく年度末の閑散期に入ると予想されるが、起債観測の上がっていた銘柄が急遽取りやめになったりと、表面には見えていないところで何かが起きている可能性もあり、なかなか気を休める暇もない。

この週が年度末の起債ラッシュとはならない背景として日銀の金融政策決定会合が不確定要因として考えられると指摘したが、それ以外にも、米国の金融政策や市場が少し不穏な雰囲気を見せていることで、慌てて起債しないくて良いという認識になっていることも想像できる。米国での複数の金融機関破綻の直接の要因は、金利上昇と大口顧客の預金引き出しという事象が発生し、日本人の常識では今は到底発生し難い現象であると考えられる。歴史的には、日本においても電車の中での女子高生のお喋りに端を発して地域金融機関(豊川信用金庫;1973年)の経営問題が話題になり、一種の取り付け騒ぎにまで至った事例があるものの、インターネットによる情報の拡散スピードが向上している現在での発生は考え難い。しかも、米国の監督当局は預金保護を行うと公表しているため、現時点までの情報では、世界的な金融危機にはならないものと推定できる。とは言え、更なる悪材料が別のところから表に出ると、どんな飛び火が起きるかは予測できない。

起債市場は、バラバラと様々な社債等が募集されている。起債シーズンの後半に出て来ることの多いメーカーによる社債の募集や、静岡ガスのように初めての公募普通社債の募集などが確認されている。セントラル硝子や長谷工コーポレーションの3年債は、未だに日銀による社債オペで買い取ってもらうことを予定した起債であろうし、電源開発の第85回債は年限が6年7カ月と半端な年限の社債である。年度末に向けてSDGs債の募集が目立つことを予測したが、この週では鹿島建設による5年のサステナビリティリンクボンド100億円が募集されたのみとなった。温室ガス排出量売上高原単位や気候変動スコアをKPI(Key Performance Indicator)とし、目標未達の場合には寄付を行ったり排出権を購入したりするとしている。日本ではこういった目標未達時に寄付等を行うサステナビリティリンクボンドが一般的な類型になっており、欧米とは少し異なっているところが面白い。そもそもトランジションボンドの発行は日本が他を圧倒しており、産業構造の違いなどを端的に表した特徴になっている。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/27~3/3

ようやく2022年度の起債市場の最終局面に入った。もっとも例年にはない不確実要因が3月第2週に予定されている。黒田総裁の下での最後の金融政策決定会合が、3月9日(木)と10日(金)に開催されるのである。本来であれば、年度末に向けて起債市場が盛り上がる時期なのであるが、金融緩和が修正されるかどうか予測が難しい中で、発行体も投資家も、今は慌てては動きにくい。そのため、起債市場で社債等の条件決定を行われるピークが翌週頭にずれ込む可能性もあると考えられる。春分の日の休日を考慮すると、14日(火)や15日(水)あたりまでは、社債等の募集が行われてもおかしくない。

2月末から3月頭にかかる週の起債市場で目立ったのが、一つはメガバンク関連の社債である。三菱UFJフィナンシャルグループはTLAC対応債を4本計2,325億円募集しており、三井住友フィナンシャルグループは個人投資家向けの劣後債2本計1,000億円を条件決定し募集を始めている。三井住友フィナンシャルグループの劣後債は、ブレット10年債以外に期限前償還条項が付されたものもあり、実質5年債として個人に募集されていることだろう。機関投資家は期限前償還の仕組みを十分に理解しているだろうが、個人投資家は期限前償還がスキップされたら、さぞ驚くことだろう。金融庁の指導・監督の下でメガバンクの持株会社がコールをスキップすることは考え難いが、期限前償還条項を付した社債も、いわゆる仕組み債の範疇に入ると考えることが可能である。特に、コールオプションの売りポジションを含めることでクーポンのかさ上げを図っているのだから、デリバティブを活用した仕組み債という金融庁の指摘事項には十分に合致しているのであるが。

もう一つ目立ったのが、SDGs債である。アサヒグループホールディングスは3本立ての内5年債250億円のみがグリーンボンドであり、東北電力の10年債100億円および20年債50億円はトランジションボンド、南海電鉄の5年債100億円はサステナビリティボンド、東洋紡の5年債200億円はサステナビリティリンクボンド、日本製鉄の5年債300億円および10年債200億円はグリーンボンド、大栄不動産の5年債25億円はグリーンボンド、国際協力機構の2年債205億円はソーシャルボンドと、ずらずらと主要な類型がすべて列挙されるように登場している。投資家とすればESG等への配慮を表明することが可能であり、発行体としても資金調達の名分が立つのであるから、双方ともに損はない。債券の残存期間に求められる情報開示は手間かもしれないが、クーポンの押下げ効果が期待できるのであり、引き受ける証券会社も販売に苦労せずに済むなら、三方一両得となることが期待できる。引き続き、起債観測の上がっている社債等には、グリーンボンドなどが多く見られており、年度末に向けた起債ラッシュはSDGs債が主役の一つになるものと予想される。