国内起債市場を斬る 令和2年度末特別号-1:サステナビリティ・リンク債

2020年度の起債市場で注目を集めた起債の種類の一つが、SDGs債であることは言うまでもない。SDGs債は日証協の作った広範な概念であり、その中には、グリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティボンドといった複数の類型を含むが、新しく日本の公募社債市場で見かけることになったのが、サステナビリティ・リンク・ボンドである。公募普通社債で確認されたのは、12月18日に募集された芙蓉総合リースの第27回債、3月12日に募集された高松コンストラクショングループ第2回債、3月19日に募集された野村総合研究所の第8回債といったところである。なお、高松コンストラクショングループ第2回債はグリーンボンドとしての特質も有しているし、野村総合研究所の第8回債は後述するように期限前償還条項が付されている。

この3つのサステナビリティ・リンク債は、其々が異なる仕組みを採用している。黎明期の債券種類であり色々な試行錯誤の最中であって、どのような仕組みが最終的に市場における慣行として定着するかは、現時点では読めない。いずれも「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット」(以下、SPTと略す)を設定するところまでは同様であるが、達成の有無による影響が異なる。そこで、今回はそれぞれの社債の特徴を分析してみたい。なお、SPTについての細かい定義は各々で異なっているが、概ね再生可能エネルギー使用率等であり、高松コンストラクショングループ債のみが後述のように、その他の要素も考慮するものとなっている。

まず、芙蓉総合リース債は、当初4年間は固定の0.38%クーポンであるが、その後3年間の償還までは、発行体がSPTを達成した場合にはクーポン水準が変更されず、未達成に留まった場合にはクーポンが0.48%と10bps跳ね上がる仕組みとなっている。

次に、高松コンストラクショングループ債は、5年間のクーポンが固定されており、SPTが達成できていない場合には、償還時に金額100円あたり0.50円のプレミアムを支払うものとしている。あくまでも償還時点での1度のプレミアム支払いであるが、5年の保有期間に均すと10bpsの上乗せ効果である。芙蓉総合リースの後半3年間と同等の利回り上乗せ結果であるが、償還時点での保有者しか受取ることができないため、発行体がSPTを達成できるかどうかの見通し次第では、社債の売却を抑制する効果が生じてしまう。そもそも、日本の社債は多くがバイアンドホールドの対象であり、殊更に売却を抑制する効果が生じるかどうかは発行体次第であろう。
高松コンストラクショングループ債のSPTは、SDGs貢献売上高の絶対額で定義されている。その中には、耐震補強工事の出来高やマンション等の大規模リフォーム工事の出来高、社寺建築及び埋蔵文化財発掘事業の出来高等をも含んでおり、必ずしもSDGs貢献というラベルに相応しいもののみとは見えない。この社債の狙うサステナビリティとは、社会のサステナビリティではなく、発行体の企業としてのサステナビリティなのではないかと疑ってしまう。投資家は、単なるラベルに惑わされることなく、サステナビリティ・リンク債の中身をしっかり吟味する必要があるだろう。

最後に、野村総合研究所債は、当初10.5年間は0.355%クーポンであり、SPTを達成した場合には、発行体の選択で期限前償還を可能とする。しかし、SPTを達成していない場合には、残りの1.5年は0.811%クーポンとステップアップした利息を支払うこととしている。つまり、SPTを達成すると見る投資家からは10.5年債であるが、あくまでも期限前償還を可能とする条項であって、発行体の判断でコールをスキップされる可能性は残っている。

これらの仕組みを概観すると、大きく二点の課題を指摘することが可能である。まず、発行体にとってはSPTを達成することによって、利息の支払を抑制したいというインセンティブがあるものの、投資家からすれば経済的な意味からはSPTを達成できない方が望ましい。つまり、投資家と発行体の利害が真っ向から対立する可能性があるということなのである。確かに企業がSDGsに即した経営目標を設定することは現代の潮流であるが、SPTの設定次第では緊張感のない基準となっている可能性がある。また、SPTの達成についても、発行体が自ら判定することは、お手盛りになる可能性がある。SPT目標の設定や達成の判定に関しては、第三者による厳格な認定と判定を求めることが必須と考えるべきであろう。

次に、いずれのサステナビリティ・リンク債も、発行体は超過的な利息支払いを回避できるように、SPT達成に向けた努力を行うと期待されるが、その一方で、発行体による買入消却がいつでも可能と規定されている。そのため、時価であれば、いつでも買取りが可能である。つまり、金利が上昇してしまっていたり発行体の信用状況が大きく棄損されているようであれば、アンダーパーでの買取りが可能である。結局、そういう状況では、買入消却によってサステナビリティ・リンクの効果を生じさせなくすることができる。信用状況が悪化している場合には、SDGsへの配慮をかなぐり捨てて、利益獲得に邁進する方向に誘導しそうである。歴史的には、発行体が財政状況の悪化を喧伝して安値で既発行の社債を買入消却し、有利子負債を減少させることで経営を立て直した企業も存在する。サステナビリティ・リンク債については、発行体が買入消却を行わない旨の宣言が必要ではないいだろうか。

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