国内起債市場を斬る 東京2020特別号:東京電力Gの格上げで考える

旧盆の休みを挟む時期では、民間企業の社債は今月下旬からの募集に備えた準備が主になり、実際の債券募集に動く発行体としては、引続き公的セクターに限られる。募集された地方公共団体金融機構の10年債は、前月の0.09%を上回ったものの、クーポンは0.1%でしかない。理論的に、機構の信用力は、地方公共団体の中でもっとも信用力の高いものとリンクする構造にあるが、前回触れたように、新型コロナウイルス感染症蔓延に対応した給付金等支出と税収の減少、加えて東京オリンピックの巨額に上る赤字負担で東京都の財政状況は大きく悪化している。その影響は、結局、地方公共団体金融機構の信用力にも及ぶ。何しろ最終的な局面に至った際に、日本政府の支援を法律的に期待できない仕組みとなっていることを忘れてはならない。長引くコロナの影響を考えると、中長期的な信用力悪化の影響は国債、地方債、社債等様々な箇所で見られるようになる可能性がある。

結局のところ地方公共団体の信用力は日本政府の信用力に支えられる構造にあるが、同様に政府に支えられると考えることの出来る民間企業に対する評価に、今月に入って変更があった。具体的には、R&Iによる東電グループ3社に対する格上げである。3社の格付けは同水準であり、2017年以降の社債発行体は東京電力パワーグリッド(以下、PG)である。8/5に公表された格上げは、BBB+格からA-格への引き上げであった。複数の格付会社から異なる水準の格付けを見る場合に、保守的にもっとも低い水準の符号を見る投資家にとっては、Aゾーンへの格上げであり、発行体に対する評価の変わる可能性がある。海外系の格付会社の東京電力ホールディングスに対する発行体評価は、S&PがBB+格であり、ムーディースはBaa3格とまだ低い水準にあるが、海外系の格付会社と国内2社の評価を同水準のものとして考える投資家は、まず、存在しないだろう。海外系の格付会社による格付けは、金融機関や総合商社を除くと極めて少ない対象にしか格付けを付与されておらず、同列に扱うことはバランスを不当に失するものと見られるからである。

代表的な債券市場インデックスであるNOMURA BPI総合への銘柄組入基準はA-格以上であるが、元々JCRのA格として算入されていたため、今回の格上げは直接影響しない。しかし、BBBゾーンからAゾーンと添え字でなく符号が変化したことは、象徴的な意味も大きい。そもそも、東日本大震災と福島第一原発の事故を経て政府による支援が実施され、今後もコミットが無くなるものとは考え難いからである。決して日本国債と同等の格付けであるべきとは思わないが、これまでの評価が低過ぎたのではなかろうか。R&Iによる今回の格上げの理由を、同社のプレスリリースから抜粋すると、『今回の格上げは、原発事故処理のために用意された各種の枠組みが今後も十分に機能し続け、東電グループの財務リスクが低減すると判断したことが主な理由だ』である。果たして、東日本大震災から約10年半が経過した今夏に格付けを変更する理由として十分なものと考えられるだろうか。格付けは必ずしも数量的な分析だけに基づくものではなく、継続的に対象企業と業界を観察するアナリストの判断を加えたものであると考えられる。しかし、このように、必ずしも十分な説明とは思えない変更理由を提示されると、以前の評価が誤っていたと認めることに等しいのではないか。格上げを嫌う投資家も発行体も存在しないと思われるが、格付会社は自分の判断について利用者が十分に納得できるような説明を対外的に行うべきであろう。

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