国内起債市場を斬る 年度末特別号:2021年度の起債を振り返る②

近年の起債市場で特徴的なものの一つとして、複数本立ての起債で中期から超長期まで幅広い年限で巨額の募集を行うものを挙げることが出来るだろう。過去から見ても、3年債・5年債・7年債といった組み合わせや、5年債・10年債といった複数本立ての起債は決して珍しくない。また、公益セクターを中心に10年債・20年債といった組み合わせも良く見られていた。しかし、近年の特徴的な複数本立ての起債は、3年債もしくは5年債から超長期債までの複数本立ての募集で、総計で1,000億円を越えるような巨額のものである。

中期の年限であれば、いわゆる投資適格にあたる格付けを取得している発行体ならば、スプレッドさえ適切な水準を付すことで、起債によって資金調達することは不可能でない。しかし、超長期年限での募集には、ややハードルが高い。まだ20年債であれば、総合商社や小売業、通信関連などの発行体による起債も見られるが、30年債や40年債、ましてや50年債ともなると、投資家に受け入れられる発行体は、電力・ガスや鉄道関連の安定的な公益セクターのみとなる。かつては安定的な超長期債の発行体と目された電力各社も、東日本大震災と福島第一原発事故に際しての奉加帳方式による負担の大きさによって、超長期年限での債券募集が必ずしも容易ではなくなってしまっている。一般担保付き債券というメリットは残っているものの、政府によって将来どのような損失を負担させられるか不透明であり、原発の再稼働が容易でないことや、化石エネルギー価格の高騰もあって、巨額の資金調達は難しくなっている。

こうした状況において、中期から超長期年限に及ぶ巨額の社債発行が見られる発行体は、主として鉄道セクターということになる。バブル経済崩壊期に百貨店や不動産関連等の本業以外で大きな損失を被った既存の私鉄は、本業の鉄道事業を中心にビジネスを再整理して、近年では、再び駅前の再開発などに積極的に取り組んでいる。新規の路線拡大はほとんど見られず、人口減少や新型コロナによるテレワークの拡大を踏まえて運行本数の見直しも行われており、贅肉を絞った経営へと進みつつある。中でも、民営化の過程にあってバブル崩壊のダメージを大きく受けることのなかったJRの本州各社は、高い信用力を基に事業展開を拡大しつつあり、不採算路線を多く抱えるJR北海道・JR九州・JR四国とは大きく状況が異なる。また、新幹線専業に近いと目されリニアの建設負担を看過できないJR東海も異質であって、ローカル路線を抱えてはいるものの、JR東日本とJR西日本の両社が業容の面からも、安定性に対する期待が高い。

しかし、東日本と西日本の格差は決して小さくなく、首都圏の大動脈を抱え、東北・山形・秋田・上越・北陸(一部)と多くの新幹線路線を有するJR東日本が、起債の面でも圧倒している。2021年度のJR東日本による起債を振り返ると、4月に3年債450億円・5年債300億円・10年債200億円・20年債300億円・30年債200億円・40年債200億円・50年債350億円と、計2,000億円を募集している。7月には、10年債100億円・20年債150億円・30年債250億円・40年債250億円・50年債250億円と、計1,000億円を募集し、12月には3年債400億円・30年債100億円・40年債100億円・50年債200億円と、計800億円を募集しており、だんだん尻すぼみになる傾向ではあったが、合計すると年限も金額も圧倒的である。この他に、サステナビリティボンドの募集も行っている。

一方、JR西日本は、JR東日本を追うように、4月に3年債500億円・5年債300億円・10年債100億円・20年債150億円・30年債150億円・40年債200億円・50年債200億円と、計1,600億円の社債を募集したのみである。また、東京ガスも負けじと7月に5年債100億円・10年債150億円・20年債150億円・30年債100億円の計500億円を募集しているが、年限の幅も金額も見劣りしてしまっている。

結局、JR東日本のみが中期から超長期に及ぶ巨額の起債を複数回実現できており、自社債のみでイールドカーブを構築することを可能にしている。これも企業の安定性がなせるものと考えられるが、果たして30年先や50年先といった未来に、鉄道運送事業がどうなっているか必ずしも盤石ではないだろう。目先は、主に電気で動くということで環境に優しいと評価されているが、動力源の電気はほとんどが化石エネルギーの燃焼によって生み出されたものであるし、地方路線のディーゼル機関はハイブリッド化を進めているものの、化石エネルギーの燃焼に依存している。人口が減少して行く中で、地方の不採算路線を切り捨てて行けるのか。少し先の未来を考えると、安易に利回り獲得のためだけで超長期債に飛びつくと痛い目に会ってしまいかねないのではなかろうか。

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