国内起債市場を斬る 夏季特別号:個人に向けて販売する社債

7月末から8月頭にかけて、為替と内外の株価は大きく変動した。日本の10年金利も1%を上回る水準から1%割れに舞い戻っているにもかかわらず、一般のメディアではあまり取上げられないのは実に不思議だ。国内の株や金利と異なり、為替の変動性が高いのはプロの投資家ならよく知っていることである。もちろん日本のミセスワタナベと呼ばれるようなFXトレーダーも、変動性の高さゆえにレバレッジを掛けて収益を狙うのであるが、思った方向と逆に動いたりしたら大きな損失を被ることになってしまう。古いドラマであれば、生糸相場などの商品先物で全財産を失ったといった設定(幕末・明治の実業家田中平八は生糸・洋銀で財を成し、「天下の糸平」と言われたが)があったが、現代のドラマであれば、FX取引や株式の信用取引によるものが取って代わるだろう。

株や為替の値動きの大きさに飽いた個人投資家が次に着目するのが、債券である。利率は固定されていて、期限が来れば満額で償還されるという商品性が安定志向の個人には向く。日銀が利上げを行ったために、債券の利率は(わずかながら)上昇したのが現状である。しかし、一般的な債券とは異なる仕組み債では、そうはいかない。クーポンや償還額が途中で変化したり、償還が先に伸びるといった仕組み債は、十分に商品特性を理解せずに投資してはならない。結局のところ、仕組み債を個人投資家に向けて販売することは、適合性の原則から問題ありと言わざるを得ない。特に、海外のソブリン発行体の発行する仕組み債には、ソブリンゆえの信用力の高さはあるかもしれないが、商品内容の安定性は存在しない。中央の機関投資家の多くが仕組み債を投資対象にしないのは、過去の失敗から商品特性を十分に理解しているためである。

通常の債券において、国債やソブリン債に対しより信用リスクを取るのが、社債である。日本の場合、財投機関債や地方債といった間に位置する債券種類も存在するが、基本的には「暗黙の政府保証」が存在することで、過去にも損失事例は存在しない。株式と異なり、債券は償還期限の存在することが意味を持つ。償還まで発行体が破綻せず利払が継続すれば良いのである。機関投資家の場合は、保有期間中の債券を時価評価するために信用力の変化に敏感になるが、個人の場合には、譲渡や相続などの場合を除いて、時価変動を意識する必要がない。償還まで破綻しないことが最大の投資条件であり、格付けとは別に発行体の信用分析を行う能力は持っていないから、格付符号と知名度や見聞きした市場のニュースなどで判断することになる。したがって、消費財のメーカーや個人向けのサービスを提供する発行体は個人向けの社債に強いが、基礎財を製造するBtoBのメーカーや法人向けのサービス業では知名度が大きく劣ってしまい、個人向け社債の募集には向かない。

格付符号の良くない発行体の社債を投資適格だからと個人向けに販売することも、適合性の原則からは問題とされる可能性が高い。しかし、機関投資家の多くが符号や時価評価に捉われて動けない際に、個人投資家が償還までの信用力に問題ないと判断して買い支えるというのも、市場の在り方としては適切なものである。個人向けの社債が、株価や為替の変動性の高さに基づく高収益性を代替するほどの投資妙味を有するとは考え難いが、国債より高利回りの社債等であれば、投資対象の選択肢に含まれることは望ましいのではないか。

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