8月末から今月頭の週末は、接近・迷走する台風10号によって九州から本州中央部の交通ネットワークの運行が大幅に乱れた。東海道新幹線の全体が通常の状態に戻ったのは9月2日になってからであり、実に4日にわたって日本の東西をつなぐ動脈が絶たれていたのである。台風そのものは、九州に上陸してゆっくり北上してから瀬戸内海付近で東に方向を転じた後、一旦、紀伊半島沖へ南下してから北上するといった迷走した経路を辿った。その間、台風の通過した地域に大雨が降っただけでなく、台風に吹き寄せられた南からの湿った空気によって愛知県から静岡県、神奈川県といった太平洋に面した東日本地域にも雨が降り続いたのである。東海道新幹線は雨量規制によって、長期間の運転見合わせとなった。台風そのものが接近する過程では、九州新幹線や山陽新幹線の運休や間引き運転も見られたが、台風から離れた東海道新幹線の長期間の運転見合わせは、まさに利用者は想定外だったのではないか。
しかし、そもそも日本の夏・秋の台風の違いは、気象台観測開始以降から変わっていない。夏は太平洋高気圧に覆われているため、動きが遅く複雑な動きになる。秋は太平洋高気圧の勢力が弱まっていき、本州付近まで偏西風が南下してくるため、スピードを上げ本州を足早に通過していくことが多い。筆者も40年前の8月、南アルプスの奥西河内という沢に入渓したが、台風が四国沖に接近したので、鉄砲水を恐れ途中で下りてきた。しかし、台風は四国沖から速度を下げ、我々は椹島で停滞するも不戦敗で下山した苦い思い出がある。
今回の交通網の混乱に際して、リスクへの対応という観点から興味深かったのが、複数のプロスポーツチームの対応である。東海道新幹線が夜間に停止となった8月29日には、雨が次第に強くなる中で、横浜対阪神とヤクルト対讀賣といった試合は昼頃までに中止を決定し、30日からのカードに備えて、横浜は名古屋に向って、阪神と讀賣は甲子園に向って、ヤクルトは広島に向って移動を開始したのである。リスクに対処する一つの考え方として、早期対応があり、それを実践したものである。ところが、29日の練習を中止し即座に移動した阪神の選手・スタッフがほとんど問題なく移動できたのに対し、もっとも遠方への移動が必要であったヤクルトの数人や讀賣・横浜の一部は、静岡県内等で新幹線が停止したため、数時間の足止めの後で未明に東京に戻されるといった展開になったのである。新幹線の狭い車内で身体を拘束されるのは、運動選手にとってパフォーマンスに大きな影響が生じる可能性もある。結局のところ、東京に戻らざるを得なかったヤクルトの一部選手は、翌日に岡山へ飛行機で移動して、広島入りする展開となった。広島対ヤクルトの試合は30日は中止とされた。
東海道新幹線は既に8月中旬の台風でも停止していたことから、名古屋に行く場合には中央本線で塩尻経由で、京都・大坂に行く場合には北陸新幹線から敦賀で在来線特急に乗り換えるといった代替手段は広く知られるようになったが、プロスポーツの選手も空路を含めたコンティンジェンシープランの用意が求められたのである。まさにリスク対応の手法である。
その他、29日に名古屋のバンテリンドームでナイトゲームのあった広島の選手・スタッフは、翌日東海道新幹線が停止していたため、バスで新大阪へ移動し、辛うじて動いていた山陽新幹線で帰広してその後の試合に備えた。横浜は一部を除いて名古屋に移動していたようだが、東海道新幹線の長期運行停止を反映した連盟判断でバンテリンドームの中日対横浜三連戦はすべて中止とされたのである。結果として、31日から阪神対巨人(9/1は途中で降雨コールド)も広島対ヤクルトも2試合が行われたのに対し、中日対横浜のみ3連戦すべてが中止とされると極端な結果になったのである。台風が迷走し、東海道の降雨が凄まじかったためであるが、残り約1か月の試合日程に大きな影響があるだろう。
ちなみに、JリーグFC東京の選手等は、31日の対広島戦のために広島の隣県へ空路で移動し3時間かけてバスで広島入りしたことが報じられている。台風の進路を避けて別の地へ飛行機で向かい、陸路で移動するという代替手段はヤクルトと同様であり、このような別ルートを考えて実現することが、リスク管理のアプローチであろう。交通網が麻痺した際に、報道では「再開を待っている」といって駅で手持ち無沙汰に待つ旅行者の姿が報じられるが、リスク対応の考え方としては、最悪の判断と言わざるを得ない。リスクに対応するマネジャーは、プランB、プランCといった多様な代替手段を複数用意し、各々のコストや実現可能性といった点から評価し、最前と思われる手段を選択するのである。そのための情報入手と柔軟な思考が必要であり、こういった対応の考え方は投資全般においても。同様である。どうにかなるといった楽観や希望的観測に依存するのでなく、台風にように市場特性を過去10年以上のデーターからシュミレーションし、十分な報道情報に基づいてなるべく客観的な判断を行うことが必要なのである。