国内起債市場を斬る 起債評価:9/11~9/15

今年度上期末の社債等募集期間が事実上の最後となる中で、チャレンジングな社債の募集が行われた。少し詳しくその内容を見てみたい。発行体は、ジャパンインベストメントアドバイザーである。同社は、航空機リース等を主体とした金融会社で、経営理念としては「金融を通じて社会に貢献する企業でありつづける」を掲げている。子会社によるものも含めた事業内容として、航空機や船舶、海運コンテナのオペレーティング・リースの他、太陽光発電、信託、証券、事業承継コンサルティング、M&Aアドバイザリーから上場支援、人材紹介募集などの各種コンサルティング、日本證券新聞社を通じたメディアとIRアドバイザリーなど、広く金融に関連した幅広い事業を営んでいる。また、東証プライム市場にも上場しており、20世紀なら上場企業というだけで高い評価とステータスを得られたが、現在では、そこまでの認知は得られないだろう。

今回募集したのは、当然ではあるが、第1回債であり、2年債35億円である。みずほ証券による単独引受案件であり、まず格付けを取得していない点が注目される。確かに公募普通社債を募集するのに、格付けを取得する義務はない。現在でも、地方債の多くは格付けを取得していない。しかし、投資家が他の社債案件と大まかな比較をする際に格付けは信用力の目安となるし、プロの格付アナリストによる第三者の評価として重要であると考えられる。小額であり、2年と残存期間が短いため、投資家が持ち切りで購入するのなら無格付けでも良いかと考えたのであろうか。だが、今回の案件は、そういった不安を軽減する複数の仕掛けが組み込まれた社債であった。

本案件の肝は、格付けの有無よりも、まず、財務上の特約として社債間限定の担保提供制限条項の他に、純資産維持条項と利益維持条項が付されていることにある。高格付債の場合には、市場慣行として1995年以前のような財務上の特約は不要とされて来たが、日本証券業協会が社債市場の活性化に向け推奨して来たように、コベナンツを有効に活用することが市場の厚みを増す観点からも評価できるものである。格付けを取得していないくても、純資産が減少したり営業利益がマイナスになったりすると、無担保から有担保に切り替えるなどのアクションが求められることで、社債権者の権利が守られる方向となることが期待できる。

また、財務上の特約等に抵触した場合に社債権者自らが行動することが難しい。そのため、会社法改正によって設けられた社会管理補助者が、本案件で初めて設置されている。社債管理者のように事細かくは見てくれないが、発行体の財務内容が悪化し法的処理が必要になった場合、社債権の行使を支援してくれる存在である。フルサービスの社債管理者はコスト倒れというか、何もせずに受領する手数料が「眠り口銭」」と揶揄されていたものを、十年以上の検討と協議を経て2021年にようやく一部機能のみを担当する制度が法定されたものである。基本的に発行体の財務状況に何も問題なければ機能することはないが、信用力の低い社債であっても、不測の事態が生じた場合に、投資家の側に立ってくれることが期待できるものである。万一の時の安心材料となることが期待できるのである。今回が初の設置事例であり、まだ実際に機能する局面は見られておらず、完全な評価は定まらないが、これから事例を蓄積して行くための第一歩で敏て設置されたことは評価できる。財務上の特約の復活と社債管理補助者の設置が、今後の社債市場の多様化や拡大、発行体の裾野拡張といった方向で機能することを期待したい。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/4~9/8

2023年度上期末に向けた起債ラッシュが続く。とはいっても、猛ラッシュでないのは、金利の先高感が必ずしも共有されていないからなのだろうか。一般には、7月に日銀が金融緩和政策を微修正したこともあって、今後の長期金利は上昇する可能性が高いと思われている。その上、物価上昇の続いている現状を考えると、マイナス金利の見直しをも意識する市場参加者の声も少なくない。確かに金利上昇の強烈な勢いは感じられないものの、徐々に金利先高感が生じて来るシナリオは意識して置いた方が良いだろう。歴史的には、金利上昇は短期間で急速に進むことが少なくない。もしかすると、上期の起債ラッシュが終って2週間ほどが経過し10月の下期入りを迎えると、様々な発行体による資金調達の大きな動きが生じるのかもしれない。ましてや可能性は低いが、内閣改造によって財政出動といた話が俎上に上るようなら、金利上昇は必至となるだろう。しばらくは金融財政の両面から金利上昇の可能性を注視して置いた方が良いのではなかろうか。

この週の起債は本数こそ多くないものの、金額面では大型に分類される起債が相次いでいる。一般的に、案件全体で1,000億円以上になると、大型起債と考えて良いというのが、日本の起債市場のコンセンサスであろう。大型起債であれば、その後の流通市場での出会いも少なからず見られると期待されるが、過去に日証協の実施した調査の結果では、必ずしも大型起債であればセカンダリーでの出会いが多いということはないようだ。それでも30億円や50億円といった小額の起債では、流通市場での出会いを目にすることはほとんどなく、基本的にバイ&ホールドの機関投資家が多い日本の社債市場の構造を考えると、大型起債であることはセカンダリー価格の適正化に資するものと期待される。

この週に募集された大型起債を挙げると、三井不動産のいずれもグリーンボンドで10年債500億円・15年債100億円・20年債400億円の計1,000億円、三井住友フィナンシャルグループの永久劣後債2本で計2,110億円、中日本高速道路の5年債1,000億円、パナソニックホールディングスの5年債1,450億円・7年債300億円・10年債850億円の計2,600億円と並ぶ。別途、SBIホールディングスの個人向け4年債1,000億円が条件決定されている。基本的に上期末の機関投資家の購入ニーズは強く、大型の起債でもいずれも順調に消化されているようである。

これらの大型起債の陰に隠れるように小額の起債も見られており、加えて、財投機関によるソーシャルボンドやサステナビリティボンドの調達も、日本高速道路保有・債務返済機構、都市再生機構、国際協力機構といった発行体が行っている。三つの発行体による起債を並べてみると、5年から40年の幅広い年限で総計1,000億円を越える金額が募集されている形である。スプレッドこそ10年債で国債対比+10~12bpsと強い妙味はないが、財投機関債は信用力でも流動性の面でも相対的に安心な投資対象であり、消化に苦労するような状況ではない。なお、国際協力機構のサステナビリティボンドは、「防災・復興ボンド」と名づけられており、地震や台風といった天災による被害の多い9月に相応しいものであった。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/28~9/1

8月中旬から予測したように、8月最終週からは上期末に向けた起債ラッシュが始まった。早くも火曜日の29日に社債等の募集があったことが、まず、その序章であったと言える。火曜日から動いたのは、ノンバンクのホンダファイナンスとメーカーのジェイテクトで、いずれも二本立ての起債である。金額は必ずしも大きくなかった。両社に共通する5年債は、いずれも格付けがR&IでA格以上と高いものの、0.5%を上回る水準になっている。7月に日銀がイールドカーブコントロールの見直しを行ったことで短い年限の国債もマイナス金利から脱却しており、5年債の利回りがようやくまともな水準に見えるようになって来たと言えるであろう。

つづく30日の水曜日に募集されたのは、前日と同様の構図で、ノンバンクの三井住友ファイナンス&リースとメーカーのTOYO TIREであった。前者は3年債・5年債・10年債の三本立てで計490億円、後者は5年債と10年債とで計150億円を募集している。この日は更に、三井住友トラストホールディングスが、個人投資家向けと機関投資家向けの劣後債計410億円を条件決定している。劣後プレミアムが乗り、格付けがR&I及びJCRのA+格という評価であるが、当初5年間のクーポンが1.149%と1%を上回ったことは、投資妙味の拡大に繋がっている。

週後半の31日の木曜日と月が替わった金曜日の1日は、小規模な起債ラッシュと言えるるだろう。個別の銘柄についてすべてを触れる余裕はないが、ノンバンクや電力、銀行といった定番の業種による起債が目立つ中、廃棄物処理やリサイクルを行うTREホールディングス株式会社(9247)と化粧品や日用品商社の株式会社あらた(2733)という2社の初回債も募集された。金額の面では、個人向け社債を計2,100億円条件決定した三菱UFJフィナンシャルグループの劣後債が、群を抜いて大きい。また、機関投資家向けでは、大和ハウス工業の3年債・5年債・10年債の計1,000億円の募集の他、かんぽ生命の劣後債も1,000億円募集されている。この週の社債等の条件決定額は、銀行と保険の劣後債が大きく金額を稼いだ形になっている。足元の金利水準がやや上昇したとは言え、顕著な先高観がない中では、投資家による社債等の購入意欲もそれなりに強く、一般的に旺盛な購入意欲が見られたようである。

最後に、SDGs債の募集について触れておく。住友商事の10年債と東京電力リニューアブルパワーの7年債、TDKの5年債がグリーン、前述のTREホールディングスの5年債がサステナビリティリンクとなっており、その他には、複数本立ての一部のみというのが、成田国際空港の5年債と10年債の内10年債がグリーン、関西電力の10年債と20年債のうち10年債がグリーン、前述の大和ハウス工業の三本立てのうち5年債と10年債がサステナビリティリンクであった。既にSDGs債による資金調達が一般的なものとなりつつあり、却って資金使途が既発債やCP、借入金の返済の場合のみがSDGs債のラベルを取得していない状況になりつつある。SDGs債が一般化してしまうと、グリーニアム(8月22日号でも述べたが「グリーン」と「プレミアム」の合成語)によって割安に起債できるかもという発行体側の思惑は、期待外れに終わるかもしれない。今後の推移を見守りたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/21~8/25

ようやく旧盆明けの起債市場が動きはじめた。起債観測が上がっていたことから動きは多少あったのだが、具体的な案件の条件決定によって募集額が決まり正式募集となる以上、筆者の起債評価も正式募集を踏まえてのもとなる。この週の特徴としてSDGs債を挙げるのは、もはや芸がないと言うべきであろう。確かにSDGs債は多く募集されているのだが、まずは、それ以外のトピックとしてメーカーによる大型の起債を上げておきたい。

歴史的に見ると、総計で1,000億円以上を募集する大型の起債を行うのは、メガバンク系持株会社を除くと、意外とメーカーの募集が少なくない。この週も1,000億円以上の募集を行ったのは、まず、日本酸素ホールディングスが3年債300億円・5年債600億円・10年債100億円の計1,000億円を募集している。JCRのA+格というまずまずの信用力評価と今回の募集が第3回から第5回債という希少性もあり、また、5年を募集年限の中心に据えたという運用も含めて。良好に消化されたと思われる。特に、10年債のクーポンが1.052%と1%を越えた意義は小さくない。主としてBtoBに従事しているために知名度は必ずしも高くない。「サーモス」ブランドの水筒やフライパン等の個人向け商品も取り扱っているのだが、元々ドイツを発祥とするメーカーを1978年に買収したものである事は知っていくべきだ。

もう一つの大型起債が、アステラス製薬の3年債及び5年債の各1,000億円の募集である。最近では、1回号で1,000億円という起債は珍しいと言って良いだろう。過去の大型起債の例に見られるように、資金使途は海外の医薬品メーカー買収資金のリファイナンスである。3年債と5年債という中期年限を選択したことは、薬品会社にとっては、投資家を安心させるために適切であろう。R&IのAA格という高い評価を得ていることもあり、また、昨年秋以来の起債であはあるものの、今回の募集が第3回債及び第4回債という希少性も評価できる。5年債は国債対比+27bpsの0.519%クーポンとされているが、募集金額が大きいため、格付け対比ではややスプレッドが乗っているように思える。

SDGs債としては、西日本高速道路や日本学生支援機構といったソーシャルな発行体に加えて、三菱重工業が2本立てのうち5年債100億円のみをトランジションボンドとしている他、JA三井リースも3年債と5年債の二本立てのうち5年債200億円のみをサステナビリティリンクボンドとしている。再生可能エネルギー関連の投融資額や温室効果ガス排出量の削減率に設定した目標未達の場合には、排出権を購入するか寄付を行うとするタイプのものである。

大型起債やSDGs債以外にも、中部電力の電力債やオリックスの個人投資家向けを含むノンバンク債が募集されている他、水産最大手のマルハニチロがR&IのBBB+格を取得して5年債130億円を募集している。他の高格付け社債が同じ5年で0.4%から0.5%越えあたりでプライシングされているのを見ると、マルハニチロの0.864%クーポンというのはやや厚目のスプレッドである。もっとも福島第一原発の放射性物質処理水の海洋への排出が開始されていることによってに、マルハニチロに将来的な影響が出かねないところである。

国内起債市場を斬る 夏季特別号:SDGs債の募集に見られる大きな変化

山の日から続く旧盆の休みで、起債市場の動きはあまり活発ではない。8月下旬以降の募集に向けて、休み明けの発行体との調整や中央機関投資家への打診といった動きが水面下で進んでいるのであろう。起債観測は少なからず上がっており、7月の起債タイミングが日銀による金融政策の見直し観測によって動き難かったことを考えると、8月下旬からは起債市場が活発になる可能性も考えられる。もっとも、日銀が10年国債利回りの変動幅を最大1%まで容認すると示したものの、市場での出会いは0.5%を越えて来た程度で、国債利回りがどんどん上昇するといった形ではない。物価上昇は引き続いているが、肝心の景況感が必ずしも良くないためと考えられる。米国経済の踊り場感に加えて、中国の不動産業界の破綻が顕著になっており、世界経済全般に対する警戒も俎上に上るようになっている。日本のバブル経済崩壊より大きな影響が生じるのではないかという観測も根強い。先行きの金利上昇が見込めないのであれば、慌てて社債等を募集しなくて良いという判断になる可能性もあり、上期末の起債市場の動向については、まだ不透明であると言って良いだろう。

今年度上期を通じて、社債等の募集で主役になっているのは、SDGs債であることは言うまでもない。8月に入ってからを見ても、何らかのラベルを背負っていない起債を探す方が難しく、現在の起債市場における最大の潮流であるとして良いだろう。もう一つの潮流としては、金融機関を中心とした劣後債の動きがあり、クレディスイスのAT1債毀損といった障害を撥ね退けているものの、事業会社による劣後債募集が停滞しているために、メガバンクを中心とした募集金額が突出しているという見方は否めない。

SDGs債の募集を見ると、前年度からはやや変化があるように見られる。金融庁が投資信託における似非ESG商品に対して強い警告を行ったこともあり、SDGs債の募集に際しては、資金使途の特定化と情報開示の充実が強く意識されている。特に、ノンバンクによるバックファイナンスのような曖昧な、「お金に色がないから借換資金でも、どうとでもなるといった類のグリーンボンド」は、ほぼ根絶されたと見て良いのではないか。一方で、不動産やメーカー等で確実なプロジェクトと結びついた案件は開示や内容面での充実が進んでいる。

また、法人としての事業内容に沿ったソーシャルボンドも目立つ。ソーシャルな取り組みを行っている発行体は、極論すれば、地方公共団体や財投機関等は、すべからくソーシャルボンド(もしくはグリーン特性も併せ持ったサステナビリティボンド)を募集できる可能性があり、結果的には、通常の債券と何ら差のない債券と考えることができる。こういった種類の発行体に関しては、却ってグリーニアム(「グリーン」と「プレミアム」の合成語で、発行条件が同じ他の債券と比較して、グリーン債の利回りは低くなる現象)等の存在が難しいのではないか。そもそもの発行体や従前の債券が、十分なソーシャル性を持っていたのである。更に、タイトなスプレッドで募集できるという発行体側の期待は、誤った考えなのかもしれない。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/7~8/10

金曜日が「山の日」であることに加え、旧盆の休暇期間を迎え、日本中が「甲子園」「高校総体」「LPGA全英」「女子サッカーWC」に沸いているため、起債市場の動きは鈍るかと思われたが、引き続き、SDGs債関連の動きが目立つ展開となった。この週に条件決定し募集した案件ではSDGs債の認証を得ていない発行体でも、別途の起債において認証を得てSDGs債の調達をしているものばかりである。5年債1,200億円を募集した中日本高速道路は、過去に米ドル建ての社債でグリーンボンドの募集歴が複数回あり、同業各社が円建ての国内債券募集でソーシャルボンドの認定を得ていることを考えると、SDGs債の周辺に位置していることは間違いない。また、日本高速道路保有・債務返済機構の併存的債務引受条項が付されており、後述のように同機構がソーシャルボンドの積極的な発行体であり、実質的にはSDGs債としても誤りではあるまい。また、15年債と20年債とで計350億円を募集した住宅金融支援機構も、昨年までの財投機関債や今年6月の政府保証債までグリーンボンドの認定を得た債券を募集している。「省エネルギー性に優れた住宅」を対象とした住宅ローン債権の買取代金を資金と使途する場合にのみグリーンボンドの認証を得ているのは、厳格な資金運営を行っていることの表れであって、適切な取り組みであると考えられる。

その他に募集された社債等の中でも、住友三井オートサービスは3年債と5年債とを各100億円募集したが、5年債のみサステナビリティボンドの認証を取得している。SDGs債の認証を得て社債等の募集をすることは、債券の存在する期間中の情報開示を義務として伴うものであり、対象を絞ることも認証の効力を示す意味のある取組みであろう。もっとも、年限の短い方が開示の負荷は軽いと考えるのは筆者だけではない。

中央日本土地建物グループの募集した5年債170億円は、田町駅前の建て替えプロジェクトを使途とするグリーンボンドであり、業種の特性にマッチしたものと理解しやすい。また、イオンの5年債及び10年債計500億円は、二酸化炭素排出量や廃プラスチック、食品廃棄の量削減を目標としたサステナビリティリンクボンドであり、事業内容とリンクした社債の内容設計として良いものであろう。目標未達の場合は寄付を行うとする典型的な日本型サステナビリティリンクボンドである。最後に、最近ソーシャルボンドを積極的に募集している日本高速道路保有・債務返済機構は、10年債・16年債・20年債・22年債の四本立て計520億円をソーシャルボンドの認定を得て募集している。高速道路各社の社債や財投機関債の多くは事業内容からソーシャルボンドとしての基本的な適格性を有していると考えられることから、情報開示の負荷との折り合いが取れるなら認定を得ることは問題ないだろう。もっとも、だからと言って、SDGs債の認定を得ていない社債等よりタイトなスプレッドで募集できるものではなかろうが・・・。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/31~8/4

ようやく起債市場で社債等の募集がはじまったかと見ると、すべての銘柄がSDGs債という状況であった。ある程度は予想された展開とは言え、SDGs債が普通の存在になりつつあるとも考えられる。そうなるとグリーニアムといったスプレッドのタイト化期待は画餅に終わるかもしれない。

まず、日本政策投資銀行が2年物サステナビリティボンド100億円を募集している。S&PのA格を除いて、他の格付会社からは日本国債と同じ符号の格付けを取得しており、政府との距離の近さを考えても、信用懸念は小さい。一方で、国債の利回りは2年債でギリギリのプラス水準になっているが、利回りは余りに低い。日本政策投資銀行の2年債は国債対比+10.5bpsでプライシングされており、相対的な投資妙味を感じる投資家も少なくないだろう。株式会社形態であるとか、名称に「銀行」が付されているとか、マイナスに評価する材料は少なくないが、先行きの2年で何か大きな変化があるとは考え辛い発行体ではなかろうか。

次に、総合切削工具メーカーであるオーエスジーは5年債50億円を募集しており、グリーンボンドの認定を得ている。工場の改修費用に充てるとしており、50億円の小額の起債であるために、消化に問題はなかったものと考えられる。取得した格付けはR&IのA格である。

最後に、横浜高速鉄道と東京臨海高速鉄道が、いずれも10年債を募集している。前者はみなとみらい線の運営及びこどもの国線の保有を行う鉄道事業者であり、基本的に東急電鉄と密接な関係を有している。主要株主としては、横浜市と神奈川県とで過半数を占める。後者は、りんかい線を運営する鉄道事業者であり、東京都が90%以上の株式を保有する第三セクターであって、運営はJR東日本との関係が深い。そもそもが旧国鉄の京葉貨物線を転用した区間が多く、現在も埼京線などとの直通運転が行われている。いずれの会社も単体での事業遂行が困難であり、東急電鉄もしくはJR東日本との関係が重要であり、大株主である地元の地方公共団体の意向も無視することが出来ない。格付けは、横浜高速鉄道がJCRのA+格であり、東京臨海高速鉄道はJCRのAA格である。

横浜高速鉄道が募集したのはグリーンボンドで、みなとみらい線建設資金の借換えとされている。東京臨海高速鉄道が募集したのはサステナビリティボンドで、鉄道車両や施設の環境対応に加えて、安心安全な輸送環境を整備することも目的としているため、サステナビリティボンドを選択したようである。いずれも国債対比のスプレッドでプライシングされており、前者は+45bpsで1.092%クーポン、後者は+31bpsで0.952%クーポンとされている。募集金額は前者が60億円で後者が80億円と必ずしも巨額ではなく、格付けの差がそのままスプレッドの違いに結び付いたものと考えられる。1%の絶対水準を越えた横浜高速鉄道の方が、投資対象としては魅力的に写るのかも知れない。

国内起債市場を斬る 暑気払い特別号:金融緩和政策の修正と起債市場への影響

6月末決算の発表時期がはじまるというタイミングに加えて、週末に開催された日本銀行の金融政策決定会合において何らかの金融緩和政策の「修正」が行われる可能性が懸念されたため、前々週央、週末において社債等の募集が観測されなかった。
前者の要因は昨年も同じであり、1年前の同時期を見ると個人向け社債くらいしかローンチされていない閑散期でもあった。しかし後者は、今年度当初に日銀総裁が交代したこともあって今年の特殊要因と考えて良い。

今回の金融政策決定会合において金融緩和が見直されるかどうかについて、事前の観測報道は酷いものであった。国会での答弁やメディアが報じるエコノミストや運用会社の観測記事に関連して、特に海外系の運用会社が日本国債のショートポジションを積み上げた等も報じられていたが、為替も金利も水準が決定会合の始まる前から、観測を織り込みつつ大きく変動した。特に、会合2日目の朝に日経新聞朝刊が報じた内容は、ほぼ決定会合に執行部が提案した内容のままであり、本来はブラックアウト期間として日銀関係者はメディアに接触することを禁じられている時期である。従来もブラックアウト期間に政府関係筋から情報が流れたという観測の見られたこともあるが、今回の事前報道に関しても、決して褒められるような状況にはなかった。

今回の金融緩和政策の修正は、10年国債金利の変動幅を柔軟に運営することとしたものである。特に、具体的に1.0%での指値オペの実施を明示しており、10年国債利回りが0.5%を上回る水準になることを容認すると明示したのである。これは事前の市場の期待と合致するものであるが、従来の金融緩和政策をレビューした後に具体的な見直しを実施するのでは、遅いという判断なのであろう。なかなか前任者の政策を見直すことのなかった植田執行部も、ようやく重い腰を上げたという理解であり、7月に動いたというある種のサプライズを伴ったものであった。決定内容が発表された後に、円ドルレートは3円程度上下し、株価も大きく値を下げる状況が見られた。

今回の見直しの直接の影響を受ける10年国債利回りも、金曜の午後に一時0.575%を付けるなど、上昇を見せており、発行体がこの週に条件決定を避けたのは適切な行動であったと思える。無理に金曜の午前中までに条件決定を行っていると、購入者は引けでは既に含み損を抱えるという状況に陥り、発行体や証券会社の評価が下がっていたことだろう。今後の10年国債利回りがどのあたりで落ち着くかは市場に任せることになるが、緩やかにでも1%に向かって動く可能性がある。金利水準のみならず、為替や株価に与える影響を注視すべきであろう。なお、今回も社債オペについては、特に文言の変更は見られず、社債等買入れのスケジュールを見ても月1回で1,000億円程度という規模の変更も見られない。既に、市場の注目は低下しているものと思われるが、必要度が低下した取組みをだらだらと続けるべきではないのではないか。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/17~7/21

四半期毎の有価証券報告書開示を見直す金融商品取引法の改正案は、先の通常国会では成立せず継続審議となった。実際には、3月期決算の開示があり株主総会の開催を経ると、すぐに6月末の開示というスケジュールになるため、社債等の募集期間には非合理な影響がある。政府は金融商品取引法の改正を秋の臨時国会で成立させ、予定通り2024年4月1日から実施したい方向のようであるが、通常国会期末の成立を強行しなかったことを考えると、予定通り来年度から四半期開示が廃止となるかは不明である。法案の成立と施行のタイミング次第では、今後の社債募集に関する年間スケジュールが変わるかもしれない。

この週の社債募集でもっとも金額を貢献した起債は、みずほフィナンシャルグループのAT1劣後債である。二本で計2,610億円が募集されている。クレディスイスのAT1債保有者が損失を被ったことでAT1劣後債が忌避される可能性はあったが、日本の預金保険制度等を考えるとスイスと同様の処理になることは今は想定されず、日本のメガバンク持株会社が募集するAT1債に対するニーズは強いものがある。募集された二本の永久劣後債は、片方が5年で期限前償還が可能となり、もう一本は10年経過で期限前償還が可能になる。多くの投資家は、5年債もしくは10年債に相当するとみなして評価していることだろう。当初5年のクーポンが1.785%という水準や、当初10年のクーポンが2.143%といった水準は、R&I及びJCRのA-という格付けを見ると、劣後プレミアムを考慮しても割安と感じるかもしれない。メガバンクを破綻処理する可能性はほぼないという投資家の期待は正しいだろうか。

一方で、本数を稼いだのは、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債である。四半期の最初の月に、10年債を主とした定例の起債を終えた後、FLIPに基づく起債を行うのが通例である。9年物の第758回債こそ200億円と他の公募債と比べても遜色ない金額であるが、その他は30億円か60億円と発行額を刻んだ起債である。公募社債に比べると金額が小さく、決して流動性が高いとは言い難い。

その他に面白い起債としては、西松建設の5年債がサステナビリティリンクボンドで募集され、三菱HCキャピタルは3本立てのうち5年債のみをサステナビリティボンドとしている他、西日本高速道路も5年債をソーシャルボンドとして募集しており、SDGs債の募集が相次いでいる。なお、三菱HCキャピタルは7年物の社債を個人投資家向けに条件決定している。やや個人投資家向けの社債としては年限が長く、0.743%というクーポンの水準は必ずしも魅力的には映らないのではなかろうか。しかし、同社の1回債は、筆者がCSファーストボストン証券資本市場部時代に単独主幹事でお手伝いした事を思い起こすと、感慨無量である。ボーナスシーズンに個人向けで募集される社債は多くないため、需要は十分に集まっていることだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/10~7/14

この週の起債については、金額面においてSDGs債が圧倒的に目立っていた。中でも、NTTファイナンスが最大額の募集をしている。まずは、周辺の銘柄から見て行くと、関西電力および九州電力が複数本立ての起債の中で、10年債のみをグリーンボンドとしている。いずれも再生エネルギー関連の資金使途としているが、情報開示等の観点から超長期のグリーンボンドについては懐疑的なスタンスであるものと思われる。確かに、15年や20年のコミットメントを掲げ毎期の情報開示が求められることを考えると、10年債のみをグリーンボンドとするのは理に適っているかもしれない。発行体の事業目的そのものに直結しているソーシャルボンドとは、発行体のスタンスは異なる可能性が高い。

JR九州は10年のグリーンボンドを募集している。鉄道会社だとグリーンボンドでなくトランジションボンドではないかという気もしたが、具体的な資金使途を見ると長崎や鹿児島中央の駅施設やビル関連であって、鉄道会社というより不動産会社の側面に基づいた起債であった。日本郵船の5年及び10年のトランジションボンドは、日本で最初に公募のトランジションボンドを発行した企業らしく、資金使途をLNG燃料船関連としており、明確でわかり易い。

ソーシャルボンドを4本立てで募集したのが東日本高速道路であった。2年債200億円・5年債300億円・7年債100億円・10年債250億円と計850億円に上る。公共的なインフラを管理する同社など高速道路運営会社の発行する債券がソーシャルボンドの認定を得ることに違和感はないし、敢えて認定を得なくても公共性の認識は共有されている。ラベルの認定機関に収益機会を与えているだけのようにも見えるが、購入意欲を表明する等SDGsに関する意識の高い投資家には、そのラベルに意味があるのだから、発行体も、投資家も、認定機関も、皆がWin-Winの関係になることが可能なことが、SDGs債の特徴でありメリットであろう。

この週で最大の金額となるグリーンボンドを募集したのが、NTTファイナンスの4本立てで、3年債300億円・5年債1,100億円・7年債500億円・10年債1,900億円と合計3,800億円である。かつてはNTTそのものが起債することもあったが、近年は金融子会社がまとめて資金調達を行う姿が目に付く。今回の資金使途は、5G関連やFTTH関連、再生可能エネルギー関連等で、ややグリーンボンドというよりサステナビリティボンドとした方が適切ではないかとも思われるが、その判断は認定機関と投資家に委ねることが適切だろう。AA+(R&I)格及びAAA(JCR)格といった格付けの高さは言うまでもなく、10年債の0.838%といったクーポンの水準は投資妙味を感じさせる。