2018年6月号 ボストンの試練を乗り越えて

陰鬱な日曜の朝、ドシャ降りの雨が私の目に跳ね返ってきた。コモンウェルスとグラント通りの交差点、すなわち16マイル地点に辿り着く前に、冷たい雨がウェアに染み込んで、私は身体に余計な重みが加わったのを感じていた。それから、ニュートン町の悪名高い心臓破りの丘のふもとから吹き付ける風に向かって、 長く単調な走りが始まった。

大腿四頭筋に岩が重くのしかかっているような感覚を懸命に無視しようとしていたが、8年前に初めてボストンマラソンに参加して、まさに同じロードを走っていた時に感じた脅迫的とも言える感覚が未だに身体に残っていて、それから逃れることができなかった 。その1年後の2011年に2回目の挑戦をしたのだが、その時は右の親指辺りに風船のように膨らんだ水膨れが痛んだ。そんな痛みは御免だった。そこから6マイル走ってゴールを切った後で、血がランニングシューズから染み出ているに気がついた。

20マイルの地点では、肺と足を動かすのに全ての力をふり絞らなければならなかった。その時には今回のように準備万端ではなかった。しかし今は肉体的にも精神的にもあの時よりもまさっている。ランナーとして18年のキャリアを積み、たこのできた足で12回のマラソンを走ってきたのだ。世界記録保持者であるウィルソン・キプサング(2017年東京マラソンでも2:03:58の日本国内最高タイムで優勝)が私に語ったことについて思いを巡らしながら、独りで何十マイルも何百マイルも走ることで、精神的なタフさを磨いてきたのだ。キプサングが語ったのはこれである。「精神が身体をコントロールしている。身体が精神をコントロールしているのではない。」

何時間もヨガのポーズを続けることで、私の足はヒリヒリと痛んだが、それによって不快感に耐えながら集中力を保つことを学んだ。また世界中のランナー達が、エネルギーを使い果たした後、如何にして一歩一歩のペースを保っていくかを私に教えてくれた。
2010年のボストンマラソンでは、泣きながらゴールを切り、私を抱きしめてくれた祖母の耳に「もう2度とこのレースには出ない。」と囁いた。しかし今、私はもはやあの時のランナーではない。

あの時は、痛みが恐怖だった。今は、痛みを受け入れることができる。

ボストンに暮らすということは、それがたったの数日間であれ、数週間であれ、永久的であれ、私たちにタフになることを教えてくれる。

私はこれまでマラソン参加者として、観客として、リポーターとしてボストン滞在を何度も経験してきた。その度に、ボストンの街が非常に高く評価しているスポーツへの限りない情熱を目の当たりにしてきた。

しかし、そのような情熱を掻き立てるのは、ボストンマラソンがアメリカの最も高名なマラソンだからという理由からだけではない。ボストンの「走る文化」の心臓部にあるのは、自然に深く根付いたスピリットであり、熱狂的な情熱である。

外からやってきたアウトサイダーとして、私はそこら中でその証拠を見ている。ビーコンヒルのリビア通りの坂を、ランナー達が朝の6時13分に容赦なく走り抜けていくのを見てきた。夜の10時20分にチャールズ川沿いの道で、暗がりの中を黒い氷を避けながらランナー達が走っていくのも見てきた。そして、チェスナットヒル貯水池近くで、積もったばかりの雪の上で滑らないように足を蹴りながら優雅に走っていく姿も見てきたのだ。

彼らの絶え間ない研鑽と限りない意欲は、私にもやる気を起こさずにはいられない。上り坂を少しでも速く走れるように、集中力を少しでも高められるようにと私を駆り立てるのである。ボストンは、ランナーとしての最高の自分をさらに高めたくなる場所なのである。

「もし、ランナー達のための街があるとすれば、それはボストンである。」とあるボストン出身者は誇りを持って語る。

この魅力的な街は最も美しい方法でスポーツを表現してきた。ここから先は、ローカルのランナー達のレンズを通して、そのことが語られる。キャサリン・スウィツアー(1967年、女性の参加が認められていなかったボストンマラソンに性別を悟られないよう「K. V. スウィッツァー」の登録名で参加)は、ボストンマラソンで公式ゼッケンをつけて走った最初の女性ランナーである。ケニアのジョフリー・ムタイはボストンマラソンで最高記録(2時間3分2秒、2011年4月18日)を樹立している。ベネット・ビーチはボストンマラソンにこれまで50回参加しており、参加回数最多ランナーである。彼らは、ボストンが走るためのインスピレーションを限りなく与えてくれる場所であることを明かしてくれた。

私はもはや痛みを恐れることはない。彼らが与えてくれるインスピレーションによって、私は13回目となるマラソン参加、そして3度目となるボストンマラソン挑戦のための準備を整えてきたのだ。彼らの語る言葉とそして私が語ったことが、あなたの次の走りのためのインスピレーションとなりますように。

Sarah Gearhart, New York

当翻訳は、2018年ボストンマラソンを機にエキスポで販売されていた「OUTSIDE/in」という単行本の一部のうち、心を打たれた記事を選んで和訳したものです。122回ボストンマラソンが、私にとって連続10回目のボストンだあったため、それを記念して、自社のEEWブログに掲載させて頂きました。EEWとの関連性が低いとお感じになった方は、ご容赦ください。訳者 丸 誠一郎