国内起債市場を斬る 起債評価:3/7~3/11

2021年度の起債市場は、あっけない形で幕を閉じることになったのかもしれない。例年なら、3月中旬に向けて起債ラッシュのような展開となることは珍しくないのだが、年明けから一気に強まった物価上昇懸念と各国中銀の金融緩和見直しによって金利上昇の懸念が高まり、日本の長期金利ですら影響を受けたのである。米国の長期金利は上昇し、日本と同様にマイナス金利へ沈んでいたドイツの10年国債利回りも、1月末にはプラス圏にまで上昇した。日本においては、日銀が強力なイールドカーブコントロールを実施しており、物価上昇の目標を2%と置いている以上、現黒田総裁の在任中には見直される可能性が低いものの、10年からより長い年限では、顕著な金利上昇が見られた。

起債行動を考えると、金利上昇が一過性の問題であるならば、発行体はしばらくやり過ごすだろう。中長期的な金利上昇の趨勢ならば、金利が上がる前に駆け込み起債を行うだろう。一方の投資家側は、一過性の金利上昇ならタイミングをとらえて債券購入に積極的になるが、中期的な金利上昇のトレンドに入ったと見るならば、投資タイミングを先送りするだろう。金利上昇によって時価評価から債券の含み損が発生することを快適に思う投資家はいない。

通常の市場展開ならば、金利の見通しに関連して発行体と投資家の間での駆け引きが見られる中、期末に向けたタイミングでの起債が増えるはずだが、ロシアによるウクライナ戦争の発生がすべてを変えてしまった。短期的な政情不安から来る経済の先行き不透明感ではなく、金融や交易等広範な範囲に及ぶ長期の制裁によって、ロシア経済は当然としても、世界経済の受ける影響は決して小さくない。小麦だけを見ても、ロシアやウクライナは上位の生産国である。ロシアは、また、主要産油国の一つでもある。小麦や原油と一旦重要な産品が中期的に生産も輸出も困難になるのでは、様々な影響が世界経済に及ぶことは必至である。ロシア国債のデフォルトは確実視されており、クレジット市場に対する懸念も、世界的な株価の低迷と同様に高まっている。突然、2021年度末の起債市場は、機能不全に陥ったのであった。

多くの起債が先送りされる中では、公共セクターやSDGs関連債くらいしか社債等の募集が行われないのも、当然であろう。既に起債観測の上がっていた電力関連や個人向け社債の募集は見送られている。この週に実際に募集されたのは、地方公共団体金融機構の定例募集である10年債350億円の他、中日本高速道路の5年債700億円があり、更に、日本貨物鉄道(JR貨物)が初めての公募普通社債として10年債及び20年債各100億円を募集したくらいである。JR貨物の公募社債は、グリーンボンドの認定を得ており、格付けはR&IのAA-格及びJCRのAA格であった。グリーンボンドの資金使途としては、”東京貨物ターミナル駅構内に建設中のマルチテナント型物流施設「東京レールゲートEAST」の設備資金として充当する”とされている。”環境特性と労働生産性に優れた貨物鉄道輸送の利用”を謳っているが、動力源の一つである電気は化石エネルギーを燃焼して得ていないか。ディーゼル機関車の6割減を達成したと開示しているが、2021年3月末ではディーゼル機関車は100両以上残り、ハイブリッド機関車は40両と数少ない。ハイブリッド機関車であっても、完全に温室効果ガスを排出しないものではない。トランジションボンドを選択した方が良かったのではなかろうか。

このように、やや先行きの展開に疑念の残る形で2021年度の起債市場は幕を閉じることとになりそうだが、果たして新年度をどのように迎えることになるだろうか。振り返れば、3月11日に東日本大震災の発生した2010年度末も、翌年度をどのように迎えられるか心配を拭えない気分であった。明るい2022年度の到来を期待したい。

コメントは受け付けていません。