国内起債市場を斬る 年度末特別号:2021年度の起債を振り返る①

新年に入ってからの原油価格上昇が象徴するインフレ懸念の高まりは、サプライチェーンの制約や新型コロナによる経済活動自粛からの回復といった、コストプッシュとディマンドプルの双方のインフレ要素を孕んでいたが、その後のウクライナ戦争の勃発によって、インフレ懸念というよりもスタグフレーションの怖れが強まる展開となった。インフレによる金利上昇懸念は欧米で強く意識されるものの、日本においては、物価の上昇は見られているものの、日銀の掲げる2%の物価目標には達しそうにもない。先行きの不透明感が高まる中、発行体と投資家との双方が様子見を決め込んだことから、例年になく2月後半からの起債市場は寂しい展開となった。

こうした状況ではあるものの、2021年度の起債市場前半を振り返ると、キーワードとしては、引続きであるが、SDGs債券と劣後債とがひと際目立つ展開であった。特に後者に関しては、金融機関や金融持株会社、保険会社による劣後債の募集が少なからず見られたものの、大型の起債の多くは事業会社による期限前償還条項が付された超長期の劣後債であった。債券と株式の中間的な特性を有し格付会社がある程度の資本性を認めることからハイブリッド証券といった呼び方がされるものの、本質は間違いなく劣後債である。発行会社の破綻時の弁済順序が一般の先取特権や、融資及び無担保社債等の一般債権の後順位になるものであり、日本の公募普通社債の破綻後回収率が概ね10%程度であることを考えると、劣後事由の発生した場合には、投資家はこれらの劣後債の弁済率はおそらくゼロになるものと覚悟しておくべきであろう。

こうしたハイブリッド証券と呼ばれる劣後債から一線を画して、期限前償還条項のない通常の劣後債を大量に募集した発行体がソフトバンクグループである。2021年度には、個人投資家向けに9月に4,500億円と2月に5,500億円の計1兆円を募集している。その他に、機関投資家向けの劣後債や米ドル建ての劣後債なども募集しており、年度の調達額では、最大の民間事業会社と考えて良いだろう。基本的には、過去に募集した劣後債の償還対応であるものの、個人投資家向けに1兆円もの社債を募集する発行体は他に見られない。

ソフトバンクグループは、通信・インターネット関連事業を営む複数の子会社のみならず、証券やプロ野球球団やサッカーチーム等様々な事業子会社の持株会社であるが、更には、複数の投資ファンドも保有している。歴史的に見ても、傘下の事業会社の買収統合次第で資金状況や信用力は、大きく振れる特徴がある。今年度に関しても、傘下のARMをNVIDIAに売却して統合させられるかが注目されたが、結局は独占禁止法や安全保障の観点から各国の承諾を得られず、売却は頓挫した。キャッシュフロー面ではこれくらいで必ずしも大きな影響はないが、今後の事業展開においても、ARMの売却が容易でないことが足枷になる可能性が懸念される。

そもそもソフトバンクグループは巨額の負債を抱えており、みずほフィナンシャルグループが主取引先ということもあって、双方がToo Big To Failとなっている状況にある。格付けも優先債務では、JCRがA-格である(つまり、期限付劣後債はBBB+格となる)ものの、S&PではBB+格と投機的水準になっている。海外の投資家から見ればハイイールド債発行体(投資適格ではない)であり、国内の投資家から見れば投資適格を維持しているという評価になる。格付けの適否は将来の転帰を十分に予見できるものではないが、M&Aによる財務構造の不安定性さを考えると、決して安定的な投資対象にはなり得ないだろう。

同社の劣後債は、投資家に高いクーポンを提供するとともに、引受証券会社には高い引受手数料を提供している。発行体もCMやスマホを通じて”ソフトバンク”という個人から身近なネームで安定的な資金調達が出来ていることから、一見Win-Win-Winの関係にあるように見えるが、高コストでの資金調達は株主の利益を害している可能性がある。ソフトバンクグループの株主は、同社の資金調達についてよくよく吟味すべきであろう。

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