国内起債市場を斬る 起債評価:7/15~7/19

「海の日」の三連休もあって、この週は営業日が少ない。休み明けの営業日には社債等を募集しないのは一種の不文律であり、週末跨ぎの状況変化を各当事者が十分に反映できていないためという解釈である。実際の社債販売においては、条件決定した後の募集完了まで瞬時ということは珍しくないのだが、募集開始までの需要調査・プレマーケティングが入念に行われるためである。投資家も予め十分な情報を提供されていなければ、即時の判断など出来るものではない。特に稟議書を上に挙げて購入の決裁を取得するといった手続きを考えると、休み明けすぐの募集に対しては依然としてハードルが高い。

この週の社債等の条件決定が少なく感じられるのは、営業日の少なさの他に7月の起債シーズンでの動きが一巡したこともあるが、日銀による金融緩和政策見直しに向けた動きの影響もあると考えられる。月末の金融政策決定会合において、利上げこそは見込まれないものの、前月の会合で明示された具体的な国債買入れの減額計画が示される予定であり、国債利回り水準への影響は不可避である。事前に開催された国債市場参加者会合においては様々な意見が出たとされ、立場が異なる市場参加者からの買入れの減額規模や年限の要望はかなり異なるものであったようで、植田総裁が示した「相応の減額」の内容は当日まで不透明と考えられる。そのため、発行体も投資家も帰趨(きすう)を見極めてからと考えた可能性もあろう。減額幅が巨大で国債利回りが上昇したとしても、その後の減額が見込めないような説明であれば、金利上昇は一時的なものに留まるかもしれない。また、買入れの減額が全年限で均等に行われるとは考えられず、短期もしくは長期でウェイトが異なる可能性も十分にある。そのため、月末に向けて市場参加者は慎重になっているだろう。

この週の社債等の条件決定に関しては、地方公共団体金融機構のFLIP債によって公共セクターの本数が大きくなっているが、それ以外にも、日本政策金融公庫の2年債300億円や中日本高速道路の5年債900億円、日本高速道路保有・債務返済機構の20年債150億円といった銘柄が募集されており、公共債主導というイメージが強い。また、民間企業の社債では、通信業や鉄道、電機、ノンバンクといった様々な業種による募集が見られている。ただし、前週のような大型起債がないことも特徴であるとして良いだろう。ちなみに、SDGs債の認定を得ているのは、日本高速道路保有・債務返済機構の20年債がソーシャルボンドとなっている他に、横浜高速鉄道の10年債及び20年債がグリーンボンドになっている。横浜高速鉄道は一応民間の社債として分類されるが、主要株主の上位に横浜市と神奈川県があり、第三セクターとすることも十分に可能である。ただし、地方債に区分するのは事業内容を考えても適切ではあるまい。

その他には、民間企業の社債が個人向けと機関投資家向けで同時に条件決定される例が二件見られている。近鉄グループホールディングスとクレディセゾンの5年債である。両社とも過去にも個人投資家向けの社債を募集した経験があり、ボーナスシーズンで個人が貯蓄より社債などの投資に注目している時流に沿ったものと考えられよう。両社とも個人投資家向けに各200億円の発行を予定しており、機関投資家向けの各100億円の倍額としているところが知名度の高さを活用したものと考えられる。なお、近鉄グループホールディングス債の募集期間が今月30日までなのに対し、クレディセゾン債の募集期間は8月6日までと長い。日銀による国債買入れ減額の影響が危惧されるところだが、早い段階で消化できると見込んでいるのだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/8~7/12

7月の起債ラッシュは続く。発行体側からすると、日銀による国債買入れの減額計画が具体的に数値で発表された際のインパクトを気にせざるを得ない。日銀は銀行や証券、投資家へのヒアリングを行い、月末の金融政策決定会合において計画を発表する見通しであることから、今月中に社債等の募集が多く集まり、8月に入ると閑散な市場になるのかもしれない。

この週は案件数も金額も多いため、まず幾つかの傾向から見て行くと、業種としては満遍なくといった感が強い。道路や空港といった公的セクターをはじめ、複数のメーカーの他、銀行、ノンバンク、商社、建設、サービスなど幅広い。敢えて指摘するなら、前週の6電力につづいて電力の名前が挙がっておらず、つづく鉄道他社もまだ起債観測が見られない。電力にせよ鉄道にせよ、例年7月最初の週に動いているのは前週も述べた。

次に、銀行とノンバンクの劣後債が条件決定されており、前者の三井住友フィナンシャルグループは個人投資家向けで10年期限前償還条項付債580億円と10年債420億円の計1,000億円である。後者のオリックスは、機関投資家向けで最終償還まで35年超の劣後債であるが、期限前償還条項が付されている。劣後プレミアムが乗っていることもあって、約5年半の償還可能時までのクーポンは2.011%と高い水準である。

SDGs債では、東日本高速道路の3本立てが、2年債と10年債がソーシャルボンド、5年債がサステナビリティボンドとして募集されている。細かな認定要件が異なるものではあるが、まとめてソーシャルボンドとして困る投資家はいないのではないか。公的セクターで細かなラベルに拘るのは、発行体にも投資家にもメリットは乏しく、認定業者を潤すだけとなっていないか検証すべきであろう。その他に、清水建設の5年債がグリーンボンド、富士フィルムホールディングスの3年債700億円・5年債800億円・7年債200億円・10年債300億円の計2,000億円の大型起債がソーシャルボンドである。

それ以外に注目すべきなのが、日本エスコン(東証プライム市場;8892 )による5年債74億円の募集である。日本エスコンは不動産会社であるが、2018年に中部電力と資本提携を行い、その後連結子会社になっている。今回の社債には、償還の9カ月前までに「中部電力株式会社の連結子会社に該当しなくなる旨が中部電力株式会社より公表されたとき」は、社債権者が期限前償還を請求することができるチェンジオブコントロール条項が付されている。日本証券業協会の設置した社債市場の活性化に関する懇談会の下部WG(自主規制会議の下部ワーキング・グループ)で検討されて来た内容と類似のものであるが、WGの報告書では格付けが低い場合に条項の設置を求めるとしており、Aゾーンの格付けを得ている社債には強制しないものである。しかし、本来のチェンジオブコントロール条項の趣旨は、格付けの高低に関わらず、主要株主の変更が社債の信用力に大きく影響する可能性がある場合の投資家保護を目的としたものであり、今回の条項の設置は望ましい方向と考えられる。また、今回の日本エスコン債には、社債管理補助者が設置されており、期限前償還を可能とする事態が生じた場合には、発行体が社債管理補助者へ速やかに通知することとしており、社債管理補助者が投資家の判断を促すことで権利の活用を図る仕組みになっている。単純な財務代理人のみを設置するのではなく、このような仕組みを率先して採用したことは大いに評価されて良いし、今回の実例をもって、他の発行体での検討や投資家の理解が進み、より洗練されたチェンジオブコントロール条項の内容や社債管理補助者の活用方法を考える糸口になることを期待したい。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/1~7/5

7月に入った途端、猛暑とともに社債等の募集が一気にやって来た。3月期決算企業の株主総会が終わったことに加えて、令和6年度第2四半期の始まりというタイミングもあって、募集された社債等の本数も金額も巨額に上っている。全件の発行体と金額を並べるだけで紙幅が尽きるのではないかという感じの量ではあるが、幾つかのポイントに整理して紹介したい。

まず、いつもの四半期頭に動く発行体の典型的な特徴の通り、銀行、電力、鉄道、公共セクターという顔触れがこぞって社債等を募集している。銀行では、みずほフィナンシャルグループの2本立て個人向け劣後債、りそなホールディングスの5年債が募集されている。合計で2,100億円に上る。次に電力は、東北電力10年債、中国電力7年・10年・20年債、北陸電力20年債、東京電力パワーグリッド5年債・10年債・15年債、関西電力5年債・10年債、北海道電力17年債と多くの銘柄が様々な年限で募集している。合計金額は、2,400億円近くに上っている。鉄道では、JR東日本10年債・20年債と阪急阪神ホールディングス5年債・10年債とで、計640億円が募集されている。公共セクターでは、日本政策投資銀行が、財投機関債を3年債・5年債・10年債・20年債の総計1,300億円を募集している。

ここまで触れただけでも大きな金額の募集が幾つか確認できるが、金額面で目立ったのは、積水ハウスの劣後債2本立て計2,000億円の他に、KDDIによる3年債・5年債・7年債・10年債の4本立ての普通社債である。合計で3,000億円という募集金額は、通常の運転資金や既発債の借換えでなく、ローソンのM&Aに要する資金調達の目的であった。R&IでAA格という高い評価を得ているものの、10年債で1.42%クーポンというのは、利回りとしての魅力は乏しい。

引き続いて、SDGs債の募集も見られる。地方債では2bps程度のグリーニアムが引続き観測されているが、公募普通社債の場合には、比較される優先債が見当たらないため、観測は難しい。既発債より割高な新発プレミアムに紛れ込んでいると考えることも可能であろう。日本電気の5年債・10年債はサステナビリティリンクボンドで、JFEホールディングスの5年債と前述の関西電力5年債・10年債はトランジションボンド、野村不動産ホールディングスと森ビルの5年債はグリーンボンドである。各々がそれらのSDGs債に相応しい発行体の業種・事業内容であろう。これまでにSDGs債の募集も数を消化して来た中で、発行体と投資家の双方が取扱いに慣れて来たと考えて良いようである。

なお、結果的に割高なLIXILの5年債・7年債以外のすべての社債等の募集を触れてしまっているが、この週の社債等の募集で消化が難航したという話は聞かれていない。順調に消化されたとか、発行額の数倍程度の購入希望が集まったといった感じであった。国債利回りがある程度上昇したことで、投資家の目線はスプレッドが多少拡大した程度であってもクーポンの絶対水準上昇に惹かれた可能性が高い。しかし、大量の起債が続くようであれば、投資家が食傷気味になることも考えられる。いずれにせよ、先行きの金利上昇期待が拡大するようであれば、投資家の積極的な購入スタンスも衰えるかもしれないのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/24~6/28

3月期決算企業の株主総会は最終週で追い込みのシーズンであるが、結果としては、バラエティに富んだ起債が見られる週になった。まず、東海カーボンは5年後以降に期限前償還できる期限付き劣後債であり、当初5年のクーポンは2.118%と大台を超えている。R&Iの格付評価はBBB+格と片足を突っ込んだ形になっているところが味噌だろう。250億円とまとまった金額が募集されている。次に、すかいらーくホールディングスが5年物の第1回債を募集している。古くから社債市場を見て来た人間は、同社の前身であるすかいらーくがMBOに際し既発の公募普通社債を買入償却したことを記憶しているだろう。よって、第1回債であるが、筆者には初回債という感じがしない。非上場化した企業が後に再度上場することは稀な日本の資本市場において、公募社債の再登場というのは、日本航空などの例もあるが珍しく、背景に色々な歴史のあったことが思い出されるのである。

小売のイオンは5年債と10年債のサステナビリティリンクボンドで計500億円を募集している。2月決算を採用する小売業らしい社債の募集タイミングであり、他の社債とほぼ競合しないことは大きな強みである。格付けはR&IのA-格であり、10年債のクーポンは1.992%とわずかに2%を下回っている。その他に、オープンハウスグループは第2回の3年債120億円を募集しており、マクロミルは3年債85億円と5年債11億円の2本立てソーシャルボンドを募集している。これら2社の格付けは、R&IのBBB格とBBB+格であり、低格付け社債の募集が増加しているのであれば、今後の起債市場の拡大も期待できるだろう。

日本国内の起債市場が株主総会シーズンで募集が乏しくなっている間に、優良企業によるユーロ市場やグローバル市場での外貨建て社債の募集が多く確認されている。ドル債を募集した顔触れを見ると、海外系格付会社によるAゾーンの格付けでは、NTTファイナンス計23.5億ドル、住友商事計10億ドル、三菱商事5億ドル、みずほフィナンシャルグループ計15億ドルといった銘柄が確認されている。BBBゾーンでは、野村ホールディングス計20億ドル、武田薬品計30億ドルといった募集が見られる。ここまでで、募集された総額は100億ドルを越えている。

これに加わるのが、S&PのBB+格といわゆる投機的格付けで米ドル建て9億ドルとユーロ建て9億ドルを募集したソフトバンクグループである。BBB格に満たなくても、十分なスプレッドが付されていれば投資家が存在するのが、海外の市場である。5年物の米ドル債は米国国債対比+245bpsのスプレッドで募集されており、4.5年物のユーロ債もスワップ+246bpsのスプレッドとタイトな条件になっている。コストさえ払えば、巨額の資金調達が可能であることは、発行体にとって海外市場での調達を選択する一つの判断材料になっているものと考えられる。日本の社債発行市場が低格付け社債を含めて、より活性化することを期待したい。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/17~6/21

引続きこの週も、株主総会シーズンのため、社債等を募集する動きは少ない。3月期以外の決算期を採用している企業や公的セクターが起債するには絶好の機会と考えられるが、例年、それさえ動きは多くない。背景は、引受証券も投資家も動きが鈍くなっているからなのかもしれない。起債観測は色々と上がって来ており、7月に入ったら起債ラッシュになるという期待感はあるが、金融緩和政策の見直しが行われる可能性のある日銀の金融政策決定会合は7月の終わりまで待たざるを得ない。金利の先高感が強くなるようであれば、投資家の購入意欲は顕在化しないのは当然だろう。しかし、日銀の先行きに対する姿勢を慎重なものと考えるならば、今年度第2四半期がはじまる7月の起債に向けた動きは多くなるかもしれない。

この週の社債等の募集は限定的な中でも幾つか見られた。まず、公共セクターの発行体の一つは地方公共団体金融機構であり、FLIPに基づいた債券を5年債40億円・9年債30億円・27年債50億円の計120億円を募集している。地方公共団体金融機構は、毎月10年債を募集する他、5年債・20年債・30年債を年に数回程度募集している。今月は既に5年のグリーンボンドと10年債・20年債を募集しており、FLIPの120億円は年限もバラバラで具体的に投資家の購入希望と紐付けされたものと考えられる。FLIPに基づく起債は公募に分類されるのであるが、金額も小さく実質的には私募に近いものである。

もう一つの公共セクターによる債券募集は、国際協力機構の5年サステナビリティボンド200億円であった。今回は機関投資家向けの募集で、奇をてらった個人投資家向けの募集ではない。同日に募集された地方公共団体金融機構の5年FLIP債ノクーポンが0.573%で、この国際協力機構の5年サステナビリティボンドが0.58%クーポンである。一般的な投資家は前者を地方債に含めて管理し、後者を財投機関債に分類して考えるため、ほぼ同等の利回りという認識で良いだろう。投資家によってリスクウェイトが異なったり、また、SDGs債に対する需要の強弱が異なることもあって、微妙な差が生じるものと考えられる。

唯一民間企業で社債が募集されたのは、IDOM(「ガリバー」の名称で中古車販売のリーディングカンパニー、東証プライム:7599。)による3年債30億円である、今回が初めての公募普通社債の募集であり、取得した格付けはJCRのBBB+格でクーポンは1.8%と極めて高い水準である。同社は2月決算を採用しており、3月決算企業とは異なるサイクルで動くことが可能である。しかも、2016年に改称したIDOMは企業の名称として知名度が低いものの、「ガリバー」のブランドは広く知られている。ここ数年の中古車販売事業に関連して報じられた問題は必ずしも個社の問題に限られたものではなく、業界の構造的な課題と考えられる要素もあるし、かつてのような短期間での新車買換えサイクルは見られなくなっている。そのため、格付符号のみを見て投資するのは極めて危険な対象であるが、逆に、十分な業界及び個社の分析を行い3年の与信を問題ないと判断した上で購入すれば、20年国債を購入するのと同程度の利回りを3年間享受できるのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/10~6/14

起債市場の季節的爬行性(はこうせい)には、毎年のことであっても驚かされる。前週まで金曜日を中心に社債等の募集が集中していたものが、突然、募集等がほとんど見られなくなった。日本の上場企業の多くが3月期決算を採用しているため、四半期の決算短信を公表する時期や株主総会の時期は集中する。そのため、6月の中旬以降になると、社債等の募集が減ってしまうのである。一部の12月期決算の企業や小売セクター等で2月等の異なる決算期の企業もあり、他にも財投機関債等の異なるサイクルの発行体があるので、全く募集がなくなる週は珍しい。この週も、地方公共団体金融機構が5年債210億円・10年債350億円・20年債200億円とまとまった額の債券を募集しており、その他にも北海道電力が10年債60億円を募集している。なお、地方公共団体金融機構の5年債はグリーンボンドの認定を得ている。

今年の6月のこの週の特殊事情としては、13日および14日に開催された日銀の金融政策決定会合において利上げもしくは国債買入れの減額方針が決定されると見られていたことがある。発行体が金利上昇前の募集を希望しても、投資家の購入意欲を減退している時間帯であったことは間違いない。結果的には、具体的な減額計画の決定が7月に行われることになった。そのため、例年であれば6月末までの3月期決算企業の株主総会シーズンを越え7月に入ってから起債ラッシュになるが、次回の決定会合が7月末に設定されていることを考えると、今年の7月は発行体と投資家の間で微妙な駆け引きが行われることになりそうだ。

この微妙な時期に影を差すのが、三菱UFJモルガンスタンレー証券を主幹事から外す動きである。日本の現在の起債市場においては、ほとんどの案件が野村證券・SMBC日興証券・大和証券・みずほ証券・三菱UFJモルガンスタンレー証券の5社のいずれかによる事務主幹事で募集されている。共同主幹事や引受シ団に入る証券会社はもっと多いが、発行体と交渉を行いプライシングの中核となる証券会社は、実質的にこれら5社に限られているのである。その一角に対して、M&Aに関する非公開情報を顧客の同意を得ぬままグループ内の他社と情報共有したことで、証券取引等監視委員会は金融庁への処分勧告を発出している(三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、モルガン・スタンレーMUFG証券の3社は、ファイアーウォール規制違反の容疑で金融庁は勧告を受け、業務改善命令などの行政処分を出される方向)。具体的な処分についてはこれからになるが、金融庁からの処分が通知され、それを受けて業務改善計画書を受領してもらえるまで、投資家は処分期間中の取引会社との取引を見合わせる可能性が高い。コンプライアンスや説明責任が強く意識される現在の資本市場においては当然であろう。

そのため、募集される社債等の消化に支障を来す可能性があり、既に公的な発行体や一部の社債募集を予定する事業会社において、三菱UFJモルガンスタンレー証券を主幹事から外す動きが見られている。おそらく7月の起債シーズンには、ほとんどの案件が同様な展開になるのではなかろうか。逆に、三菱UFJモルガンスタンレー証券を主幹事に残す発行体は、当該証券との癒着した関係など、投資家から痛くもない腹を探られかねない。7月の起債市場は金利水準の動向だけではなく、色々な意味で微妙な展開になる可能性があるものと考えておいた方が良いだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/3~6/7

先週の起債市場の特徴として大型起債が目立ったことを指摘したが、この週についても同様の傾向が続いている。しかも、発行総額の規模が大きいだけでなく、事業会社の劣後債の募集が相次いだということが特筆できるだろう。6月に入りボーナスシーズンがはじまったこともあって個人投資家向け社債の条件決定も複数見られるのだが、それらは大型起債の前に消し飛んでしまうようなインパクトしかない。金曜日の7日には財投機関債も複数募集され、ほとんどがソーシャルボンドかサステナビリティボンドの認定を得ている。こういったSDGs債のコレクターには意味があるかもしれないが、数百億円の募集では弱い印象しか残らない起債市場である。

事業会社による劣後債の一つ目が、武田薬品工業による60年債(劣後特約付)であった。募集額は投資家のニーズが高かったことも反映して4,600億円と巨額に上る。過去に発行した劣後債のリプレースメントとしての募集であり、5年経過時以降の期限前償還とクーポンのステップアップと変動利率化が設定されている。当初5年間の固定クーポンは、1.934%である。本件社債がJCRから取得した格付けは、劣後債ということもあってA格である。同日にR&IのA格でサステナビリティリンクボンドを募集したグローリーの5年債が国債対比+26bpsで0.804%クーポンであることから見て、本社債は極めて厚いスプレッドが付されている。国債対比+140bpsという厚いスプレッドが付され、武田薬品工業の高い知名度を考えると、十分に投資対象になると判断した投資家は少なくなかったようである。クーポンのステップアップを考えると、期限前償還されない蓋然性は極めて低い。確かに薬品会社に関しては、健康を害するインシデント等のヘッドラインリスクがあり、商品開発の高いコスト等から決して長期に安定した事業会社とは評価し難いのであるが、これだけの厚いスプレッドを付されると、リスクに見合うかそれ以上のスプレッドと判断することも可能だったのではなかろうか。

もう一件の事業会社による劣後債は、日本製鉄の3本立てである。最終償還年限は35年、37年、40年と異なるが、各々が当初5年、7年、10年で期限前償還が可能であり、その後はクーポンがステップアップした変動利率になることとされている。期限前償還を前提とした投資と考えると、5年債、7年債、10年債とみなすことが可能である。発行金額は35年債が675億円、37年債が200億円、40年債が800億円の総計1,675億円という大型起債である。取得した格付けは、R&IのA-格とJCRのA+格で、JCRの格付けを見ると、武田薬品工業よりも1ノッチほど格付けが高い。加えて募集額が少ないこともあって、35年債の当初5年間のクーポンは1.534%と武田薬品工業を大きく下回る。それでも、前述のグローリー債より高い利回りであり、日本製鉄の事業内容を考えると、薬品より変動性が低く安定した業態であることを否定できない。「鉄は国家なり」というのはドイツのビスマルクや伊藤博文の演説に見られる言葉であるが、今回の日本製鉄によるUSスチール買収が米大統領選での論点になっているのを見ると、現在においても相当の意味があると言わざるを得ない。今回の日本製鉄による起債も、既発の劣後債のリプレースメントだけでなく、USスチールの買収資金も使途とされている。USスチールの買収が米政府によって承認されなかった場合には、期限前償還される蓋然性がより高まろう。そういった意味でも、スプレッドの厚さを評価することは可能である。もっとも政治判断によって企業活動が影響を受ける可能性があることを嫌う投資家もおって、武田薬品工業ほどの募集額にならなかったことも頷けるだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/27~5/31

相変わらず、投資家の起債に対する購入ニーズは強い。この週も多くの案件が募集され、個人投資家向け社債の条件決定も相次いだが、市場環境は総じて良いように感じられる。機関投資家向けの起債は消化が順調なようであり、投資家側からの購入希望額が発行予定額を大幅に上回った案件も幾つかあるようだ。しかし、金利の先行きに上昇期待があり、特に、10年国債利回りが10年ぶり以上の高水準となっている中では、知名度の低い案件に積極的に突っ込むべきタイミングでもないと思われる。総じて順調な消化が観測されている中で、レアな発行体である化学商社の稲畑産業(8098東証プライム市場)の起債は、5年債74億円と10年債26億円といった年限構成になった。100億円程度の起債観測が上がっていたが、年限を分割して100億円を積み上げた形である。先行きの金利上昇を想定すると、発行体側としては長めの年限で多額を調達することが考えられるが、市場のニーズに合わせてウェイトは5年債に置かれたのである。

この週の特徴は、何と言っても大型起債。募集は6月に入ってからであるが、ソフトバンクグループの個人向け5,500億円の7年債が条件決定されている。クーポンは3.03%と高く、証券会社の引受手数料も1円10銭と桁違いに大きい。機関投資家は、この発行体の事業内容の変動性が高いことを熟知しており、長い年限の与信を躊躇している。一方で個人投資家は、携帯電話キャリアのソフトバンクの親会社ということもあって、親近感を覚えて購入対象とする。決して機関投資家の判断が誤りで個人投資家が正しいというつもりはないが、株価のみならず信用力の変動性が高いことを許容できる個人投資家と、時価評価を求められる機関投資家の特性の差と考えるべきだろう。1984年のコンチネンタル・イリノイ銀行ではないが、同社がTBTF(Too Big To Fail)でなくなることがあれば機関投資家の消極的評価が正しかったことになるが、当面、創業者の後継問題が最大の不透明要因であると考えるべきだろう。

続く大型起債は、NTTファイナンスの3年債から10年債の4本立て計2,900億円である。近年はNTT本体でなくNTTファイナンスが資金調達を行うようになっているが、日本国債と同水準の格付けを取得していながら、国債対比のスプレッドが+20~39bpsの範囲で付されており、投資妙味は高い。発行金額が大きいのは需要の強い5年債と10年債の2年限とされており、市場に対する的確な認識は親会社の時代から連綿と続く伝統を感じさせる起債であった。

もう一つの大型起債は、三井住友フィナンシャルグループの5本立て永久劣後債である。1年数カ月前に世界的にクレディスイスのAT1債無価値化が問題となったが、その直後に日本国内の法制では同様の事象が生じないことをセールストークとしてAT1債を発行した発行体である。今回は、期限前償還のタイミングを5年から15年で5本ほど刻んでいる。12年は主要年限とは言い難いかもしれないが、5年・7年・10年・15年は主要な社債等の発行年限である。5本の募集による総額は1,900億円であった。15年ノンコールだと期限前償還までの固定クーポンは2.949%であり、同年限の国債よりも遥かに高い水準とされている。金融システムへの影響を考えると破綻処理できる発行体ではないが、元本が毀損される可能性が全くないとは言えないから、厚いスプレッドが付されているのである。決して大型起債だからと言うことだけではない。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/20~5/24

起債市場は、金利の先行きを意識しながらも、活況を呈している。週後半には10年国債指標銘柄の利回りが1.0%を上回るなど、為替の動向や政府の思惑もあって、株価以上に金利の居所が注視される。資金調達を行う発行体側から見れば、金利が上昇する前に調達したい。しかし、購入者である投資家側は、金利が上昇するなら水準が上昇してから購入したい。ところが、買いたいときに買えないのが日本の一般債であることは、誰しも知っている。流動性の高い国債の一部を除くと、購入希望があっても買えない可能性がある。そのため、新発債を着実に購入することが重要になる。新発債のスプレッドが、一般的にセカンダリー・マーケットで観測されるスプレッドよりタイトになるのは、こういった市場構造もその一因となっている。近年は、流通市場での出来値の多くが日本証券業協会より公表されており、以前より流通市場での価格が認識しやすくなっている。また、公社債店頭売買参考統計値については、社債等の全取引情報が日証協に報告されており、出来値と大きく乖離した場合には状況が確認されることから精度が増しており、利用価値は向上している。

現時点の社債発行市場では、総じて投資家の需要が大きいため、スプレッドがタイトな水準を維持しており、募集される社債等の額が多くても消化に支障はないようである。この週もソフトバンクの2本立て800億円の募集から始まり、財投機関債が複数募集され、週末の木曜と金曜には、ノンバンクだけでなく、電力・ガス、鉄道・陸運、不動産といった様々な業種による起債が見られている。メーカーによる起債は、もう少し後になるかと思われるが、陸運のニッコンホールディングス(9072)のようにフリークエントイシュアーではない企業も社債を募集しており、メーカーによる起債観測も幾つか確認されている。次の週辺りには、発行体の顔触れがもう少し多様化するものと期待される。

このような起債市場では、SDGs債の募集が花盛りである。翌週にクライメートトランジション国債(本年2月14日「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」、所謂「クライメート・トランジション(移行)利付国債」の(8000億千)入札を実施)の入札が予定されており、その前にというタイミングが意識されたこともあろう。SDGs債の形態としても、様々なものが見られている。グリーンボンドとしては、国際協力銀行の5年債100億円、中日本高速道路の5年債600億円、東海旅客鉄道の20年債100億円、三井不動産の10年債300億円と圧倒的に数が多い。そのこともあって、グリーニアムといった表現が使われているのだろう。その他にも、ソーシャルボンドとして日本学生支援機構の2年債300億円があり、サステナビリティリンクボンドとしてJA三井リースの5年債300億円が募集されている。日本では国債も含めて多く募集され独自の形態へ進化しつつあるトランジションボンドとしては、中国電力の5年債100億円が募集されており、同時に募集された10年債160億円はトランジションリンクボンドとされている。また、大阪瓦斯の3本建ての起債の中で10年債250億円のみがトランジション・リンク・ボンドである。このように、相変わらずSDGs債が花盛りであるが、既発のクライメートトランジション国債のグリーニアム水準が2月(2月は金融機関から2兆3,212億円の応札、応札倍率は2.9倍、予想よりも弱めの入札となり落札利回りは0.74%、直前の市場予想は0.68%。)の入札当時より大きくなっているようであり、次の入札や今後の状況が注目されるところである。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/13~5/17

企業の3月期決算発表が峠を越え、起債市場は再開モードである。しかし、いつものことながら、まず動き出すセクターは概ね決まっている。財投機関債等の公共セクター、電力、ノンバンクといったところが定例であり、この週はノンバンクこそリコーリースの2本立て300億円しか募集がなかったものの、他の二つは活発な動きが見られている。

公共セクターでは、地方公共団体金融機構が10年債300億円、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が10年サステナビリティボンド130億円、西日本高速道路が2年債350億円・5年債1,400億円・7年債65億円・10年債93億円の計1,908億円のソーシャルボンド、日本高速道路保有・債務返済機構が16年100億円と22年120億円のソーシャルボンドを募集している。やや発行金額や年限に端数の付されたものもあるが、発行体と投資家のニーズのすり合わせの結果であり、順調な消化状況であることを伺わせる。

電力債は、4社が募集している。16日の木曜日に募集されたのが、中部電力の10年グリーンボンド100億円と20年債80億円、北海道電力の7年債250億円と20年債45億円であった。同じ20年債ではあるが、R&Iの格付けがAA-格の中部電力債が国債対比+26bpsの1.987%クーポンで、A格の北海道電力債が2.027%クーポンであった。20年間の4bpsポイントの差が、この格付けの差に見合うだろうか。そもそも電力会社に20年の与信はどうかという問題はあるが、東日本大震災と福島第一原発の事故を踏まえた状況を考えると、格付け対比で厚めのスプレッドが付されているのはやむを得ないだろう。17日の金曜日に募集されたのが、北陸電力の20年債35億円と関西電力の10年債300億円及び20年債85億円であった。再び20年債で比較すると、R&IでA+格の北海道電力が+30bps、同じくAA+格の関西電力が+27bpsであった。中部電力と関西電力では格付けとスプレッドが逆転しており、北海道電力と北陸電力は符号が異なるもののスプレッドは同水準であった。必ずしも格付け符号のみがスプレッドの決定要因ではないことを示しているようでもある。

今年度は電力債の発行状況に注目しておきたい。現在の電力債に一般担保条項が付されている根拠は電気事業法の附則にあるが、時限のある規程であり令和7年3月31日までとされている。したがって、今年度中に発行される電力債には一般担保条項を付すことが出来て償還まで有効であるるが、来年度以降の電力債には付すことが出来ないのである。投資家から見れば、無担保債の資金回収力は一般担保債に劣ることが明確である。かつては一般担保条項の有用性に疑念を呈されたこともあったが、福島第一原発の事故後の債務負担処理において、東京電力債に付されていた一般担保条項が大きな意味を持ったのであった。法的な構成では、避難者等の損害賠償請求より電力債保有者の方が債権回収を優先されるのである。その結果、東京電力の破綻処理は不可能となったのである(更には、銀行等の貸付債権が電力債に劣位することもあった)。この電気情報の関係で、本年度中の電力債の募集額が大きくなる可能性は高い。(ご参考2024年3月1日付経済産業省HP:「本改正は、電気事業法(昭和39年法律第170号)の規定に基づく推進機関の資金の借入れ及び機関債の発行について、最近の卸電力取引市場価格動向等に鑑み、電気事業法施行令(昭和40年政令第206号)第4条で定める借入金及び機関債の発行の限度額を1,200億円から1兆1,830億円に引き上げる改正を行うものです。」限度額の引き上げも施行している。)