国内起債市場を斬る 起債評価:9/2~9/6

8月末からはじまった起債ラッシュは、9月に入ると勢いを増している。特に、週の半ばでも募集案件が散見されるだけでなく、金曜日の募集案件集中の慣習は引受証券の多忙さが思いやられる。月という意味でも、曜日という意味でも、分散して募集した方が売り手である証券会社にとっても、また、買い手である投資家にとっても、良いはずと思われるが、物事にはタイミングが重要であるのだから仕方がない。案件が集中する中では、埋没して注目を集めない銘柄もあるし、目立つ案件もある。

まず、案件の募集総額という意味では、アステラス製薬の5年債800億円および7年債200億円の計1,000億円や、住友化学の期限前償還条項付き35年劣後債1,000億円、三菱UFJフィナンシャルグループの期限前償還条項付き永久劣後債の2本計1,700億円といった大型案件が目を引く。単純な一括償還の社債はアステラス製薬のみだ。期限前償還条項については、100%確実に期限前償還されるとは限らないものの、これまでの国内の事例で実施されなかった例は見られない。金融機関や証券、保険といった発行体だと、金融庁の監督もあり期限前償還はほぼ確実と考えられるが、事業会社の場合には、格付会社の評価次第であり、期限前償還を実施されない可能性が全くないとも言えず、慎重な発行体の信用分析が必要である。もっとも劣後債の格付けは抑えられており、利回りに劣後プレミアムも乗っていることで、住友化学の実質5年債で3.3%クーポンと考えると、投資妙味は大きい。1,000億円の起債でも消化に支障はなかったようである。なお、劣後債は他にも、東洋紡の期限前償還条項付き37年劣後債170億円と群馬銀行の期限前償還条項付き永久劣後債100億円が募集されている。

全般的に5年債の募集が多く、特に、必ずしも発行体の知名度が高くない銘柄が登場している。ゲオホールディングス(2681、東証 プライム)、ミライト・ワン(1417、東証 プライム、他に7年債も同時発行)や、イチネンホールディングス(9619、東証 プライム)、岩谷産業(他に10年債も)、センコーホールディングス、東プレ、日本トムソン(6480、東証 プライム)など、案件が多く埋没しかねない。その一方で、小田急電鉄(他にも7年債)や豊田自動織機、京阪ホールディングスなど知名度や起債実績を有する発行体も5年債を募集している。国債利回りが上昇した影響で、5年債でもかつてより高いクーポンが必要になっているように見える。

劣後債を除いて相対的なクーポンの高さ、特に、年限対比という意味では、光通信の3年債1.073%と5年債1.58%計200億円とLINEヤフーの3年債0.993%と5年債1.35%の計500億円が目立っているが、前述のミライト・ワンの5年債は1.91%クーポン、イチネンホールディングスの5年債は1.5%クーポン、日本トムソンの5年債は1.43%クーポンと、5年債でも1%を上回る利回りが得られる募集も多くあり、「金利のある時代」に戻ったと実感させられる。

なお、SDGs債では、公的セクターで都市再生機構の5年債と10年債の計210億円がサステナビリティボンドで、別途の20年債がソーシャルボンド、日本高速道路保有・債務返済機構が15年債及び22年債の計150億円がソーシャルボンドとなっている。民間事業会社では、インフロニアホールディングス(5076、東証 プライム)の2本立てのうち6年債のみがグリーンボンド、日本トムソンの5年債がサステナビリティリンクボンド、京阪ホールディングスの5年債がグリーンボンドとなっており、着実にこういった種類のソーシャルボンドの起債が定着しているように見える。

国内起債市場を斬る 夏の迷走「台風10号」特別号:台風とリスク管理

8月末から今月頭の週末は、接近・迷走する台風10号によって九州から本州中央部の交通ネットワークの運行が大幅に乱れた。東海道新幹線の全体が通常の状態に戻ったのは9月2日になってからであり、実に4日にわたって日本の東西をつなぐ動脈が絶たれていたのである。台風そのものは、九州に上陸してゆっくり北上してから瀬戸内海付近で東に方向を転じた後、一旦、紀伊半島沖へ南下してから北上するといった迷走した経路を辿った。その間、台風の通過した地域に大雨が降っただけでなく、台風に吹き寄せられた南からの湿った空気によって愛知県から静岡県、神奈川県といった太平洋に面した東日本地域にも雨が降り続いたのである。東海道新幹線は雨量規制によって、長期間の運転見合わせとなった。台風そのものが接近する過程では、九州新幹線や山陽新幹線の運休や間引き運転も見られたが、台風から離れた東海道新幹線の長期間の運転見合わせは、まさに利用者は想定外だったのではないか。
しかし、そもそも日本の夏・秋の台風の違いは、気象台観測開始以降から変わっていない。夏は太平洋高気圧に覆われているため、動きが遅く複雑な動きになる。秋は太平洋高気圧の勢力が弱まっていき、本州付近まで偏西風が南下してくるため、スピードを上げ本州を足早に通過していくことが多い。筆者も40年前の8月、南アルプスの奥西河内という沢に入渓したが、台風が四国沖に接近したので、鉄砲水を恐れ途中で下りてきた。しかし、台風は四国沖から速度を下げ、我々は椹島で停滞するも不戦敗で下山した苦い思い出がある。

今回の交通網の混乱に際して、リスクへの対応という観点から興味深かったのが、複数のプロスポーツチームの対応である。東海道新幹線が夜間に停止となった8月29日には、雨が次第に強くなる中で、横浜対阪神とヤクルト対讀賣といった試合は昼頃までに中止を決定し、30日からのカードに備えて、横浜は名古屋に向って、阪神と讀賣は甲子園に向って、ヤクルトは広島に向って移動を開始したのである。リスクに対処する一つの考え方として、早期対応があり、それを実践したものである。ところが、29日の練習を中止し即座に移動した阪神の選手・スタッフがほとんど問題なく移動できたのに対し、もっとも遠方への移動が必要であったヤクルトの数人や讀賣・横浜の一部は、静岡県内等で新幹線が停止したため、数時間の足止めの後で未明に東京に戻されるといった展開になったのである。新幹線の狭い車内で身体を拘束されるのは、運動選手にとってパフォーマンスに大きな影響が生じる可能性もある。結局のところ、東京に戻らざるを得なかったヤクルトの一部選手は、翌日に岡山へ飛行機で移動して、広島入りする展開となった。広島対ヤクルトの試合は30日は中止とされた。

東海道新幹線は既に8月中旬の台風でも停止していたことから、名古屋に行く場合には中央本線で塩尻経由で、京都・大坂に行く場合には北陸新幹線から敦賀で在来線特急に乗り換えるといった代替手段は広く知られるようになったが、プロスポーツの選手も空路を含めたコンティンジェンシープランの用意が求められたのである。まさにリスク対応の手法である。

その他、29日に名古屋のバンテリンドームでナイトゲームのあった広島の選手・スタッフは、翌日東海道新幹線が停止していたため、バスで新大阪へ移動し、辛うじて動いていた山陽新幹線で帰広してその後の試合に備えた。横浜は一部を除いて名古屋に移動していたようだが、東海道新幹線の長期運行停止を反映した連盟判断でバンテリンドームの中日対横浜三連戦はすべて中止とされたのである。結果として、31日から阪神対巨人(9/1は途中で降雨コールド)も広島対ヤクルトも2試合が行われたのに対し、中日対横浜のみ3連戦すべてが中止とされると極端な結果になったのである。台風が迷走し、東海道の降雨が凄まじかったためであるが、残り約1か月の試合日程に大きな影響があるだろう。

ちなみに、JリーグFC東京の選手等は、31日の対広島戦のために広島の隣県へ空路で移動し3時間かけてバスで広島入りしたことが報じられている。台風の進路を避けて別の地へ飛行機で向かい、陸路で移動するという代替手段はヤクルトと同様であり、このような別ルートを考えて実現することが、リスク管理のアプローチであろう。交通網が麻痺した際に、報道では「再開を待っている」といって駅で手持ち無沙汰に待つ旅行者の姿が報じられるが、リスク対応の考え方としては、最悪の判断と言わざるを得ない。リスクに対応するマネジャーは、プランB、プランCといった多様な代替手段を複数用意し、各々のコストや実現可能性といった点から評価し、最前と思われる手段を選択するのである。そのための情報入手と柔軟な思考が必要であり、こういった対応の考え方は投資全般においても。同様である。どうにかなるといった楽観や希望的観測に依存するのでなく、台風にように市場特性を過去10年以上のデーターからシュミレーションし、十分な報道情報に基づいてなるべく客観的な判断を行うことが必要なのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/19~8/23

酷暑の夏もようやく朝晩には、秋風を感じられるようになった。秋の訪れが近いと期待されつつも、南海トラフ地震に加え連続的な線状降水帯の襲来と台風の接近も招く季節となった。交通機関やイベントの受けるダメージは小さくなく、結果として損害保険料率が上昇してしまいそうな昨今である。地震や豪雨によって被害を受けた地域も復旧が終わっておらず、台風によって更なる被害の生じないことを祈りたい。

一方、社債等の起債市場は、旧盆の休みを経て巡航モードに戻ったようである。この前の週も公共セクターによる債券募集は確認されており、この週に入っても、ソーシャルボンド認定を受けた複数の財投機関債が募集された後、民間企業の社債もようやく募集が再開されている。民間企業ではないが、募集総額という意味では、西日本高速道路が4本立ての社債を募集しており、総額は1,400億円を越えている。7月末の日銀による利上げを受けて金融資本市場が変動した後は、10年国債利回りの1%割れ水準が続いており、結果的には、矛盾しているように見える表現ではあるが、利上げによって利回りが低下した形になっている。発行体としては、低利で調達できる千載一遇の機会にも見えるだろう。社債等を募集する準備が整った発行体から、9月中旬までの期間に社債等の募集が増えるものと期待される。

この週の民間企業による起債の中では、オリエンタルランドの3本立て計1,200億円の募集が面白い。R&IのAA-格及びJCRのAA格と高格付けを取得しており、インバウンドも含めた東京ディズニーリゾートの集客力には根強いものがある。新しいアトラクションの導入にも積極であり、また、今回の起債による資金使途の一つとして、先般公表されたクルーズ船事業への投資が予定されている。新型コロナのダメージから回復しつつあるクルーズ船事業であり、既に米国等でディズニーによるクルーズ船事業が定着していることから、日本での成功も期待できると見込めるだろう。一方で、これまでの定地型エンターテイメントとは異なるリスクも抱えることになるため、少し慎重に取り組みたい案件と考えられる。ただし、10年債で1.258%クーポンといった利回りを見せられると、飛びつきたくなる気持ちもわからなくもない。

なお、8月7日の内田日銀副総裁による「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」という発言は、ある意味では今後の市場運営に禍根を残すものになる可能性がある。8月頭に為替や株価が大きく変動した要因のすべてが日銀の利上げによるものだったとは思わないが、最初に引鉄を引いたことは間違いなく、その後の米雇用統計を受けたFRBの利下げ示唆によって為替が大きく変動し、ヘッジファンド等の動きもあって株価にも波及したものである。新NISAで投資をはじめた不慣れな個人投資家が狼狽したのもあろう。その結果、動揺を抑えるために言わされた可能性も強く、中央銀行の独立性や日銀の機能を考えると、やや疑問が残る。金融資本市場の安定を確保するという目的には適うものであるが、そのために将来の金融政策を縛ることは適切と思えない。引続き、市場との適切なコミュニケーションを図ることが望まれる。

国内起債市場を斬る 夏季特別号:個人に向けて販売する社債

7月末から8月頭にかけて、為替と内外の株価は大きく変動した。日本の10年金利も1%を上回る水準から1%割れに舞い戻っているにもかかわらず、一般のメディアではあまり取上げられないのは実に不思議だ。国内の株や金利と異なり、為替の変動性が高いのはプロの投資家ならよく知っていることである。もちろん日本のミセスワタナベと呼ばれるようなFXトレーダーも、変動性の高さゆえにレバレッジを掛けて収益を狙うのであるが、思った方向と逆に動いたりしたら大きな損失を被ることになってしまう。古いドラマであれば、生糸相場などの商品先物で全財産を失ったといった設定(幕末・明治の実業家田中平八は生糸・洋銀で財を成し、「天下の糸平」と言われたが)があったが、現代のドラマであれば、FX取引や株式の信用取引によるものが取って代わるだろう。

株や為替の値動きの大きさに飽いた個人投資家が次に着目するのが、債券である。利率は固定されていて、期限が来れば満額で償還されるという商品性が安定志向の個人には向く。日銀が利上げを行ったために、債券の利率は(わずかながら)上昇したのが現状である。しかし、一般的な債券とは異なる仕組み債では、そうはいかない。クーポンや償還額が途中で変化したり、償還が先に伸びるといった仕組み債は、十分に商品特性を理解せずに投資してはならない。結局のところ、仕組み債を個人投資家に向けて販売することは、適合性の原則から問題ありと言わざるを得ない。特に、海外のソブリン発行体の発行する仕組み債には、ソブリンゆえの信用力の高さはあるかもしれないが、商品内容の安定性は存在しない。中央の機関投資家の多くが仕組み債を投資対象にしないのは、過去の失敗から商品特性を十分に理解しているためである。

通常の債券において、国債やソブリン債に対しより信用リスクを取るのが、社債である。日本の場合、財投機関債や地方債といった間に位置する債券種類も存在するが、基本的には「暗黙の政府保証」が存在することで、過去にも損失事例は存在しない。株式と異なり、債券は償還期限の存在することが意味を持つ。償還まで発行体が破綻せず利払が継続すれば良いのである。機関投資家の場合は、保有期間中の債券を時価評価するために信用力の変化に敏感になるが、個人の場合には、譲渡や相続などの場合を除いて、時価変動を意識する必要がない。償還まで破綻しないことが最大の投資条件であり、格付けとは別に発行体の信用分析を行う能力は持っていないから、格付符号と知名度や見聞きした市場のニュースなどで判断することになる。したがって、消費財のメーカーや個人向けのサービスを提供する発行体は個人向けの社債に強いが、基礎財を製造するBtoBのメーカーや法人向けのサービス業では知名度が大きく劣ってしまい、個人向け社債の募集には向かない。

格付符号の良くない発行体の社債を投資適格だからと個人向けに販売することも、適合性の原則からは問題とされる可能性が高い。しかし、機関投資家の多くが符号や時価評価に捉われて動けない際に、個人投資家が償還までの信用力に問題ないと判断して買い支えるというのも、市場の在り方としては適切なものである。個人向けの社債が、株価や為替の変動性の高さに基づく高収益性を代替するほどの投資妙味を有するとは考え難いが、国債より高利回りの社債等であれば、投資対象の選択肢に含まれることは望ましいのではないか。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/5~8/9

旧盆の休みが近づいて、7月末の日銀金融政策決定会合から続く金融市場の乱高下が収まらない中、社債等の募集はことごとく見送られるかと思われたが、複数の案件が盆休み前に募集を行っている。多くが8月上旬までに募集を予定していた銘柄が、市場の変動を織り込みつつ、プライシングを行って募集に至ったという構図である。基準となる国債利回りの変動は大きいものの、国債対比のスプレッドプライシングが機能していれば条件決定できることを示しており、国債利回りがプラスになってスプレッドプライシングが使えるようになった現在の金利構造の恩恵と言って良いだろう。なお、募集された中でネクステージの3年債のように、絶対値でプライシングされた社債の募集もあったが、JCRのBBB+格という水準のため、最終的に2.3%と設定されたクーポンそのものの水準に意味があるものと考えるべきだろう。

この週の起債で目立ったのが、東北電力と電源開発(J-POWER)という電力関連の起債である。いずれも10年債を募集しているが、8月7日にR&Iが電力関連の数社の格付けを見直した影響が今後出て来るものと考えられる。R&Iは関西電力、九州電力、北海道電力と電源開発を1ノッチ格上げしており、特に、電源開発の起債は格上げの直後の募集であった。電力各社の格付けについては、R&IとJCRの間で評価の差が存在し投資家自身の目線も定まらない状況にあったが、ようやく収束に向かう可能性も考えられよう。しかし、原発の再稼働問題等電力関連を取り巻く問題も根強く残っており、投資家自ら個々の会社を評価する必要があるだろう。主要な格付会社の間にスプリットレーティングが存在することは好ましいものの、投資家による評価が必要になって来るのである。

具体的に募集された社債は、東北電力の10年債100億円が1.392%クーポンで、電源開発の10年債78億円が1.368%クーポンである。国債対比のスプレッドは東北電力の+48bpsに対し電源開発は+49bpsと、R&Iの格付けが東北電力はA+格であり電源開発はAA-格であるのと逆転している。今回の格上げの反映は次回の募集以降になるという見方もあるが、電源開発と他の電力会社の起債には一般担保の有無等の差が存在することから、来年度以降に電力債から一般担保条項が外れた影響を見極める必要があるだろう。

なお、SDGs債では、日本政策投資銀行が5年物のトランジションボンド100億円を募集している。10年国債利回りが大きく変動している中でも年限の短い5年債は相対的には安定しており、他に川崎汽船や中央日本土地建物グループといった5年債の募集も見られているが、日本政策投資銀行の圧倒的な信用力の高さは群を抜いている。

国内起債市場を斬る パリ五輪特別号:市場の急変による金融市場への影響

7月最終週の起債市場は、そもそも日銀の金融政策決定会合の結果待ちということで、前半は動けなかった。少なくとも、国債減額の具体的な計画を公表することが前月の会合で発表されていたからである。日銀が国債買入れの減額をどのような年限で、どのくらいの規模で行うかによって国債のイールドカーブが大きく変化する可能性があったために、投資家は社債購入を見送り、発行体も様子見とならざるを得なかったのである。発行体からすれば、金利が上昇する前に資金を調達したいところなのであるが、投資家は基本的に「買いたい弱気」であって、金利が上昇したところで買いたいという意志が鮮明にある。購入したら償還まで持ち続けることを一般的な原則と考えるならば、少しでも利回りが高い状況で購入したいのは無理からぬこと。限りある投資計画なのだから、少しでも利回りの高い方が望ましいのである。

ところが、日本銀行の金融政策見直しは、市場の多くが期待した国債買入れ減額計画の具体的な発表に留まらず、政策金利の0.25%への引上げを決めている。背景には、企業収益の改善等日本経済の強さを確認したとあるが、足元の景況感の悪化等を考えると、円安に対する歯止めの意図を含んでいなかったとするのは虚偽であろう。しかも、週末に公表された米国の雇用統計は大幅に悪化しており、一気に円高が進むとともに、世界的に株価が下落する展開となっている。日経平均株価の下げ幅が1987年のブラックマンデー並みの大きさと言われるが、そもそもの株価水準が異なり、1987年10月20日は14.9%の下落で終値が21,910円と、現在より1万円ほど低い水準であった。「山高ければ谷深し」という相場格言通りの状況で、特にこの1年程度の株高は、海外からのマネーや新NISAの資金流入もあって、バブル的な様相とはなっていなかった。思い返せば、1987年のブラックマンンデーに際しても、直接の引き金となったのは、独ブンデスバンクの利上げであったとされる。

やや過剰なまでの株高と円安が、日銀の金融緩和見直しと米経済の先行き悪化から、逆回転に至ったのである。株安は日本だけの現象ではなく、世界を2周以上回っても続くスパイラル現象になっている。こういう市場展開になると、金利は大きく低下しているものの、信用スプレッドの上乗せ幅は大きく拡大せざるを得ない。かつてリーマンショックの際にも、国内優良企業の筆頭の一つと言って良いトヨタ自動車ですら、大きなスプレッドを付さないと起債できない状況になったのである。株安と円高は企業の業績不安に繋がっている(必ずしも日本は輸出産業のみではないし、円高がインバウンド消費に悪影響があるのも含まれる)と考えられるが、企業業績に対する不安は同時に社債スプレッドの拡大に繋がる。根元の10年国債利回りですら、急速に低下しており、発行体のみの感覚では低利調達のチャンスであるのだが、投資家も市場参加者も様子見状態を維持している。

結局のところ、最近の株価の下げは、39,000円から31,000円と水準そのものが大きく変化しており。円/米ドルの為替レートは7月前半に160円台だったものが150円台半ばに下げていたものが、一気に円高が進行して140円台にまで下げている。長期金利の現状は、日銀の買入額減少による上昇よりも。円高株安による低下が強く、今週に入って0.7%台と以前の水準にまで戻っているのである。債券先物取引でも連日のようにサーキットブレーカーが発動しており、すべての金融資本市場が不安定化していると考えてよいだろう。

市場がこのように大きく動きはじめると、機関投資家としてはまずはスパイラルの展開が落ち着くまで静観するしかない。特に、慌ててポジションを損切るのは無駄であろう。投資余力が残っているならば、ある程度まで下がったら、ナンピン買いを入れても良いだろう。しかし、慎重に構える必要があるし、一時的な戻りがあっても慌てることなく市場に臨むことが適切である。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/22~7/26

7月の起債市場は徐々にその起債件数、金額が減少している。年度第二四半期の最初の月であり、株主総会明けというタイミングで賑わっていた市場だったが、社債等の募集を企図(きと)した発行体は早めに動き終わっているものと考えられる。起債観測の上がっていた発行体のほとんどが募集を終えており、今後は細々とした展開になる可能性が高い。また、この週に関しては、月末の日銀による金融政策決定会合(7月30、31日)の結果待ちによる影響という要因も考えられる。国債買入額の具体的な減少内容が示されるとともに、もしかしたら利上げが行われるのではと予測する市場関係者もある。先行き金利上昇といった展開になるとも想像されるが、国際政治、国際紛争によってFOMC、ECB理事会までもが不透明な状況では起債市場が盛り上がらないのも無理はない。

こういった状況の中で募集された社債等の特徴としては、まずSDGs債が目立ったことだろう。既存の社債やローンの借換えといった資金使途の社債募集も少なくないのであるが、相変わらず、SDGs関連を資金使途とすることで投資家にアピールすることが出来ると考える発行体も少なからず存在するようである。この週に募集されたSDGs債は、西日本高速道路の3年債および5年債がソーシャルボンド、マツダの5年債および10年債がトランジションボンドである。また、JR九州は5年債・10年債・20年債と3本建てで社債を募集したうち、10年債のみがグリーンボンドの認定を取得している。

高速道路会社の社債がソーシャルボンドとして募集されることは、事業内容の公共性を考えても違和感はないが、ソーシャルボンドと認定されることで、国債対比のスプレッドがタイトになるものとは考え難い。決してグリーニアム(Greenium)によるスプレッドのタイト化がソーシャルボンドとすることの目的ではないと思いたい。マツダのトランジションボンドは、ガソリンを燃焼する車が主体の自動車メーカーの努力という意味であり、前向きに評価して良いだろう。JR九州も事業としては公共性があり、ディーゼル機関車は直接に化石燃料を燃焼して推進エネルギーとしているためトランジションボンドにすることも可能であるが、今回は10年債のみをグリーンボンドとしている。当該回号の具体的な資金使途は、グリーンボンドの適格プロジェクトである長崎駅周辺開発に要した支出のリファイナンスとしている。鉄道会社と言っても、鉄道以外にも周辺施設や設備が存在しており、その対応としてグリーンボンドを選択したということである。ちなみに、5年債及び20年債の資金使途は、「虎ノ門アルセアタワー等に係る設備資金に充当する予定」とされており、こちらも鉄道事業そのものではないのであるが。

SDGs債以外には、メガバンク持株会社のAT1債や日鉄興和不動産と関西ペイントといったレアな発行体による社債募集が見られている。なお、東京センチュリーは3年債200億円を募集しているが、当初は3年債と5年債各100億円の募集観測が上がっており、金額としては充足しているが、5年債の募集を見送ったところに、起債市場の微妙な変化があるのではと感じる。今後の起債は数が少なくなると考えられることから、個別案件に対して市場参加者の細かい吟味が行われるのではなかろうか。それによって起債見送りや募集金額の調整といった対応が増えて来るのかもしれない。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/16~7/19

「海の日」の三連休もあって、この週は営業日が少ない。休み明けの営業日には社債等を募集しないのは一種の不文律であり、週末跨ぎの状況変化を各当事者が十分に反映できていないためという解釈である。実際の社債販売においては、条件決定した後の募集完了まで瞬時ということは珍しくないのだが、募集開始までの需要調査・プレマーケティングが入念に行われるためである。投資家も予め十分な情報を提供されていなければ、即時の判断など出来るものではない。特に稟議書を上に挙げて購入の決裁を取得するといった手続きを考えると、休み明けすぐの募集に対しては依然としてハードルが高い。

この週の社債等の条件決定が少なく感じられるのは、営業日の少なさの他に7月の起債シーズンでの動きが一巡したこともあるが、日銀による金融緩和政策見直しに向けた動きの影響もあると考えられる。月末の金融政策決定会合において、利上げこそは見込まれないものの、前月の会合で明示された具体的な国債買入れの減額計画が示される予定であり、国債利回り水準への影響は不可避である。事前に開催された国債市場参加者会合においては様々な意見が出たとされ、立場が異なる市場参加者からの買入れの減額規模や年限の要望はかなり異なるものであったようで、植田総裁が示した「相応の減額」の内容は当日まで不透明と考えられる。そのため、発行体も投資家も帰趨(きすう)を見極めてからと考えた可能性もあろう。減額幅が巨大で国債利回りが上昇したとしても、その後の減額が見込めないような説明であれば、金利上昇は一時的なものに留まるかもしれない。また、買入れの減額が全年限で均等に行われるとは考えられず、短期もしくは長期でウェイトが異なる可能性も十分にある。そのため、月末に向けて市場参加者は慎重になっているだろう。

この週の社債等の条件決定に関しては、地方公共団体金融機構のFLIP債によって公共セクターの本数が大きくなっているが、それ以外にも、日本政策金融公庫の2年債300億円や中日本高速道路の5年債900億円、日本高速道路保有・債務返済機構の20年債150億円といった銘柄が募集されており、公共債主導というイメージが強い。また、民間企業の社債では、通信業や鉄道、電機、ノンバンクといった様々な業種による募集が見られている。ただし、前週のような大型起債がないことも特徴であるとして良いだろう。ちなみに、SDGs債の認定を得ているのは、日本高速道路保有・債務返済機構の20年債がソーシャルボンドとなっている他に、横浜高速鉄道の10年債及び20年債がグリーンボンドになっている。横浜高速鉄道は一応民間の社債として分類されるが、主要株主の上位に横浜市と神奈川県があり、第三セクターとすることも十分に可能である。ただし、地方債に区分するのは事業内容を考えても適切ではあるまい。

その他には、民間企業の社債が個人向けと機関投資家向けで同時に条件決定される例が二件見られている。近鉄グループホールディングスとクレディセゾンの5年債である。両社とも過去にも個人投資家向けの社債を募集した経験があり、ボーナスシーズンで個人が貯蓄より社債などの投資に注目している時流に沿ったものと考えられよう。両社とも個人投資家向けに各200億円の発行を予定しており、機関投資家向けの各100億円の倍額としているところが知名度の高さを活用したものと考えられる。なお、近鉄グループホールディングス債の募集期間が今月30日までなのに対し、クレディセゾン債の募集期間は8月6日までと長い。日銀による国債買入れ減額の影響が危惧されるところだが、早い段階で消化できると見込んでいるのだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/8~7/12

7月の起債ラッシュは続く。発行体側からすると、日銀による国債買入れの減額計画が具体的に数値で発表された際のインパクトを気にせざるを得ない。日銀は銀行や証券、投資家へのヒアリングを行い、月末の金融政策決定会合において計画を発表する見通しであることから、今月中に社債等の募集が多く集まり、8月に入ると閑散な市場になるのかもしれない。

この週は案件数も金額も多いため、まず幾つかの傾向から見て行くと、業種としては満遍なくといった感が強い。道路や空港といった公的セクターをはじめ、複数のメーカーの他、銀行、ノンバンク、商社、建設、サービスなど幅広い。敢えて指摘するなら、前週の6電力につづいて電力の名前が挙がっておらず、つづく鉄道他社もまだ起債観測が見られない。電力にせよ鉄道にせよ、例年7月最初の週に動いているのは前週も述べた。

次に、銀行とノンバンクの劣後債が条件決定されており、前者の三井住友フィナンシャルグループは個人投資家向けで10年期限前償還条項付債580億円と10年債420億円の計1,000億円である。後者のオリックスは、機関投資家向けで最終償還まで35年超の劣後債であるが、期限前償還条項が付されている。劣後プレミアムが乗っていることもあって、約5年半の償還可能時までのクーポンは2.011%と高い水準である。

SDGs債では、東日本高速道路の3本立てが、2年債と10年債がソーシャルボンド、5年債がサステナビリティボンドとして募集されている。細かな認定要件が異なるものではあるが、まとめてソーシャルボンドとして困る投資家はいないのではないか。公的セクターで細かなラベルに拘るのは、発行体にも投資家にもメリットは乏しく、認定業者を潤すだけとなっていないか検証すべきであろう。その他に、清水建設の5年債がグリーンボンド、富士フィルムホールディングスの3年債700億円・5年債800億円・7年債200億円・10年債300億円の計2,000億円の大型起債がソーシャルボンドである。

それ以外に注目すべきなのが、日本エスコン(東証プライム市場;8892 )による5年債74億円の募集である。日本エスコンは不動産会社であるが、2018年に中部電力と資本提携を行い、その後連結子会社になっている。今回の社債には、償還の9カ月前までに「中部電力株式会社の連結子会社に該当しなくなる旨が中部電力株式会社より公表されたとき」は、社債権者が期限前償還を請求することができるチェンジオブコントロール条項が付されている。日本証券業協会の設置した社債市場の活性化に関する懇談会の下部WG(自主規制会議の下部ワーキング・グループ)で検討されて来た内容と類似のものであるが、WGの報告書では格付けが低い場合に条項の設置を求めるとしており、Aゾーンの格付けを得ている社債には強制しないものである。しかし、本来のチェンジオブコントロール条項の趣旨は、格付けの高低に関わらず、主要株主の変更が社債の信用力に大きく影響する可能性がある場合の投資家保護を目的としたものであり、今回の条項の設置は望ましい方向と考えられる。また、今回の日本エスコン債には、社債管理補助者が設置されており、期限前償還を可能とする事態が生じた場合には、発行体が社債管理補助者へ速やかに通知することとしており、社債管理補助者が投資家の判断を促すことで権利の活用を図る仕組みになっている。単純な財務代理人のみを設置するのではなく、このような仕組みを率先して採用したことは大いに評価されて良いし、今回の実例をもって、他の発行体での検討や投資家の理解が進み、より洗練されたチェンジオブコントロール条項の内容や社債管理補助者の活用方法を考える糸口になることを期待したい。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/1~7/5

7月に入った途端、猛暑とともに社債等の募集が一気にやって来た。3月期決算企業の株主総会が終わったことに加えて、令和6年度第2四半期の始まりというタイミングもあって、募集された社債等の本数も金額も巨額に上っている。全件の発行体と金額を並べるだけで紙幅が尽きるのではないかという感じの量ではあるが、幾つかのポイントに整理して紹介したい。

まず、いつもの四半期頭に動く発行体の典型的な特徴の通り、銀行、電力、鉄道、公共セクターという顔触れがこぞって社債等を募集している。銀行では、みずほフィナンシャルグループの2本立て個人向け劣後債、りそなホールディングスの5年債が募集されている。合計で2,100億円に上る。次に電力は、東北電力10年債、中国電力7年・10年・20年債、北陸電力20年債、東京電力パワーグリッド5年債・10年債・15年債、関西電力5年債・10年債、北海道電力17年債と多くの銘柄が様々な年限で募集している。合計金額は、2,400億円近くに上っている。鉄道では、JR東日本10年債・20年債と阪急阪神ホールディングス5年債・10年債とで、計640億円が募集されている。公共セクターでは、日本政策投資銀行が、財投機関債を3年債・5年債・10年債・20年債の総計1,300億円を募集している。

ここまで触れただけでも大きな金額の募集が幾つか確認できるが、金額面で目立ったのは、積水ハウスの劣後債2本立て計2,000億円の他に、KDDIによる3年債・5年債・7年債・10年債の4本立ての普通社債である。合計で3,000億円という募集金額は、通常の運転資金や既発債の借換えでなく、ローソンのM&Aに要する資金調達の目的であった。R&IでAA格という高い評価を得ているものの、10年債で1.42%クーポンというのは、利回りとしての魅力は乏しい。

引き続いて、SDGs債の募集も見られる。地方債では2bps程度のグリーニアムが引続き観測されているが、公募普通社債の場合には、比較される優先債が見当たらないため、観測は難しい。既発債より割高な新発プレミアムに紛れ込んでいると考えることも可能であろう。日本電気の5年債・10年債はサステナビリティリンクボンドで、JFEホールディングスの5年債と前述の関西電力5年債・10年債はトランジションボンド、野村不動産ホールディングスと森ビルの5年債はグリーンボンドである。各々がそれらのSDGs債に相応しい発行体の業種・事業内容であろう。これまでにSDGs債の募集も数を消化して来た中で、発行体と投資家の双方が取扱いに慣れて来たと考えて良いようである。

なお、結果的に割高なLIXILの5年債・7年債以外のすべての社債等の募集を触れてしまっているが、この週の社債等の募集で消化が難航したという話は聞かれていない。順調に消化されたとか、発行額の数倍程度の購入希望が集まったといった感じであった。国債利回りがある程度上昇したことで、投資家の目線はスプレッドが多少拡大した程度であってもクーポンの絶対水準上昇に惹かれた可能性が高い。しかし、大量の起債が続くようであれば、投資家が食傷気味になることも考えられる。いずれにせよ、先行きの金利上昇期待が拡大するようであれば、投資家の積極的な購入スタンスも衰えるかもしれないのである。