国内起債市場を斬る 令和5年度期末特別号:日銀の金融政策見直しと社債市場

3月18日と19日に開催された金融政策決定会合において、植田日銀は金融緩和政策の見直しを決定した。決定した内容は決して金融緩和を撤廃することではなかったし、金融を引き締めるというほどのものではなかったが、『「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みおよびマイナス金利政策は、その役割を果たした』と明確にしている。また、オーバーシュート型コミットメントについても要件を充足したと言明しており、大規模な金融緩和の終了を宣言しつつ、金融緩和の姿勢は維持するものとした。結果的には、黒田前総裁が導入した異次元の金融緩和からの一連を終了して、白川総裁末期に見られた程度の金融緩和状態にまで戻すという理解が概ね正しいだろう。

社債等の起債市場に影響を与えると考えられるのは、大きく以下の3点であろう。まず、既にこの半年ほどは形骸化していたイールドカーブコントロールの終了である。10年金利の目標水準を0%とした長期金利に対する操作であったが、許容する変動幅が拡大された後に、上限の目途を1%としたことで既に実質的な効果は無くなっていた。つまり、今回の決定では、長期金利を市場の手に委ねると正式に発表したのである。長期金利の操作に際しても、日銀は市場から国債を買い入れているので、市場機能を維持しているというのが公式見解であったが、市場参加者に対する債券市場サーベイのアンケート結果から明らかであったように、最大の国債保有者による市場コントロールは自由な価格決定機能を阻害していたのである。言わば、日銀が手を離すことで「神の手」に戻されたのである。既に長期金利の目標が形骸化していたこともあって、10年国債利回りが大きく上に跳ねることはなかった。今後は、10年国債利回りの市場実勢が上方にシフトしても、日銀による市場介入は期待されないことから、10年債のクーポンはある程度大きくなることだろう。ただし、信用リスク等の要因がなければ、極端な上昇は見られないと考えられる。

次に、短期金利の目標水準が『0~0.1%程度で推移するよう』と明示されたために、明らかに短めの年限でも金利水準が上昇することになり、社債等の利回りも全般的に上がることが考えられる。かつて見られたような高格付債で実質利回りが0%となるようなオーバーパーでの起債は、もはや考えられない。それでも短い年限については日銀の短期金利に対するコントロールが緩やかに波及することが考えられるため、長期ほどの金利水準の上昇は生じないものと考えられる。新年度の起債市場の目線は、それ以前に国債利回りが落ち着いていると思われるため、4月早々から固まって来ることだろう。

最後に、白川総裁の時代に開始された社債等の買入れオペについて、『買入れ額を段階的に減額し、1年後をめどに買入れを終了する』という方針が示されている。政策が導入された当時の意図は社債等の買入によって信用スプレッドを圧縮し、企業の資金調達コストを引き下げることにあったが、そもそも社債を発行して資金調達を行うような大手企業にはあまり直接のメリットはなく、あくまでも間接的な信用スプレッドの圧縮が広範囲の企業に対して影響があったかもしれないという程度である。買入れ年限が3年以内ということで、日銀による買入れ対象となることが期待される新発債の応募者利回りが異常なほどに低下していたような事態は、なくなって行くことが期待される。少なくとも社債等の書入れは、実質応募者利回りが0%となるような起債など市場に歪みを与えた方が顕著であり、ようやく収束に向うことが評価できる。

現在の日本の景気等を考えると、すぐに次の利上げを行うというよりも、これまでの金融緩和のレビューを行い、今回の緩和見直しの影響を確認しつつ、大企業以外の中小企業等への利上げの波及状況を見守ることになるだろう。2000年代のマイナス金利解除の失敗を繰り返さないよう、慎重

国内起債市場を斬る 起債評価:3/11~3/15

2023年度最後の社債等の募集が行われる週である(おそらく)。月曜日に条件決定されたのは、大和証券グループ本社のセキュリティートークン債である。1年物の社債で年1回利払であるから、購入した個人投資家は償還される2025年3月21日に元本と利息を受取ることが出来る。クーポンは0.8%であるが、所得税と復興特別税がかかるため、最低単位の10万円分を購入しても利息は637円にしかならない。しかも、利払は電子マネーの一種である楽天キャッシュでのみ払われる。1年後までに楽天グループが破綻することはないと思われるが、楽天のリスクを一部負っているスキームであることは否定できない。

セキュリティートークン債は証券保管等振替機構のシステムを利用せずブロックチェーン技術を利用することで、様々な制約から免れることを可能としているが、個人投資家には必ずしもそのメリットは理解されないだろう。R&IのA格及びJCRのA+格という信用評価の社債が1年物で0.8%クーポンという利回り水準は、破格に厚いスプレッドと解することも出来るが、これもまた個人投資家には伝わりにくいだろう。個人投資家にとっては、大和証券のグループ持株会社の発行する社債であることと、1年物で0.8%と銀行預金を大きく上回る利率が付されていることが評価されるだけである。募集額の10億円は、申込みが締め切られた18日を待たずに完売した模様である。

この週に条件決定されたもう一つの社債は、木曜日に募集された三菱商事の10年債500億円である。大和証券グループ本社のセキュリティトークン債とは打って変わって、極めてオーソドックスな機関投資家向けの普通社債である。ただし、三菱商事の普通社債は以前から、担保提供制限等財務上の特約を一切付されていない社債である。担付切替条項もないために、完全な無担保社債であると言い切っても良いだろう。このタイプの社債を発行する会社は、決して多くない。それでも、格付けは、AA格(R&I)・A格(S&P)・A2格(ムーディーズ)と極めて高い。日銀による金融緩和の修正が翌週にあると期待される中でも、十分に高い信用力に対して国債対比+28bpsのスプレッドが付されており、1.054%という高いクーポンは、年度内最後の社債等の募集となることもあって、強い需要を集める結果になったようである。

これら以外に地方公共団体金融機構も定例の10年債を火曜日に210億円募集しているが、国債+9bpsと地方債並みの水準であり、当然のように順調に消化されたようである。4月以降の社債等の起債市場は、日銀による金融政策見直しの影響を受けて金利の水準が変わるであろうことから、まずは、スプレッドも含めて利回りの居所を模索する動きになることが期待される。

国内起債市場を斬る 起債評価:3/4~3/8

年度内で社債等を募集できるタイミングとしては、この週が終わるとほぼ残り1週間に絞られる。本来ならば、年度内に資金調達したい発行体と社債等を購入したい投資家とのせめぎ合う時期であるはずなのだが、金利の先高感が台頭し始めた中で、投資家はあえて購入を急がない。とは言っても、基本的に買いたい意向は強いようで、募集された社債等に対する強い需要は確認されている。金利動向の鍵となる日銀による金融政策決定会合の次回会合は3月18日と19日の開催予定であり、その結果を待っていると春分の日の休日が入ることもあって、社債等の募集可能な時期を逸してしまうことになる。外部からは金融緩和の「見直しが3月に行われる」とか「いや4月だ」とか観測が上がっているものの、当の日本銀行は直前まで姿勢を明らかにすることはない。近年メディアによるスクープで政策判断が事前にリークされている可能性もあるが、本来はブラックアウト期間が設定されているために、日銀関係者等から漏れるはずはない。

この週の社債等の募集は、株高や米国の雇用統計発表待ちで神経質な相場展開の中、決して案件が多くはならなかった。また、光通信が3年債・5年債・7年債を募集する中、3年債のみをソーシャルボンドとした他は社債等でSDGs債の募集はなく、一頃の盛り上がりと状況を異にする展開になっている。また、東京ガスの20年債と名古屋鉄道の12年債各100億円を除いて超長期債の募集はない。ガスと鉄道という業種は古くから超長期債を募集して来ており、マイナス金利解除の観測が高まっている中で、ようやく超長期セクターの発行体が以前の業態に戻りつつあるようである。引続き、鉄道、電力・ガスといった公益セクターが超長期債市場の主な発行体になるのであろう。

概ね5年債以上の社債等の募集で国債対比のスプレッドプライシングが復活しており、クーポンの絶対水準に目を向けると、投資家にとって決して1%の確保が難しくなくなっている。格付けの高い東京ガスの20年債1.647%クーポンや、名古屋鉄道の12年債1.252%クーポンという超長期年限の選択肢もあるが、短い年限でも1%の確保が可能になっているのが現在の起債市場である。三菱倉庫の10年債が国債対比+30bpsのスプレッドで1.035%クーポンとなっているが、5年債でもKPPグループホールディングスの1.167%クーポンや光通信の1.272%クーポンといった選択が可能である。これらをR&Iの格付で見ると、東京ガスがAA+格、名古屋鉄道がA格、三菱倉庫がA+格、KPPグループホールディングスがJCRのA-格、光通信がA格と決して低いと見られる水準ではない。

更に、GMOフィナンシャルホールディングスの3年債はJCRのA-格であるもののITと金融という業種特性もあって、1.7%と高いクーポンが付されている。従来はR&IのBBB+格を取得して社債を募集しており、今回JCRの格付けに切り替えたのは「格付けショッピング」であると指弾されても仕方ない。現在もR&Iの発行体格付けはBBB+格である。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/26~3/1

日銀の金融緩和見直しの実施観測が高まり、日経平均株価が史上最高値を更新する中で、金利の先行きが不安視されるのは仕方ない。しかし、払込みまでの期間を考えると、社債等を募集可能なのは物理的に3月第二週あたりまでであるから、結果的に週後半に起債市場は盛り上がりを見せる展開となる。もちろん案件が集中するのは週末の金曜日であり、水曜と木曜に募集されたのは、日産フィナンシャルサービスの3年債400億円及び5年債100億円と、JERA(2014年東京電力(当時)および中部電力、包括的アライアンスの協議に入り準備開始し2015年4月設立。)の3年債300億円及び10年債100億円、合同製鐵第一回債の5年債50億円、コニカミノルタの3年債300億円及び5年債100億円であった。並べてみると分かるように、金額面で3年債の募集が多い。これまでイールドカーブコントロールのなし崩し的な見直しは行われているものの、マイナス金利解除にまで踏み込まれていないため、短い年限は大きく金利が動いておらず、次の日銀のアクションを考えて短い年限の社債を募集する動きが増えたものと考えられる。なお、これらの起債の中では。日産フィナンシャルサービスの5年債がグリーンボンドであり、JERAの10年債がトランジョションリンクボンドとなっている。

大量に社債等の条件決定や募集が行われた金曜日の案件の最大の特徴は、金利上昇前の個人投資家向けの条件決定であり、何と言っても、ソフトバンクグループの7年債5,500億円は巨額である。個人投資家向けの社債で7年という年限は異例の長さであり、期限前償還条項も付されていない。愛称として「福岡ソフトバンクホークスボンド」が付されているが、特にホークスグッスのプレゼントは提供されないようで、確認したところ(目論見書に記載がなく、主要販社のオンラインサイトを見ると)、「「お父さん応援隊長タオルハンカチセット(今治タオル)」を投資家あたり1セットずつプレゼントされるようである。週明けから募集開始の予定であるが、既にオンラインでの申込を締め切っている会社ばかりであった。投資家にとっては、7年という期間リスクを負うことになるものの、3.04%クーポン(ただし、源泉課税によって税引後の利回りは2.422%)は銀行預金に比して遥かに高い水準である。しかし、この比較は現時点での金利水準であり、今後7年間の預金金利の上昇を期待すると判断は難しくなる。個人投資家の場合は基本的に時価評価を要しないため、発行体がデフォルトしなければ信用力の悪化を懸念する必要はないと考えることが可能である。

同じく週明けからの募集開始で、オリックスが5年債300億円を0.677%クーポンで条件決定している。販社のオンラインサイトを見ると、ソフトバンクグループ債の申込みを締め切っているのに、オリックス債は受付中のところがあった。両社ともプロ野球の球団を持っており知名度は確保しているのであるが、格付けが大きく異なるため、顕著なクーポン水準の差によるものであることがわかる。オリックスは同日に条件決定した5年債100億円を機関投資家向けに募集しており、同じ0.677%クーポンに設定している。同じ5年債で個人向けと機関投資家向けに利回りを異なる水準にすることは特別の理由がない限り不適切であり、ソフトバンクグループのような高いクーポンにして発行額を増やすことは出来ないのである。

同日には、機関投資家向けでは、三菱UFJフィナンシャルグループの永久劣後債計2,000億円や、東京地下鉄の20年グリーンボンドなどが募集されている。また、5年債の募集が盛んで、オリックス以外にも、SBIホールディングスやサワイグループホールディングス、ゲオホールディングス、ソニーグループ、マツダ、東京センチュリー、日立建機が募集しており、合計で1,500億円近くに上っている。このうち、マツダがトランジションボンド、日立建機がグリーンボンドである。なお、ソニーグループの起債は3年債と10年債と合わせて1,500億円の巨額となっており、年度を通じて機関投資家向けの起債としては最大級の募集となっている。いずれの募集に関しても、投資家の強い需要が観測されている。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/19~2/23

二月に三連休が二回あるという今年は、起債市場にとっては新鮮なのかもしれない。現在の日本の祝日は多くが移動休日で月曜日が休みとなるため三連休になることはあまり珍しくないのだが、二月の祝日は建国記念の日と天皇誕生日で11日と23日に固定されている。その両方が三連休をもたらすのは、2024年の次は5年後の2029年となるようだ。

金曜日が休みであると、社債等の募集は木曜日に集中することが考えられる。この週の募集は20日の火曜日から始まった。住友商事の10年債に加えて、大和証券グループ本社の3年グリーンボンド、芙蓉総合リースの3年債及び5年債で5年債のみサステナビリティリンクボンドと総計で500億円が募集されたことで、その後の募集額が大きくなることが十分に予測された。もっとも水曜日の21日に募集されたのは、みずほリースの5年債及び7年債の計350億円だけであった。ここまでややノンバンクの起債が目立ったが、必ずしもSDGs債ばかりという状況ではなかった。しかし、証券会社やノンバンクのSDGs債は、お金に色がないことを考えると、やや牽強付会(けんきょうふかい)のように見えかねないので、投資家への開示と説明には十分に意を尽くす必要があろう。

22日の木曜日に募集された銘柄は業種の幅も広く、年限も3年から17年と広範囲に及んだ。3年債と短い年限を選択したのは、必ずしも高格付の発行体とは限らない。BBB(R&I)格及びBBB+(JCR)格のプレミアムウォーターホールディングスが、3年債36億円で1.5%と高いクーポンを付している。一方、AA+(R&I)格の阪神高速道路はサステナビリティボンドでありクーポンは0.339%と1%以上低く、A+(R&I・JCR)格を取得している三井化学ですら0.35%クーポンである。三本の3年債を見比べると、やや三井化学債のクーポンが低いように見える。三井化学の3年債は絶対値でプライシングされているものの、阪神高速道路の3年債がスプレッドプライシングでT+17.5bpsとされていることを考えると、実質的には国債対比+19bpsを下回るスプレッドである。それでも、順調に消化できたようではあるが。

17年債と日銀の金融緩和政策の見直しによって強い影響を受ける可能性のある超長期債を募集したのは、北陸電力である。さすがに公益セクターでないと、超長期債の募集は難しいだろうか。その一方で、目立ったのが中期5年債の募集である。川﨑重工業の0.742%クーポン100億円、アコムの0.742%クーポン200億円、プレミアムウォーターホールディングスの2.1%クーポン11億円、阪急阪神ホールディングスの0.592%クーポン150億円、三井化学の0.662%クーポン100億円、五洋建設の0.802%クーポン100億円、山九の0.692%クーポン50億円、ADEKAの0.692%クーポン100億円と総計で811億円が募集されたのである。クーポンを見比べるとわかるように、多くの銘柄が国債対比のスプレッドプライシングで条件決定されている。なお、5年債では川﨑重工業がトランジションボンドである他、阪急阪神ホールディングスがグリーンボンドとなっている。これら以外に東京電力リニューアブルパワーの10年債200億円がグリーンボンドとして募集されている。同社の事業内容を考えると自然な認定であろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/12~2/16

月曜日が祝日であると、起債市場での募集は最大でも3営業日に限られる。しかし、日銀による金融緩和の見直しの動きが意識される中では、なかなか募集に踏み切るのが難しいのが現実だったようだ。投資家は金利水準が上昇してから債券を購入したいと考えており、年度内の資金消化について焦って取組む姿勢を見せていない。発行体は金利上昇前に必要な資金を調達しておきたいと考えるだろうが、そもそも企業が一般的には金余り気味であることもあって、市場があまり盛り上がらない。年度末に向けての起債観測は色々と見られており、当面は、安定的な募集ペースが実現されるものと予想できる。

楽天グループの発表した2023年12月期の2千億円を越える赤字決算が、クレジット市場での一つの注目となっている。基本的にモバイル関連の設備負担コストが大きいためではあるが、1月末に発表した18億ドルの3年債はクーポンが11.25%であり、アンダーパー発行分を考慮した利回りは12.125%にまで上昇するという。S&Pの格付がBB格であることからすれば、違和感の小さい水準かもしれないが、その後のセカンダリーマーケットでは10%を上回る程度の利回りになっているようである。資金繰りに対する懸念を払拭するためとは言え、巨額の利払いを負担した発行であった。すぐに円債市場への影響はないと思われるが、根強く懸念されている楽天のモバイル事業が新しくプラチナバンド(700MHz帯から900MHz帯を、「プラチナバンド」と称す。プラチナバンドは携帯電話がつながりやすい周波数帯。低周波数のため、障害物があっても他の周波数帯より電波が入りやすい。少ない基地局でエリア全体をカバーできる。送受信できる情報量は他の周波数帯よりも少ない。)を利用できるようになって評価が変わるのか、それとも、引き続き赤字を垂れ流すのか。万一の場合も、通信事業に関しては破綻より別の事業者等に事業を取得させる可能性が高い。しかし、それ以外の小売プラットフォームや銀行、証券、保険等金融関連以外にも様々なサービスを主としてネットで提供しており、今後の推移からは目が離せない。

この週の社債等の起債としては、丸紅の10年債180億円、伊藤園の5年債100億円、首都高速道路の4年債300億円といった顔触れであり、首都高速道路債のみがソーシャルボンドとなっている。もっともこの週は、財務省が世界初となる10年物のクライメート・トランジション利付国債8,000億円を入札形式で募集している。応募倍率は3倍近い水準であったが、2月頭に募集された通常の10年利付国債の応募倍率よりも低い。グリーニアムの発生によって割高に購入することを忌避した投資家が少なくなかったものとも考えられるが、実際に観測されたグリーニアムは、わずか1bpに留まった。昨秋に募集されたグリーン共同発行市場公募地方債のグリーニアムが2bpsであったことを考えると、初物にしては小さいと言って良いだろう。グリーン共同発行市場公募地方債の募集額が500億円と小さかったことがこの差の原因だろうか。なお、その後の流通市場では、クライメート・トランジション利付国債のグリーニアムはほぼ消失しており、国債としての評価のみに留まっているようだ。来年度以降も追加発行が予定されており、今後の市場での人気の有無が注目される。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/5~2/9

ようやく起債シーズンが再開となった。とは言っても、早く動くのは毎度決まった業態が中心であり、しかも、8日(木)に地方公共団体金融機構が定例の10年債を募集した以外、社債等の募集は9日(金)に集中する展開である。ただでさえ内田日銀副総裁の講演等から金融緩和の先行きが怪しくなっている環境下、三連休前というタイミングでの募集は発行体と投資家の双方にとって良いものとは考え難い。米国雇用統計の内容は利下げの先送りを期待させるものであり、為替が円高に向うということもなかったため、株価は最高値を更新する状況となっている。「高転びに転ぶ」とは安国寺恵瓊が織田信長の天下の先行きを懸念して発した言葉であるが、現在の株価やドル高も状況が一変する危険性を意識の片隅に入れておいた方が良いだろう。何が偶発の契機になるか予測するのは不可能であるが、その時に金利がどう動くか考えておくことは、金融市場参加者にとって重要な頭の体操である。

ほぼ9日(金)に集中した社債等の募集も蓋を開けてみると、ほとんどがSDGs債である。そもそも前日に債券を募集した地方公共団体金融機構も海外向けにはグリーンボンドを発行しており、業務内容から考えるとソーシャルボンド等を選択することも可能と考えられる。また、金曜日に債券を募集している中で、唯一、SDGs債を選択しなかった科学技術振興機構についても、2年債の資金使途は「大学ファンド」の運用原資であり、公益性が極めて高い。結局のところ、現在の起債市場では、純然と営利のみを目的とした社債等の募集が、却って珍しくなっている。しかも、翌週には財務省によるクライメート・トランジション利付国債(トランジション・ファイナンスとは、温室効果ガスを多く排出する産業における事業活動を脱炭素型へ移行するために行われる資金提供を指す。脱炭素社会の実現に向けて、長期的な戦略にもとづいて取り組みを行う企業に対し、資金面で取り組みをサポートするための新しいファイナンス手法)の入札が予定されており、起債市場全体がSDGsの色に染められていると言っても過言ではあるまい。

電源開発の19年債はSDGs債の形式となってはいないが、同時に募集された10年債はグリーンボンドであり、その他に、中央日本土地建物グループの5年債もグリーンボンドである。鉄道建設・運輸施設整備支援機構のサステナビリティボンドは10年債であるが、残りのSDGs債は5年債ばかりである。住友三井オートサービスがサステナビリティボンドとされた他は、中部国際空港、西日本高速道路、大学改革・学位授与機構といった公的機関はいずれもソーシャルボンドを選択している。

結局のところ、公的な発行体はソーシャルボンドの認定を得やすく、それに事業内容からグリーンボンドの性質が加わる場合にサステナビリティボンドが選択される傾向と考えられる。民間企業の場合には、特に、建設・不動産関連はグリーンボンドが多く、運輸やメーカーなどではトランジションボンドを選ぶ可能性が高くなっている。いずれにしても資金使途や発行後の継続開示という負荷が発行体に科せられ、その裏側として投資家もSDGs性の確認継続という作業が必要である。一般的な普通社債に対して双方の負担が大きくなるものの、起債される社債等のほとんどがSDGs債になって来ると、グリーニアムの確認も容易ではなくなっている。このままの状況が続くと、SDGs債に期待された発行体と投資家のWin-Winの関係は見えにくくなり、SDGs債が普通の存在になってしまう日が来るのは近いかもしれない。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/29~2/2

引き続き、起債市場での社債等の募集は少ない。例年のスケジュール通りなのではあるが、足元は株価の高騰を横目で見つつ、日米の金融政策変更の有無を確認するという状況で、やや自律的なものではなく外部要因の確認を求められているというのが実態だろう。しかし、間もなくの年度末に向けた募集時期のはじまりに向けて、様々な発行体による起債の観測が確認されている。

相変わらず起債市場を賑わせる可能性が高いのは、グリーンボンド等のSDGs債である。この週においても、一般の社債等の募集は見られていないが、水曜日に住友不動産の10年物グリーンボンド100億円が募集されている。住友不動産という発行体は、日本の公募普通社債の歴史の中でも、特筆すべき発行体の一つである。日本の公募普通社債の歴史において、1996年の適債基準の撤廃と財務上の特約の自由化が一つのターニングポイントであったとすることに異論はあるまい。その際に強行された特約の自由化については、投資家を無視した行き過ぎがあったのも事実であり、投資家サイドからはそれ以前から懸念する声が上がっていたものの、発行コストの引き下げと自由の意味をはき違えた発行体の言いなりに動いた(リーグテーブルが必要な)証券会社によって、日本の公募普通社債を銀行借り入れに劣位する実質的な劣後債に貶めてしまった。

某専門家によると、日本証券業協会の社債市場の活性化に関する懇談会では、適正な特約の復活に向けて、コベナンツのモデル集を提示したりしてきたが、発行体が乗って来ることはなかった。報道されているように、現在はチェンジオブコントロール条項と呼ばれる買収等によって株主構成が大幅に変更された場合に投資家が社債保有の見直しを可能とする趣旨の条項が議論の俎上に上っている。発行体側の抵抗が少なからずあるのは、自由を縛られたくないという反発であり、特に日本の社債に付される特約に関しては社債権者集会を開催しないと適用回避が認められない不自由さへの抵抗である。今後の議論の推移を見守っておきたい。

少し脱線したが、住友不動産は日本の公募普通社債では珍しい、いわゆる投機的な格付けまで格付けが下がったものの(2002年10月R&I配信;ユーロMTNプログラムの発行枠2000億円、格付けBB+)、主に個人投資家向けに公募普通社債を発行し続けた後に、格付の回復に成功したという発行体である。ここまでダイナミックな格付けの推移を経験した発行体は倒産した企業くらいしか思い付かないし、多くは途中で格付けの取得を停止することが多いためである。現在の住友不動産の格付は、R&IのAA-格およびJCRのAA格と、立派な高格付けである。バブル経済の崩壊による不動産市場の低迷を直撃された発行体であるが、その後の信用力の回復も著しいし、何しろ継続的に公募普通社債での資金調達を行った発行体という意味では十分に高く評価してよいだろう。

今回募集したグリーンボンドの資金使途は、「住友不動産新宿セントラルパークタワーの新規開発投資に係る調達資金のリファイナンス資金に充当する」とされており、特にグリーンボンドは資金使途の対象を明瞭にすることが可能な不動産各社にとっては有効な資金調達手段である。世間ではESGよりもサステナブルに注目の重点が向かいつつあるように見えるが、財務省も月内にクライメートトランジション(同ファイナンスは、気候変動リスクへの対策を検討している企業が、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則った温室効果ガス削減の取り組みを行っている場合に、その取り組みを支援することを目的とする金融手法です)国債の入札・発行を予定しており、資金使途の予定も発表されている。今後の市場の盛り上がりを確認したい。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/22~1/26

年明けの起債市場は、瞬く間に休眠状況となった。一つは、12月末決算の発表に向けたタイミングであり、これは例年のことでもある。今後、四半期開示の取扱い次第では、起債市場への影響が軽微になるかもしれない。ただし、12月を本決算の期日とする企業は、国際会計基準を採用している海外展開を積極的に行っている企業では珍しくなく、法定で3月決算を求められている規制業種以外は、欧米の多くの企業と合わせた12月末を決算期日とする方向に将来的に向かうかもしれない。金融業界を見ても、会計年度と異動のタイミングを一致させない取組みは普通であり、決算期日があくまでも一つの期日にしか過ぎなくなる可能性は考えられる。

今回の起債市場での動きが少なかったもう一つの要因としては、週初めに行われた日銀の金融政策決定会合である。元日の能登半島地震での被害を受けて、一部で期待されていた今会合での金融緩和の見直しは見送られたが、政策変更の可能性やスタンスの公表が期待されたために、発行体も投資家も新たな起債や投資に対する腰が引けていたタイミングであった。為替の円安や日経平均株価の強さなどから、何らかの政策判断が近いと考えることに違和感はないだろう。

この週に募集された社債等は、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく7年債と中日本高速道路の5年債のみであった。前者は、基本的に5年・10年・20年・30年といった定例に募集する以外の年限での債券発行プログラムであり、投資家が見つかれば最低ロット30億円から発行されるものである。今回募集された第782回債は、7年という中期の基軸年限での設定もあって、200億円の大きな金額での発行となっている。地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債は公募として分類されているが、投資家が定まってから発行されるものであり、一般的な公募とは異なる募集方法と考えるべきであろう。特に最少ロットの30億円で募集された銘柄については、多くの公募普通社債より小さな額であって、私募に近い債券と整理しても良いと考えられる。

中日本高速道路の5年債は、日本高速道路保有・債務返済機構の併存的引受条項を付された社債であり、信用力が同機構と同等の準財投機関債として市場で認識されている。取得している格付けは、R&IのAA+格・JCRのAAA格・ムーディーズのA1格といずれも、同機構及び日本国債と同じ符号を得ている。もっとも組織形態が株式会社であるため、投資家によっては、完全には機構や国債と同じ取り扱いが出来ないことも考えられる。なお、他の高速道路運営会社の幾つかは、社債をソーシャルボンドとして募集している。ところが、中日本高速道路は、これまでグリーンボンドを米ドル建てで募集した他、唯一、2023年3月に国内向けの円建てで募集したのみである。しかも、その際の資金使途は橋梁のり面の補強といった特定更新工事に限定しており、ソーシャルボンドとしての募集とは大きく異なるスタンスを取っている。公益性の高い発行体については、組織そのものがソーシャルボンドの適格性を有していると考えることも可能と思われるが、今後のSDGs債に対して、どのようなスタンスで臨むのか注目したい。安易なSDGs債発行とは、一線を画す姿勢のように見えるが、将来もスタンスを維持できるだろうか注視すべきであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/15~1/19

2024年に入って第2週目の起債市場では、かなり活発な動きが見られた。元日の能登半島地震の影響から日銀の金融緩和見直しが先送りされるという観測が台頭。金利の先高感が薄れ、起債を急ぐ発行体と資金消化を狙う投資家の双方でスタンスが変わり、需給バランスが一変した感がある。少なくとも、投資家の購入意欲は根強い。金利が上がらなくても、社債等に対する購入意欲は十分に見られているようだ。

ボーナスシーズンの余波であるかのように、個人投資家向け社債でクレディセゾンの5年債150億円とソフトバンクの7年債1,400億円が条件決定され募集が開始されているが、それ以外の機関投資家向けの社債等も水曜から金曜の3日間で多くが募集された。財投機関債等では、地方公共団体金融機構の10年債および20年債、日本高速道路保有・債務返済機構が18年債及び22年債、日本学生支援機構の2年債と多様な年限で募集された。クレディセゾン以外のノンバンクも、JA三井リースやアイフルが社債を募集している。起債シーズン入りして早めに動く業態としてすぐに上げられる銀行でも、三井住友信託銀行のシニア5年債の他、群馬銀行と三井住友フィナンシャルグループの永久劣後債で、合計2,500億円近くが募集されている。もう一つの早く動きがちな業態であり電力債でも、関西電力が10年債と20年債で計350億円を募集している。

しかし、何と言ってもこの週の起債市場で目立ったのが、相変わらずのSDGs債である。日本高速道路保有・債務返済機構の2本立てと日本学生支援機構はソーシャルボンド、JA三井リースの2本立てのうち5年債はサステナビリティリンクボンドで、最大のグループとなったのがサステナビリティボンドであり、岩谷産業の7年債及び10年債の二本立て、京阪ホールディングスの5年債が認定されている。加えて、世界で初となる海運会社によるブルーボンドが、商船三井の5年債として募集されている。これまでのブルーボンドは漁業関連の発行体であったが、所詮ブルーボンドはグリーンボンドの一種であり、海運会社であっても認定を受けることが可能なのである。世界初の海運会社によるブルーボンドだからと言って、投資家に簡単に刺さるものではないだろう。投資家から適正な発行条件であると評価してもらうことが前提である。

商船三井の5年債はJCRのA+格を取得し、国債対比+41bpsのスプレッドで募集されている。この週に募集された他のAゾーンの5年債の国債対比スプレッドを見ると、R&IのA格である丸井グループが+42bps、R&IのA-格を取得した文化シャッターが+47bps、同じくR&IのA-格である京阪ホールディングスが+36bpsといった状況である。やや業種などによる差が出ているように見えるが、決して全般として割高感はないように見える。投資家の社債等に対する購入意欲は強く、表現は下品だが、しばらくは入れ食いの状況が続くのではなかろうか。