先月25日に東洋経済新報社から大橋俊安著『社債市場の未来』が刊行された。大橋氏は長く大和証券でクレジットアナリストを務め、今春から大和総研に移籍している。セルサイドのクレジットアナリストは、バイサイドほど珍しい存在ではないが、20年以上同じ業務を続けられる例は必ずしも多くない。これまでの日本の起債市場の歴史を振り返ると当然で、日銀が国債利回りを低位に押下げ続けただけでなく、社債を市中から買い上げることで、クレジットスプレッドをも圧縮するようコントロールして来たのである。公募市場で社債を発行するような大企業が発行することを難しく感じたのは、この20年余りを見渡しても、リーマンショックによって市場機能がマヒした数カ月ほどしかあるまい。それ以外の時期については、社債を市場で発行することに大きな問題はなく、日銀による社債の買入れはスプレッドのタイト化を通じ、むしろ競合する金融機関の貸付金利を低下させるのに貢献したのである。そのため、公募普通社債の発行市場のみを考えると、クレジットアナリストの活躍する機会はあまりなかったと言えよう。既発債がデフォルトに瀕するようなレアな局面には、発行体の分析や情報提供が投資家の支援に繋がったかもしれないが、それ自体は必ずしも証券会社の収益には貢献しない。そのため、大手証券会社でもセルサイドのクレジットアナリストが投資家向けの情報提供を縮小したり廃止したりする局面もみられたのである。
その中で、大橋氏は継続的に投資家向けに情報発信を続け、本書の基となった「クレジット ネタの種」はデイリーに発進され続けたのである。その結果、投資家だけでなく広く市場関係者から広範な情報提供媒体として重宝されたのである。本書では、社債市場の現状から筆を起こし、課題と対応の概説から、ESG化、メザニン化、信用拡大化、デジタル化、リテール化の5つの方向性から社債市場の変化を解析し、最終的には理想的なあるべき姿を提示するといった構成になっている。筆者の提示する方向性やあるべき姿については、必ずしもすべてを首肯するものではないが、現状の分析は市場の理解に十分に役立つものである。特に、社債市場の現状がなかなか変わることのない中で、新しい動きをカバーするのには十分に役立つだろう。
挙げられた5つの方向性について難があるとすれば、イメージされている投資家が、必ずしも機関投資家に限られていないことである。リテール化はまさに個人投資家向けであるし、デジタル化の多くは年限が短く投資単位から言っても機関投資家向けの債券ではない。これらに紙幅を割いた結果、読者として社債投資を狙うやや富裕な個人投資家向けなのか、それとも機関投資家に所属する投資担当者向けなのか、焦点が曖昧になっている可能性がある。筆者がセルサイドのクレジットアナリストであったというポジションからやむを得ないことではあるが、第7章と第8章は機関投資家にとっては参考程度にしかならないだだろう。
それでも、社債市場の現状と課題について市場から声を上げつづけることは重要で、黙っていると現状のままで良いと誤解されかねない。間接金融の強い日本の金融市場で社債市場が米国のような巨大市場になることは容易でないが、規制や環境の変化によって起こりうる可能性のある将来のマネーフローの変化に備えて、課題の認識と市場慣行の見直しや整備に継続して取り組んでおくべきなのである。