国内起債市場を斬る Newbury20周年特別号その一:書評『社債市場の未来』

先月25日に東洋経済新報社から大橋俊安著『社債市場の未来』が刊行された。大橋氏は長く大和証券でクレジットアナリストを務め、今春から大和総研に移籍している。セルサイドのクレジットアナリストは、バイサイドほど珍しい存在ではないが、20年以上同じ業務を続けられる例は必ずしも多くない。これまでの日本の起債市場の歴史を振り返ると当然で、日銀が国債利回りを低位に押下げ続けただけでなく、社債を市中から買い上げることで、クレジットスプレッドをも圧縮するようコントロールして来たのである。公募市場で社債を発行するような大企業が発行することを難しく感じたのは、この20年余りを見渡しても、リーマンショックによって市場機能がマヒした数カ月ほどしかあるまい。それ以外の時期については、社債を市場で発行することに大きな問題はなく、日銀による社債の買入れはスプレッドのタイト化を通じ、むしろ競合する金融機関の貸付金利を低下させるのに貢献したのである。そのため、公募普通社債の発行市場のみを考えると、クレジットアナリストの活躍する機会はあまりなかったと言えよう。既発債がデフォルトに瀕するようなレアな局面には、発行体の分析や情報提供が投資家の支援に繋がったかもしれないが、それ自体は必ずしも証券会社の収益には貢献しない。そのため、大手証券会社でもセルサイドのクレジットアナリストが投資家向けの情報提供を縮小したり廃止したりする局面もみられたのである。

その中で、大橋氏は継続的に投資家向けに情報発信を続け、本書の基となった「クレジット ネタの種」はデイリーに発進され続けたのである。その結果、投資家だけでなく広く市場関係者から広範な情報提供媒体として重宝されたのである。本書では、社債市場の現状から筆を起こし、課題と対応の概説から、ESG化、メザニン化、信用拡大化、デジタル化、リテール化の5つの方向性から社債市場の変化を解析し、最終的には理想的なあるべき姿を提示するといった構成になっている。筆者の提示する方向性やあるべき姿については、必ずしもすべてを首肯するものではないが、現状の分析は市場の理解に十分に役立つものである。特に、社債市場の現状がなかなか変わることのない中で、新しい動きをカバーするのには十分に役立つだろう。

挙げられた5つの方向性について難があるとすれば、イメージされている投資家が、必ずしも機関投資家に限られていないことである。リテール化はまさに個人投資家向けであるし、デジタル化の多くは年限が短く投資単位から言っても機関投資家向けの債券ではない。これらに紙幅を割いた結果、読者として社債投資を狙うやや富裕な個人投資家向けなのか、それとも機関投資家に所属する投資担当者向けなのか、焦点が曖昧になっている可能性がある。筆者がセルサイドのクレジットアナリストであったというポジションからやむを得ないことではあるが、第7章と第8章は機関投資家にとっては参考程度にしかならないだだろう。

それでも、社債市場の現状と課題について市場から声を上げつづけることは重要で、黙っていると現状のままで良いと誤解されかねない。間接金融の強い日本の金融市場で社債市場が米国のような巨大市場になることは容易でないが、規制や環境の変化によって起こりうる可能性のある将来のマネーフローの変化に備えて、課題の認識と市場慣行の見直しや整備に継続して取り組んでおくべきなのである。

国内起債市場を斬る 令和6年度上半期末特別号:「社債」はもっと「自由」が良い

1996年に実施された適債基準の撤廃と財務上の特約の自由化によって、社債契約の内容は定型化されたものから自由化されたはずである。どのような規模、どのような信用力の企業でも社債を発行することが可能になったためであり、米国等の実例の参照も含めて市場の大きな拡大が期待された。発行体の観点からも、社債を幅広い投資家に購入してもらうために、社債契約の内容を工夫して差別化することが可能になったのである。ところが、自由化への対応を誤ってしまった結果、社債契約の内容は逆の方向で定型化されてしまったのが日本の社債市場の歴史である。その後に形成された市場慣行では、社債には発行体の財務内容等に関するモニタリング条項は付されることなく、担付切替条項は残されたものの、同順位となる債務の対象を社債間限定同順位とする形が定着している。信用力が高く弁済能力に不安の少ない大企業なら、それでも良いだろう。しかし、こうした市場慣行が、逆に規模や信用力の劣る企業の社債市場へのアクセスを阻害する結果になってしまっており、自由化の意味をはき違えてしまったと指弾されても仕方あるまい。

財務上の特約(コベナンツ;「担保提供制限条項」「純資産額維持条項」「配当制限条項」「利益維持条項」等)に関しては、もっと自由で良いのである。有利子負債比率の高い企業であれば自己資本比率維持条項を付して、資本市場に対してアピールすることが可能である。M&Aによって株主構成や企業の財務構造に大きな変化が生じる可能性があるならば、チェンジ・オブ・コントロール(Change of Control:COC)条項を付しても良い。要は市場に対してどうアピールするかであって、投資家に魅力がある投資対象であるかを訴えることで、利率を引き下げることすら可能である。そういった努力を忘れて横並びを意識し、定型の社債契約内容を希望することは、決して企業のためにも投資家のためにもならない。個別企業をもっと各々輝かせることを可能にしたのが、社債契約内容の自由化だったのである。それを忘れてしまった市場慣行は、改められてしかるべきである。

日本証券業協会は、既にコベナンツモデルを作成して公表している他、近年のデフォルト事例を受けて、チェンジ・オブ・コントロール条項の設置義務化に向けた検討を進めている。もっとも財務上の特約は自由化されており、発行体を規制することは不可能なため、社債を引き受ける証券会社に対する規制とならざるを得ない。しかし、格付けが低いものに強制的に条項を付与させることに、必ずしも意味はない。既に述べたように、M&A等の影響が大きいと考えられるような企業は社債を募集する際に、自ら工夫したコベナンツを付すことによって、投資家に対して姿勢をアピールすれば良いのである。この数か月を見ても、日本エスコン(東証プライム、8892)が社債に付与した例があるが、古くを遡れば、アサヒホールディングスやマツダといったといった企業の債券に付与された例がある。要は工夫なのである。変化や努力を怠った市場は、緩やかな低迷を迎え遠からず自然死を迎えることだろう。求められるのは、参加者や関係者による創意工夫ではないだろうか。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/9~9/13

社債等の募集が盛り上がる大きな「山」には時期的なものがあり、この9月中旬までが年度内でも一つの「山」である。多くの企業が、発行体も投資家も、上半期末を迎える時期で、この週がほぼ募集のラストウィークである。次の週の前半に募集することは物理的には可能だが、今年は週末までに日米の金融政策を決定する会議が予定されている。日本の金融政策に変更はないとしても、米国の利下げによって為替の変動が惹起されそうであり、株価も反応する可能性が高い。そうなると、円金利も無関係ではいられなくなる。先行きの市場変動の可能性を見込むと、13日の金曜日までに社債募集を終わらせおきたい、という市場関係者が多なるのも自然の流れであろう。

月の前半というタイミングから公共セクターによる募集も少なくなく、相変わらずのことであるが、民間企業も含めてSDGs債の募集という切り口が適切であるように見える。公共セクターでは、東日本高速道路の2年ソーシャルボンド200億円、中日本高速道路の5年ソーシャルボンド800億円といった顔触れである。高速道路会社の2年債が0.489%クーポンと、0.5%近い利回りが付されているのを見ると、かつて実質応募者利回りが0%といった調達が行われていた頃からは隔世の感がある。毎週同じ表現をしてきたが、明らかに「金利のある世界」に戻って来ているのである。

民間企業によるSDGs債を、種類別に分けてみると、まず、グリーンボンドが、三井住友トラストパナソニックファイナンスの5年債300億円、大塚ホールディングスの7年債および10年債各100億円となる。この週でもっとも目立ったSDGs債が、サステナビリティリンクボンドであった。芙蓉総合リースの35年ノンコール5年劣後債が200億円、荏原製作所の10年債が100億円、GSユアサコーポレーションの5年債が100億円といった募集が見られている。温室効果ガスの排出量等をKPI(Key Performance Indicator)とし、目標未達の場合には、排出権の購入や団体等への寄付を行うという形式が一般的なサステナビリティリンクボンドであるが、芙蓉総合リースの劣後債は人材育成の観点も考慮し、役員報酬が変動するといった仕組みになっている。日本国内で募集されるサステナビリティリンクボンドは、一般的に未達成の場合に投資家へメリットを与える仕組みにはなっていないため、こういった構成を取ることも可能である。起債の柔軟性という観点からは、評価できるだろう。

SDGs債以外では、味の素による3年債100億円・5年債300億円・10年債200億円・20年債200億円という四本立て計800億円の募集が金額面でも最大である。R&IのAA格とS&PのA+格を取得する優良発行体だが、20年債となるとやや年限が長過ぎる感がある。食品業は消費者の健康や生活に密接な関係を有することから、将来のヘッドラインリスクの発生が懸念される。そういった懸念される要素を考慮しても、20年債の2.073%という2%を上回るクーポンは、多くの投資家にとって魅力的に映ったようだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/2~9/6

8月末からはじまった起債ラッシュは、9月に入ると勢いを増している。特に、週の半ばでも募集案件が散見されるだけでなく、金曜日の募集案件集中の慣習は引受証券の多忙さが思いやられる。月という意味でも、曜日という意味でも、分散して募集した方が売り手である証券会社にとっても、また、買い手である投資家にとっても、良いはずと思われるが、物事にはタイミングが重要であるのだから仕方がない。案件が集中する中では、埋没して注目を集めない銘柄もあるし、目立つ案件もある。

まず、案件の募集総額という意味では、アステラス製薬の5年債800億円および7年債200億円の計1,000億円や、住友化学の期限前償還条項付き35年劣後債1,000億円、三菱UFJフィナンシャルグループの期限前償還条項付き永久劣後債の2本計1,700億円といった大型案件が目を引く。単純な一括償還の社債はアステラス製薬のみだ。期限前償還条項については、100%確実に期限前償還されるとは限らないものの、これまでの国内の事例で実施されなかった例は見られない。金融機関や証券、保険といった発行体だと、金融庁の監督もあり期限前償還はほぼ確実と考えられるが、事業会社の場合には、格付会社の評価次第であり、期限前償還を実施されない可能性が全くないとも言えず、慎重な発行体の信用分析が必要である。もっとも劣後債の格付けは抑えられており、利回りに劣後プレミアムも乗っていることで、住友化学の実質5年債で3.3%クーポンと考えると、投資妙味は大きい。1,000億円の起債でも消化に支障はなかったようである。なお、劣後債は他にも、東洋紡の期限前償還条項付き37年劣後債170億円と群馬銀行の期限前償還条項付き永久劣後債100億円が募集されている。

全般的に5年債の募集が多く、特に、必ずしも発行体の知名度が高くない銘柄が登場している。ゲオホールディングス(2681、東証 プライム)、ミライト・ワン(1417、東証 プライム、他に7年債も同時発行)や、イチネンホールディングス(9619、東証 プライム)、岩谷産業(他に10年債も)、センコーホールディングス、東プレ、日本トムソン(6480、東証 プライム)など、案件が多く埋没しかねない。その一方で、小田急電鉄(他にも7年債)や豊田自動織機、京阪ホールディングスなど知名度や起債実績を有する発行体も5年債を募集している。国債利回りが上昇した影響で、5年債でもかつてより高いクーポンが必要になっているように見える。

劣後債を除いて相対的なクーポンの高さ、特に、年限対比という意味では、光通信の3年債1.073%と5年債1.58%計200億円とLINEヤフーの3年債0.993%と5年債1.35%の計500億円が目立っているが、前述のミライト・ワンの5年債は1.91%クーポン、イチネンホールディングスの5年債は1.5%クーポン、日本トムソンの5年債は1.43%クーポンと、5年債でも1%を上回る利回りが得られる募集も多くあり、「金利のある時代」に戻ったと実感させられる。

なお、SDGs債では、公的セクターで都市再生機構の5年債と10年債の計210億円がサステナビリティボンドで、別途の20年債がソーシャルボンド、日本高速道路保有・債務返済機構が15年債及び22年債の計150億円がソーシャルボンドとなっている。民間事業会社では、インフロニアホールディングス(5076、東証 プライム)の2本立てのうち6年債のみがグリーンボンド、日本トムソンの5年債がサステナビリティリンクボンド、京阪ホールディングスの5年債がグリーンボンドとなっており、着実にこういった種類のソーシャルボンドの起債が定着しているように見える。

国内起債市場を斬る 夏の迷走「台風10号」特別号:台風とリスク管理

8月末から今月頭の週末は、接近・迷走する台風10号によって九州から本州中央部の交通ネットワークの運行が大幅に乱れた。東海道新幹線の全体が通常の状態に戻ったのは9月2日になってからであり、実に4日にわたって日本の東西をつなぐ動脈が絶たれていたのである。台風そのものは、九州に上陸してゆっくり北上してから瀬戸内海付近で東に方向を転じた後、一旦、紀伊半島沖へ南下してから北上するといった迷走した経路を辿った。その間、台風の通過した地域に大雨が降っただけでなく、台風に吹き寄せられた南からの湿った空気によって愛知県から静岡県、神奈川県といった太平洋に面した東日本地域にも雨が降り続いたのである。東海道新幹線は雨量規制によって、長期間の運転見合わせとなった。台風そのものが接近する過程では、九州新幹線や山陽新幹線の運休や間引き運転も見られたが、台風から離れた東海道新幹線の長期間の運転見合わせは、まさに利用者は想定外だったのではないか。
しかし、そもそも日本の夏・秋の台風の違いは、気象台観測開始以降から変わっていない。夏は太平洋高気圧に覆われているため、動きが遅く複雑な動きになる。秋は太平洋高気圧の勢力が弱まっていき、本州付近まで偏西風が南下してくるため、スピードを上げ本州を足早に通過していくことが多い。筆者も40年前の8月、南アルプスの奥西河内という沢に入渓したが、台風が四国沖に接近したので、鉄砲水を恐れ途中で下りてきた。しかし、台風は四国沖から速度を下げ、我々は椹島で停滞するも不戦敗で下山した苦い思い出がある。

今回の交通網の混乱に際して、リスクへの対応という観点から興味深かったのが、複数のプロスポーツチームの対応である。東海道新幹線が夜間に停止となった8月29日には、雨が次第に強くなる中で、横浜対阪神とヤクルト対讀賣といった試合は昼頃までに中止を決定し、30日からのカードに備えて、横浜は名古屋に向って、阪神と讀賣は甲子園に向って、ヤクルトは広島に向って移動を開始したのである。リスクに対処する一つの考え方として、早期対応があり、それを実践したものである。ところが、29日の練習を中止し即座に移動した阪神の選手・スタッフがほとんど問題なく移動できたのに対し、もっとも遠方への移動が必要であったヤクルトの数人や讀賣・横浜の一部は、静岡県内等で新幹線が停止したため、数時間の足止めの後で未明に東京に戻されるといった展開になったのである。新幹線の狭い車内で身体を拘束されるのは、運動選手にとってパフォーマンスに大きな影響が生じる可能性もある。結局のところ、東京に戻らざるを得なかったヤクルトの一部選手は、翌日に岡山へ飛行機で移動して、広島入りする展開となった。広島対ヤクルトの試合は30日は中止とされた。

東海道新幹線は既に8月中旬の台風でも停止していたことから、名古屋に行く場合には中央本線で塩尻経由で、京都・大坂に行く場合には北陸新幹線から敦賀で在来線特急に乗り換えるといった代替手段は広く知られるようになったが、プロスポーツの選手も空路を含めたコンティンジェンシープランの用意が求められたのである。まさにリスク対応の手法である。

その他、29日に名古屋のバンテリンドームでナイトゲームのあった広島の選手・スタッフは、翌日東海道新幹線が停止していたため、バスで新大阪へ移動し、辛うじて動いていた山陽新幹線で帰広してその後の試合に備えた。横浜は一部を除いて名古屋に移動していたようだが、東海道新幹線の長期運行停止を反映した連盟判断でバンテリンドームの中日対横浜三連戦はすべて中止とされたのである。結果として、31日から阪神対巨人(9/1は途中で降雨コールド)も広島対ヤクルトも2試合が行われたのに対し、中日対横浜のみ3連戦すべてが中止とされると極端な結果になったのである。台風が迷走し、東海道の降雨が凄まじかったためであるが、残り約1か月の試合日程に大きな影響があるだろう。

ちなみに、JリーグFC東京の選手等は、31日の対広島戦のために広島の隣県へ空路で移動し3時間かけてバスで広島入りしたことが報じられている。台風の進路を避けて別の地へ飛行機で向かい、陸路で移動するという代替手段はヤクルトと同様であり、このような別ルートを考えて実現することが、リスク管理のアプローチであろう。交通網が麻痺した際に、報道では「再開を待っている」といって駅で手持ち無沙汰に待つ旅行者の姿が報じられるが、リスク対応の考え方としては、最悪の判断と言わざるを得ない。リスクに対応するマネジャーは、プランB、プランCといった多様な代替手段を複数用意し、各々のコストや実現可能性といった点から評価し、最前と思われる手段を選択するのである。そのための情報入手と柔軟な思考が必要であり、こういった対応の考え方は投資全般においても。同様である。どうにかなるといった楽観や希望的観測に依存するのでなく、台風にように市場特性を過去10年以上のデーターからシュミレーションし、十分な報道情報に基づいてなるべく客観的な判断を行うことが必要なのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/19~8/23

酷暑の夏もようやく朝晩には、秋風を感じられるようになった。秋の訪れが近いと期待されつつも、南海トラフ地震に加え連続的な線状降水帯の襲来と台風の接近も招く季節となった。交通機関やイベントの受けるダメージは小さくなく、結果として損害保険料率が上昇してしまいそうな昨今である。地震や豪雨によって被害を受けた地域も復旧が終わっておらず、台風によって更なる被害の生じないことを祈りたい。

一方、社債等の起債市場は、旧盆の休みを経て巡航モードに戻ったようである。この前の週も公共セクターによる債券募集は確認されており、この週に入っても、ソーシャルボンド認定を受けた複数の財投機関債が募集された後、民間企業の社債もようやく募集が再開されている。民間企業ではないが、募集総額という意味では、西日本高速道路が4本立ての社債を募集しており、総額は1,400億円を越えている。7月末の日銀による利上げを受けて金融資本市場が変動した後は、10年国債利回りの1%割れ水準が続いており、結果的には、矛盾しているように見える表現ではあるが、利上げによって利回りが低下した形になっている。発行体としては、低利で調達できる千載一遇の機会にも見えるだろう。社債等を募集する準備が整った発行体から、9月中旬までの期間に社債等の募集が増えるものと期待される。

この週の民間企業による起債の中では、オリエンタルランドの3本立て計1,200億円の募集が面白い。R&IのAA-格及びJCRのAA格と高格付けを取得しており、インバウンドも含めた東京ディズニーリゾートの集客力には根強いものがある。新しいアトラクションの導入にも積極であり、また、今回の起債による資金使途の一つとして、先般公表されたクルーズ船事業への投資が予定されている。新型コロナのダメージから回復しつつあるクルーズ船事業であり、既に米国等でディズニーによるクルーズ船事業が定着していることから、日本での成功も期待できると見込めるだろう。一方で、これまでの定地型エンターテイメントとは異なるリスクも抱えることになるため、少し慎重に取り組みたい案件と考えられる。ただし、10年債で1.258%クーポンといった利回りを見せられると、飛びつきたくなる気持ちもわからなくもない。

なお、8月7日の内田日銀副総裁による「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」という発言は、ある意味では今後の市場運営に禍根を残すものになる可能性がある。8月頭に為替や株価が大きく変動した要因のすべてが日銀の利上げによるものだったとは思わないが、最初に引鉄を引いたことは間違いなく、その後の米雇用統計を受けたFRBの利下げ示唆によって為替が大きく変動し、ヘッジファンド等の動きもあって株価にも波及したものである。新NISAで投資をはじめた不慣れな個人投資家が狼狽したのもあろう。その結果、動揺を抑えるために言わされた可能性も強く、中央銀行の独立性や日銀の機能を考えると、やや疑問が残る。金融資本市場の安定を確保するという目的には適うものであるが、そのために将来の金融政策を縛ることは適切と思えない。引続き、市場との適切なコミュニケーションを図ることが望まれる。

国内起債市場を斬る 夏季特別号:個人に向けて販売する社債

7月末から8月頭にかけて、為替と内外の株価は大きく変動した。日本の10年金利も1%を上回る水準から1%割れに舞い戻っているにもかかわらず、一般のメディアではあまり取上げられないのは実に不思議だ。国内の株や金利と異なり、為替の変動性が高いのはプロの投資家ならよく知っていることである。もちろん日本のミセスワタナベと呼ばれるようなFXトレーダーも、変動性の高さゆえにレバレッジを掛けて収益を狙うのであるが、思った方向と逆に動いたりしたら大きな損失を被ることになってしまう。古いドラマであれば、生糸相場などの商品先物で全財産を失ったといった設定(幕末・明治の実業家田中平八は生糸・洋銀で財を成し、「天下の糸平」と言われたが)があったが、現代のドラマであれば、FX取引や株式の信用取引によるものが取って代わるだろう。

株や為替の値動きの大きさに飽いた個人投資家が次に着目するのが、債券である。利率は固定されていて、期限が来れば満額で償還されるという商品性が安定志向の個人には向く。日銀が利上げを行ったために、債券の利率は(わずかながら)上昇したのが現状である。しかし、一般的な債券とは異なる仕組み債では、そうはいかない。クーポンや償還額が途中で変化したり、償還が先に伸びるといった仕組み債は、十分に商品特性を理解せずに投資してはならない。結局のところ、仕組み債を個人投資家に向けて販売することは、適合性の原則から問題ありと言わざるを得ない。特に、海外のソブリン発行体の発行する仕組み債には、ソブリンゆえの信用力の高さはあるかもしれないが、商品内容の安定性は存在しない。中央の機関投資家の多くが仕組み債を投資対象にしないのは、過去の失敗から商品特性を十分に理解しているためである。

通常の債券において、国債やソブリン債に対しより信用リスクを取るのが、社債である。日本の場合、財投機関債や地方債といった間に位置する債券種類も存在するが、基本的には「暗黙の政府保証」が存在することで、過去にも損失事例は存在しない。株式と異なり、債券は償還期限の存在することが意味を持つ。償還まで発行体が破綻せず利払が継続すれば良いのである。機関投資家の場合は、保有期間中の債券を時価評価するために信用力の変化に敏感になるが、個人の場合には、譲渡や相続などの場合を除いて、時価変動を意識する必要がない。償還まで破綻しないことが最大の投資条件であり、格付けとは別に発行体の信用分析を行う能力は持っていないから、格付符号と知名度や見聞きした市場のニュースなどで判断することになる。したがって、消費財のメーカーや個人向けのサービスを提供する発行体は個人向けの社債に強いが、基礎財を製造するBtoBのメーカーや法人向けのサービス業では知名度が大きく劣ってしまい、個人向け社債の募集には向かない。

格付符号の良くない発行体の社債を投資適格だからと個人向けに販売することも、適合性の原則からは問題とされる可能性が高い。しかし、機関投資家の多くが符号や時価評価に捉われて動けない際に、個人投資家が償還までの信用力に問題ないと判断して買い支えるというのも、市場の在り方としては適切なものである。個人向けの社債が、株価や為替の変動性の高さに基づく高収益性を代替するほどの投資妙味を有するとは考え難いが、国債より高利回りの社債等であれば、投資対象の選択肢に含まれることは望ましいのではないか。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/5~8/9

旧盆の休みが近づいて、7月末の日銀金融政策決定会合から続く金融市場の乱高下が収まらない中、社債等の募集はことごとく見送られるかと思われたが、複数の案件が盆休み前に募集を行っている。多くが8月上旬までに募集を予定していた銘柄が、市場の変動を織り込みつつ、プライシングを行って募集に至ったという構図である。基準となる国債利回りの変動は大きいものの、国債対比のスプレッドプライシングが機能していれば条件決定できることを示しており、国債利回りがプラスになってスプレッドプライシングが使えるようになった現在の金利構造の恩恵と言って良いだろう。なお、募集された中でネクステージの3年債のように、絶対値でプライシングされた社債の募集もあったが、JCRのBBB+格という水準のため、最終的に2.3%と設定されたクーポンそのものの水準に意味があるものと考えるべきだろう。

この週の起債で目立ったのが、東北電力と電源開発(J-POWER)という電力関連の起債である。いずれも10年債を募集しているが、8月7日にR&Iが電力関連の数社の格付けを見直した影響が今後出て来るものと考えられる。R&Iは関西電力、九州電力、北海道電力と電源開発を1ノッチ格上げしており、特に、電源開発の起債は格上げの直後の募集であった。電力各社の格付けについては、R&IとJCRの間で評価の差が存在し投資家自身の目線も定まらない状況にあったが、ようやく収束に向かう可能性も考えられよう。しかし、原発の再稼働問題等電力関連を取り巻く問題も根強く残っており、投資家自ら個々の会社を評価する必要があるだろう。主要な格付会社の間にスプリットレーティングが存在することは好ましいものの、投資家による評価が必要になって来るのである。

具体的に募集された社債は、東北電力の10年債100億円が1.392%クーポンで、電源開発の10年債78億円が1.368%クーポンである。国債対比のスプレッドは東北電力の+48bpsに対し電源開発は+49bpsと、R&Iの格付けが東北電力はA+格であり電源開発はAA-格であるのと逆転している。今回の格上げの反映は次回の募集以降になるという見方もあるが、電源開発と他の電力会社の起債には一般担保の有無等の差が存在することから、来年度以降に電力債から一般担保条項が外れた影響を見極める必要があるだろう。

なお、SDGs債では、日本政策投資銀行が5年物のトランジションボンド100億円を募集している。10年国債利回りが大きく変動している中でも年限の短い5年債は相対的には安定しており、他に川崎汽船や中央日本土地建物グループといった5年債の募集も見られているが、日本政策投資銀行の圧倒的な信用力の高さは群を抜いている。

国内起債市場を斬る パリ五輪特別号:市場の急変による金融市場への影響

7月最終週の起債市場は、そもそも日銀の金融政策決定会合の結果待ちということで、前半は動けなかった。少なくとも、国債減額の具体的な計画を公表することが前月の会合で発表されていたからである。日銀が国債買入れの減額をどのような年限で、どのくらいの規模で行うかによって国債のイールドカーブが大きく変化する可能性があったために、投資家は社債購入を見送り、発行体も様子見とならざるを得なかったのである。発行体からすれば、金利が上昇する前に資金を調達したいところなのであるが、投資家は基本的に「買いたい弱気」であって、金利が上昇したところで買いたいという意志が鮮明にある。購入したら償還まで持ち続けることを一般的な原則と考えるならば、少しでも利回りが高い状況で購入したいのは無理からぬこと。限りある投資計画なのだから、少しでも利回りの高い方が望ましいのである。

ところが、日本銀行の金融政策見直しは、市場の多くが期待した国債買入れ減額計画の具体的な発表に留まらず、政策金利の0.25%への引上げを決めている。背景には、企業収益の改善等日本経済の強さを確認したとあるが、足元の景況感の悪化等を考えると、円安に対する歯止めの意図を含んでいなかったとするのは虚偽であろう。しかも、週末に公表された米国の雇用統計は大幅に悪化しており、一気に円高が進むとともに、世界的に株価が下落する展開となっている。日経平均株価の下げ幅が1987年のブラックマンデー並みの大きさと言われるが、そもそもの株価水準が異なり、1987年10月20日は14.9%の下落で終値が21,910円と、現在より1万円ほど低い水準であった。「山高ければ谷深し」という相場格言通りの状況で、特にこの1年程度の株高は、海外からのマネーや新NISAの資金流入もあって、バブル的な様相とはなっていなかった。思い返せば、1987年のブラックマンンデーに際しても、直接の引き金となったのは、独ブンデスバンクの利上げであったとされる。

やや過剰なまでの株高と円安が、日銀の金融緩和見直しと米経済の先行き悪化から、逆回転に至ったのである。株安は日本だけの現象ではなく、世界を2周以上回っても続くスパイラル現象になっている。こういう市場展開になると、金利は大きく低下しているものの、信用スプレッドの上乗せ幅は大きく拡大せざるを得ない。かつてリーマンショックの際にも、国内優良企業の筆頭の一つと言って良いトヨタ自動車ですら、大きなスプレッドを付さないと起債できない状況になったのである。株安と円高は企業の業績不安に繋がっている(必ずしも日本は輸出産業のみではないし、円高がインバウンド消費に悪影響があるのも含まれる)と考えられるが、企業業績に対する不安は同時に社債スプレッドの拡大に繋がる。根元の10年国債利回りですら、急速に低下しており、発行体のみの感覚では低利調達のチャンスであるのだが、投資家も市場参加者も様子見状態を維持している。

結局のところ、最近の株価の下げは、39,000円から31,000円と水準そのものが大きく変化しており。円/米ドルの為替レートは7月前半に160円台だったものが150円台半ばに下げていたものが、一気に円高が進行して140円台にまで下げている。長期金利の現状は、日銀の買入額減少による上昇よりも。円高株安による低下が強く、今週に入って0.7%台と以前の水準にまで戻っているのである。債券先物取引でも連日のようにサーキットブレーカーが発動しており、すべての金融資本市場が不安定化していると考えてよいだろう。

市場がこのように大きく動きはじめると、機関投資家としてはまずはスパイラルの展開が落ち着くまで静観するしかない。特に、慌ててポジションを損切るのは無駄であろう。投資余力が残っているならば、ある程度まで下がったら、ナンピン買いを入れても良いだろう。しかし、慎重に構える必要があるし、一時的な戻りがあっても慌てることなく市場に臨むことが適切である。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/22~7/26

7月の起債市場は徐々にその起債件数、金額が減少している。年度第二四半期の最初の月であり、株主総会明けというタイミングで賑わっていた市場だったが、社債等の募集を企図(きと)した発行体は早めに動き終わっているものと考えられる。起債観測の上がっていた発行体のほとんどが募集を終えており、今後は細々とした展開になる可能性が高い。また、この週に関しては、月末の日銀による金融政策決定会合(7月30、31日)の結果待ちによる影響という要因も考えられる。国債買入額の具体的な減少内容が示されるとともに、もしかしたら利上げが行われるのではと予測する市場関係者もある。先行き金利上昇といった展開になるとも想像されるが、国際政治、国際紛争によってFOMC、ECB理事会までもが不透明な状況では起債市場が盛り上がらないのも無理はない。

こういった状況の中で募集された社債等の特徴としては、まずSDGs債が目立ったことだろう。既存の社債やローンの借換えといった資金使途の社債募集も少なくないのであるが、相変わらず、SDGs関連を資金使途とすることで投資家にアピールすることが出来ると考える発行体も少なからず存在するようである。この週に募集されたSDGs債は、西日本高速道路の3年債および5年債がソーシャルボンド、マツダの5年債および10年債がトランジションボンドである。また、JR九州は5年債・10年債・20年債と3本建てで社債を募集したうち、10年債のみがグリーンボンドの認定を取得している。

高速道路会社の社債がソーシャルボンドとして募集されることは、事業内容の公共性を考えても違和感はないが、ソーシャルボンドと認定されることで、国債対比のスプレッドがタイトになるものとは考え難い。決してグリーニアム(Greenium)によるスプレッドのタイト化がソーシャルボンドとすることの目的ではないと思いたい。マツダのトランジションボンドは、ガソリンを燃焼する車が主体の自動車メーカーの努力という意味であり、前向きに評価して良いだろう。JR九州も事業としては公共性があり、ディーゼル機関車は直接に化石燃料を燃焼して推進エネルギーとしているためトランジションボンドにすることも可能であるが、今回は10年債のみをグリーンボンドとしている。当該回号の具体的な資金使途は、グリーンボンドの適格プロジェクトである長崎駅周辺開発に要した支出のリファイナンスとしている。鉄道会社と言っても、鉄道以外にも周辺施設や設備が存在しており、その対応としてグリーンボンドを選択したということである。ちなみに、5年債及び20年債の資金使途は、「虎ノ門アルセアタワー等に係る設備資金に充当する予定」とされており、こちらも鉄道事業そのものではないのであるが。

SDGs債以外には、メガバンク持株会社のAT1債や日鉄興和不動産と関西ペイントといったレアな発行体による社債募集が見られている。なお、東京センチュリーは3年債200億円を募集しているが、当初は3年債と5年債各100億円の募集観測が上がっており、金額としては充足しているが、5年債の募集を見送ったところに、起債市場の微妙な変化があるのではと感じる。今後の起債は数が少なくなると考えられることから、個別案件に対して市場参加者の細かい吟味が行われるのではなかろうか。それによって起債見送りや募集金額の調整といった対応が増えて来るのかもしれない。