国内起債市場を斬る 起債評価:6/19~6/23

3月期決算企業の株主総会シーズンに入ったため、起債市場の動きは乏しい。ヘッドラインリスクがあり、また、企業側も株主総会への対応に追われているため、起債に動く余裕がないということのようだが、実際には、3月期決算以外の企業もあまり動きを見せない。引受証券会社の事情ということも考え難いし、もっとこのタイミングを積極的に利用する発行体が見られても良いのではと考える。少なくとも起債ラッシュの際に多くの案件に埋もれるよりも、この閑散期に起債した方が市場の注目を浴び易く、円滑な募集にもつながることもある。もっとも発行体側には、注目されない方が良いという「ことなかれ主義」が蔓延しているのかもしれない。

実際の社債等の募集案件を見ると、決算期に捉われない公的セクターの募集のみであった。日本高速道路保有・債務返済機構が、5年債200億円及び20年債150億円のソーシャルボンドを募集している。この発行体は通常の財投機関債の募集に少し飽きているようで、数年前までは利払満期時一括払いといった仕組みを常用していたし、時には、10年や20年などの社債等が多く募集される整った年限以外での債券募集も行っていた。最近のお気に入りはソーシャルボンドのようである。考えると容易に理解できるように、地方公共団体をはじめ、財投機関債を募集するような公的セクターに属する発行体は、自らの存在意義からソーシャルボンドの募集には馴染みやすい。

国際協力機構のように、単なるソーシャルボンドでは注目が集まらないからと、更にジェンダーボンドなど細かいラベルを付しているものもあるが、依拠するガイドラインからもカテゴリーとしてはソーシャルボンドに過ぎない。前向きに解釈すれば、珍しいラベルを付すことで債券の購入者である投資家とともにWin-Winの状況を作っていると考えられる。しかし、否定的に考えるならば、話題作りの「売らんかな」債券発行とも云える。同機構による個性的なラベルのほとんどが、単発の債券募集でしか使われず繰り返されていないことを見ると、どうも後者の否定的な見方が的を射ているのではなかろうか。

SDGs債に関して、地方公共団体がグリーンボンドの共同発行を準備していることが報道されている。以前から総務省地方債課などが検討していることは漏れ伝わっており、いよいよ今夏以降に具体的な募集に向かって動き出すようである。地方公共団体はソーシャルボンドの認定を得て募集することは容易であるが、グリーンボンドに関しては、少しハードルが高い。名ばかりのグリーンボンドとならないよう、背後のプロジェクト案件に関する的確な情報開示を望みたい。しかし、ゼネラルモーゲージの枠組みを求められている日本の地方債において、グリーンボンドのようなレベニュー債的な発想が馴染むのかどうか、法的にも枠組みとしても、十分な検討の余地がある。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/12~6/16

年度第一四半期の起債市場は、社債等を募集するタイミングが限定される。新年度に入ってすぐの4月は、発行体も投資家もすぐにフル活動できない場合が少なくなく、準備万端整った頃には3月末決算の発表時期を迎える。フットワークの軽い発行体やフリークエントイシュアーであれば、4月中にも社債等を募集しているのだが、数年に1回程度しか募集しないような発行体は、GWを越えた5月中旬以降からが社債等を募集するタイミングになる。ところが、6月中旬に入ると、株主総会の時期が近づいて来る。株主総会で会社の将来性が変動することは決して多くないのだが、経営陣の変更や場合によってはM&A等の重要な案件についての方向性が変わることもあって、6月後半に社債等の募集を行うのは3月期決算企業にとって容易なことではない。株主総会前後のヘッドラインリスクを考えると、総会終了後の7月に入ってから社債等を募集しようとなり易い。そのため、6月の頭にSDGs債の募集で盛り上がった起債市場も、やや低調な1週間に戻ってしまっている。

社債等の募集された本数は、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券が8本もあったために多くなっているが、購入する投資家に当たりをつけて募集する形式であり、ピュアな意味での公募とは言い難い。そもそも地方公共団体金融機構の特性を考えると、代表的な市場インデックス等で行われているように、地方債に分類するというのも妥当であろう。もっとも、地方公共団体金融機構を地方住宅供給公社等と同等の位置づけに置くべきではないし、むしろ共同発行の地方債に近い債券特性があることを考えると、地方公共団体金融機構という独自の位置づけと考えるしかないだろう。

民間企業の公募普通社債の募集は少なく、目立ったのが日本航空の10年物トランジッションボンド200億円と、JERAの5年債100億円である。なお、JERAは同時に条件決定した5年債200億円を個人向けに募集開始しており、100万円単位での購入が可能になっている。両社の特徴としては、どちらも名称にJを冠していることだろうか。日本航空(JAL)は明らかであるが、JERAの方は”日本(【J】APAN )のエネルギー(【E】NERGY )を新しい時代(E【RA】)へ”というのが社名の由来なので、同じく日本のJであることがわかる。

また、両社とも、本業が必ずしも温室ガス排出に対して優しくないことが明瞭である。ジェット燃料を燃焼して飛行機を飛ばす空運は、欧州ではフライトシェイムとして抑圧される立場であり、それを意識してのトランジションボンドなのであろう。JERAの5年債はSDGs債ではないが、会社の出自が東京電力と中部電力の火力発電を統合して、「燃料上流・調達から発電、電力・ガスの販売に至る一連のバリューチェーン全体を統合し、世界で戦うグローバルなエネルギー企業の創出を目指して設立した会社」なのである。最近は、二酸化炭素を排出しないゼロエミッション火力を目指すと公表しており、会社全体がESGに向けた取組みを行っているものである。

JERAは、アンモニアや水素の燃焼による火力発電は二酸化炭素を排出しないと主張しているが、問題はそれらの生成と輸送の過程にある。電気自動車は、ガソリン燃焼車のように駆動時に二酸化炭素を排出しないが、そもそもの電気の作成に際して二酸化炭素等を排出していては意味がないのであり、それと同じことである。単に燃焼という最終局面のみに着目するのではなく、エネルギーの生成と原発のように副産物の処理までを考えないと、ESGの取り組みは表面的なものに留まってしまう。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧米では過度なESG信仰に対する見直しの動きが見られるようになっている。投資家も、社債に付された単なるラベルに惑わされず、本質を考えて投資判断を行うべきであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/5~6/9

前週に比し、条件決定した案件は明らかに多かった。ここ数週間ほどは三菱UFJフィナンシャルグループと三井住友フィナンシャルグループの銀行持株会社によるAT1債やTLAC債の巨額の募集があったため、金額では減少した形になるが、本数と発行体のバリエーションの多さでは、この週に軍配が上がるだろう。

まず、発行体のバリエーションについて見てみると、月前半ということで財投機関債の動きがあることに加え、引き続き、電力やノンバンクといった起債の常連である業種が目立ったが、加えて、商社や鉄道、メーカー、通信といった様々な業種の社債等が確認された。しかも、多くがフリークエントイシュアーではなく、希少な新顔及び其れに近い発行体であった。レゾナックホールディングスのように第1回債を募集したというのは極端かもしれないが、回号が一桁の起債が複数見られる。

そして、この週の最大の特徴は、SDGs債の募集が目立ったことである。グリーンボンドを募集したものが、豊田通商の5年債及び10年債各200億円、日本貨物鉄道の10年債及び20年債各50億円、日本トランスシティの5年債80億円とつづいた。また、ソーシャルボンドを募集したのは、アイフルの3年債150億円、福祉医療機構の10年債100億円、都市再生機構の20年債100億円となった。サステナビリティボンドでは、国際協力機構の10年債150億円及び20年債100億円の他に、都市再生機構の5年債50億円及び10年債100億円と公的セクターによる起債が相次いでいる。中でも、都市再生機構は5年債・10年債・20年債と三本立ての財投機関債を募集したのに、5年債及び10年債がサステナビリティボンドで、20年債のみがソーシャルボンドと使い分けを行っている。今後の情報開示等で、手間が煩雑になり、投資家にも混乱を招くことは必至であろう。

珍しくトランジションボンドの募集は確認できなかったが、2社もがサステナビリティリンクボンドを募集したのは珍しいかもしれない。花王の5年債はSPTs(サステナビリティ・パフォーマンスターゲット)が未達の場合に、クーポンアップするという、海外市場では典型的なリンクボンドの形式である。一方、味の素の5年債100億円及び10年債200億円は、SPTs未達成の場合に排出権を購入するとしている。日本の起債市場におけるサステナビリティリンクボンドの多くが、SPTs未達の場合に環境改善に資する種類の財団等への寄付を約束する形になっており、それ以外のリンクボンドが相次いだのは特に珍しい。あまり典型的な形式のものではなく、様々なSPTs未達の場合のバリエーションがあっても良いのではなかろうか。ただし、きちんとSPTsの達成状況等経過に関する情報開示を発行体が行うことが求められるし、投資家も購入しただけで満足することなく、発行体の状況について継続してウォッチすることが必要である。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/29~6/2

一つ前の週は、三菱UFJフィナンシャルグループのAT1債およびTLAC債の総計5,700億円という巨額の募集があったために社債等の金額は大きく膨らんでいたが、この週も起債の本数や発行体の多様さは負けていない。月末月初というタイミングのため、公共セクターの動きは乏しいが、その分、民間企業が様々な起債を行ったと評して良いだろう。

特徴的な起債群を幾つかにまとめてみると、まず、相変わらず金融セクターの起債が目立つことを指摘できる。銀行に限っても、三井住友信託銀行の10年債100億円、りそなホールディングスの5年債250億円、三井住友フィナンシャルグループのTLAC債計1,300億円がある。更に、SBIホールディングスが中期債を計1,500億円募集している他、ノンバンクでもクレディセゾンが5年債300億円、芙蓉総合リースが3年債と5年債各200億円、NECキャピタルソリューションが3年債100億円、みずほリースが3年債と7年債各100億円と本数が多く、かき集めた全体の金額は決して小さくはない。

引き続き、電力関連は多いが、やや小粒の案件が多かったか。再生可能エネルギーを売りにした小売業者のイーレックスは60億円と小額を募集し、東北電力と四国電力が100億円規模の個人投資家向け社債を条件決定している。また、原発問題の影響が少ない沖縄電力も5年債100億円を募集している。

不動産も、三井不動産が5年債と10年債で計1,300億円を募集し、住友不動産も7年債と10年債で300億円を募集している。両社の案件はいずれもグリーンボンドの認定を取得している。2022年度まではノンバンクによるグリーンボンドの募集も散見されていたが、分別した資金管理と情報開示を求められる手間などから、こうした不動産関連の銘柄の方がグリーンボンドとしてはわかり易いのではないか。両社とも都心の案件関連が、具体的な資金使途として予定されている。

起債スケジュールが進んだ頃におもむろに動き出すのが、メーカーである。この週も、サッポロホールディングスの5年債200億円、AGC(2018年に旭硝子株式会社から社名変更)の10年債300億円、トプコン(1989年に東京光学機械株式会社から変更)の3年債および5年債各100億円、YKKの5年債200億円、神戸製鋼所の5年債および10年債の計200億円と、バラエティに富んだ発行体の動きが確認されている。その他の業種としては、建設に区分される積水ハウスが5年債300億円、情報・通信業のマクロミルが3年債81億円と5年債19億円の計100億円と、多様な発行体が観察されており、週後半に募集された本数の多さは際立っている。

6月後半の株主総会シーズンに入るまで、社債等を募集する動きは続くものと予想されており、この週は不動産の限定的なグリーンボンドしか確認されなかったが、さらにグリーンボンドやサステナビリティボンド等の募集が多く見られる予定である。これらのSDGs債については、発行体も投資家も関与したことを表明するところに意義があるため、事前に起債観測を報じられることが多い。そのため、起債観測の多くがSDGs債で占められる傾向になるものと推定される。