国内起債市場を斬る 起債評価:5/22~5/26

起債市場の盛り上がりが、今年度の最高潮に達した。5月26日、金曜日の募集案件を見れば、誰もが同じ風景を感じるであろう。24日、水曜日の電源開発10年債200億円と翌木曜日のホンダファイナンスによる3年債および5年債の計400億円が呼び水となったかのように、金曜日は大量の社債等が募集されている。銘柄数の多さだけでなく、発行金額が大きい。

金額を稼いだのは、何といっても三菱UFJフィナンシャルグループによる起債である。クレディスイスの破綻に際してAT1債の価値が毀損した影響を懸念する見方もあったが、実際には日本の法制を考えると、スイスと同様の破綻処理が行われる可能性は極めて低い。結局のところ、日本でもAT1債の意義をきちんと理解していなかった個人投資家などが損失を被っただけで、日本のメガバンクが募集するAT1債に対する機関投資家の需要は、全く衰えなかった。5年後以降に期限前償還が可能になる第17回債が1,920億円募集され、10年後以降に期限前償還が可能になる第18回債が1,380億円募集されており、合計で3,300億円に上っている。加えて1年経過後に期限前償還が可能になるTLAC債(Total Loss-Absorbing Capacity)2,400億円をも募集しており、総計の募集額は5,700億円にまで積み上がっている。金融システムにおいて大きなウェイトを占めるメガバンクの債券については、債券保有者に損失が及ぶことは考え難いと見るのが一般的であるが、それが正しかったかどうかは将来の出来事によって決まるだろう。政府や監督官庁の制度作成や方針変更による影響が不可避であり、そういった不透明さを嫌う投資家は、金融関連セクターの債券に手を出すことは控えた方が良いかもしれない。

もう一つの本数が増えた要因は、SDGs債の大量募集であった。起債観測が事前に多く上がっていたことである程度の予測は出来ていたのであるが、公共セクター以外の発行体による募集が金曜日に集中したのである。トヨタ自動車が5年債500億円及び10年債500億円のサステナビリティボンド、中国電力は5年のトランジションボンド200億円と10年のトランジションリンクボンド600億円、大阪ガスはすべてトラジションボンドで5年100億円と10年150億円と20年100億円、東急不動産ホールディングスは5年のグリーンボンド100億円と10年のサステナビリティボンド100億円と種類が様々でかつ本数が多い。加えて、日本学生支援機構も2年のソーシャルボンド300億円を募集しており、まさにSDS債の花盛りであった。まだ起債観測の上がっているSDGs債は多く、しばらくこれらの起債が市場を賑わせそうだ。

最後に、光通信の2本の社債についても触れておきたい。個人投資家向けに条件決定された5年債は400億円と大きな金額である。一方、機関投資家向けに募集された7年債は6カ月物円Tibor+126bpsという短期金利の変化に連動する変動利付債であった。公募社債で見るのは久しぶりではなかろうか。足元の金融緩和政策の大きな見直しはないとしても、こらから7年の間に金利上昇がある可能性は極めて高い。発行体はSWAPでコストを固定している可能性は高いが、変動利付債の投資家は更なる金利低下がない限り、金利上昇による収益拡大を期待できるため、面白い起債であったと言えるだろう。今後、先行きの金利変動をにらんで、このような工夫した起債が増えると市場が面白くなるのではなかろうか。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/8~5/19

GWと3月期決算の発表を越えて、起債市場は大きな盛り上がりに向けた溜めを作っているように見える。カレンダー要因に加えて、今後の起債増を招くであろう要因として、日本銀行新執行部による金融緩和継続の方向性表明がある。4月下旬に開かれた金融政策決定会合において新執行部による従来の政策に対する修正が行われるのではないかという期待感が強く見られ、債券市場においては市場機能の回復が期待され、株式市場においては緩和縮小によって株価の頭を抑えられる懸念が、為替市場においては政策修正を反映した円高期待が高まっていたのである。結果は見事な肩透かしとなり、時間をかけてこれまでの政策を点検・修正するという方針は、微修正が随時あるにとどまり、根本的な枠組みの変更等を先送りされることが確実と解されたのである。金融政策決定会合の結果を踏まえた状況変化を懸念して起債に向けた動きを鈍らせていた発行体は、一気に年度初めの起債に向けたエンジンを再加速させる方向に動いたのである。

5月15日にはじまった週も、前週末に募集された公共債が主体という状況からは大きな変化がない。公共債としては、12日に募集した中日本高速道路と地方公共団体金融機構に続いて、西日本高速道路が計2,200億円という大規模なソーシャルボンドを募集し、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が100億円のサステナビリティボンド、日本高速道路保有・債務返済機構が計400億円のソーシャルボンドを募集している。また、地方公共団体金融機構は、FLIPに基づく債券を11年から31年という超長期年限ばかりで7本計210億円募集している。

公共債に続いたのが電力債である。北陸電力が10年債50億円を募集したのを皮切りに、東北電力が22年債と半端な年限で200億円、北海道電力が10年債300億円および20年債50億円を募集している。いずれも通常の電力債形式であって、ソーシャルボンドやトランジションボンドとはされていない。多くの公共債とは異なるスタンスであるように見える。

公共債と電力債以外で募集されたのは、サントリーホールディングスの5年債150億円および10年債350億円のみであったが、翌週以降の起債観測では様々な銘柄が上がっている。銀行等金融関連も少なくないし、ノンバンクによる募集も確実視されている。また、メーカーや運輸、不動産といった業種からも複数の名前が聞こえている。グリーンボンドやサステナビリティリンクボンドなどSDGs債を予定しているものも少なくなく、起債市場の本格的な稼働は様々なSDGs債が彩を添えることになりそうだ。金利の先高感が薄れたことで発行体は起債に向かい、投資家は躊躇しながらも年間の資金消化計画を考えなければならない状況である。引受証券会社としても実績を積み上げておきたい年度の立ち上がりであることから、まだ起債観測の見られていない銘柄も、これから多く募集されることが予想される。

国内起債市場を斬る GW明け特別号:金融不安は日本に上陸するのか

3月末決算の発表シーズンで、前週に見られた社債等の募集は、中日本高速道路と地方公共団体金融機構によるもののみであり、いずれも定例のものとみなして良い年限等の募集内容であった。そのため、今回はトピックとして、欧米で生じている「金融不安が日本に上陸するかどうか」を考察してみたい。

3月に米国のシリコンバレー銀行とシグネチャー銀行とが経営破綻した。また、スイスに本拠を置くクレディスイスが、UBSによって救済合併されることとなった。その後しばらく事態は沈静化していたものの、5月に入って再び、米国の地銀であるファーストリパブリック銀行が経営破綻し、更なる地銀の破綻懸念が意識されている中で、メディアの一部などでは金融不安が日本へも伝播する可能性を報じ、これに対し一部の金融業界の経営陣、専門家は、『日本は大丈夫』としている。第二次世界大戦後の日本経済は「アメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく」などと言われ、社会文化や企業カルチャーなども米国発のものが少し遅れて日本でも注目されることが珍しくない。国粋主義者からは敗戦国の崇米志向であると批判されるかもしれないが、日米が政治と経済の両面で深く繋がっている状況にあるため、米国発のものが日本に影響することは構造的な連結関係にあるためと考えて良いだろう。

しかし、金融不安が単純に日本へ上陸すると考えるのは早計かも知れない。文化などとは異なり、企業経営においては必ずしも米国と日本とは同質ではない。株主第一主義をやや強く意識し、四半期ごとの業績が強く強調する米国企業と、三方良しから周辺の利害関係者まで含めて広く考慮する日本企業の中長期経営とは、必ずしも重ならない。金融機関の構造を見ても、長く州際規制が課されて来た米国と日本とでは、メガバンクに関してはそれに近いものの様に見えるが、地方銀行は状況が大きく異なる。日本の地銀にも人口減少等の地域経済面からの経営問題を抱えるものは少なくないが、米国で経営破綻した三行のように、大口預金の流出や暗号資産関連企業への過剰融資といった問題は、今は存在しないし、金融引き締めに際してのALMの失敗といった現象も生じていない。振り返れば、1997年11月に日本がバブル経済の崩壊の影響で、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券、徳陽シティ銀行と毎週のように破綻が続いた時も、米国の金融機関には直接の影響は生じていなかった。2008年のリーマンショックでも、日本の金融機関には少なからずも影響はあったものの、破綻に至ったのは大和生命くらいで他にない。メディアによるセンセーショナルな金融不安を掻き立てる報道には、短絡的に飛びつくべきではないだろう。

それでも米国の大手地銀が複数破綻したことに関して、日本の金融機関について着目すべきことは少なくない。暗号資産関連等の経営基盤が脆弱な企業へ貸し込んでいないか、特定大口企業の預金比率や、一部携帯電話参入企業等への預貸率が高いなど、資金流出の懸念はないか、地域経済との関係は円満か、金利上昇に備えてALM管理は適正に行われているか、などの諸点である。植田日銀新総裁は、これまでの金融緩和政策を時間をかけて点検するとしており、市場の一部が期待していたような早急な金融緩和の見直しは行われないように見える。黒田前総裁とは異なり、サプライズ・インパクトを狙った金融政策の変更は好まれないと想定される。しかし、社会通念は、昔から首相による衆議院の解散と日銀総裁による金融政策の変更については、前言撤回等のサプライズも容認されるとしており、予断を持つべきではない。デリバティブの利用を含めた適切なALM管理による安定的な金融機関経営を意識してもらいたいものである。何といっても金融は経済における血流のようなものであり、金融不安が生じると、経済全般への悪影響が不可避となりかねないのは、誰もご異論がないところであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:4/24~5/2

GW前後の期間は、同時に一部の企業にとって3月末決算の発表シーズンでもある。そのため、なかなか社債等の募集に踏み込むことは難しい。しかも、今年は4月末に植田新総裁就任後初めてとなる日銀の金融政策決定会合(4月27-28日)が予定されていたため、金融政策の変更(「政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とした政策金利についての緩和バイアスを削除したのは、やや意外との意見があるが・・・)はないと見込まれていても、何らかのコメント発表等によって市場が動く可能性があり、社債等の募集タイミングを見出し難いカレンダーとなっていたのである。とりあえず事態が落ち着くのを見守ろうという姿勢が、多くの市場参加者にとって共通のものとなったものと考えられる。

4月最終週に向かって、少ないながらも幾つかの社債等の募集は確認されている。日本製紙の第16回債は、3年物の0.39%クーポンで300億円が募集されている。JCRのA-格という信用格付けの水準もあって、0.39%クーポンは3年債としては高利回りと言って良いだろう。日銀による社債オペに当てることも可能であることから、所謂、無難な起債となった。

次に、三菱地所は5年債と10年債各300億円のサステナビリティリンクボンドを募集している。別途に取り入れたサステナビリティリンクローンも含めたプロゲラム全体のSPTsとしてはSPT1「2025年度に再生可能エネルギー由来の電力比率100%を達成」やSPT2-1「2030年度にスコープ1、2 の合計を70%以上かつスコープ3を50%以上削減(基準年度2019年度)」、SPT2-2「2050年にネットゼロ達成」、SPT3「2050年度に女性管理職比率40%を達成」といった複数の目標を提示しているが、サステナビリティリンクボンドとしては、5年債に適用されるのがSPT1のみで、10年債に適用されるのがSPT2-1と限定されている。不動産会社としては、十分に取り組める目標と考えられるが、SPT2-2やSPT3の参照期間が2050年もしくは2050年度と遠い未来を指定していることが、実現性や規範性の観点から疑問視されよう。かなり遠い将来の約束は、絵空事に過ぎないと見られても反論できない。取組んでいるという美名を得ようとする「似非ESG」プログラムであると批判されよう。

その他に、コスモエネルギーホールディングスが5年債150億円を募集した他、住友不動産は5年3か月債400億円を募集している。5年債と呼称しても必ずしも大きな問題はないが、スプレッドプライシングのために国債の償還月と合わせたものではないので、純粋な5年債でないことを明示することは重要である。この第112回債はグリーンボンドの認定を取得しており、資金使途は「住友不動産麻布十番ビルの新規開発投資に係る調達資金のリファイナンス資金に充当する」とされている。三菱地所のサステナビリティリンクボンドよりは真摯な起債に思えるが、リンクボンドではないためSPTsは設定されず、未達時に財団等に寄付を行うといったスキームは採用されていない。リンクボンドでSPTs未達時に寄付を行うというのは、世界的に見ると一般的なスキームではなく、今後も色々な試行錯誤が行われることになろう。