国内起債市場を斬る 起債評価:2/20~2/24

近年の起債市場では、社債等の募集に際して幾つかの特徴がある。その一つとして、多くの案件募集が行われるためには、前日が営業日であるということである。社債等の募集を行う当日は、前夜の海外市場の動きを確認し、大きな変化がなければ想定された条件で最終決定を行うだけの一種の儀式が主となる。クーポンの絶対水準で募集されている場合には、予定したクーポンで支障がないかを確認し、スプレッドプライシングの場合には基準となる国債の利回りが多少変動しても予定したスプレッドを変更させるほどの材料がなければ、予定スプレッドと当日の国債利回りでクーポンが決まるだけである。つまり直前の営業日までの状況と事前のサウンディングが極めて重要であり、条件決定の前日が営業日でないことは難しくなる。そのため、この週の社債等の募集は22日の水曜日が主となり、23日の木曜日が天皇誕生日で休日であったために、24日の金曜日に社債等の募集がほぼ見られなかったのである。

22日に条件決定された中で注目されるのは、まず、ソフトバンクの個人向け5年物社債1,200億円である。募集金額の大きさもあるし、R&IのA+格で0.98%という高いクーポンを付したことも注目される。ちなみに、同日に条件決定された機関投資家向けの5年物社債で、R&Iから同じA+格を取得したのもののクーポンを見ると、みずほリースが0.764%、住友商事が0.644%と20bps以上低くなっている。同じR&IからA格を取得したジャックスの5年物社債ですら0.824%クーポンであり、0.98%クーポンの高さが際立つ。ファンド投資やIT関連で多角的に事業展開している親会社のソフトバンクグループとは異なり、ソフトバンクは主として通信事業を営む事業子会社であって、幾ら携帯電話業界における競争が厳しいからと言っても、ここまで高いクーポンを付す必要があったのだろうか。第4勢力として参入した楽天モバイルよりも、既に圧倒的に確固とした基盤を保持している。ソフトバンクグループの発行する社債への投資を躊躇しても、ソフトバンクの5年もの社債の0.98%クーポンには十分な投資妙味があると考えて良いだろう。

この週の起債の中では、東急不動産ホールディングスの募集した3年債と5年債の各100億円がグリーンボンドの認定を得ている。不動産会社の場合には、使途が明確にし易いため、グリーンボンドやサステナビリティボンドの募集に馴染む。本件社債の資金使途は、具体的に、太陽光発電所および風力発電所の設備資金にかかるリファイナンス資金としてコマーシャル・ペーパーの償還資金の一部に充当する予定としている。リファイナンスであるために、やや使途の特定性に懸念は残るが、グリーンボンド発行後の適切な情報開示を期待したい。そうでなければ、グリーンウォッシュの嫌疑がかかってしまうことになるだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/13~2/17

ようやく起債市場は年度末に向けた最終募集に入って来たようだ。しかし、3月9日と10日に日銀の黒田現総裁が出席する最終の金融政策決定会合が予定されており、市場関係者は疑心暗鬼を生じざるを得ない。12月の決定会合においてサプライズの10年国債利回りの変動幅を拡大し、逆に1月の会合では更なる変動幅の拡大を期待した市場参加者に肩透かしを食らわせたのである。政策委員会の後継執行部の国会承認は3月の決定会合前には得られている見通しであり、就任早々に異次元の金融緩和というミサイルを放った実績を考慮すると、何もなしで済ませるとは考え難いのではないか。足元の米国経済や為替の状況を考えると、金利上昇を容認する方向での政策修正が期待されるため、社債等の発行に対しては抑止的に働かざるを得ない。

一方で、発行体側も投資家側も年度末に向けて、資金調達の希望と投資枠消化の思惑とが交錯しており、起債ラッシュの展開になるかどうかは、微妙な状況であろう。特に3月第2週には、WBC第1ラウンド(3月9日(木) ~ 13日(月) 於東京ドーム、参加国:日本、韓国、中国、オーストラリア、チェコ)が行われる予定であり、世間の注目がそちらに集まると起債市場どころではなくなる可能性も考えられる。結局のところ、起債に大きな盛り上がりはないものの、淡々と社債等の募集が行われるだろうと推測される。M&A等による大型案件の募集観測も聞かれないことから、盛り上がりを欠く展開になるのではなかろうか。

この週の社債等の起債は、公共債が目立つ展開になった。地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債が計11本と本数を稼いだ他、日本高速道路保有・債務返済機構が2本立てのソーシャルボンドを募集し、中日本高速道路は通常の社債で5年債を募集している。中日本高速道路会社の社債は財投機関債でないし、ソーシャルボンドでもないところが面白い。他の高速道路会社の多くがソーシャルボンドを選択しているのに対し、同社はドル建ての外債でグリーンボンドを募集しているだけである。安易にソーシャルボンドを選択しない姿勢は評価できるが、一方で、ソーシャルボンドを選ばなくても債券の消化に支障ないと見込んでいるのだろうし、ソーシャルボンド認定を得るための手間やコストを考えてのことだろう。

民間企業による社債の募集も幾つか見られるが、一つ取上げるとしたらサステナビリティボンドとして募集された清水建設の第32回債であろう。グリーンビルディングと防災・減災対策のインフラ設備およびバリアフリー推進といったソーシャル性を兼ね備えたサステナビリティビルディングのためのファイナンスとされているが、具体的な資金使途は、「自社施設である『潮見イノベーションセンター(仮称)』の建設資金のために調達した借入金の返済資金の一部に2023年3月末までに充当する予定」となっている。結局は借入金の借換えなのであって、お金に色がない以上、それがイノベーションセンターの建設資金に充当されたかどうかの紐付けは緩い。新規のプロジェクト向けでない場合には、社債募集後の情報開示を適切に行わなければ、グリーンウオッシュではないかという疑念を完全に拭い去るのは難しいだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/6~2/10

前々週につづき12月末決算発表シーズンであり、社債等の募集に進む企業は少ない。最も目立った発行体が公共債セクターであり、地方公共団体金融機構や、中部国際空港、西日本高速道路、大学改革・学位授与機構、鉄道建設・運輸施設整備支援機構、科学技術振興機構といった顔触れが財投機関債などの債券を募集している。ソーシャルボンドと認定されたのが中部国際空港と西日本高速道路であり、鉄道建設・運輸施設整備支援機構はサステナビリティボンドとされている。

科学技術振興機構は初めての財投機関債を募集しており、資金使途は大学ファンドによる運用益の獲得とされている。つまり、借金して資金運用し、その収益を大学への交付金として利用するのである。高利の調達であると無謀な仕組みという評価になるが、2年債で0.061%クーポンという調達コストは、グローバル株式65%:グローバル債券35%という大学ファンドのレファレンスポートフォリオから得られる期待運用利回りから見ると決して高い水準ではないだろう。もっとも大学ファンドの運用が開始されてからのこの1年は、内外の債券や株式に対する運用が市場インデックスベースではことごとくマイナスとなっており、短期的な状況に過ぎないものの、厳しい結果となる可能性が高くなっている。

民間企業による社債の条件決定は、損害保険ジャパンの劣後債や、住友三井オートサービスのサステナビリティボンドに、中央日本土地建物グループのサステナビリティリンクボンドといった一般的な公募普通社債以外が目立つ展開になっている。中でも異彩を放ったのが、個人投資家向けに募集するとして条件決定したカゴメの1年債である。機関投資家向けだと、1年債というのは極めて珍しい。金利上昇懸念のある中では、個人投資家向けでも単なる利回りのみで訴求するのは難しいかもしれない。今回のカゴメの第1回債は、初物というレアさに加えて、身近な食品関連企業であって、更には、「カゴメ 日本の野菜で健康応援債」と銘打って社債権者に対し0.2%クーポンの利息以外に特典の提供が予定されていることもプラス材料になったと考えられる。

同社債の主幹事証券はみずほ証券であるものの、取扱証券は楽天証券となっており、ネット経由での購入が可能になっている。申込単位は10万円と小額で、募集総額は10億円のみとされていて公募普通社債としては小さな金額である。社債の決済に証券保管等振替機構を利用しているが、別途、ブロックチェーン技術によるデジタルエンゲージメントプラットフォームを利用して社債権者の情報が発行体に提供され、カゴメからは利息と別に、特典として社債権者一人当たり”つぶより野菜”ジュース15本(直販サイトで1,980円相当)がプレゼントされる。また、直販サイトに登録しアンケートに回答することで、特別割引クーポンを配信するとしている。なお、この特別割引クーポンは社債保有に対する特典ではなく、”投資家様とのコミュニケーション強化を目的”としたものとされている。このように、従来の個人投資家向け社債では見られなかった様々な取り組みが行われており、新たな訴求材料となって行くのか注目したい。

国内起債市場を斬る 2023年節分特別号:イールドカーブコントロールの弊害

今週は、地方債のプライシングで少し話題になったトピックを取上げてみたい。愛知県の令和4年度第17回10年債のプライシングに際して、国債利回りの補間をどうするかということが話題に上ったものである。この現象については、古くから少なからず意識されて来た点でもある。簡単に言ってしまうと、国債対比のスプレッドプライシングを行う際に、償還の一致する国債がなかった時にどう考えるかということである。一般的に参照国債として用いられるのは残存年数の近い10年国債であり、国債の償還月は3・6・9・12月となっている。そのため、その間の月に償還・払込となる新規発行社債等は、1か月ないし2か月の償還月のズレをどのように処理するかという論点である。さすがに、償還日のズレは細かい差と考えられるために意識されないが、月ズレの場合には、国債のイールドカーブを補間して、想定カーブ対比でプライシングするという手法が採用されることがある。また、補間の手間を避けて、国債と募集する債券の償還月を一致させるという手法も存在する。この場合には、例えば7年債と言っても厳密には6年11か月債だったりするが、財投機関債の一部などでの採用例は少なくない。要するに、何処に厳密なポイントを置くかという問題である。

この銘柄かカーブかという問題は、高格付け債の値決めにおいて国債対比のスプレッドプライシングが行われるようになってからずっと存在して来た事であるが、マイナス利回り下ではスプレッドプライシングが適用されない年限も増えていたし、また、利回り水準自体が低下していたために、補間による修正幅があまり大きな意味を持たなかったこともあり、こうした意識は薄れていた。ところが、2022年度に入ってから、イールドカーブコントロールの目標年限である10年とそれより少し短い年限の国債利回りが逆転し、また、同じ10年近傍(きんぼう)の国債でも指値オペの主な対象であるカレント銘柄とその三か月前に償還される前の回号銘柄との利回りが逆転していると、適切な補間が困難になってしまうのである。単純に言えば、国債のイールドカーブが右肩上がりの順イールドでないために、生じる問題である。

律儀にカーブを補間するよりも、一部の市場慣行にあるように、償還月を国債に合わせる方法が手っ取り早いと考えられる。また、ズレがあることを前提にしても、あくまで10年国債第XXX回対比でのスプレッドがZZbpsと表示しても良いのではないか。実際に、50年物の社債や財投機関債等では、参照できる国債が最長の40年物(実際には、残存年数は40年を少し下回っている)しか存在しないため、最長の40年国債プラスZZbpsとした割り切ったプライシングを行っているのに、何故10年物の地方債における国債対比のスプレッドプライシングで議論になるのだろうか。基本的には、発行体が愚直なまでに真面目で融通が利かないということではないか。主幹事証券も説得し切れないということだろう。投資家側から見れば、プライシングに際してのスプレッド表示だけに捉われず、市場実勢から判断するので、所詮、言い値の問題だけなのである。

もっとも、根本的には、イールドカーブコントロールにおいて指値オペを乱発し、基準となる国債のイールドカーブを歪めている日本銀行の責任に帰せられるべき問題である。カーブの歪みが地方債や社債等一般債の発行市場に悪影響を及ぼしているのならば、金融政策による弊害として追及されるべきものだろう。政府は新しい日銀執行部の指名を間もなく国会に提示する方針を示している。国債と異なり償還のないETFやJ-REITの残高圧縮も新執行部の大きな課題であるが、利付国債の半額以上を保持するに至り、イールドカーブコントロールによって国債利回りを歪めてしまっている今の債券市場の正常化こそが、喫緊の課題として意識されるべきである。