国内起債市場を斬る 起債評価:1/23~1/27

月末に向かう時期であり、且つ12月末決算の発表を迎えることもあって、起債市場の動きがやや大人しい。東北大学による初の起債といった目新しい債券募集も見られたが、目を引いたのは、成田国際空港の4本立て起債と楽天グループによる個人投資家向けの2年債募集の二つである。

まず、成田国際空港については、債券の位置づけとして中部国際空港債とは異なり、財政投融資計画に基づかない一般の社債という整理になるが、同社の株主は日本国政府のみである。成田国際空港株式会社法の規定を見ると、第7条において「会社の社債権者は、会社の財産について他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利を有する」とする一般担保付債券の発行を可能にする条項が定められており、更には、同法附則第14条で「政府は、当分の間、必要があると認めるときは、予算で定める金額の範囲内において、会社に出資することができる」といった規定があるため、財務面での政府との一体性が高いと理解して差支えないだろう。ただし、直接の政府保証が付されておらず、一連の規定も非常時において即座に機能発揮できるとは限らないため、格付けはR&IのAA格及びJCRのAA+格と日本国債より各々1ノッチ下という設定になっている。結果としては、暗黙の政府保証の存在を期待する投資家から見ると、国債対比のスプレッドが乗った社債となる。今回募集されたのは、2年債160億円・5年債230億円・10年債67億円・17年債89億円と中期に重点が置かれており、国債対比でプライシングされた2年債で+29bps・5年債で+34bpsと、高速道路会社債より少し厚めのスプレッドとなっている。新型コロナの影響による利用者の減少といったマイナス材料はあったものの、投資妙味は高いと考えて良いだろう。

成田国際空港債と真逆の方向にあるのが楽天グループ第22回社債で、個人投資家向けに募集されるため「楽天モバイル債」の愛称が付されている。1/30~2/9の募集期間であるが、2年で3.3%という高いクーポンは、個人投資家向けに高い訴求力を有すると想像するのは容易であろう。同社の格付けはJCRのA格であり、必ずしも低いとまでは言えない水準であるが、なぜこのように高いクーポンを支払う必要があったのか。条件決定された27日の2年物国債の利回りはほぼ0%であり、国債対比のスプレッドは約330bps程度と推計して良いだろう。結局のところ、銀行等金融機関からの資金調達がままならず、楽天というブランドによって個人投資家から資金をかき集めるしかないという同社の財務状況が確認できる。そもそも、愛称として付された楽天モバイルの携帯電話事業が、同社の財務体力を著しく損なっていることは周知の事実である。特に、2022年に基本料金0円というプランを廃止して、多くの利用者が流出したことがダメージになっている。基本料金を取らないという画期的な料金設定が利用者を集めたものの、楽天グループが本社を構える二子玉川にある高島屋SCの地下で楽天モバイルがほぼ繋がらないといった電波の惰弱(だじゃく)さは致命傷であり、プランの廃止による利用者の減少は当然であろう。

金融機関や機関投資家から低利で資金調達できなければ、資産の流動化や個人投資家に依存するというのは世の常である。日本の個人投資家は必ずしも認識していないと思われるが、S&Pは2021年7月に楽天グループの格付けをBBB-格からBB+格といわゆる投機的格付けに引き下げており、その結果、2022年11月に楽天グループが募集した2年物米ドル建て債のクーポンは10.25%と、まさにジャンクボンドの水準になっていたのである。しかも、その後12月には、S&Pは楽天グループの格付けをBB格にまで引き下げている。また、前週に楽天グループが募集した1年10カ月満期の米ドル建て債も、クーポンは同じく10.25%となっている。今回の楽天モバイル債の募集に際してS&Pの格付けを取得していないために、購入を希望する投資家に対して販売証券会社がこういった状況を説明していない可能性は極めて高い。2年という短い年限であり、携帯電話の利用料債権など証券化の可能な資産が存在するため、すぐにデフォルトといった事態は考えなくて良いとも思われる。基地局の建設などで巨額の資金が必要になっている同社は、22年6月に個人向け社債1500億円、同11月には総額5億ドル(当時で約700億円)のドル建て無担保優先債を発行、23年1月には4.5億ドルを追加発行している。果たして国債対比330bpsという発行条件、2500億円という規模の市場適性を含め、個人投資家の保護という観点から適切な募集と考えられるのだろうか。冷静に判断したいところだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/16~1/20

この週の起債市場が、日銀の金融政策決定会合の行方を気にする展開となったのは、やむを得ない状況だろう。前月の決定会合では金融政策の変更はないと予想されていたのに、サプライズで長期金利の変動幅拡大という結果であった。確かに10年金利のピンポイントでの抑制はイールドカーブの歪みを招いており、海外勢の売りに対する日銀の無限購入という図式で面白おかしく報じられてきた。一方、債券市場以外に目を向けると、大幅な円安が影を潜めむしろ円高方向に動いてきたため、為替相場の水準を意識した政策変更の動きでもないように見えた。そのため、この週に予定された1月の金融政策決定会合で、続いての政策修正が行われるかと注目が集まったのである。黒田総裁の任期が4月頭までとは言っても、両副総裁の任期が3月中旬までであり、2月に入ると国会に正副総裁の承認人事が付議されることは確実視されており、黒田総裁が後継を強く意識しないで済む最後の金融政策決定会合であったためでもある。ところが、共通担保オペの拡充を除いて、金利や債券関連の政策修正は行われず、結果として、株価は上昇し金利は下落して安定するという展開になった。それでなくとも、週前半の社債等の募集が少ないこともあって、金曜日に大型起債の条件決定が集中したのが目立つ展開になった。

金曜日に個人向けも含めて条件決定された大型案件は、三井住友フィナンシャルグループのTLAC債が2回号で1,053億円、三菱UFJフィナンシャルグループの個人投資家向け劣後債が2回号で2,000億円とメガバンク持株会社の二つが大きく、また、それらに加えて、日産自動車が3回号の社債で2,000億円を条件決定している。この3つの発行体だけで総額計5千億円を越える。ただし、個人投資家向けが3,400億円と過半を占めているのが、特徴でもある。なお、個人投資家向けの社債はいずれも週明けからの申込みで、投資単位は100万円となっている。かつて三菱UFJフィナンシャルグループの劣後債は250万円といった刻みも見られたが、幾ら富裕層向けの社債と言っても、100万円単位で複数単位購入してもらえば、所詮電子的な記録にすぎないのだから、100万円単位で良いのである。もっと小額でも構わないだろう。

日産自動車の社債計3本は、いずれもサステナビリティ債となっている。ガソリン燃焼自動車が依然売上でも利益でも過半を占めているのではあるが、グリーン化に向けての取り組みを支援するファイナンスとして評価して良いだろう。個人投資家向け社債は3年債で1.015%と高水準のクーポンであり、機関投資家向けの3年債500億円も同じクーポンと設定されている。R&IのA格という評価を考えると、国債対比+1%とされるスプレッドも決して高過ぎるという水準ではない。わずかに100億円のみ募集された5年債は、国債対比+125bpsで1.454%クーポンと、最近の20年債辺りでようやく見かけるようになった高利回り債になっている。同社の格付けや自動車産業に対する風当たりなどを考えると、より長い年限での与信は躊躇されるが、3年や5年という予見できる範囲の中期年限であれば、利回りが乗っていたら購入して良いと考えられるのではないか。しかしながら、個人投資家向けの3年債が1,400億円と巨額なのに、機関投資家向けが3年債と5年債を合わせても600億円しか募集されないという金額の割り振りには、ややきな臭いものを感じる。今後、同社に関する悪材料が公表されなければ良いのであるが。

国内起債市場を斬る 起債評価:1/9~1/13

現在の起債市場でもっとも不確定なのが、プライシングの前提となる国債利回りの居所であろう。この週は月曜日が祝日だったこともあって、相変わらず金曜日に多くの起債が集中しており、その日に10年国債の利回りが日銀によるイールドカーブコントロール変動幅の上限である0.5%を越えて、0.545%など付けてしまうのであるから、社債等の条件決定が難しくなる。日銀が0.5%を上限として指値オペを投入し市場をコントロールすると言っているのに、それを上回る10年国債の売り物が出るということは、翌週に控えた金融政策決定会合において更なる金融緩和の見直しがあると市場が期待していることの表れであり、イールドカーブコントロールのロングエンドに対するコントロールが機能不全に陥っているということである。結果として、国債対比でプライシングされる高格付債のスプレッドは、拡大せざるを得なくなる。タイトなスプレッドでは、わずかの国債利回りの変動によって消失しかねないからである。

奇しくも、この週に条件決定された社債等は、クレディセゾンによる個人向けの5年債を除いて、基本的に国債対比でのプライシングが可能な公益セクターや公共債ばかりとなった。ただし、福島第一原発事故の後処理による電力セクター全般への影響を受けて、頑なにスプレッドプライシングを採用して来ていない東京電力パワーグリッドはいずれの年限も利回りの絶対水準でプライシングされている。

国債利回りの上昇とスプレッドの拡大は、出来上がりの社債等の利回り水準に大きな影響を与えている。まず、募集された10年債で比較してみると、地方公共団体金融機構が国債対比+30bpsで0.804%クーポン、JR東日本で同対比+40bpsの0.994%、日本政策投資銀行が同対比+32bpsで0.854%となっている。東京電力パワーグリッドの10年債は1.6%クーポンでプライシングされており、単純に引き算すると、国債対比+100bpsを越えるスプレッドとなっている。かつて市場実勢を無視したタイトなプライシングで市場の悪評を気にも留めなかった東京電力の遺伝子を継ぐ同社は、国債対比のスプレッドを表記するのは恥ずかしいのであろう。もっとも、格付けがR&IでA-格という水準は、国債対比でのスプレッドプライシングの対象銘柄にしては低いと言えるレベルであり、同社の募集する社債で国債対比のスプレッドプライシングを行うことは起債市場で歓迎されていないという見方も可能である。まあ、東京電力グループによる起債に関する過去の様々な行動や事件も含めて自業自得と言ってしまえば、それだけのことなのであるが。

同じように、国債対比のスプレッドとクーポンで5年債を比較してみると、JR東日本が国債対比+31bpsで0.687%クーポン、日本政策投資銀行が同対比+15bpsで0.527%クーポン、東日本高速道路が同対比+30bpsで0.677%クーポンである。結果として、東京電力パワーグリッドの1.19%クーポンは国債対比+81bps程度という水準になる。スプレッドの水準の大きさだけでなく、改めて利回り水準の高さに金利環境の変化を強く意識させられる市場の現状である。

国内起債市場を斬る 新春特別号:2023年の起債市場と日銀の金融政策

2022年も終わりになって、日銀がイールドカーブコントロールにおける10年国債利回りの変動幅を拡大したことが、2023年の起債市場に大きな影響を与えることは必至である。2016年に導入されたイールドカーブコントロールにおいては、短期金利はマイナス0.1%を目標とし、併せて10年国債利回りを0%程度にするという金利水準を目標としたコントロールを行うとし、その水準となるよう国債の買入オペを実行して、必要な場合には指値オペをも利用するとされていた。10年国債利回りの変動幅は12月まで±0.25%程度とされており、変動幅の拡大は金利上昇を反映・誘導するものと解され踏み込まないものと考えられてきたが、突如、金利上昇を誘導するものではなくイールドカーブコントロールの枠組みを維持するための措置として、変動幅を±0.5%に拡大したのである。海外金利の上昇を受けても動かず、昨秋に為替が1ドル150円を上回る円安となっても動かなかったのに、年末のタイミングで日銀が動いたのは、殊更にサプライズを起こすためであったものとしか考えようがない。

日銀が変動幅の拡大を容認したことで、10年国債利回りは0.25%程度から0.5%にまで上昇した。日銀総裁がどのように説明しようが詭弁としか取られず、市場は確かに金利上昇の方向へ動いたのである。すぐさま直接の影響を受けたのが、年明けに行われた10年長期国債の入札であろう。長い間0.1%と最低水準に固定されていたクーポンが、1月5日に入札された第369回債のクーポンは0.5%とされたのである。これでクーポンが5倍になったと一部のメディアは騒いでいるが、倍率ではなく差分の0.4%も上昇したと評価するのが適切であろう。結果として、日本国内における最大の債務者である日本政府の利払負担が大きく拡大したことは否定できない。

日本において企業は資金余剰セクターであるが、M&A等のニーズにより資金調達のため社債を発行することがある。ベース金利である国債利回りの上昇によって、企業にとっては社債のクーポン上昇に繋がることは否定できない。ただし、金利水準が大きく上昇したのは10年国債利回りと、日銀によるイールドカーブコントロール対象外となっている超長期年限である。これらの年限に与えられる影響は大きい。一方、10年以内の国債利回りも軒並みわずかではあるが上昇しており、既に昨秋から5年の高格付け債では国債対比のスプレッドプライシングを復活する募集事例が散見されており、民間企業のみならず、政府保証債や財投機関債の発行体、地方公共団体までにも、金利上昇の影響が及ぶことになる。もちろん短期金利のマイナス0.1%という目標水準は変更されていないために、2年債などの短い年偈については、金利上昇の幅は小さくならざるを得ない。

こうした調達コストの上昇によって、企業等の起債行動に影響が出ることは必定である。金利が上昇気味になったことで、政府保証債の発行体においてすらスプレッドの拡大を懸念する声が聞かれるようになっており、より信用力の劣る民間企業にとっては、社債発行による調達コストが上昇するため、社債発行を抑制する可能性が高い。加えて、イールドカーブの顕著なスティープニングから、超長期よりも長期、長期よりも中期といった形で調達年限を短くする方向になる可能性が高い。また、短期金利のコントロール目標が変更されていないことから、短期金利等に連動する金融機関からの短期借入れを選好することも考えられる。

こうした日銀の金融政策による影響としての調達コストの上昇に加えて、新型コロナ対応で導入されたゼロゼロ融資の返済が始まると、少なからずの中小企業の破綻が顕在化することは必至であり、クレジット市場全体に対する懸念が拡大することも考えておかねばならない。特に、前述のように、日本の最大の債務者が日本政府であることを考えると、既に海外の格付会社が懸念を示しているように、日本国債の格下げといった判断を惹起する可能性もあるだろう。更には、欧米の中央銀行による物価上昇抑制のための金利引上げが景気に対するオーバーキルとなって、経済成長の頭を抑える可能性は高い。そのため、株価の下落や低迷といった経路を経て、信用リスクの拡大傾向となることも考えられる。

勿論、私見ではあるが、こうした背景から2023年の起債市場は、極めて波乱含みの展開になると考えられる。潜在的に見え隠れするモノは、明るい材料よりも暗めの材料ばかりである。これらの懸念が杞憂に終わることを望んで已まない。