国内起債市場を斬る 令和5年度期末特別号:日銀の金融政策見直しと社債市場

3月18日と19日に開催された金融政策決定会合において、植田日銀は金融緩和政策の見直しを決定した。決定した内容は決して金融緩和を撤廃することではなかったし、金融を引き締めるというほどのものではなかったが、『「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の枠組みおよびマイナス金利政策は、その役割を果たした』と明確にしている。また、オーバーシュート型コミットメントについても要件を充足したと言明しており、大規模な金融緩和の終了を宣言しつつ、金融緩和の姿勢は維持するものとした。結果的には、黒田前総裁が導入した異次元の金融緩和からの一連を終了して、白川総裁末期に見られた程度の金融緩和状態にまで戻すという理解が概ね正しいだろう。

社債等の起債市場に影響を与えると考えられるのは、大きく以下の3点であろう。まず、既にこの半年ほどは形骸化していたイールドカーブコントロールの終了である。10年金利の目標水準を0%とした長期金利に対する操作であったが、許容する変動幅が拡大された後に、上限の目途を1%としたことで既に実質的な効果は無くなっていた。つまり、今回の決定では、長期金利を市場の手に委ねると正式に発表したのである。長期金利の操作に際しても、日銀は市場から国債を買い入れているので、市場機能を維持しているというのが公式見解であったが、市場参加者に対する債券市場サーベイのアンケート結果から明らかであったように、最大の国債保有者による市場コントロールは自由な価格決定機能を阻害していたのである。言わば、日銀が手を離すことで「神の手」に戻されたのである。既に長期金利の目標が形骸化していたこともあって、10年国債利回りが大きく上に跳ねることはなかった。今後は、10年国債利回りの市場実勢が上方にシフトしても、日銀による市場介入は期待されないことから、10年債のクーポンはある程度大きくなることだろう。ただし、信用リスク等の要因がなければ、極端な上昇は見られないと考えられる。

次に、短期金利の目標水準が『0~0.1%程度で推移するよう』と明示されたために、明らかに短めの年限でも金利水準が上昇することになり、社債等の利回りも全般的に上がることが考えられる。かつて見られたような高格付債で実質利回りが0%となるようなオーバーパーでの起債は、もはや考えられない。それでも短い年限については日銀の短期金利に対するコントロールが緩やかに波及することが考えられるため、長期ほどの金利水準の上昇は生じないものと考えられる。新年度の起債市場の目線は、それ以前に国債利回りが落ち着いていると思われるため、4月早々から固まって来ることだろう。

最後に、白川総裁の時代に開始された社債等の買入れオペについて、『買入れ額を段階的に減額し、1年後をめどに買入れを終了する』という方針が示されている。政策が導入された当時の意図は社債等の買入によって信用スプレッドを圧縮し、企業の資金調達コストを引き下げることにあったが、そもそも社債を発行して資金調達を行うような大手企業にはあまり直接のメリットはなく、あくまでも間接的な信用スプレッドの圧縮が広範囲の企業に対して影響があったかもしれないという程度である。買入れ年限が3年以内ということで、日銀による買入れ対象となることが期待される新発債の応募者利回りが異常なほどに低下していたような事態は、なくなって行くことが期待される。少なくとも社債等の書入れは、実質応募者利回りが0%となるような起債など市場に歪みを与えた方が顕著であり、ようやく収束に向うことが評価できる。

現在の日本の景気等を考えると、すぐに次の利上げを行うというよりも、これまでの金融緩和のレビューを行い、今回の緩和見直しの影響を確認しつつ、大企業以外の中小企業等への利上げの波及状況を見守ることになるだろう。2000年代のマイナス金利解除の失敗を繰り返さないよう、慎重

国内起債市場を斬る 起債評価:3/11~3/15

2023年度最後の社債等の募集が行われる週である(おそらく)。月曜日に条件決定されたのは、大和証券グループ本社のセキュリティートークン債である。1年物の社債で年1回利払であるから、購入した個人投資家は償還される2025年3月21日に元本と利息を受取ることが出来る。クーポンは0.8%であるが、所得税と復興特別税がかかるため、最低単位の10万円分を購入しても利息は637円にしかならない。しかも、利払は電子マネーの一種である楽天キャッシュでのみ払われる。1年後までに楽天グループが破綻することはないと思われるが、楽天のリスクを一部負っているスキームであることは否定できない。

セキュリティートークン債は証券保管等振替機構のシステムを利用せずブロックチェーン技術を利用することで、様々な制約から免れることを可能としているが、個人投資家には必ずしもそのメリットは理解されないだろう。R&IのA格及びJCRのA+格という信用評価の社債が1年物で0.8%クーポンという利回り水準は、破格に厚いスプレッドと解することも出来るが、これもまた個人投資家には伝わりにくいだろう。個人投資家にとっては、大和証券のグループ持株会社の発行する社債であることと、1年物で0.8%と銀行預金を大きく上回る利率が付されていることが評価されるだけである。募集額の10億円は、申込みが締め切られた18日を待たずに完売した模様である。

この週に条件決定されたもう一つの社債は、木曜日に募集された三菱商事の10年債500億円である。大和証券グループ本社のセキュリティトークン債とは打って変わって、極めてオーソドックスな機関投資家向けの普通社債である。ただし、三菱商事の普通社債は以前から、担保提供制限等財務上の特約を一切付されていない社債である。担付切替条項もないために、完全な無担保社債であると言い切っても良いだろう。このタイプの社債を発行する会社は、決して多くない。それでも、格付けは、AA格(R&I)・A格(S&P)・A2格(ムーディーズ)と極めて高い。日銀による金融緩和の修正が翌週にあると期待される中でも、十分に高い信用力に対して国債対比+28bpsのスプレッドが付されており、1.054%という高いクーポンは、年度内最後の社債等の募集となることもあって、強い需要を集める結果になったようである。

これら以外に地方公共団体金融機構も定例の10年債を火曜日に210億円募集しているが、国債+9bpsと地方債並みの水準であり、当然のように順調に消化されたようである。4月以降の社債等の起債市場は、日銀による金融政策見直しの影響を受けて金利の水準が変わるであろうことから、まずは、スプレッドも含めて利回りの居所を模索する動きになることが期待される。

国内起債市場を斬る 起債評価:3/4~3/8

年度内で社債等を募集できるタイミングとしては、この週が終わるとほぼ残り1週間に絞られる。本来ならば、年度内に資金調達したい発行体と社債等を購入したい投資家とのせめぎ合う時期であるはずなのだが、金利の先高感が台頭し始めた中で、投資家はあえて購入を急がない。とは言っても、基本的に買いたい意向は強いようで、募集された社債等に対する強い需要は確認されている。金利動向の鍵となる日銀による金融政策決定会合の次回会合は3月18日と19日の開催予定であり、その結果を待っていると春分の日の休日が入ることもあって、社債等の募集可能な時期を逸してしまうことになる。外部からは金融緩和の「見直しが3月に行われる」とか「いや4月だ」とか観測が上がっているものの、当の日本銀行は直前まで姿勢を明らかにすることはない。近年メディアによるスクープで政策判断が事前にリークされている可能性もあるが、本来はブラックアウト期間が設定されているために、日銀関係者等から漏れるはずはない。

この週の社債等の募集は、株高や米国の雇用統計発表待ちで神経質な相場展開の中、決して案件が多くはならなかった。また、光通信が3年債・5年債・7年債を募集する中、3年債のみをソーシャルボンドとした他は社債等でSDGs債の募集はなく、一頃の盛り上がりと状況を異にする展開になっている。また、東京ガスの20年債と名古屋鉄道の12年債各100億円を除いて超長期債の募集はない。ガスと鉄道という業種は古くから超長期債を募集して来ており、マイナス金利解除の観測が高まっている中で、ようやく超長期セクターの発行体が以前の業態に戻りつつあるようである。引続き、鉄道、電力・ガスといった公益セクターが超長期債市場の主な発行体になるのであろう。

概ね5年債以上の社債等の募集で国債対比のスプレッドプライシングが復活しており、クーポンの絶対水準に目を向けると、投資家にとって決して1%の確保が難しくなくなっている。格付けの高い東京ガスの20年債1.647%クーポンや、名古屋鉄道の12年債1.252%クーポンという超長期年限の選択肢もあるが、短い年限でも1%の確保が可能になっているのが現在の起債市場である。三菱倉庫の10年債が国債対比+30bpsのスプレッドで1.035%クーポンとなっているが、5年債でもKPPグループホールディングスの1.167%クーポンや光通信の1.272%クーポンといった選択が可能である。これらをR&Iの格付で見ると、東京ガスがAA+格、名古屋鉄道がA格、三菱倉庫がA+格、KPPグループホールディングスがJCRのA-格、光通信がA格と決して低いと見られる水準ではない。

更に、GMOフィナンシャルホールディングスの3年債はJCRのA-格であるもののITと金融という業種特性もあって、1.7%と高いクーポンが付されている。従来はR&IのBBB+格を取得して社債を募集しており、今回JCRの格付けに切り替えたのは「格付けショッピング」であると指弾されても仕方ない。現在もR&Iの発行体格付けはBBB+格である。

国内起債市場を斬る 起債評価:2/26~3/1

日銀の金融緩和見直しの実施観測が高まり、日経平均株価が史上最高値を更新する中で、金利の先行きが不安視されるのは仕方ない。しかし、払込みまでの期間を考えると、社債等を募集可能なのは物理的に3月第二週あたりまでであるから、結果的に週後半に起債市場は盛り上がりを見せる展開となる。もちろん案件が集中するのは週末の金曜日であり、水曜と木曜に募集されたのは、日産フィナンシャルサービスの3年債400億円及び5年債100億円と、JERA(2014年東京電力(当時)および中部電力、包括的アライアンスの協議に入り準備開始し2015年4月設立。)の3年債300億円及び10年債100億円、合同製鐵第一回債の5年債50億円、コニカミノルタの3年債300億円及び5年債100億円であった。並べてみると分かるように、金額面で3年債の募集が多い。これまでイールドカーブコントロールのなし崩し的な見直しは行われているものの、マイナス金利解除にまで踏み込まれていないため、短い年限は大きく金利が動いておらず、次の日銀のアクションを考えて短い年限の社債を募集する動きが増えたものと考えられる。なお、これらの起債の中では。日産フィナンシャルサービスの5年債がグリーンボンドであり、JERAの10年債がトランジョションリンクボンドとなっている。

大量に社債等の条件決定や募集が行われた金曜日の案件の最大の特徴は、金利上昇前の個人投資家向けの条件決定であり、何と言っても、ソフトバンクグループの7年債5,500億円は巨額である。個人投資家向けの社債で7年という年限は異例の長さであり、期限前償還条項も付されていない。愛称として「福岡ソフトバンクホークスボンド」が付されているが、特にホークスグッスのプレゼントは提供されないようで、確認したところ(目論見書に記載がなく、主要販社のオンラインサイトを見ると)、「「お父さん応援隊長タオルハンカチセット(今治タオル)」を投資家あたり1セットずつプレゼントされるようである。週明けから募集開始の予定であるが、既にオンラインでの申込を締め切っている会社ばかりであった。投資家にとっては、7年という期間リスクを負うことになるものの、3.04%クーポン(ただし、源泉課税によって税引後の利回りは2.422%)は銀行預金に比して遥かに高い水準である。しかし、この比較は現時点での金利水準であり、今後7年間の預金金利の上昇を期待すると判断は難しくなる。個人投資家の場合は基本的に時価評価を要しないため、発行体がデフォルトしなければ信用力の悪化を懸念する必要はないと考えることが可能である。

同じく週明けからの募集開始で、オリックスが5年債300億円を0.677%クーポンで条件決定している。販社のオンラインサイトを見ると、ソフトバンクグループ債の申込みを締め切っているのに、オリックス債は受付中のところがあった。両社ともプロ野球の球団を持っており知名度は確保しているのであるが、格付けが大きく異なるため、顕著なクーポン水準の差によるものであることがわかる。オリックスは同日に条件決定した5年債100億円を機関投資家向けに募集しており、同じ0.677%クーポンに設定している。同じ5年債で個人向けと機関投資家向けに利回りを異なる水準にすることは特別の理由がない限り不適切であり、ソフトバンクグループのような高いクーポンにして発行額を増やすことは出来ないのである。

同日には、機関投資家向けでは、三菱UFJフィナンシャルグループの永久劣後債計2,000億円や、東京地下鉄の20年グリーンボンドなどが募集されている。また、5年債の募集が盛んで、オリックス以外にも、SBIホールディングスやサワイグループホールディングス、ゲオホールディングス、ソニーグループ、マツダ、東京センチュリー、日立建機が募集しており、合計で1,500億円近くに上っている。このうち、マツダがトランジションボンド、日立建機がグリーンボンドである。なお、ソニーグループの起債は3年債と10年債と合わせて1,500億円の巨額となっており、年度を通じて機関投資家向けの起債としては最大級の募集となっている。いずれの募集に関しても、投資家の強い需要が観測されている。