国内起債市場を斬る 起債評価:5/23~5/27

週の前半は静かに構え、週末に向けて一気に噴出するというまるで関脇「阿炎」関の立ち合いを彷彿する社債の募集の週となった。火曜日は地方公共団体金融機構によるFLIP債のみが募集され、水曜日はホンダファイナンスの3年債と5年債の2本立て計400億円の他クラレの10年債100億円と小規模の募集に留まり、木曜日も東急の10年債と20年債の2本立て計250億円、アサヒグループホールディングスの5年債と10年債の2本立て計600億円が募集され、徐々に募集金額の加速感が高まったように見える展開であった。ただし、ホンダファイナンスの格付けがR&IのAA格で、クラレはJCRのAA-格と高格付けであり、東急とアサヒグループホールディングスもJCRから取得している格付けはAA-格と、ここまではAAゾーンの高格付け起債が相次いだのである。

一気に社債等の募集が殺到したのは金曜日であった。条件決定された金額という意味では、楽天グループの個人向け3年物社債が1,500億円と最大の金額に見えるが、クボタの機関投資家向け社債も買収資金のリファイナンスの目的で、5年債と10年債とで同じく計1,500億円の総額を積み上げている。なお、楽天グループの個人向け社債には、楽天モバイル債という愛称が付されており、取り扱う楽天証券はインターネットセミナーで債券の基礎知識や『楽天モバイル債の魅力』に関する学習機会を提供している。楽天モバイルは、人口カバー率が高いと宣伝しているものの、大都市圏でも地下や高層ビルでの通信サービス提供に大いに難があるという批判は根強い。また、今年7月からの新料金プランでは3GB以内のデータ利用で月額料金が税込み1,078円とされ、6月まで1GB以内を無料としていたものからの騙し討ちの大幅値上げという批判を強く受けている最中である。楽天モバイルの設備投資に用いるという資金使途には則したネーミングではあるが、適切な愛称とは考え難い。3年債で0.72%クーポンという水準は高いようにも見えるが、JCRのA格という評価とモバイル通信のみならず様々なネットビジネスのコングロマリットである同社の将来性について、どのように評価するかで投資判断が分かれるだろう。

それ以外では、相変わらずGSS 債の募集が目につく。トヨタ自動車が業界トップカンパニーらしく独善的に命名している『Woven Planet』債は、5年債と10年債とで計600億円を募集しているし、大阪ガスは10年債・20年債・30年債の3本立て計310億円のうち、10年債100億円のみトランジションボンドの認定を取得している。戸田建設の10年サステナビリティリンクボンドは、温室ガスに関するSPTsが未達の場合、寄付を行うという最近の典型的な起債形式で100億円を募集しているし、東北電力も5年債と10年債で計300億円募集するうち10年債のみがグリーンボンドである。また、東武鉄道も3年債と10年債の2本立て計200億円のうち、10年債だけがグリーンボンドになっている。調達した資金の使途が異なるとは言え、実際はお金に色がなく、却って分別管理を行い、投資家等への情報開示を行う必要があるGSS債を、一部の起債にだけ採用するというのは、発行体にとってのメリットは大きくない可能性がある。第三者機関等による認定のコストなどとも関連するが、情報開示などで投資家とのコミュニケーションを強めるのであれば、起債全般をGSS債とした方がよほどスッキリ整理できるのではないだろうか。
夏場所(2022年5月)の関脇阿炎も、期待されつつ7勝8敗。もろ手の突き一本で立ち合い勝負で相手に向かうも、次の一手が出ないため、GSSのような『叩き込み』で土が付く。投資家を唸らせる起債が待ち遠しい。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/16~5/20

漸く3月期決算企業の決算発表シーズンが終わり、社債等の募集に至る案件が増えて来た。しかし、中身を見ると、シーズン当初に動く事の多い電力関連債券に加え、SDGs債がほとんどである。実は、SDGs債という呼称も日本証券業協会が提唱しているものの、必ずしも海外で一般的な表現ではない。一方で、ESG債といった表現を使われることもあるが、Environment・Social・Governanceという三要素を中心に据えたESGという概念は必ずしも、現在の起債市場の実勢にそぐわないものである。少なくともガバナンス債という概念は成立しない可能性が高い。ICMAの策定した原則等で定義されているのは、グリーンボンド、ソーシャルボンド、サステナビリティリンクボンドの三種であり、別途、サステナビリティボンドのガイドラインが設けられている。海外では、グリーンボンド等の頭文字を取って、GSS債といった表現も用いられているようだが、少し実務における定着等の様子を見てみたい。将来的にSDGs債やGSS債といった表現について変更する可能性があることは留意されたい。

この週で目立ったのは、まず、電力関連のトランジションボンドである。主に化石燃料を燃焼して発電している従来型の電力会社にとっては、特定の再生可能エネルギー等による発電プロジェクトを抜き出してグリーンボンドの認証を得ることも不可能ではないが、トランジションボンドを打ち出すことがより適切であろう。世の中の流れもあって、電力各社が温室効果ガスの排出抑制と再生可能エネルギーの活用に向かっている中では、トランジションの評価を受けることが妥当であろうし、やや無理筋のプロジェクト単位でグリーンボンド認定を取得することに対しては、グリーンウォッシュの誹り(そしり)も免れない可能性がある。具体的な起債としては、九州電力の5年債及び10年債がトランジションボンドとされ、また、JERAの5年債及び10年債も同様である。後者については、東京電力と中部電力の火力発電事業を統合した経緯もあって、トランジョションボンドとしての取組みにこそGSS債募集の活路があるように思われる。なお、北陸電力の二本立て、関西電力の三本立て、電源開発の二本立ては通常の電力債もしくは社債として募集されており、中部電力の二本立ては5年債が通常の電力債で、10年債のみがグリーンボンドとしての認定を得ている。

その他に、グリーンボンドとしての認定を得たのが住友商事の10年債とJR東海の35年債であり、日本学生支援機構の2年債はソーシャルボンドとなっている。また、鉄道建設・運輸施設整備支援機構の5年債と10年債の二本立てはサステナビリティボンドである。結局のところ、GSSのいずれかに該当するような可能性のある発行体なら、GSS債のラベルを得て投資家にアピールできることもあって、有効活用出来る可能性が高い。認証に要するコストも必要となるが、社債等の売れ行きにプラスとなるかどうか需要調査の段階で検討する価値はあろう。ESG投資を掲げる投資家は少なくなく、GSSのラベルが付いた起債を購入することのメリットは投資家側にもあるし、結果的に、取扱う証券会社をも利することになる。ラベルの認証機関も手数料収入で潤い、メディア受けも良いというのであれば、誰にとっても失うもののないWin-Winの関係となるのだが、果たして欠落している視点はないのだろうか。より、現実に沿った検証が必要である。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/9~5/13

GWが終わっても、3月期決算企業の決算発表シーズンという市場の動きが鈍くなる要因は解消されていない。そのため、引続き起債市場での社債等を募集する動きは少ない。間もなく到来すると思われる社債等の募集が盛んになるシーズンを控えて、発行体との調整準備に勤しんでいるのであろう。こういった状態の期間に社債等の募集に動くのは、公的セクターや電力会社というのが例年のパターンである。実際に、この週に社債等を募集したのは、まず、地方公共団体金融機構の定例であり、10年債300億円のみが募集された。次に、住宅金融支援機構は、15年債100億円・20年債100億円・30年債300億円の計500億円の財投機関債を募集している。30年債だと国債対比+10bpsのスプレッドでも、クーポンが1%を越える水準となっており、公共セクターの安定を好む投資家の需要を集めている。他の年限と比べて、募集金額が圧倒的に大きく目立っている。

東日本高速道路の社債も、準財投機関債と言える公共セクターの起債と言える。今回募集したのは、2年債400億円および5年債800億円の計1,200億円と大きな金額になった。2年債のクーポンが0.08%で5年債のクーポンが0.105%と、昨今の金融情勢を反映して一頃より高い利回り水準になっている。発行体側から見れば調達コストの上昇ということになるが、投資家から見れば期待収益の増加であるから、好ましい状況と言っても差支えないだろう。発行体側も国債の流通利回りが上昇しているのであれば、組織内部的にも説明が付くと考えられる。この利回りの上昇は、市場の拡大や安定には好ましいものと考えて良いだろう。日銀による金利の押下げとスプレッド圧縮が長期にわたったことの反動が、これから生じてくる可能性が高い。極端に低利の社債等が売れなくなる懸念を持っておくべきであろう。

中国電力が募集したのは、12年債と20年債各100億円である。12年債が0.67%クーポンで20年債が0.97%クーポンで募集された。20年債については、4月頭に同社が募集した際のクーポンが0.9%であり、超長期金利の変動幅が大きくなっていることを考えると、やや利回り水準に物足りなさがあろう。100億円の起債であったからこそ消化可能となったと見るべきである。

これらの起債の他、丸井グループが1年債1億3000万円を自己募集している。特徴としては、先行したSBI証券などと同様にセキュリティトークンを利用していることである。最低投資単位は1万円で、社債管理者も設置されているが、個人投資家保護の観点からIT技術に全幅の信頼を寄せるのは躊躇されるかもしれない。特に、1%クーポンと極めて高水準の利回り設定になっているがものの、源泉徴収等控除後の利息の7割を同社のエポスポイントで付与する仕組みには、やや疑念を覚える。エポスポイントは確かに1ポイント=1円の換算が可能になる仕組みであるが、運営主の恣意性が介入する余地はある。例えば、セールスイベントなどの際に、エポスポイントの付与率アップとかが行われていることを考えると、1%クーポンという公表を過大表示と考える余地があるのではなかろうか。ポイントの換金性を停止されたり交換比率が変更されたりした途端、1%の高いクーポンは画餅に帰する。個人投資家向けの社債募集であり、適正なポイント運営が行われることについて何らかの担保が必要であろう。ブロックチェーンを活用したデジタル社債といった新奇な面にのみ目を向けず、しっかりと債券としての中身を考えたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:4/25~5/6

GWを挟む時期は、金利の動き易い時期であるが、起債市場は動きが鈍くなる時期でもある。一つには、日本以外にも、メーデーを祝日として休む国が少なくない。良く知られるのは、新型コロナ感染拡大以前に訪日客の多かったことで知られる中国であるが、他の先進国でもヨーロッパの多くの国が5月1日を祝日としている。その結果、為替だけでなく金利も大きく変動することが少なくない。また、米FRBや日銀の政策判断が行われる時期となっていることもあって、金利水準の動きが大きくなりがちである。更には、3月決算の発表日をゴールデンウィークの前後に予定する企業も少なくない。そのため、金利の変動だけでなく、ヘッドラインリスクも考慮すると、社債等の条件決定や募集を行う発行体は躊躇しがちになる。投資家側も、募集日から払込日まで日数が開くことが考えられるため、投資判断を消極的にする傾向が見受けられる。こうして、発行体と投資家との双方の理由から、この期間の起債市場の動きはあまり見られなくなってしまう。

実際に、4月最終週から5月の頭までに行われた社債等の募集は、4月27日に募集された光通信の2本立てくらいのものである。光通信は、近年、格付けがR&I・JCRともA格にまで高まっていることもあり、長めの年限での起債も少なからず行っている。今回の起債も、5年債150億円および10年債100億円の計250億円とまとまった金額である。しかも、事務主幹事として継続して野村證券が担当しており、日本国内最強の販売網がサポートする形になっている。長期から超長期の金利水準が上昇していることもあって、光通信の10年債に付されたクーポンは1.17%と1%を超える。4月全体を見回しても、1%を越えるクーポンを付された社債等は、東京電力パワーグリッドの15年債、四国電力と九州電力の30年債、日本政策投資銀行と大阪大学の40年債、JR東日本の50年債といった顔触れだけである。10年債で1%を越えるクーポンが付された意義は極めて大きく、光通信の10年債を投資可能と判断するなら、妙味はあろう。

米国の更なる利上げを受けて、為替も株も変動幅が大きくなっており、日銀のコントロール外となっている超長期年限の金利水準も上昇している。このため、社債等の発行コストの増大を懸念する発行体に対して、投資家は従来より高い利回り水準を期待することが可能な状況にある。日本銀行は10年国債に対する指値オペを継続する姿勢を示しているが、何処まで市場介入が有効かは疑問視されており、特に、日米金利差の拡大によって為替が円安方向に動くことの影響が強く懸念されている。円安による輸入物価の上昇が日銀の目標とする2%の物価上昇を数値的には実現可能とするかもしれないが、輸出推進効果の発現がほとんど期待できず、賃金上昇を実現できるような状況にもないことから、スタグフレーションに近い状況の発生が懸念されはじめている。人為的な低金利から日本の金利市場は離脱することが出来るのだろうか。起債市場が活性化するのは、まだ先のことのように思えてしまう状況である。