国内起債市場を斬る 上期末特別号:金利上昇と社債投資

先週の起債市場は一般的な社債等の起債が見られず、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券の募集はあったものの、完全に上期末の起債オフシーズンに入っている。そのため、今週と来週との2回にわたって、現在の金融環境と社債投資について考えてみたい。今週は金利上昇と社債投資について考えてみる。

現在足元で確認される金利上昇の背景には、米欧の中央銀行が物価上昇に対応して早急に政策金利を引き上げていることがある。元来、物価が上昇すれば、フィッシャーの恒等式で示されるように、金利はある程度連動して上昇するするものである。短期金利である政策金利の引き上げが金利の期間構造に基づいて長期金利を上昇させることもあって、イールドカーブ全体が上方に押し上げられることになる。欧米の金利が上昇する中で、日本だけは日銀によるイールドカーブコントロールの下で金利上昇を抑制されているが、管理対象となっているのは短期金利と10年国債利回りのみである。そのため、10年国債利回りよりも短い残存9年の国債利回りの方が高いという逆イールド構造が現出している。日銀によって作り出された市場の歪みである。数カ月前にも国債先物と連動する残存7年国債利回りと10年国債利回りとが逆転したこともあったが、日銀は市場取引を通じての介入であるため、市場構造を歪めている認識はないと否定する。それでも、コントロール対象外にある超長期金利は、明らかに上昇している。10年国債利回りの上昇が抑止されているため、野放図に上昇することはないが、何らかのきっかけがあると容易に上昇する可能性が高い。

先行きの金利上昇が確実視されるようになると、発行体の調達意欲が高まる一方で、投資家の購入待ちという委縮した緊張関係の生じる可能性があるものの、低金利の長期化を経た後では、1.5%とか2%といった節目を越えた水準でまとまった投資意欲が確認されることだろう。しかし、足元では日銀が少なくとも年度末までの金融緩和姿勢を崩しておらず、発行体も投資家も動き難い状況にある。上期末の起債市場があまり盛り上がらなかったのは、発行体も投資家も急いでアクションを起こす必要性を感じていない状況だからであろう。

投資家側が見落している可能性がある視点の一つは、金利上昇による企業経営の悪化である。金余りのために低金利下で有利子負債比率を必要以上に高めた企業は多くないと思われるが、資金繰りを低利の銀行融資に依存している企業は、今後の金利上昇を耐えることが出来ない可能性はある。金利上昇によって信用力の低い企業が炙り出されることになり、クレジット市場に逆風が吹くこととなるかもしれない。また、大企業の中にも巨額の負債を抱えている発行体があり、今後の金利上昇によっては、経営状況に対する懸念が高まる可能性を否定できない。近年の低金利環境に慣れ切った投資家は、金利上昇に加えて信用悪化という思わぬダブルパンチを浴びる可能性を、少なくともリスクシナリオとして持っておきたいものである。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/12~9/16

上期末の起債ラッシュシーズンは、尻切れトンボの感がたぶんにある。金利の先行きが不透明に感じられるため、発行体が積極的な起債への取り組みを取らなかったのと同様に、投資家側も投資を積極的に行う体制を取らなかったように思われる。欧米を中心とする利上げのトレンドに対し、日本の金利は日銀のイールドカーブコントロールによって変動そのものが抑制されている。超長期年限についてのみ日銀のコントロール範囲外で金利水準の上がっている中では、超長期年限での積極的な起債は難しい。この週の起債は、サムライ債やグローバル債等を除いた国内発行の社債等という意味では、JERAの3.5年債、中日本高速道路の5年債、USEN-NEXT HOLDINGSの5年債、群馬銀行の期限前償還条項付10年劣後債、国際協力機構の10年債及び20年債、地方公共団体金融機構の7年債だけに限られた。

USEN-NEXT HOLDINGSの5年債は、格付けがBBB(R&I)格ということもあって、クーポンは1.02%という高水準である。絶対水準を求める投資家にとっては、一つの基準をクリアしていると思えただろう。正式な社名としても、ホールディングスがカタカナ表記でないことは要注意である。歴史的には、社名に表れているように有線放送に端を発し、光ファイバー等のブロードバンドネットワークサービスや映像コンテンツの配信といった辺りが個人に関係するビジネスであり、それ以外に、店舗・施設などへの有線放送やPOSシステム、キャッシュレスシステムの支援・提供を行っている。ネット情報によると、2017年にU-NEXT、USENが経営統合、株式会社U-NEXT(初代法人)を株式会社USEN-NEXT HOLDINGSに商号変更し、傘下に14社の事業会社を置く企業体のようだ。文字どおりやや変動性の高いビジネスを営んでいることに加え、これまでに買収や分割を頻繁に行って来たため、初回債の購入に慎重となった投資家は少なくないだろう。

民間企業による社債発行という意味では、残るのはJERAである。東京電力と中部電力の火力発電事業を統合した発電会社であり、ガスの販売も手掛けるものの、基本的に直接家計が接することはほぼないだろう。東京電力管内であれば東京電力エナジーパートナー、中部電力管内であれば中部電力ミライズといった小売電気事業者が、ユーザーに対することになる。電気事業法附則に基づいた一般担保付社債を発行することは出来ないものの、信用力としては必ずしも低くはない。JERAの取得している格付けはR&IのA+格とJCRのAA-格であり、東京電力ホールディングスが取得しているR&IのA-格とJCRのA格より2ノッチずつ高く、中部電力が取得しているR&IのA+格とJCRのAA格よりJCRで1ノッチ低い水準である。

JERAは1週間前にも22年債53億円及び24年債53億円と年限も金額も半端な起債をしているが、今週の起債は募集額こそ200億円とまとまっているものの年限は3.5年債であった。いずれも引受証券の単独案件であり、起債運営としては、投資家及び引受証券に無理を強いていた東日本大震災以前の東京電力には似ておらず、むしろ年限等の唐突さが中部電力に近いように感じられるところがある。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/5~9/9

今年度上期の起債シーズン、最後の追い込みの時期に入ると、従来とは異なった銘柄や種類の社債が募集されるのが、例年も見られる流れである。この週も、イビデンやキッツ、THKといった滅多に社債を募集しないメーカーによる起債が目立った一方で、結果的には電力関連の起債が金額ベースでは大きくなっている。

電力関連の起債と言っても、伝統的な電力債の枠組みに入らないものばかりが募集されているのも珍しい。東京電力と中部電力の火力発電等に関する合弁会社であるJERAは、一般担保付きの社債によって資金調達することが認められていない。なお、既存の電力会社の一般担保も、電気事業法附則第17条の規定で認められているものであり、同20条の規定によって令和6年度末までに発行されたものまでとされている。この週にJERAが募集したのは、22年債と24年債といずれも半端な年限であり、しかも募集金額はそれぞれ53億円という端数付きである。社債の金額が1億円単位であるから何らの問題もないのであるが、10億円単位に慣れていると、奇異な感じは否めない。

もう一つの電力関連の起債は、東京電力リニューアブルパワーによる5年物グリーンボンド300億円である。社名に表れているように、水力を含む再生可能エネルギーによる発電会社であり、グリーンボンドとしての適格性は認められやすい。一方で、一般担保を付されていないため、JERAと同様に信用力評価の際には注意が必要である。東京電力ホールディングスによる支払保証が付されていれば明確であると考えられるものの、持株会社の100%子会社であるから、基本的には持株会社と同等の信用力を有すると考えて良いだろうし、ESGやSDGsを重視する最近の潮流を考えると、持株会社から切り捨てられる可能性は極めて低いだろう。

最後の電力関連は、東北電力の劣後債である。劣後特約が付されているために一般担保の対象とならず、利払繰延べや期限前償還が可能になっている。最終償還の35年物が1,330億円、37年物が260億円、40年物が820億円、45年物が390億円と総計で2,800億円と巨額の募集となっている。期限前償還が最初に行われるならば、それぞれ5年債、7年債、10年債、15年債であり、クーポンはそれぞれ1.545%、1.754%、2.099%、2.521%と極めて高い水準で設定されている。取得した格付けはR&IのA-格及びJCRのA+格であって、決して低過ぎる水準ではない。期限前償還を前提にすれば投資妙味は高いようにも思えるが、一般担保付電力債などの優先債務が弁済された後には、どう考えても残余財産は何もないため、劣後債の弁済率は0%になることが必至である。東日本大震災のような大規模災害が発生した際に政府からの支援があれば問題ないとも考えられるが、「もしも」のことは何も約束されていない。期限前償還されない可能性を完全に排除できない中では、見た目のクーポンの高さのみに飛びつくべきではないだろう。もっとも、期限前償還をスキップした場合には、1年物国債利回り連動の変動利付債になることが予定されており、日銀によるイールドカーブコントロールが終了していれば、却って高い利回りを得られるかもしれない。要は、劣後事由に該当したり、利払の任意停止による繰延べの生じないことを期待するしかない投資対象なのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/29~9/2

いよいよ、上期末の起債の動きが本格化して来た。時期的な要素も大きいが、一方で、530兆円の国債を買い入れている日銀が、頑なまでに金融緩和の姿勢を変更しないことで、金利の先高感が薄れたために、上期中に起債を計画していた発行体が、計画遂行に向けて動いている。必ずしも起債ラッシュとまでは行かないが、金曜日には個人投資家向け社債や財投機関債を含めた社債等の条件決定は、計8発行体で15本に上っている。1営業日という意味では、十分に盛り上がった状況である。概ねあと2週間程度が上期中に残された社債等の募集期間であって、この週に条件決定した発行体の顔触れも様々となった。

週を通じて必ずしも起債ラッシュという実感に至らないのは、条件決定がそこそこの本数見られる一方で、大型案件が見られないことも影響している。発行体ごとの募集金額を見ても、最大が野村ホールディングスのTLAC対応債で、3年債425億円・5年債165億円・10年債45億円の計635億円である。それに続くのは、日本高速道路保有・債務返済機構が4年債300億円と20年債150億円とで計450億円を募集した程度である。以下に続く案件も、小ぶりな物ばかりである。なお、暫時見られた億円単位で刻んだ募集額の案件は見られず、野村ホールディングスの5億円刻みが目立つのみであった。

週を通じて見ると、電力債や財投機関債の募集はあるものの、メーカーとメーカーのファイナンス関連会社による募集が目立ったように思える。日本精工が5年債140億円と10年債110億円の計250億円を募集し、岩谷産業(東証の業種分類は卸売業)は7年債と10年債各100億円で、ホンダファイナンスは3年債と5年債各200億円を、三菱重工業は5年債と10年債各100億円で、ツムラは7年債と10年債各150億円を募集している。並べて歴然としたのは、複数年限を募集した場合に、金額が年限で揃えられているものが多いことだろう。起債頻度が大きくないために、償還年限の分散を強く意識しないで済んでいる発行体が少なくないようだ。

なお、電力債では中国電力が4年債200億円と8.5年債100億円という珍しい年限の組み合わせを募集した他、中部電力は20年債単独を120億円募集し、北陸電力が7年債180億円を募集している。いずれも金額としては決して大きくない。その他に、SDGs債を見ると、日本高速道路保有・債務返済機構と都市再生機構の財投機関債がいずれもソーシャルボンドの認定を得ている。いずれも民間事業と重複する事業内容ではあるが、独立行政法人として存続している意義を考えると、ソーシャルボンドとしての発行体に相応しいと考えて良いだろう。都市再生機構が募集した債券は、20年債100億円・40年債120億円・50年債30億円と、相変わらず超長期の年限が主体であり、いずれも1%を越えるクーポンが付されている。また、三菱重工業の募集した社債のうち、5年債はトランジションボンドの認定を得ている。脱炭素化などへの取り組みという資金使途が示されているが、同時に募集した10年債は認定を得ていない。お金に色はないものの、調達後の情報開示等を考えると、すべての起債についてトランジションボンドの認定を得ることを回避したものと想像される。