国内起債市場を斬る 起債評価:12/19~12/23

この週は、通常の社債等の募集は終わったと考えられていたが、実際には、12月20日にみずほフィナンシャルグループが永久劣後債770億円を募集している。起債観測が上がっていたためにサプライズではなかったが、ここまで年末が迫った時点での募集は珍しい部類に入るだろう。払込みは12月26日であり、確かに御用納めの前ではあるが、クリスマスを過ぎたタイミングで欧米は休暇状態であり、日本の市場も完全稼働とは言い難い。外資系の証券や運用会社などでは、年次休暇の消化義務から休みとなっている場合も珍しくないのである。

今回は個別の起債の評価というよりも、少し劣後債について考えてみたい。この週に募集されたのは銀行持ち株会社のものであったが、これまで銀行や証券、保険会社による劣後債の募集は、古くから自己資本規制対応という目的であった。一部の金融機関が募集した劣後債でデフォルトした例はあるものの、多くが期限前償還された後、引続き、債券やローンの形でロールされている。それが高いコストを払いながらも自己資本として算入するための要件である。期限前償還をスキップしたものは、海外で募集した銀行の優先出資証券の例は知られているが、国内で公募されたものはない。

一方、近年の起債市場で注目を集め、2022年度に入って金利水準の上昇から急速にブレーキのかかった感が強いのが、事業会社による劣後債の募集である。そもそも劣後債を語感のイメージが悪いからと言って、ハイブリッド証券と言い換えはじめたところから、発行体も、引受証券も姑息である。確かにハイブリッドという英単語は、雑種や混成といった意味であり、債券と株式の中間の特性を持つ証券群をハイブリッドと呼称するのは、海外でも見られる。しかし、日本においては、ハイブリッドが良いイメージで取られる傾向にある。かつて某ゴルフ道具メーカーがハイブリッドと呼称するクラブ等のラインナップを有していたが、現在は、ウッドとアイアンの中間的なユーティリティクラブの特性をハイブリッドと説明しており、他のゴルフクラブメーカーも同様の用法で用いるようになっている。また、一部の自動車メーカーが、ガソリン燃料と蓄電池を併用する自動車をハイブリッド車と称して、高い売れ行きを誇ったことは記憶に新しい。しかし、ヨーロッパ等の自動車規制においては、将来的には新車販売はガソリン燃焼車と同じに扱われて停止されてしまうことになり、中途半端な位置付けが露呈したのである。結局のところ、ハイブリッド証券と美しいかのように言っても、その特性は、劣後性を帯びた債券や優先株でしかないのである。語感に惑わされてはいけないのである。

金融機関とは異なって、自己資本比率規制や監督官庁による縛りのない事業会社の場合には、期限前償還するかどうかは、主として経済合理性による。市場におけるレピュテーションも考慮されるだろうが、頻繁に市場から社債等を発行しないのであれば、悪評も暫時容認すれば良い。既に、資本性証券やローンの借換えによる継続方針を反故にした事業会社が存在する。日本銀行が金融緩和政策の修正をはじめたことで、今後の金利上昇懸念が高まると、期限前償還されない可能性を意識せざるを得ない。期限前償還を前提とした投資方針や償還スケジュールが狂ってしまうかもしれないのである。当然、投資家の姿勢は慎重になるだろう。

劣後債の発行が冷え始めた頃に募集されはじめたのが、電力会社の劣後債である。ところが、現時点では電気事業法の附則によって一般担保付社債の発行が認められているために、電力会社の劣後債が意味するものは、一般担保付社債を発行できないJERAなどを含む一般の事業会社とは大きく異なる。一般担保付社債を発行している電力会社の弁済順位は、先取特権>電力債等一般担保債権>銀行等通常債権>劣後債券>株式となるが、事業会社等の場合の弁済順位は、先取特権>銀行等通常債権>社債間限定同順位社債>劣後債券>株式となる。つまり、一般担保付社債を発行できない事業会社等の劣後債については、弁済率が一般社債と大きく異ならない可能性があるのに対して、電力会社の劣後債は一般担保付電力債と弁済順位がまったく異なるのである。投資家は、もう一度この違いをきちんと理解すべきであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:12/12~12/16

12月の起債市場は、前週の大花火大会の様相から一変、この週は残り火のような5日間だった。社債等で募集された金額は、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券を加えても、総計で1,200億円を少し越える程度にしかならない。地方公共団体金融機構のFLIP債の中で第717回の9年債が100億円とやや大きめな額であったことが奏効しているが、他の複数回号の募集案件も小粒感が否めない。

金額が大きく積み上らなかった一つの要因は、募集された劣後債が大きな金額を求める案件ではなかったことであろう。三井住友トラストホールディングスの劣後債は、10年債で期限前償還が5年経過時以降に可能となるものであり、機関投資家向けと個人投資家向けに100億円ずつが募集されている。ステップアップ後の変動利付期間のクーポンの算式が、個人投資家向けは5年国債利回り連動であるのに対し、機関投資家向けはTibor連動とされている違いはあるものの、ほぼ間違いなく期限前償還されるまでの5年間の固定利率クーポンは0.85%で揃えられている。

もう一つの東京ガスの劣後債は二本立てで、いずれも最終償還が60年と設定されており、第1回債は期限前償還が5年経過時点以降に可能で、第2回債は7年経過時点以降と設定が異なる。当然、第1回債の当初クーポンが0.735%に対し、第2回債は1.149%と大きく引き上げられている。募集額は第1回債が101億円で、第2回債が97億円と刻まれているが、二本でほぼ200億円となった。変動利付期間の基準利率は、1年国債利回りとされている。いずれもトランジションボンドと認定されており、低コスト水電解用セルスタック開発、メタンを合成するメタネーション試験、風力発電やバイオマス発電といったプロジェクトに資金を用いるとしている。こういった業種の発行体には、トランジションボンドが馴染むものと考えられる。

民間企業による唯一の普通社債の募集が、野村総合研究所による5年債300億円・7年債250億円・10年債100億円の計650億円の募集であった。資金使途はCP及び借入金の返済という定番のものであるが、SDGs債の募集で長々と資金使途などが記述された追補目論見書を見慣れてしまうと、こうした定番の返済目的の記述はあっさりと簡素なものに見えてしまうのだから、慣れというものは恐ろしいものである。

起債観測はチラホラ聞こえて来るが、カレンダーを見ると年末が押し迫っており、昨年もこの次のタイミングの起債案件は1月以降であった。2022年は、これで最後ということになるのだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:12/5~12/9

さすがに12月の起債市場は、案件が多いだけではなく、募集される社債等の業種も幅広く別世界の盛り上がりである。500億円以上の大型案件だけを見ても、三井住友フィナンシャルグループの永久劣後債が2本立てで計1,070億円、中日本高速道路の5年債750億円、地方公共団体金融機構の5年債・10年債・20年債の計610億円、JERAの三本立て劣後債計965億円と、劣後債を中心に錚々たる顔触れになっている。その一方で、R&IのBBB格であるプレミアムウォーターホールディングスは3年債と5年債の計46億円と小額の募集になっているのが目を引く。

業種としては、ノンバンクや電力関連、鉄道といったところが目立っているし、メーカーによる起債も少なくない。また、財投機関債を中心とした公共セクターでも活発な起債が見られている。中でも、9日の金曜日に募集された中で、10年物の財投機関債3本は比較してみると面白い。具体的には、国際協力機構、福祉医療機構、沖縄振興開発金融公庫という発行体である。国際協力機構と福祉医療機構がソーシャルボンドで、沖縄振興開発金融公庫はサステナビリティボンドになっている。いずれもR&Iによる格付けは、日本国債と同等のAA+格であるが、相対的に起債頻度の多い国際協力機構のみが国債対比+31bpsと他の二つよりタイトなスプレッドで、0.559%クーポンでの起債となっている。残りは、同対比+32.5%bpsの0.574%クーポンである。確かに国策との距離感やS&PからもA+格の評価を得ているなど、国際協力機構には発行体として一日の長があるのだろう。

なお、同日に募集された日本高速道路保有・債務返済機構の4年債及び19年債の計250億円の財投機関債もソーシャルボンドの認定を得ており、以前から指摘して来たように、財投機関債は基本的にソーシャルボンドとしての適格性を有することが広く認められつつある。ソーシャルボンドに加えてグリーンボンドの特性も有すると、沖縄振興開発金融公庫のようにサステナビリティボンドとなる構造である。また、東京工業大学の募集した40年債(東京工業大学つばめ債)は財投機関債ではないが公共セクターによる起債であり、サステナビリティボンドの認定を取得しての募集となっている。

募集された社債等のクーポンの絶対水準を意識してみると、低格付けのプレミアムウォーターホールディングスの5年債が10億円とほぼ実質的な最小額の募集であるが、2.1%クーポンとなっている。また、JERAの募集した劣後債は、電力関連のプレミアムが乗ったこともあって、早期償還が5年で可能となる35年債ですら2.144%クーポンとなっている。他の37年債と40年債(いずれも早期償還によって実質的には7年債及び10年債となることが期待される)も、2%を越えるクーポンが付されていることも興味を引く。前週に募集された沖縄電力の劣後債では、7年後に早期償還の可能となる30年債は2%を下回るクーポンであったことを考えると、格付けや募集金額の差だけでなく、実質的には火力発電専業に近いJERAがESGの観点から投資家に敬遠されている可能性は否定できない。沖縄電力が原発を保有していないために、他の電力関連の発行体とは明らかに異なる位置づけにあると理解すべきであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:11/28~12/2

起債市場は、前週は勤労感謝の祝日があったために盛り上がらなかったが、この週は火曜日から社債等の募集がはじまり、金曜日には一大起債ラッシュとなっている。また、11月末を挟むという時期もあって、個人投資家向けの社債条件の決定も少なくない。東急の5年サステナビリティボンド100億円、ソフトバンクグループの7年債3,850億円、北海道電力の3年債100億円、北陸電力の4年債100億円、四国電力の3年債125億円、楽天カードの5年債500億円と5,000億円に近い額の条件が決定されている。ボーナスシーズンに特有の現象とも見えるが、顔触れを見ると電力会社に加わったのが、ソフトバンクグループと楽天カードといった、未だにネット社会を象徴する2社であり、この2社だけで4,000億円を越える金額となっている。しかし、楽天カードの5年債はまだしも、持株会社であるソフトバンクグループの7年債のリスクを個人投資家は的確に認識しているだろうか。事業会社だけでなくファンド等への出資も多く、必ずしも投資先に関する十分な情報開示がされている状態にはない。個人投資家が携帯電話会社と誤解している可能性は少ないと心配するのは筆者だけではないであろう。7年債で2.84%という高いクーポンが付されている背景を、販売する証券会社は購入希望者に正確に伝える義務がある。

起債ラッシュの中では、メーカーによる起債も少なくない。DM三井精糖ホールディングスの3年債100億円や雪印メグミルクの5年グリーンボンド50億円、森永製菓の5年サステナビリティボンド90億円のように小規模のものもあるが、アステラス製薬の3年債300億円及び5年債200億円の計500億円、旭化成の3年債100億円・5年債200億円・10年債200億円の計500億円、ソニーグループの3年債800億円及び5年債700億円の計1,500億円といった大型の起債も見られている。起債シーズンの後半をメーカーによる大型起債が飾るのも、よく見られる光景である。

既に触れた起債以外にも、SDGs債の募集は少なくない。東急は個人向けのサステナビリティボンドに加えて、機関投資家向けには10年のサステナビリティリンクボンド100億円を募集しており、資生堂も5年サステナビリティボンド200億円を募集している。西部ガスホールディングスの5年債100億円及び10年債50億円はトランジションボンドである。最近は単純なグリーンボンドがレアになりつつある。より多く見られたのが、公的セクターによるSDGs債の募集である。新関西国際空港の2年債100億円・20年債60億円・30年債70億円はソーシャルボンドで、西日本高速道路の2年債366億円及び5年債700億円もソーシャルボンド、都市再生機構の20年債130億円及び40年債50億円もソーシャルボンドと公的セクターの特性に相応しいソーシャルボンドが多い。それらに加えて、水資源機構の3年債70億円はサステナビリティボンドとされている。同機構の果たす役割や機能を考えると、それも違和感はない。

国内起債市場を斬る 起債評価:11/21~11/25

前週の市場で見られた盛り上がりは、イリュージョンだったのだろうか。結果的には、水曜日である11/23が勤労感謝の日だったために、休日明けの営業日には社債等を募集しづらいという市場慣行から、この週での社債等の募集は限定的なものとなった。しかも月末に近いという事情もあって、財投機関債も住宅金融支援機構の第187回貸付担保債券が募集されただけとなり、寂しい週となった。考えようによっては、12月に入ってからの起債ラッシュに向けてエネルギーを蓄えているのでは、という期待がないでもない。聞こえて来る起債観測を見ても、ノンバンクや鉄道等運輸といった定番に近い銘柄に加えて、種々のメーカーによる起債も準備されているようである。ボーナスシーズンを当て込んだ個人投資家向けの社債募集も複数あることが判明しており、徐々に盛り上がりの熱が戻って来るものと期待したい。

この週の民間企業による社債は、結局二つの発行体に限られた。一つは、火曜日の22日に募集された三井金属鉱業の5年債である。非鉄金属に分類される三井グループに所属するメーカーであり、金属精錬の他に、電子材料・自動車部品などを製造している。日経平均株価にも採用される企業であるが、直接の消費財メーカーではないため、知名度はさほど高くないようだ。もっとも、同社の創業地としてもよい神岡鉱山が鉱毒のカドミウムを排出したことで、イタイイタイ病が発生しており、同社の製品は知られていなくても、しでかした事は良く知られている。現在の格付けはJCRのA-格であり、イタイイタイ病の補償による財務面での圧力は、ほぼ影響が無くなったと考えて良いようである。5年債という年限の設定は悪くなく、必ずしもフリークエントイシュアーでないこともあって、100億円の募集金額は問題なく消化されたものと思われる。

もう一つの発行体は、本田技研工業のノンバンク関連会社であるホンダファイナンスであった。お定まりの3年債及び5年債のセットを25日の金曜日に条件決定し、今回は各150億円が募集金額であった。実質的な親会社である本田技研工業の業況については、決して良好とは思えず、ESGが強く意識される中でガソリンエンジン搭載自動車の先行きは決して明るくない。先進国以外の市場においても、よりクリーンな移動手段が求められるようになっており、ハイブリッドカーだけでなく、燃料電池車などの新規領域への技術革新が求められている。ホンダファイナンスの格付けは、R&IのAA格及びムーディーズのA3格という高格付けを獲得しており、3年債及び5年債という年限設定も投資家が不安を抱くような年限ではない。それでも、5年債のクーポンは0.495%に設定されており、前述の三井金属工業の0.58%と比較すると、格付け対比で割安感を持った投資家も少なくなかったのではなかろうか。今回の起債が第78回及び第79回であり、目新しさがないというのも利回りを押し上げる材料となったようだ。