国内起債市場を斬る 起債評価:7/3~7/7

毎年、7月前半は起債ラッシュになる。株主総会シーズン明けというタイミングに加えて、財投機関債が四半期頭の調達を行うためであるが、電力会社等の公的機関に近い民間企業も四半期頭の起債を意識するところは少なくない。その上、暑い夏を迎えて、8月には市場の動きが自然と閑散になることを考えると、年度第二四半期の起債という意味では、7月一杯と上期末を狙った8月最終週から9月中旬までの期間しかチャンスはない。早速、7月に入って早々から週後半を中心に起債ラッシュと言えるような活況を呈した。

公的セクターによる募集という意味では、日本政策投資銀行の3年債・5年債・10年債・20年債計1,050億円や、住宅金融支援機構の15年債および20年債各200億円等があり、加えて、電力では、東北電力が10年債200億円および30年債100億円、東京電力パワーグリッドが5年債200億円・10年債600億円・15年債400億円の計1,200億円、中国電力が6年債150億円・12年債100億円・20年債280億円、北海道電力が15年債50億円および30年債150億円と、総計で2,000億円を超える額を募集している。また、負けずと出て来たのが鉄道関連である。JR東日本が10年債から10年刻みで50年債まで計5本800億円を募集した他、阪急阪神ホールディングスが10年債200億円、名古屋鉄道が5年債100億円および10年債150億円と、総計で1,200億円を越える。なお、名古屋鉄道の5年債はサステナビリティボンドの認定を得ている。

他にも、商社やメーカーなど様々な業種の起債が見られており、中でも通信会社であるソフトバンクの3年債300億円・5年債600億円・7年債150億円・10年債300億円の一社で計1,350億円という大型起債は、7年債でクーポンが1%という利回りの高さからも目を引く。持株会社と異なり現業を担う事業子会社という位置付けとA+(R&I)格およびAA-(JCR)格という評価を考えると、魅力的な利回りになっているものと考えられる。

なお、SDGs債は名古屋鉄道の5年債以外にも幾つか募集されている。日本電気の5年債および10年債各200億円はサステナビリティリンクボンドで、SPTs未達の場合は排出権を購入するか寄付を行うとする。オリエントコーポレーションによる3年のサステナビリティリンクボンドは、東南アジア(タイ、フィリピン、インドネシア)のオートローン取扱高を目標とし未達の場合は寄付を行うとする。新車はEVに限るとして環境にも配慮しているようであるが、主眼は「持続可能な地域づくりへの貢献」にあるため、ガソリンを燃焼する中古車へのローンも含むため、やや中途半端感が否めない。また、オリックス銀行の5年債240億円は、サステナビリティボンドの認定を得ているが、省エネビルや再生可能エネルギーによる発電、リサイクル事業等様々な対象へのファイナンスを使途とするものの、あまりにも融資先が分散しており、将来の開示が十分適切に行われるか疑問である。最近は、このようなノンバンク等のファイナンスを使途としたSDGs債は、資金使途の特定が不明確なため見られなくなっていたが、どうもこの発行体は1年位前の起債市場の流行をなぞっているようにしか思えない。曖昧なラベルボンドや投資信託の募集に対しては金融庁が目を光らせており、不適切なプロジェクト認定を行っている場合には、発行体や認定機関に対する厳しい検査や監督が求められるようになることだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/26~6/30

株主総会シーズンは起債市場が閑散となるために、3月期決算以外の企業や株主総会を終えた企業にとっては、絶好の社債等を募集するタイミングになる。事前の準備をしっかり行うとともに、同時期に不祥事等のヘッドラインイベントの生じないことといった条件はあるが、他の発行体による動きが少ない中では、条件設定等に際しても証券会社と細かい調整を行い易い可能性がある。投資家側には株主総会シーズンだからと言って、社債等を購入しない理由はないので、発行体の工夫次第である。この週は3月期決算企業による株主総会開催日の多くが集中する6月最終週であったが、実際には幾つかの起債が出て来た。

イオンフィナンシャルサービスはイオングループの銀行や保険、カード等を担う子会社である。親会社の中心的なビジネスが小売業ということもあって、金融子会社も決算期を2月としているため、この時期の起債は容易であろう。3年半物の社債を250億円と5年物の社債150億円を募集している。他に募集する社債のないタイミングで、大手証券5社に加えて準大手証券を数社引受シ団に組入れるという盤石な消化体制であった。

条件決定の総額を押し上げたのは、みずほフィナンシャルグループの個人投資家向けの社債である。クレディスイスのAT1債が株主でなく投資家に負担を求めたため、春先には銀行社債に対して懸念する声も見られたが、日本の制度において同様の事態が生じることは考え難い。今回は10年物950億円と5年経過後期限前償還可能となる10年NC5債1,430億円を条件決定し、ボーナス期間を意識した6月末から7月頭の申込期間を設定している。購入金額は100万円単位からで、分散投資が推奨される中では、小金持ち以上の富裕層がターゲットとされるが、メガバンクに関してはToo Big To Failであると用心して購入を考える個人投資家も少なくないだろう。

6月末日に募集されたのは、アコムの3年債と5年債各100億円に加えて、東京建物の10年物200億円のサステナビリティボンドと、ヤマトホールディングスの10年物200億円のグリーンボンドであった。東京建物は、当初5年物も含めた起債観測が報じられていたが、最終的には10年物に絞って募集したようである。東京スクエアガーデン等実際の物件を起債対象にできる不動産会社にとっては、SDGs債の取組みは難しくないだろう。なお、東京建物は12月決算を採用している企業である。一方、ヤマトホールディングスに関しては、なぜトランジションボンドでなくグリーンボンドにしたのかが疑問である。対象は、EVや太陽光発電とされておりグリーンボンドに問題はないと思われるが、他の陸運や海運での起債歴を見ても、温室ガス排出抑制の努力に焦点を当てたトランジションボンドとした方が妥当ではなかったか。日本でのトランジションボンドの認定は他国と比べて緩いのではないかという疑念はあるが、日本の起債市場における状況を見ると、トランジションボンドの活用は幾つかの業種にとっての有効なソリューションであるかのように思える。なお、ヤマトホールディグスは6月23日に株主総会を終えている。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/19~6/23

3月期決算企業の株主総会シーズンに入ったため、起債市場の動きは乏しい。ヘッドラインリスクがあり、また、企業側も株主総会への対応に追われているため、起債に動く余裕がないということのようだが、実際には、3月期決算以外の企業もあまり動きを見せない。引受証券会社の事情ということも考え難いし、もっとこのタイミングを積極的に利用する発行体が見られても良いのではと考える。少なくとも起債ラッシュの際に多くの案件に埋もれるよりも、この閑散期に起債した方が市場の注目を浴び易く、円滑な募集にもつながることもある。もっとも発行体側には、注目されない方が良いという「ことなかれ主義」が蔓延しているのかもしれない。

実際の社債等の募集案件を見ると、決算期に捉われない公的セクターの募集のみであった。日本高速道路保有・債務返済機構が、5年債200億円及び20年債150億円のソーシャルボンドを募集している。この発行体は通常の財投機関債の募集に少し飽きているようで、数年前までは利払満期時一括払いといった仕組みを常用していたし、時には、10年や20年などの社債等が多く募集される整った年限以外での債券募集も行っていた。最近のお気に入りはソーシャルボンドのようである。考えると容易に理解できるように、地方公共団体をはじめ、財投機関債を募集するような公的セクターに属する発行体は、自らの存在意義からソーシャルボンドの募集には馴染みやすい。

国際協力機構のように、単なるソーシャルボンドでは注目が集まらないからと、更にジェンダーボンドなど細かいラベルを付しているものもあるが、依拠するガイドラインからもカテゴリーとしてはソーシャルボンドに過ぎない。前向きに解釈すれば、珍しいラベルを付すことで債券の購入者である投資家とともにWin-Winの状況を作っていると考えられる。しかし、否定的に考えるならば、話題作りの「売らんかな」債券発行とも云える。同機構による個性的なラベルのほとんどが、単発の債券募集でしか使われず繰り返されていないことを見ると、どうも後者の否定的な見方が的を射ているのではなかろうか。

SDGs債に関して、地方公共団体がグリーンボンドの共同発行を準備していることが報道されている。以前から総務省地方債課などが検討していることは漏れ伝わっており、いよいよ今夏以降に具体的な募集に向かって動き出すようである。地方公共団体はソーシャルボンドの認定を得て募集することは容易であるが、グリーンボンドに関しては、少しハードルが高い。名ばかりのグリーンボンドとならないよう、背後のプロジェクト案件に関する的確な情報開示を望みたい。しかし、ゼネラルモーゲージの枠組みを求められている日本の地方債において、グリーンボンドのようなレベニュー債的な発想が馴染むのかどうか、法的にも枠組みとしても、十分な検討の余地がある。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/12~6/16

年度第一四半期の起債市場は、社債等を募集するタイミングが限定される。新年度に入ってすぐの4月は、発行体も投資家もすぐにフル活動できない場合が少なくなく、準備万端整った頃には3月末決算の発表時期を迎える。フットワークの軽い発行体やフリークエントイシュアーであれば、4月中にも社債等を募集しているのだが、数年に1回程度しか募集しないような発行体は、GWを越えた5月中旬以降からが社債等を募集するタイミングになる。ところが、6月中旬に入ると、株主総会の時期が近づいて来る。株主総会で会社の将来性が変動することは決して多くないのだが、経営陣の変更や場合によってはM&A等の重要な案件についての方向性が変わることもあって、6月後半に社債等の募集を行うのは3月期決算企業にとって容易なことではない。株主総会前後のヘッドラインリスクを考えると、総会終了後の7月に入ってから社債等を募集しようとなり易い。そのため、6月の頭にSDGs債の募集で盛り上がった起債市場も、やや低調な1週間に戻ってしまっている。

社債等の募集された本数は、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく債券が8本もあったために多くなっているが、購入する投資家に当たりをつけて募集する形式であり、ピュアな意味での公募とは言い難い。そもそも地方公共団体金融機構の特性を考えると、代表的な市場インデックス等で行われているように、地方債に分類するというのも妥当であろう。もっとも、地方公共団体金融機構を地方住宅供給公社等と同等の位置づけに置くべきではないし、むしろ共同発行の地方債に近い債券特性があることを考えると、地方公共団体金融機構という独自の位置づけと考えるしかないだろう。

民間企業の公募普通社債の募集は少なく、目立ったのが日本航空の10年物トランジッションボンド200億円と、JERAの5年債100億円である。なお、JERAは同時に条件決定した5年債200億円を個人向けに募集開始しており、100万円単位での購入が可能になっている。両社の特徴としては、どちらも名称にJを冠していることだろうか。日本航空(JAL)は明らかであるが、JERAの方は”日本(【J】APAN )のエネルギー(【E】NERGY )を新しい時代(E【RA】)へ”というのが社名の由来なので、同じく日本のJであることがわかる。

また、両社とも、本業が必ずしも温室ガス排出に対して優しくないことが明瞭である。ジェット燃料を燃焼して飛行機を飛ばす空運は、欧州ではフライトシェイムとして抑圧される立場であり、それを意識してのトランジションボンドなのであろう。JERAの5年債はSDGs債ではないが、会社の出自が東京電力と中部電力の火力発電を統合して、「燃料上流・調達から発電、電力・ガスの販売に至る一連のバリューチェーン全体を統合し、世界で戦うグローバルなエネルギー企業の創出を目指して設立した会社」なのである。最近は、二酸化炭素を排出しないゼロエミッション火力を目指すと公表しており、会社全体がESGに向けた取組みを行っているものである。

JERAは、アンモニアや水素の燃焼による火力発電は二酸化炭素を排出しないと主張しているが、問題はそれらの生成と輸送の過程にある。電気自動車は、ガソリン燃焼車のように駆動時に二酸化炭素を排出しないが、そもそもの電気の作成に際して二酸化炭素等を排出していては意味がないのであり、それと同じことである。単に燃焼という最終局面のみに着目するのではなく、エネルギーの生成と原発のように副産物の処理までを考えないと、ESGの取り組みは表面的なものに留まってしまう。ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧米では過度なESG信仰に対する見直しの動きが見られるようになっている。投資家も、社債に付された単なるラベルに惑わされず、本質を考えて投資判断を行うべきであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/5~6/9

前週に比し、条件決定した案件は明らかに多かった。ここ数週間ほどは三菱UFJフィナンシャルグループと三井住友フィナンシャルグループの銀行持株会社によるAT1債やTLAC債の巨額の募集があったため、金額では減少した形になるが、本数と発行体のバリエーションの多さでは、この週に軍配が上がるだろう。

まず、発行体のバリエーションについて見てみると、月前半ということで財投機関債の動きがあることに加え、引き続き、電力やノンバンクといった起債の常連である業種が目立ったが、加えて、商社や鉄道、メーカー、通信といった様々な業種の社債等が確認された。しかも、多くがフリークエントイシュアーではなく、希少な新顔及び其れに近い発行体であった。レゾナックホールディングスのように第1回債を募集したというのは極端かもしれないが、回号が一桁の起債が複数見られる。

そして、この週の最大の特徴は、SDGs債の募集が目立ったことである。グリーンボンドを募集したものが、豊田通商の5年債及び10年債各200億円、日本貨物鉄道の10年債及び20年債各50億円、日本トランスシティの5年債80億円とつづいた。また、ソーシャルボンドを募集したのは、アイフルの3年債150億円、福祉医療機構の10年債100億円、都市再生機構の20年債100億円となった。サステナビリティボンドでは、国際協力機構の10年債150億円及び20年債100億円の他に、都市再生機構の5年債50億円及び10年債100億円と公的セクターによる起債が相次いでいる。中でも、都市再生機構は5年債・10年債・20年債と三本立ての財投機関債を募集したのに、5年債及び10年債がサステナビリティボンドで、20年債のみがソーシャルボンドと使い分けを行っている。今後の情報開示等で、手間が煩雑になり、投資家にも混乱を招くことは必至であろう。

珍しくトランジションボンドの募集は確認できなかったが、2社もがサステナビリティリンクボンドを募集したのは珍しいかもしれない。花王の5年債はSPTs(サステナビリティ・パフォーマンスターゲット)が未達の場合に、クーポンアップするという、海外市場では典型的なリンクボンドの形式である。一方、味の素の5年債100億円及び10年債200億円は、SPTs未達成の場合に排出権を購入するとしている。日本の起債市場におけるサステナビリティリンクボンドの多くが、SPTs未達の場合に環境改善に資する種類の財団等への寄付を約束する形になっており、それ以外のリンクボンドが相次いだのは特に珍しい。あまり典型的な形式のものではなく、様々なSPTs未達の場合のバリエーションがあっても良いのではなかろうか。ただし、きちんとSPTsの達成状況等経過に関する情報開示を発行体が行うことが求められるし、投資家も購入しただけで満足することなく、発行体の状況について継続してウォッチすることが必要である。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/29~6/2

一つ前の週は、三菱UFJフィナンシャルグループのAT1債およびTLAC債の総計5,700億円という巨額の募集があったために社債等の金額は大きく膨らんでいたが、この週も起債の本数や発行体の多様さは負けていない。月末月初というタイミングのため、公共セクターの動きは乏しいが、その分、民間企業が様々な起債を行ったと評して良いだろう。

特徴的な起債群を幾つかにまとめてみると、まず、相変わらず金融セクターの起債が目立つことを指摘できる。銀行に限っても、三井住友信託銀行の10年債100億円、りそなホールディングスの5年債250億円、三井住友フィナンシャルグループのTLAC債計1,300億円がある。更に、SBIホールディングスが中期債を計1,500億円募集している他、ノンバンクでもクレディセゾンが5年債300億円、芙蓉総合リースが3年債と5年債各200億円、NECキャピタルソリューションが3年債100億円、みずほリースが3年債と7年債各100億円と本数が多く、かき集めた全体の金額は決して小さくはない。

引き続き、電力関連は多いが、やや小粒の案件が多かったか。再生可能エネルギーを売りにした小売業者のイーレックスは60億円と小額を募集し、東北電力と四国電力が100億円規模の個人投資家向け社債を条件決定している。また、原発問題の影響が少ない沖縄電力も5年債100億円を募集している。

不動産も、三井不動産が5年債と10年債で計1,300億円を募集し、住友不動産も7年債と10年債で300億円を募集している。両社の案件はいずれもグリーンボンドの認定を取得している。2022年度まではノンバンクによるグリーンボンドの募集も散見されていたが、分別した資金管理と情報開示を求められる手間などから、こうした不動産関連の銘柄の方がグリーンボンドとしてはわかり易いのではないか。両社とも都心の案件関連が、具体的な資金使途として予定されている。

起債スケジュールが進んだ頃におもむろに動き出すのが、メーカーである。この週も、サッポロホールディングスの5年債200億円、AGC(2018年に旭硝子株式会社から社名変更)の10年債300億円、トプコン(1989年に東京光学機械株式会社から変更)の3年債および5年債各100億円、YKKの5年債200億円、神戸製鋼所の5年債および10年債の計200億円と、バラエティに富んだ発行体の動きが確認されている。その他の業種としては、建設に区分される積水ハウスが5年債300億円、情報・通信業のマクロミルが3年債81億円と5年債19億円の計100億円と、多様な発行体が観察されており、週後半に募集された本数の多さは際立っている。

6月後半の株主総会シーズンに入るまで、社債等を募集する動きは続くものと予想されており、この週は不動産の限定的なグリーンボンドしか確認されなかったが、さらにグリーンボンドやサステナビリティボンド等の募集が多く見られる予定である。これらのSDGs債については、発行体も投資家も関与したことを表明するところに意義があるため、事前に起債観測を報じられることが多い。そのため、起債観測の多くがSDGs債で占められる傾向になるものと推定される。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/22~5/26

起債市場の盛り上がりが、今年度の最高潮に達した。5月26日、金曜日の募集案件を見れば、誰もが同じ風景を感じるであろう。24日、水曜日の電源開発10年債200億円と翌木曜日のホンダファイナンスによる3年債および5年債の計400億円が呼び水となったかのように、金曜日は大量の社債等が募集されている。銘柄数の多さだけでなく、発行金額が大きい。

金額を稼いだのは、何といっても三菱UFJフィナンシャルグループによる起債である。クレディスイスの破綻に際してAT1債の価値が毀損した影響を懸念する見方もあったが、実際には日本の法制を考えると、スイスと同様の破綻処理が行われる可能性は極めて低い。結局のところ、日本でもAT1債の意義をきちんと理解していなかった個人投資家などが損失を被っただけで、日本のメガバンクが募集するAT1債に対する機関投資家の需要は、全く衰えなかった。5年後以降に期限前償還が可能になる第17回債が1,920億円募集され、10年後以降に期限前償還が可能になる第18回債が1,380億円募集されており、合計で3,300億円に上っている。加えて1年経過後に期限前償還が可能になるTLAC債(Total Loss-Absorbing Capacity)2,400億円をも募集しており、総計の募集額は5,700億円にまで積み上がっている。金融システムにおいて大きなウェイトを占めるメガバンクの債券については、債券保有者に損失が及ぶことは考え難いと見るのが一般的であるが、それが正しかったかどうかは将来の出来事によって決まるだろう。政府や監督官庁の制度作成や方針変更による影響が不可避であり、そういった不透明さを嫌う投資家は、金融関連セクターの債券に手を出すことは控えた方が良いかもしれない。

もう一つの本数が増えた要因は、SDGs債の大量募集であった。起債観測が事前に多く上がっていたことである程度の予測は出来ていたのであるが、公共セクター以外の発行体による募集が金曜日に集中したのである。トヨタ自動車が5年債500億円及び10年債500億円のサステナビリティボンド、中国電力は5年のトランジションボンド200億円と10年のトランジションリンクボンド600億円、大阪ガスはすべてトラジションボンドで5年100億円と10年150億円と20年100億円、東急不動産ホールディングスは5年のグリーンボンド100億円と10年のサステナビリティボンド100億円と種類が様々でかつ本数が多い。加えて、日本学生支援機構も2年のソーシャルボンド300億円を募集しており、まさにSDS債の花盛りであった。まだ起債観測の上がっているSDGs債は多く、しばらくこれらの起債が市場を賑わせそうだ。

最後に、光通信の2本の社債についても触れておきたい。個人投資家向けに条件決定された5年債は400億円と大きな金額である。一方、機関投資家向けに募集された7年債は6カ月物円Tibor+126bpsという短期金利の変化に連動する変動利付債であった。公募社債で見るのは久しぶりではなかろうか。足元の金融緩和政策の大きな見直しはないとしても、こらから7年の間に金利上昇がある可能性は極めて高い。発行体はSWAPでコストを固定している可能性は高いが、変動利付債の投資家は更なる金利低下がない限り、金利上昇による収益拡大を期待できるため、面白い起債であったと言えるだろう。今後、先行きの金利変動をにらんで、このような工夫した起債が増えると市場が面白くなるのではなかろうか。

国内起債市場を斬る 起債評価:5/8~5/19

GWと3月期決算の発表を越えて、起債市場は大きな盛り上がりに向けた溜めを作っているように見える。カレンダー要因に加えて、今後の起債増を招くであろう要因として、日本銀行新執行部による金融緩和継続の方向性表明がある。4月下旬に開かれた金融政策決定会合において新執行部による従来の政策に対する修正が行われるのではないかという期待感が強く見られ、債券市場においては市場機能の回復が期待され、株式市場においては緩和縮小によって株価の頭を抑えられる懸念が、為替市場においては政策修正を反映した円高期待が高まっていたのである。結果は見事な肩透かしとなり、時間をかけてこれまでの政策を点検・修正するという方針は、微修正が随時あるにとどまり、根本的な枠組みの変更等を先送りされることが確実と解されたのである。金融政策決定会合の結果を踏まえた状況変化を懸念して起債に向けた動きを鈍らせていた発行体は、一気に年度初めの起債に向けたエンジンを再加速させる方向に動いたのである。

5月15日にはじまった週も、前週末に募集された公共債が主体という状況からは大きな変化がない。公共債としては、12日に募集した中日本高速道路と地方公共団体金融機構に続いて、西日本高速道路が計2,200億円という大規模なソーシャルボンドを募集し、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が100億円のサステナビリティボンド、日本高速道路保有・債務返済機構が計400億円のソーシャルボンドを募集している。また、地方公共団体金融機構は、FLIPに基づく債券を11年から31年という超長期年限ばかりで7本計210億円募集している。

公共債に続いたのが電力債である。北陸電力が10年債50億円を募集したのを皮切りに、東北電力が22年債と半端な年限で200億円、北海道電力が10年債300億円および20年債50億円を募集している。いずれも通常の電力債形式であって、ソーシャルボンドやトランジションボンドとはされていない。多くの公共債とは異なるスタンスであるように見える。

公共債と電力債以外で募集されたのは、サントリーホールディングスの5年債150億円および10年債350億円のみであったが、翌週以降の起債観測では様々な銘柄が上がっている。銀行等金融関連も少なくないし、ノンバンクによる募集も確実視されている。また、メーカーや運輸、不動産といった業種からも複数の名前が聞こえている。グリーンボンドやサステナビリティリンクボンドなどSDGs債を予定しているものも少なくなく、起債市場の本格的な稼働は様々なSDGs債が彩を添えることになりそうだ。金利の先高感が薄れたことで発行体は起債に向かい、投資家は躊躇しながらも年間の資金消化計画を考えなければならない状況である。引受証券会社としても実績を積み上げておきたい年度の立ち上がりであることから、まだ起債観測の見られていない銘柄も、これから多く募集されることが予想される。

国内起債市場を斬る GW明け特別号:金融不安は日本に上陸するのか

3月末決算の発表シーズンで、前週に見られた社債等の募集は、中日本高速道路と地方公共団体金融機構によるもののみであり、いずれも定例のものとみなして良い年限等の募集内容であった。そのため、今回はトピックとして、欧米で生じている「金融不安が日本に上陸するかどうか」を考察してみたい。

3月に米国のシリコンバレー銀行とシグネチャー銀行とが経営破綻した。また、スイスに本拠を置くクレディスイスが、UBSによって救済合併されることとなった。その後しばらく事態は沈静化していたものの、5月に入って再び、米国の地銀であるファーストリパブリック銀行が経営破綻し、更なる地銀の破綻懸念が意識されている中で、メディアの一部などでは金融不安が日本へも伝播する可能性を報じ、これに対し一部の金融業界の経営陣、専門家は、『日本は大丈夫』としている。第二次世界大戦後の日本経済は「アメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく」などと言われ、社会文化や企業カルチャーなども米国発のものが少し遅れて日本でも注目されることが珍しくない。国粋主義者からは敗戦国の崇米志向であると批判されるかもしれないが、日米が政治と経済の両面で深く繋がっている状況にあるため、米国発のものが日本に影響することは構造的な連結関係にあるためと考えて良いだろう。

しかし、金融不安が単純に日本へ上陸すると考えるのは早計かも知れない。文化などとは異なり、企業経営においては必ずしも米国と日本とは同質ではない。株主第一主義をやや強く意識し、四半期ごとの業績が強く強調する米国企業と、三方良しから周辺の利害関係者まで含めて広く考慮する日本企業の中長期経営とは、必ずしも重ならない。金融機関の構造を見ても、長く州際規制が課されて来た米国と日本とでは、メガバンクに関してはそれに近いものの様に見えるが、地方銀行は状況が大きく異なる。日本の地銀にも人口減少等の地域経済面からの経営問題を抱えるものは少なくないが、米国で経営破綻した三行のように、大口預金の流出や暗号資産関連企業への過剰融資といった問題は、今は存在しないし、金融引き締めに際してのALMの失敗といった現象も生じていない。振り返れば、1997年11月に日本がバブル経済の崩壊の影響で、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券、徳陽シティ銀行と毎週のように破綻が続いた時も、米国の金融機関には直接の影響は生じていなかった。2008年のリーマンショックでも、日本の金融機関には少なからずも影響はあったものの、破綻に至ったのは大和生命くらいで他にない。メディアによるセンセーショナルな金融不安を掻き立てる報道には、短絡的に飛びつくべきではないだろう。

それでも米国の大手地銀が複数破綻したことに関して、日本の金融機関について着目すべきことは少なくない。暗号資産関連等の経営基盤が脆弱な企業へ貸し込んでいないか、特定大口企業の預金比率や、一部携帯電話参入企業等への預貸率が高いなど、資金流出の懸念はないか、地域経済との関係は円満か、金利上昇に備えてALM管理は適正に行われているか、などの諸点である。植田日銀新総裁は、これまでの金融緩和政策を時間をかけて点検するとしており、市場の一部が期待していたような早急な金融緩和の見直しは行われないように見える。黒田前総裁とは異なり、サプライズ・インパクトを狙った金融政策の変更は好まれないと想定される。しかし、社会通念は、昔から首相による衆議院の解散と日銀総裁による金融政策の変更については、前言撤回等のサプライズも容認されるとしており、予断を持つべきではない。デリバティブの利用を含めた適切なALM管理による安定的な金融機関経営を意識してもらいたいものである。何といっても金融は経済における血流のようなものであり、金融不安が生じると、経済全般への悪影響が不可避となりかねないのは、誰もご異論がないところであろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:4/24~5/2

GW前後の期間は、同時に一部の企業にとって3月末決算の発表シーズンでもある。そのため、なかなか社債等の募集に踏み込むことは難しい。しかも、今年は4月末に植田新総裁就任後初めてとなる日銀の金融政策決定会合(4月27-28日)が予定されていたため、金融政策の変更(「政策金利については、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している」とした政策金利についての緩和バイアスを削除したのは、やや意外との意見があるが・・・)はないと見込まれていても、何らかのコメント発表等によって市場が動く可能性があり、社債等の募集タイミングを見出し難いカレンダーとなっていたのである。とりあえず事態が落ち着くのを見守ろうという姿勢が、多くの市場参加者にとって共通のものとなったものと考えられる。

4月最終週に向かって、少ないながらも幾つかの社債等の募集は確認されている。日本製紙の第16回債は、3年物の0.39%クーポンで300億円が募集されている。JCRのA-格という信用格付けの水準もあって、0.39%クーポンは3年債としては高利回りと言って良いだろう。日銀による社債オペに当てることも可能であることから、所謂、無難な起債となった。

次に、三菱地所は5年債と10年債各300億円のサステナビリティリンクボンドを募集している。別途に取り入れたサステナビリティリンクローンも含めたプロゲラム全体のSPTsとしてはSPT1「2025年度に再生可能エネルギー由来の電力比率100%を達成」やSPT2-1「2030年度にスコープ1、2 の合計を70%以上かつスコープ3を50%以上削減(基準年度2019年度)」、SPT2-2「2050年にネットゼロ達成」、SPT3「2050年度に女性管理職比率40%を達成」といった複数の目標を提示しているが、サステナビリティリンクボンドとしては、5年債に適用されるのがSPT1のみで、10年債に適用されるのがSPT2-1と限定されている。不動産会社としては、十分に取り組める目標と考えられるが、SPT2-2やSPT3の参照期間が2050年もしくは2050年度と遠い未来を指定していることが、実現性や規範性の観点から疑問視されよう。かなり遠い将来の約束は、絵空事に過ぎないと見られても反論できない。取組んでいるという美名を得ようとする「似非ESG」プログラムであると批判されよう。

その他に、コスモエネルギーホールディングスが5年債150億円を募集した他、住友不動産は5年3か月債400億円を募集している。5年債と呼称しても必ずしも大きな問題はないが、スプレッドプライシングのために国債の償還月と合わせたものではないので、純粋な5年債でないことを明示することは重要である。この第112回債はグリーンボンドの認定を取得しており、資金使途は「住友不動産麻布十番ビルの新規開発投資に係る調達資金のリファイナンス資金に充当する」とされている。三菱地所のサステナビリティリンクボンドよりは真摯な起債に思えるが、リンクボンドではないためSPTsは設定されず、未達時に財団等に寄付を行うといったスキームは採用されていない。リンクボンドでSPTs未達時に寄付を行うというのは、世界的に見ると一般的なスキームではなく、今後も色々な試行錯誤が行われることになろう。