国内起債市場を斬る 起債評価:7/22~7/26

7月の起債の盛り上がりはほぼ終了のようである。前週から本数という意味においては、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債が続いており、数が多い。分類としては公募とされており、回号の多くが日本証券業協会の公表する公社債店頭売買参考統計値の対象となっているが、30億円の回号のものなどは、実質的に私募に近い。しかも、16年と21年とかのオッド年限だと、なかなか他の銘柄との比較に馴染まない。もっとも、国債は流動性供給入札もあって、滑らかなイールドカーブが形成されており、国債利回りを意識したプライシングは可能である。

現在の公募普通社債の募集慣行では、募集日に主幹事主権が完売を確認し、均一価格リリースを宣言して、セカンダリー市場に移行するという儀式が行われる。ところが、近年、この宣言が形骸化している可能性が高い。そもそも「完売」というのは、募集金額全部を売り切る事を
意味していない可能性がある。流通市場における取引を考えると、ある程度の適正在庫は存在する必要がある。そのため、募残が存在しても、完売といったことになる。この境目が不明瞭な中で、適正な起債運営を実行しないと、市場参加者からの信頼は損なわれてしまうだろう。

特に、発行予定金額を増額して、結果的に募残が生じるというのは、主幹事証券による起債運営の不味さを象徴する出来事であろう。この週の起債で言えば、当初総計1,200億円程度と言われていたのに、最終的には計2,300億円と倍近くを募集したヤフーが端的な例である。ただし、3年債については、日銀による社債買取りオペ見合いの起債であるため、3年債の増額を無視しても、7年債の700億円という募集金額は常軌を逸しているし、ヤフーの10年債に信用力の面で安定性は期待できない。いまから10年前のヤフーはどういう会社の状態だったか。移り変わりの激しいIT業界であり、しかもヤフーの親会社はソフトバンクグループである。歴史的にも、M&Aによって移り変わりの激しい企業であることを考えると、10年債の与信は難しいはずである。

夏休み前の起債シーズンも、残りは数銘柄といったところである。起債観測に上がっている中では、光通信の15年債というのは、歴史的経緯からも注目される起債になるかもしれない。そもそも、15年という超長期の与信に耐えうる発行体なのだろうか。ソフトバンクグループのようなM&Aによる信用力変動リスクは大きくないが、事業内容に関してのタイムホライズンは意識しておいた方が良いだろう。なお、7月最終週に金融政策を決める中央銀行の会議が日米各々で予定されており、金利市場はやや様子見から大きく動きはじめるかもしれないタイミングにあることも頭の片隅に残しておきたい。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/15~7/19

欧米先進国の金利低下が進んでいる。特に、注目されている米独のみならず、スペインやイタリアといったユーロ周辺国の金利低下が著しい。財政問題の懸念から金利にプレミアムが乗っていたのは、既に過去の話になりつつあるのかもしれない。日本の国債利回りも10年のマイナス水準が継続し、当面、先高感は発現しそうにない。結果として、引続き、10年債に関しては、絶対水準ベースでのプライシングが主流となっている。国債対比でプライシングされたのは、九州電力くらいなものである。

この週の起債では、ノンバンクとメーカーが目立ったか。一方で、金利水準の低下を受けて、BBB+格の社債募集が相次いでいる。明電舎は5年のグリーンボンドを60億円募集し、古河電工は10年債を100億円、日東紡績は5年債50億円及び10年債50億円の計100億円を募集している。BBB+格の社債は代表的な債券市場インデックスであるNOMURA BPI総合の対象外となるために、購入対象にする投資家は限られる可能性がある。もっとも金利水準が低いために、明電舎の5年債でクーポンは0.26%、日東紡績の5年債は0.24%といった水準であり、10年債を見ても、古河電工と日東紡績が同じ0.44%クーポンとなっている。そもそもBBB+格の社債で10年という年限を長いと感じる投資家も少なくないだろう。それでも、金利水準が低下する中では、年限を伸ばすか、クレジットリスクを取るか、その両方を狙うか、といった取組みが求められる。更には、円建て債券の投資を諦めるという選択肢すらあるのかもしれない。

サントリーホールディングスが募集した劣後債は、60年債であるが、5年経過以降から期限前償還が可能となる。しかも、当初5年のクーポンは、0.39%に固定されているが、期限前償還されなかった場合、その次の5年間は6ヶ月ユーロ円ライボー+47bps、次の15年間は6ヶ月ユーロ円ライボー+72bpsとステップアップし、残りの35年間は6ヶ月ユーロ円ライボー+147bpsと大幅にクーポンが上昇する仕組みとなっている。普通に考えれば、償還しない場合の利回り上昇を考えると、期限前償還を選択すると考えられるが、業況が変化して、スキップすることがあり得るかもしれない。発行体から見ると、期限前償還すれば5年債の調達で、格付け等の評価に際して資本性を認めてもらえる。劣後性プレミアムが乗る分、利回りが高いため、投資家にもメリットがあるとされるが、決して全ステークホルダーにとってwin-winな訳ではない。高い利回りということは、高い利息を支払っているのであるから、株主の利益を損なう可能性があるというのは、当然の理屈なのである。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/8~7/12

米FRBの利下げが必至とされる中、日本の国債利回りは10年がマイナス水準に定着しており、20年ですら0.2%台となっている。そのため、国債利回り対比でのスプレッドプライシングが、見られなくなっている。元来絶対値ベースでのプライシングを行って来た発行体ではなく、ほとんどの発行体が10年債の値決めに際して、国債利回りを用いなくなっているのである。この週に募集された10年債のうち、絶対値ベースでプライシングされたと見られるものが、日清製粉グループ、住宅金融支援機構、地方公共団体金融機構、芙蓉総合リース、オリエントコーポレーション、王子ホールディングス、大日本印刷、セイコーエプソン、長谷工コーポレーションとすべてが絶対値ベースであったようだ。

10年債は国債利回りがマイナス水準となっているために、スプレッドが大きくなってしまうのに対し、20年債は国債利回りがマイナスになっていないのだが、20年債の値決めでスプレッドプライシングが行われなくなりつつある懸念が感じられる。加えて、15年債も国債利回り対比でのプライシングが行われなっているようである。この週の募集状況を見ると、15年債はダイビルのみが募集されており、絶対値ベースでプライシングされたようである。20年債で、国債対比のスプレッドプライシングが行われたのは、住宅金融支援機構と地方公共団体金融支援機構の2つのみで、民間で社債を募集した日清製粉グループ、ダイビル、王子ホールディングス、東武鉄道とすべてが絶対値ベースでのプライシングであったようだ。

今後、金利が上昇しない場合、公共セクターが国債対比のスプレッドプライシングを維持するのか、地方債も含めて、動向を注目しておきたい。金利が低水準にいるため、超長期債の募集が続出する可能性はあるものの、起債観測で具体的に上がっているものは、10年債以下の年限が多い。電力や鉄道、ガスといった超長期債の募集が多いセクターの動きが注目されるところである。

足元では、グリーンボンドやサステイナビリティボンドの募集が相次いでいる。中でも、商船三井は機関投資家向けに4年債と6年債を募集し、個人向けに同じクーポンで6年債を条件決定しており、いずれもサステイナビリティボンドの認証を得ている。個人投資家の中でも、いわゆる“意識高い”系の人には、強くアピールするのではなかろうか。評価の理由には、SOx排出抑制等が挙げられているものの、そもそもが化石エネルギー燃料を用いて船舶を運行する海運業者である。排出抑制等の取組みは評価できるが、果たして適正なものなのだろうか。起債に際して信用格付けと同じ格付会社から認証を得ているのは、格付会社内部でウォールが設置されていると説明されるが、果たして適切なのだろうか。利益相反の可能性がないことを、明確に開示して欲しいものだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:7/1~7/5

7月に入り、米国独立記念日の花火でお祝いムードになる一方で、起債市場の様相は一変する。3月期決算企業の株主総会を超え、年度第2四半期に入るためである。満を持して起債市場に臨むのは、発行体も投資家も同じかもしれない。しかも、10年国債利回りが、日本銀行の想定するレンジ±0.2%の下方に位置する状況であり、超長期国債の利回りも低下していることから、発行体の調達ニーズは高く、一方で、債券を買えていない投資家の焦燥感も強い。円債購入を諦め、他の資産での利回り獲得に向かえば、無理して年限の長い債券や突っ込んでタイトなプレミアムの社債等を購入しなくて済むのであるが、基本的に年度初めに策定した計画を遵守することが得意な日本の機関投資家は、愚直に債券購入を進める。期間損益を考えれば、利回りが低くても、投資の開始時点は早い方が良い。その結果、4月や7月の投資家は、極めて購入意欲が旺盛である。

社債等の募集はほとんどが5日の金曜日に集中した。4日に募集したのは、東京電力パワーグリッドの3本立て起債のみである。5年債700億円・10年債800億円・15年債600億円と計2,100億円の大型調達である。同社の起債はスプレッドプライシングを採用していないが、10年国債利回りがマイナスに陥っていることもあって、スプレッドプライシング自体の減少が著しい。地方債や財投機関債等国債利回りを強く意識する公共セクターを除くと、5日の金曜日に募集された10年物社債でスプレッドプライシングを用いたとされるのは、中部電力と中国電力の2電力のみであり、その他のリコーリース、三井物産、JR東日本、近鉄グループホールディングス、東急不動産ホールディングスといった発行体は絶対値ベースでのプライシングである。何しろ10年国債利回りがマイナス圏に深く沈んでいるために、スプレッドの方がクーポンより大きいのである。

確かに東京電力パワーグリッドの信用力には懸念がない訳でもないが、東日本大震災後の政府による保障スキームを考えると、さほど心配しなくても良いのではないか。同じ10年債で比べて、同社の社債クーポンは1.01%で、翌日に募集されたJR東日本の社債は0.1%クーポンである。10倍以上の差と考えることも出来るし、91bpsの格差と考えることも出来る。R&Iの格付けでBBB+格とAA+格と大きく水準は異なっているが、果たして電力債をそこまで忌避すべきかは、議論が分かれる。

起債市場のスタートダッシュは、電力債のみならず、ノンバンクやメーカー、商社、鉄道等多様な発行体が社債の募集に動いた。今後も、メーカーの起債観測が多く聞かれており、投資家側も銘柄選択に色々と思い悩む展開になりそうだ。

国内起債市場を斬る 起債評価:6/24~6/28

引続きこの週も3月期決算企業の株主総会シーズンであり、社債の募集は多く見られない。実際に社債を募集したのは、サムライ債を除くとイオンモールと東海カーボンの2社である。前者は、親会社が小売ということもあって2月決算であり、後者は12月決算企業である。したがって、この時期に株主総会を開催する必要はない。そもそも株主総会が社債の募集に直接影響するものではないが、経営時の交代など色々なイベントが発生することもあって、投資家に対する影響の可能性を考えると、社債に対する需要は大きくないだろうと考えられる。そもそも企業側も、株主総会の諸作業で忙しく、社債の募集に係わっていられないというのもあるだろう。

イオンモールの募集した社債は、前週までのヒューリックや楽天と同様に、多年限の分散薄幸である。楽天は、3年債・5年債・7年債・10年債・15年債と5本立てであったが、イオンモールは3年債・7年債・10年債・20年債の4本立てであった。楽天の格付けはA(JCR)格であり、イオンモールはA-(R&I)格と、大きな差はない。加えて、楽天は通販を中心にしたコングロマリットであり、イオンモールは大手小売のイオングループに属する店舗開発等不動産業を担う。似ているようで、必ずしも完全には重ならない二社である。

同じ年限の起債を比較すると、3年債では、楽天が0.09%クーポンで、イオンモールは0.05%クーポン。7年債では、楽天が0.35%クーポンで、イオンモールは0.29%クーポン。10年債では、楽天が0.45%クーポンで、イオンモールは0.4%クーポン。いずれも、イオンモールの方が低利回りであった。確かに楽天のビジネス内容は変動性が高いと思われる一方、イオンモールに関しても、地方の人口減少や小売と不動産のビジネス領域の先行きを考えると、決して安泰とは思えない。イオンモールの10年債や20年債については、格付けだけで評価できるものではないし、そもそも格付けのタイムホライズンは3年から5年しかないことを考えると、投資家としては慎重に臨むべきだろう。もっとも楽天は5本立てで計800億円の募集で、イオンモールは4本立てで計500億円と少ない募集金額であった。

なお、東海カーボンの社債は第1回と初の公募債発行であり、100億円の小額募集であった。炭素関連の電極や摩擦材といった製品のメーカーであり、希少性が強い。社債募集の少ないこのタイミングでの起債は、絶好のタイミングであったと言って良いだろう。