国内起債市場を斬る 2020年度上期末特別号:コロナ禍上期の起債の特徴

今年度上期の起債市場の特徴を三つほど挙げてみよう。今年に入ってからの世界的な新型コロナウイルス感染症の拡大で、前年度末に株価は大きく下落しただけでなく、クレジット市場でのデフォルト懸念を意識せざるを得ない状況となっていた。結局、日本では社債発行企業が破綻するようなことはなかったものの、海外では経済活動の自粛によって影響を受けやすい業態で上場企業を含めた倒産事例が複数発生していた。ところが、各国政府の経済的な支援策と中央銀行による金融緩和の強化で、株価水準は急速に回復した。一方、金利の面では、各国の財政赤字に対する懸念が高まり、特に超長期の金利水準に底堅さが見られるようになった。手前の短期金利はより低く、国によってはマイナスになっているのに、超長期年限の金利はそれほど下がらないツイスト傾向にとなったのである。

特徴の一つは、日銀による社債買入れの年限拡大による影響である。日銀は従来から残存3年以内の社債を買入れていたのであるが、対象を5年以内に拡大した。その結果、起債市場で3年債と5年債を併用する起債が顕著に増えたのである。新発債もすぐに買い入れ対象になるのだから、通常の債券投資で利回りの稼げない投資家も、購入後、節操なく証券会社経由で日銀オペに入れ差益を稼ぐ短期売買として取組むスタンスが目立ったのである。70年代で言う所謂「サヤトリ商い」「ツモ切り」であり、トレーダーの世界では、下劣な行為とされていた取引である。5年債そのものは従来から起債市場における基軸年限の一つであるが、日銀オペで復権した3年債と同様の使われ方が目立ってしまった。利付国債の発行残高の4割以上を購入し市場の価格法顕機能を損なってしまったのと同様に、中央銀行の金融緩和オペレーションによる副作用の一つと考えて良いだろう。

二つ目の特徴は、グリーンボンド等SDGs債の募集拡大である。決して割高に発行されるグリーンプレミアムは確認されないのであるが、ESGやサステナビリティを意識した投資が求められる風潮の中で、投資家の姿勢を端的に示すために好適な投資対象として活用された。米国では、ESGと受託者責任の優先順位について議論があるが、日本においては、利回りの確保という最大の受託者責任を無視してまでESG投資に注力すべきという情勢にはない。どんなにESG投資に取り組んでも、必要な運用利回りを獲得できなければ、運用者は責任を取らざるを得ない。一方、結局のところ、お金に色はないのだから、発行体全体としてのSDGsを追求しなければ、部分的なSDGsへの取組みは、掛け声倒れの画餅に帰するのではないか。

三つ目の特徴としては、相変わらずの事業会社による劣後債の募集である。通常の社債では利回りを得られない投資家が得られる高利回りのメリットと、格付会社に資本性を認定してもらえる発行体の自己資本拡充メリットと、更には、引受証券にとっても高めの引受手数料と引受実績を得られるのであるから、三方一両得の構造にある。しかし、こうした幸せな状態も、当該債券のデフォルトや利払い繰り延べが生じず、予定通りに期限前償還が実行されるのであれば、という限定条件が付される。ハイブリッド証券という欺瞞のラベルではなく、劣後債として正面から証券特性を見つめるべきである。劣後ローン等の借換え等に際して、既に格付会社から資本性認定に関して疑問視する指摘は見られており、適正な募集活動と条件設定、期待通りの発行後運営がなければ、事業会社の劣後債という商品類型そのものが市場参加者から見放される可能性は残る

国内起債市場を斬る 起債評価:9/14~9/18

上半期の社債募集は、実質的に秋分の日と敬老の日が連なった4連休の前までとなる。既に起債ラッシュのピークは11日の金曜日に迎えていたが、その後も、この半期の実質最後となる社債等が募集されている。

本数という意味では、地方公共団体金融機構のFLIPに基づく起債が多く、それらは金額の総計でも440億円であるから決して金額面でも小さくない。単体でもっとも金額が大きかったのは、ニプロによる35年劣後債の500億円である。技術の高さに定評のある医療機器等のメーカーであるが、5年後に期限前償還が可能となる劣後債であり、取得した格付けはR&IのBBB-格とJCRのBBB格で、いわゆる投資適格の下限近くに位置付けられる。ソーシャルボンドの認定も得ているのだが、投資家が投げ売りをはじめるまでの格下げの残り幅が1ノッチしかなく、投資家としてはなかなか手が出し難い水準にある。医療機器と医薬品という同社事業の主力セクターは、新型コロナウイルス等感染症への対応も含む重要な機能を担っているのであるが、医療関連は信用リスクの振れ幅が大きく、医療過誤や巨額の開発投資負担等を賄えるかどうかが懸念される。今回の劣後債にしても、当初クーポンの1.6%という水準に象徴されるように、当初5年で確実に償還されるのであれば、面白い投資対象であるが、早期償還されず残りの30年を6か月ユーロ円ライボーレート+265bpsの変動利付で与信を継続することになった場合、果たしてそれは魅力的な投資になるのだろうか。

イオンモールが募集した5年債200億円及び7年債100億円は、サステナビリティボンドの認定を得ている。資金使途は、新型コロナウイルス対策・東日本震災復興支援・海外モール建設・国内モール建設とされている。サステナビリティボンドを認定したセカンドオピニオンは、社債に格付けを付したR&Iから同じく得ており、R&Iの内部において信用格付けと分離した評価になっているが、外部から見た両者の付与に対する疑念は残る。サステナビリティボンド等のセカンドオピニオンは、信用格付けと異なるエンティティから取得するのが望ましいだろう。サステナビリティボンドを認定したプロジェクト等がガイドラインに適合していると認定しているが、ショッピングモールの建設に際して環境に配慮するのは既に当然のこととなりつつあり、東日本震災復興支援といっても被災地域に出店するというだけであって、あくまでも経済合理性の観点から行われている。実質的に普通の社債と何ら異ならないようにも見え、サステナビリティボンドとして投資表明を行っている投資家のスタンスが疑われかねない。所詮は、言った者勝ちのように見られてしまうのが、現在の残念な取組みの状況である。

国内起債市場を斬る 起債評価:9/7~9/11

2020年度上期末の起債ラッシュは、11日(金)がピークであったと言うことになるだろう。既に8日の火曜日以降、条件決定を迎える銘柄は多く、公共セクターにグリーンボンドや劣後債といったテーマ型の起債も含め、「百花繚乱」と言ったところだろう。

この週の起債の一つの特徴は、鉄道銘柄だろう。まず、8日にJR東海が3年債1,000億円を募集している。定番の3年債で金額を稼ぐというところであるが、リニア新幹線の建設難航や南海トラフ等の震災懸念を考えると、3年という短めの起債が適しているのかもしれない。つづいて、京阪ホールディングスが3年債と5年債及び10年債を各100億円募集している。関西の私鉄の中では、イメージ負けしている発行体であるが、現在の本線運行の両端駅を見ても出町柳(1925年開業)や中之島(旧玉江橋駅)といった昔と異なる駅名が見られるように、路線の拡大と変化が見られ、七条京阪とJR京都駅の間にシャトルバスを運行するなど、経営努力を怠っていない。中韓等アジア圏からの旅客にあまり依存していたとは思えないこともあって、堅実な経営を続けてもらいたいものである。横浜高速鉄道は10年債を80億円募集している。いわゆるMM21線の運営会社であり、東急東横線が乗り入れる横浜駅から元町・中華街駅までの路線である。基本的に東横線と一体運営されているために、乗り入れているという感覚は乏しい。同社はみなとみらい線の他に、こどもの国線も保有している。最後に、登場するのが東京地下鉄である。最近のJRやガスの起債でしばしば見られる10年刻みの複数年限募集であり、今回は10年債・30年債・40年債・50年債が各100億円募集された。超長期の安定した経営が期待できる公共セクターでは、こういった起債運営も悪くないだろう。

相変わらずグリーンボンドやソーシャルボンドとして投資家を誘引する起債も少なからず見られるが、今週のもう一つの特徴としては、レア物の続出を挙げておきたい。いわゆるフリークエントイシュアーではなく、稀にしか募集しない社債発行体が複数見られたのである。朝日放送グループホールディングスは第2回7年債50億円を募集している。センコーグループホールディングスは第5回5年債(グリーンボンド)及び第6回10年債を各100億円募集している。キッツは第5回10年債100億円を募集し、ニッコンホールディングスは第8回4年債及び第9回10年債を各100億円募集している。ここまでの銘柄は、格付けが国内会社のA-格からA格といった水準である。R&IからAA格を取得しているきたい花王の第6回5年債250億円も珍しいと言って良いだろう。案件が多く募集される時は、フリークエントイシュアーは投資家に良く知られていて有利な面もあるが、起債頻度の多さに敬遠される可能性もあって、こうしたレア物こそが注目を集めることも期待できる。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/31~9/4

いよいよ上期末の起債ラッシュを迎える。特に、金曜日となった9月4日に募集が集中するのは近年の顕著な傾向であり、市場関係者の大変さは想像に難くないが、上期を計画通りに消化しようとする努力が、発行体からも投資家からも引受証券からも伝わって来る。この2週間強のラッシュ期間を過ぎれば、短いながら閑散期となるはずである。

この週の起債の特徴を幾つか挙げてみよう。まずは、銀行セクターの起債である。あおぞら銀行の3年債、三井住友フィナンシャルグループの永久劣後債と、短期と超長期の両極が募集されている。もっとも永久劣後債は、10年4か月経過時の期限前償還が可能である。歴史的には、日本の銀行持株会社が国内発行した劣後債で、期限前償還しなかった例はない。実質的に10年4か月債と見ても良く、当初10年4か月のクーポンは1.109%と高い水準である。万一期限前償還されなくても、5年国債利回り+105bpsの変動利付クーポンは十分に魅力的と映る。よもやメガバンクの一角が期限前償還をスキップしたり、劣後事由に該当するような事態は生じないと期待されるのであるが。

次は、やはり電力及びガスの公益セクターによる社債だろう。北海道電力の3年債と25年債、中部電力の10年債、中国電力の20年債、北陸電力の10年債に15年債といった多くの電力債に加えて、東京ガスが10年債・30年債・40年債・50年債で計400億円を募集し、大阪ガスは60年劣後債を期限前償還可能期の異なる2本で計750億円募集している。電気もガスも小売りの自由化がされているとは言え、日常生活に欠かせないインフラのプロバイダーであって、いずれも長期的な事業の安定性は高いものと期待される。

劣後債という意味では、他に、大日本住友製薬も30年で期限前償還が7年と10年でかのうになる債券を、各600億円募集している。劣後債の格付けはBBB+(R&I)格であり、必ずしも高水準ではないが、当初のクーポンは1.39%ないし1.55%と魅力的な利率になっている。BBB+格の通常の長期債に投資するかと尋ねられれば、鉄道とか安定業種ならば考えるといったところだろう。変動の大きな製薬で期限前償還ですら7年や10年といった期間が設定されており、ましてや30年債となった場合にはどうであろうか。

その他に目立つのは、芙蓉総合リース、ホンダファイナンス、住友三井オートサービスといったノンバンクによる社債、また、戸田建設、清水建設、前田建設工業といった建設会社による起債も相次いでいる。戸田建設の10年債はグリーンボンドであり、他にも、都市再生機構の20年債・30年債・40年債がソーシャルボンドとなっている。なお、ホンダファイナンスと住友三井オートサービスは、両社とも3年債及び5年債を募集しており、5年債のみがいずれもグリーンボンドの認定を受けている。金に色が付けられず厳密な区分が出来ない以上、ノンバンクの起債で一部だけグリーンボンドというのは、眉唾物と考えて良いだろう。

国内起債市場を斬る 起債評価:8/24~8/28

上期の起債募集は例年9月の中旬までであり、もう残り一か月を切っている。まだ起債ラッシュという感じではなかいが、徐々に盛り上がりが見えはじめている。この週に最初に募集されたのは、奇しくも鉄道関連からであった。名古屋鉄道の3年債200億円は、日銀オペ見合いと考えれば、実態を伴ったものではないかもしれない。しかし、同日に京成電鉄が募集したのは、3年債100億円以外に、10年債100億円と20年債100億円である。鉄道事業の時間軸から考えると、JR東日本や西日本で見られるような10年刻みの超長期債というのが馴染むものの、純粋の民間鉄道会社の場合には、周辺の経済情勢と見通しを考えた場合に、必ずしも30年や40年といった超長期の与信に躊躇させられることもある。京成電鉄の場合には、東京東部から千葉方面の安定した運送を担う一方、成田国際空港へのアクセス提供者でもある、前者には根強い需要があると考えられるが、後者に関しては今回の新型コロナウイルス感染症の拡大で脆弱な需要に則ったものであることが露呈した。特効薬やワクチンの開発によってある程度の国際線需要は戻ると期待されるものの、以前のようには戻らないと想定されるし、より都心に近い羽田空港の増便を考慮すると、LCC依存を高めた成田空港の将来は決して明るくない。結果として、京成電鉄の超長期債には、一抹の不安が残ると言わざるを得ない。その後、近鉄グループホールディングスも3年債と5年債の中期債を募集しており、鉄道関連だけで計800億円の起債となる。

次に動いたのが、銀行持株会社の劣後債である。と言っても、メガバンクではないし、事業会社の劣後債は9月に入ってから複数の動きが予定されているようだ。募集されたのは、三井住友トラストホールディングスと地銀の雄であるコンコルディアホールディングスの期限付き10年劣後債である。いずれも5年で期限前償還が可能となる伝統的な形であるが、変動利付となった後のステップアップ幅は大きくない。三井住友トラストホールディングスが条件決定した計400億円のうち300億円は個人投資家向けである。よもや金融機関の債券が個人投資家に実損を及ぼすことはないと期待されるのであるが、果たして5年後時点での未来像はどうだろうか。金利水準に変化がなければ、5年ものスワップレート+0.45%という変動金利は十分に魅力的であり、個人投資家は期限前償還しない方が良いと感じるだろう。

最後に、レノバとプレミアムウォーターホールディングスの二社が初の公募普通社債を募集している。格付けは前者がJCRのBBB格で、後者がR&IのBBB-格である。いわば、投資適格ギリギリの初顔と言って良いだろう。その結果、前者の5年債が1%クーポン、7年債が1.39%クーポン、後者の3年債が1.8%クーポンと他の銘柄であれば見ることのできないような高利回り債券となっている。募集金額も50億円から70億円と小額であるが、慣れない投資家にはなかなか受け入れ難い銘柄だったのではなかろうか。